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オンラインで和平交渉を進める利点と欠点が最新の調査で特定される

2020年以降、世界規模で感染が拡大した新型コロナウイルスの影響を受けて、あらゆる慣行や制度が見直されましたが、外交もその例外ではありませんでした。対面で協議することができなくなったために、外交の現場ではオンラインでの交渉を余儀なくされています。しかし、そのことは従来の対面で実施されていた交渉で用いられた外交的なテクニックを使いにくくしていることも明らかにされています。 今回は、2021年に出版されたばかりの論文「失われている平和の感覚:新型コロナウイルスによるロックダウンにおける外交的接近とその仮想化(The missing sense of peace: diplomatic approachment and virtualization during the COVID-19 lockdown)」の内容の一部を紹介してみたいと思います。 論文情報: Isabel Bramsen, Anine Hagemann, The missing sense of peace: diplomatic approachment and virtualization during the COVID-19 lockdown, International Affairs, Volume 97, Issue 2, March 2021, Pages 539–560, https://doi.org/10.1093/ia/iiaa229 オンライン交渉で見えてきた利点と欠点 国境を越えた移動が制限される中で、外交交渉がオンラインでのみ実施されるようになると、外交にどのような影響が生じるのでしょうか。 これまでの研究では、このような問いに対する答えが十分に明らかではありませんでした。著者らは2016年からシリアとイエメンにおける武力紛争の和平交渉のプロセスを観察してきた経験を踏まえ、およそ20名の交渉の当事者に対して面接調査を行いました。その当事者には和平交渉の実務を担っている紛争当事者の交渉官や国際連合の職員、さらに国際非政府組織のメンバーなどが含まれています。 調査の結果によれば、すべての関係者がオンラインでの交渉に利点があると考えていることが分かりました。オンラインでの会議は参加のコストを減らす効果があるため、これはシリアやイエメンの武力紛争で国外に脱出を余儀なくされた難民の団...

戦争の戦略から、平和の戦略への転換はどのようにして起きていたのか

英国の研究者ベアトリス・ホイザーは、2010年の著作『戦略の変遷(The Evolution of Strategy)』の中で20世紀以降の戦略思想にどれほど大きな転換があったのかを考察しています( 軍事学を学ぶ:『戦略の変遷』の書評 )。 そこで注目されているのは、戦争の非人道性、非合理性が強調されるようになったことであり、 戦争の拡大(エスカレーション)を戦後の平和維持の観点から抑制する必要があると認められたこと です。 ホイザーは、このような戦略思想の潮流が形成されるまでの経緯を調査しています。 Heuser, B. (2010). The Evolution of Strategy: Thinking War from Antiquity to the Present. Cambridge University Press. ホイザーは、第一次世界大戦が戦争の歴史において重大な転換点だったと述べています。第一次世界大戦が軍事的な意味での転換点だったことは他の研究者も述べていますが、ホイザーは それまで戦争を遂行するために研究されていた戦略学が、平和を維持する目的で研究されるように変わったという意味での転換点だった と説明しています。 第一次世界大戦の熾烈な戦闘で参戦国は多大な犠牲を被りました。多くの人々は戦争で得られた価値が、戦争で失われた価値にまったく見合わないと痛感しました(Heuser 2010: 441)。 1928年にフランスの外務大臣アリスティード・ブリアンと、米国の国務長官フランク・ケロッグが連携し、 国際紛争を解決する手段として戦争を禁止する条約を成立させたことは当時の国際社会でも大いに歓迎されました 。英国、ドイツ、フランス、イタリア、日本、ソ連などの国々がこの条約に署名しました(Ibid.: 442)。 しかし、 平和維持のために軍事的な緊張を避けようとすると、戦争のリスクを厭わずに勢力拡大を図る国家に付け込まれる危険がありました 。1933年にドイツで政権を掌握したアドルフ・ヒトラーの外交はその典型でした(Ibid.)。1939年に第二次世界大戦が勃発したことで、戦争を廃絶しようとする外交努力には限界があることが露呈し、 戦略学の研究者は、恒久平和と全面戦争の中間地帯に選択肢を見出そうとしました。 英国の研究者リデル・ハートは1939年...

新型コロナウイルスが戦争を引き起こすリスクは小さいとの見解が研究者から示される

2020年5月13日にハーバード大学の教授スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)は「世界不況が次の世界大戦を引き起こすのか?(Will a Global Depression Trigger Another World War?)」と題する記事を「フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)」のウェブサイトで発表しています。 新型コロナウイルスの感染拡大が安全保障環境に与える影響について研究者の間では議論が始まっていますが、ウォルトは直ちに戦争のリスクに繋がることはないのではないかという見解を示しています。 記事情報 Stephen M. Walt, Will a Global Depression Trigger Another World War?  Foreign Policy ,  https://foreignpolicy.com/2020/05/13/coronavirus-pandemic-depression-economy-world-war/ (2020年5月25日アクセス確認) 感染症の世界的な大流行は平和を促進する この記事を発表する1カ月前の4月下旬にマサチューセッツ工科大学の教授バリー・ポーゼン(Barry R. Posen)が「フォーリン・アフェアーズ」で「パンデミックは平和を促進するのか?(Do Pandemics Promote Peace?)」と題する記事を発表しました。 それによれば、ウイルスの世界的な大流行は戦争の原因になるというよりも、平和を強化する可能性の方が高いと予測されていました。 その主な理由は、ウイルスの流行が全世界に及んでいるため、すべての国が軍事作戦を準備することが難しくなっているためです。 ウォルトはこの説を受け入れており、より長期的な観点から見ても、新型コロナウイルスで戦争が引き起こされるリスクは低いのではないかと見積もっています。 歴史的に見れば、確かに疫病が発生したからといって、戦争が不可能になるというわけではなかったことはウォルトも認めています。 1918年から1919年にかけて感染が広がったスペイン風邪は第一次世界大戦の終結に寄与したという見方もありますが、スペイン風邪が大流行していた時期においても、ロシア内戦(1917~1922)、ロシア・ポーランド戦争...

学説紹介 なぜ勝者が敗者に譲歩すべきなのか:外交により平和を維持する方法

世界の歴史において戦争の勝者は敗者に対して多額の賠償金を課し、領土を割譲し、あるいは軍備を制限するなどの措置をとってきましたが、これらは果たして合理的な措置なのでしょうか。 今回は、戦争の勝者が敗者に対してあえて譲歩を行うような外交には、有利な側面もあるという議論をアイケンベリーの説に沿って紹介してみたいと思います。 将来報復を受けるリスクを考えよ 基本的に戦勝国は講和条約を締結するための条件を敗戦国に対して提示できる立場にあります。 この際に最も強硬な立場をとることもできれば、穏健な立場を示すこともできますが、アイケンベリーは強硬な立場で和平交渉に臨むことには批判的です。 これは将来的に敗戦国が報復してくるリスクを考慮に入れた上で自国の条件を提示することが必要だからであり、最悪の場合、両国の勢力関係が逆転したとしても、敗戦国の軍事行動を阻害する要因を講和の条件に含ませるべきだと彼は考えているのです。 「戦勝国は、勝利の結果、司令的立場に立つ。しかし、戦勝国が運用する戦後秩序に正統性がなければ、戦勝国の支配は十分には実現されず、また、安定もしない。正統的な戦後秩序とは、秩序構成国が進んで参加し、そのシステムの全体的方針に同意する秩序である」(アイケンベリー、57頁) つまり、戦勝国が現段階における軍事的優勢を利用して有利な講和条約を締結する利益が見込めたとしても、それは将来的に予測される敗戦国の軍事的報復によって生じる不利益によって相殺されてしまうので、長期的に考えれば戦勝国の特権を手放して平和を維持できるようにした方がよいと考えられます。 戦勝国は自国の能力の行使を制限すべき それでは将来の平和をより長く維持するには戦勝国はどのような姿勢で敗戦国と交渉を進めるべきなのでしょうか。 この点についてアイケンベリーは意外なことを述べています。それは自国の能力の一部を自ら進んで手放すことだというのです。 「全体として、主導国は、弱小・追随諸国を、戦後秩序に関する一連のルールと制度に縛り付けたいと希望する。言い換えれば、主導国は諸国を予測可能な行動パターンの中に固定し、その一方で、自らは制度的拘束と責務から解放され、自由であることを望む。しかし、新秩序に弱小諸国を積極的に参加させ、これら諸国に秩序ルールを順守させるためには、主導...

学説紹介 逆説的論理(paradoxical logic)を理解する:ルトワックの戦略思想

戦いにおいて勝利を収めるのは勢力が優る方であって、劣った側ではないという議論は、軍事学の優勝劣敗の戦理をわざわざ引き合いに出すまでもなく自明だと思えるかもしれません。 しかし、実際の戦争ではこれがそのまま当てはまるとは限りません。 勢力で劣った側が勝利を収めるということも決して珍しいことではなく、欺騙、奇襲、摩擦、あるいは彼我の戦略の選択によって優劣が逆転する場合もあります。 今回は、このような事態が起こる原因について理解を深めるため、エドワード・ルトワック(Edward Nicolae Luttwak, 1942-現在)の逆説的論理(paradoxical logic)に関する理論的分析を取り上げ、その要点を紹介したいと思います。 戦略の世界における逆説的論理 ルトワックは戦略がいかに特殊な研究テーマなのかを説明するため、軍事学の有名な箴言「平和を欲するなら、戦争に備えよ」を取り上げています。 これは古代ローマの軍事著述家ウェゲティウスの著作に見られる一文として有名ですが、これは考えてみれば不思議な命題だとして次のように述べています。 「汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ。これは、強力な軍備の必要性を説く人々が頻繁に引用する古代ローマの諺である。戦いに備えることで、弱さが招く攻撃を止め、平和を維持するのである。あるいは、戦うことなく強者に屈服するよう弱者を説得することにより、戦いの備えが平和を確保できるのも確かである。この言い古されたローマ人の格言は、我々にとって特別刺激的なものではない。しかし、まさにその平凡さに意味がある。この一説は、まるで単刀直入な論理的命題であるかのように提示され、逆説的で明らかに矛盾を含むが、その本質は、我々が単なる平凡な言説から予想するようなものではない」(16頁) つまり、もしAを欲するなら、Aに反するBを行えという考え方は、普通に考えれば矛盾したものであり、常識的には受け入れられないはずだと指摘しているのです(同上)。 しかし、戦争について考える戦略家はそうした逆説を古くから受け入れてきたということに、戦略の特異さが現れているといえます。 このような認識からルトワックは「戦略の全領域が逆説的論理に満ちている」という自身の説を唱えており、これが彼のあらゆる戦略の分析と関連づけて発展させています(同上...

学説紹介 モンテスキューが語るローマの外交:分割して統治せよ

領土を拡大し、奴隷を獲得し、また財宝を略奪するための国策としてローマは対外戦争を積極的に推進しました。 国際政治学の理論で考えれば、このような政策をとる国が出現すれば、周辺諸国が対抗同盟を形成し、勢力の拡大が妨げられるはずです。 しかし、ローマ人は決して武力にだけ頼って戦争を遂行していたわけではありませんでした。 今回は、フランスの政治思想家シャルル・ド・モンテスキューが古代ローマの外交政策をどのように解説しているのかを取り上げて、その要点を紹介してみたいと思います。 周辺諸国を武力で圧倒していたローマの外交 モンテスキュー(1689年 - 1755年)は18世紀に活躍したフランスの政治思想家。ローマ史に関する研究の他に、『法の精神』などの著作がある。 当時の世界でローマという国は、その強大な軍事力と積極的な対外政策で周辺諸国の多くから恐れられていました。 もしローマの恐ろしさを知らない国があったとしても、そのような国ではローマの外交使節が悪い処遇を受けることになったので、それを口実にローマ軍の攻撃を受ける事態に陥ったと、とモンテスキューは述べています(邦訳、70-1頁)。 ローマは開戦の際にあらゆる理由を持ち出してきたため、都合のいい時に、都合のいい相手と交戦することができたとも述べられています(同上、70頁)。 国際政治学の見地からこのようなローマの政策を見ると、勢力均衡の安定を図るために対抗同盟を形成されてしまうのではないかと思うところです。 しかし、ローマ人は単に自国の軍事力だけで戦争状態に入ることはしませんでした。彼らは同盟の意義をよく理解していたのです。 ローマは近い将来に開戦する外国の近くにおいて同盟国を確保するように働きかけ、その同盟国の軍隊を自国の軍隊と連携させることに注意を払っていました。そのため、対ローマ包囲網を構築することは容易なことではなかったのです。 モンテスキューは遠隔地でローマ軍の部隊が他国の軍隊と戦闘状態に入るとしても、指向する戦力の規模としては最小限の規模に抑えられており、前線から離れた場所には予備となる部隊が拘置されていました(同上、76頁)。 これは一見すると無駄な戦力配備に見えますが、敵地に深く進入した部隊の背後連絡線を掩護すると同時に、第三国の動きを牽制するという意味合...

学説紹介 低烈度紛争こそ現代の戦争である:クレフェルトが語るその重大性

戦争とは一般に国家間の武力紛争を意味しますが、実際に現代の世界で起きている戦争の多くが国家間の武力紛争ではなく、国家と非国家主体との武力紛争です。 このことは1980年代から 低烈度紛争 (Low Intensity Conflict)の議論で指摘されていましたが、2010年代末になってますます明確に認識されるようになっています。 非国家主体との戦争の形態がますます安全保障上の問題として重要性を増しているといえます。 今回の記事では、現代の世界情勢を理解する上で低烈度紛争がいかに重要な問題であるかを指摘したクレフェルトの研究を取り上げ、その要点を紹介します。 現代戦争で低烈度紛争はもはや一般的になった イスラエルの研究者 マーティン・ファン・クレフェルト(Martin van Creveld, 1946-現在) は、現代の戦争を理解する上で最も重要なことは、その大部分が低烈度紛争(Low Intensity Conflict)の様相をとるということだと考えました。 実際、第二次世界大戦が終結した1945年以降の軍事史を調査すると、75%近くの例が低烈度紛争だったと述べています。 「1945年以降、世界各地でおよそ160の武力衝突が起きている。その数はフランスのコルシカ島分離主義者やスペインのバスク人に対する戦いのようなものも含めるとさらに多くなる。これらの4分の3はさまざまな、いわゆる「低強度」のものだろう(この言葉は1980年代に初めて出てきたが、それ以前の多くの戦争も適切に表現している)」(48頁、注:クレフェルトの翻訳では「低強度紛争」の訳語が採用されているが、いずれも間違いではない) 朝鮮戦争、中東戦争、印パ戦争、イラン・イラク戦争など、もちろん第二次世界大戦後も国家間の正規戦がなくなったわけではありませんが、全体の数として減っていることは著者が指摘している通りです。 多くの人々にとって、低烈度紛争における個別の行動は戦争というよりも犯罪のように見えます。それは低烈度紛争では正規軍同士が戦っていないためです。 低烈度紛争はあえて戦闘員と非戦闘員の区別を曖昧にする戦争の様態であり、正規軍とゲリラ、テロリスト、あるいは場合によっては女性、子供が戦うことも可能です(同上、49頁)。 低烈度紛争を挑む勢力は公然と武器を持って...

学説紹介 アンドレ・ボーフルの戦略理論:平時の脅威を想定した戦略の必要性

フランス陸軍軍人 アンドレ・ボーフル は、冷戦期のフランスで大きな影響力を持っていた軍事思想家です。 彼は将来の戦争で非軍事的手段が軍事的手段よりも重要性を増してくると指摘するなど、現代の戦略思想の発展にとって興味深い考察を書き残しました。 今回は、ボーフルの戦略論を紹介したマイケル・カーヴァーの研究に沿って、ボーフルの戦略思想の意義を考えてみたいと思います。 冷戦初期の戦略学を支配した核兵器の前提 第二次世界大戦終結から間もない頃、安全保障の研究者の関心は主に核兵器に向かっていました。 核兵器の効果をどう評価すべきか、どのように運用すべきかという問題をめぐってはさまざまな論争が展開され、例えば、ヨーロッパ正面におけるソ連軍に対する防勢作戦を立案するため、核兵器の威力を最大限に活用しようと構想もアメリカでは真剣に議論されていました(カーヴァー、672頁)。 その構想によれば、北大西洋条約機構の部隊は縦深がある防御陣地に分散配備され、それぞれの部隊が戦術核兵器を保有します。 もしソ連軍が縦深突破を図ろうと防御陣地に浸透してきたとしても、その核兵器によって敵に打撃を与え、生き残った敵は空挺部隊で打撃することが可能です(同上、672頁)。 ただ、このような作戦では戦闘に巻き込まれた非戦闘員を保護できないため、彼らは開戦の前に後方へ疎開させておく必要がありました(同上、672-3頁)。 しかも、敵の出方によっては直ちに核戦争を引き起こさなければならず、それは全面核戦争に拡大する恐れが強いとも指摘されていました。 アメリカの政治学者 ヘンリー・キッシンジャー は限定核戦争という思想を唱え、限定的かつ戦術的な範囲で核兵器を使用することにより、全面核戦争を避けようとしましたが、ボーフルから見れば、そもそも核兵器という装備体系を前提に置いた戦略それ自体に問題があり、より広い視野から戦略を研究する必要がありました。 ボーフルが考える全体戦略 このような研究動向の中でボーフルは、核戦略のように特定の装備体系に依存した戦略体系ではなく、より柔軟かつ包括的な戦略理論を構築しようとしました。 ボーフルの説によれば、戦争とは「二つの対立した意志」を持った勢力が、「武力を使ってその対立を解決」しようとする「弁証法」だと解釈されているのですが、これは戦...

文献紹介 戦争の原因を3つに整理する:ウォルツが語るリアリズムの基礎

政治学者は戦争の原因をめぐり、何世代にもわたって論争を繰り広げてきました。そのため、研究者でも議論の全体像を把握しきれないほど多くの仮説が出されていました。 そのような状況で過去の議論を的確に総括し、研究者が取り組むべき論点を整理してみせた研究者の一人がケネス・ウォルツでした。 国際政治学において彼は構造的リアリズム(structural realism)と呼ばれる立場を打ち出した功績が評価されています。 今回は、ウォルツが自身の博士論文をもとに書き上げた著作を取り上げ、そこで戦争の原因をめぐる議論がどのように総括されていたのか、それが彼のリアリズムをどのように基礎付けたのかを紹介したいと思います。 文献情報 Waltz, K. N. (1959)  Man, the State, and War: A Theoretical Analysis . Columbia University Press.(邦訳、ケネス・ウォルツ『人間・国家・戦争:国際政治の3つのイメージ』渡邉昭夫、岡垣知子訳、勁草書房、2013年) 3つに分かれる政治学の分析レベル ケネス・ウォルツ(1924年 - 2013年)アメリカの政治学者。国際政治学を専門とし、ネオ・リアリズムあるいは構造的リアリズムとして知られる理論の発展に寄与した。『人間・国家・戦争』の他にも『国際政治の理論』などの業績がある。 ウォルツは戦争の原因を考えるには、人間を対象とする分析レベル、国家を対象とする分析レベル、国際システムを対象とする分析レベルの3つを事前に設定することが効率的だと考えました。 戦争の原因に関する多種多様な議論はこれらのどれかの類型に該当すると指摘したのです。 「政治哲学では「戦争の主要原因はどこにあるか」という問いに対する答えを探求することがよくある。この問いへの答えは驚くほど多様であり矛盾している。この答えの多様性を扱いやすくするには、答えを以下の3つの項目のもとに整理したほうがよいだろう。人間、個々の国家の構造、そして国際システムである」(邦訳、ウォルツ、22頁) これは戦争に関する政治分析は個人の性格や行動を分析するもの、一国の政治体制の特性を分析するもの、世界情勢の動向を分析するものに大別するという考え方です。 ウォルツの用語法に従う...

学説紹介 激しい戦争が、長い平和をもたらす―ルトワックの考察

エドワード・ルトワック(Edward Luttwak)は戦略の研究で有名な研究者ですが、人道的介入と呼ばれる活動が本来の意図と逆の効果をもたらすと主張し、論争を巻き起こした人物でもあります。 つまり、戦争を防止し、その被害を抑制する目的で実施される軍事的、非軍事的手段による戦争への介入は、かえって戦争を促進し、その被害を拡大するなどとルトワックは論じたのです。 今回は、ルトワックがどのような理由に依拠してこのような議論を主張しているのかを検討し、その妥当性について考えてみたいと思います。 戦争の被害が大きいほど、その後の平和は長く続く エドワード・ルトワック、ルーマニア出身の研究者、業績に『戦略論』など。 ルトワックの戦争の論じ方は大半の平和主義者の立場から全く受け入れがたいものです。 というのも、ルトワックは戦争を究極的に防ぐ力となるのは、戦争それ自体が持つ破壊力に他ならないと論じているためです。 もちろん、ルトワックの意図は戦争を称賛することではありません。戦争のメカニズムを理解するためには、戦争に逆説的な効果があることを理解すべきである、というのが彼の基本的な立場です。 「戦争は巨大な悪かもしれないが、大きな美徳もある。戦争の継続に込要な物質的、精神的な資源を消費し尽くし、破壊することで、戦争はそれ自体の継続を妨げる。それどころか、戦略の逆説的領域における他のあらゆる行動と同じように、戦争は、極限点を過ぎた後に最終的には反転する。その反対とは、単なる静かな無抵抗かもしれない。または、交渉による平和や休戦あるいは一時的停戦ではなく、無意識の非戦状態かもしれない」(邦訳、ルトワック、97頁) この議論に従うと、戦争が終結し、平和に移行する基本条件は、一方の勢力が勝利することか、もしくは双方の勢力が消耗し尽くし、戦闘が停滞することになります(同上、98頁)。 ルトワックの議論で特に興味深いのは、平和が長く維持されるためには、あらゆる戦力を使い果たし、相互に莫大な損害を被る必要があることを一つの可能性として示唆していることであり、もし戦争が徹底的に行われないまま中断されると、間もなく当事者はその猶予期間を利用して軍事力を回復し、時期を見て軍事行動を再開すると述べています(同上、99頁)。 平和維持活動が逆に戦争を長引かせ...

はじめて学ぶ人のための勢力均衡―モーゲンソーの理論を中心に

勢力均衡(balance of power)は政治学でも特に国際政治の領域で重要な概念と見なされています。なぜなら、勢力均衡の維持は国際社会の平和と安定のための条件として見なされているためです。 ただし、その理解の仕方については諸説あるため、はじめて学ぶ人にとって理解することは簡単なことではありません。 今回は、国際関係論における勢力均衡の概念と、それに依拠したモーゲンソーの理論体系があることを簡単に紹介してみたいと思います。 もともと明確ではなかった勢力均衡の概念 勢力均衡とは、国際政治において主要な地位を持つ国家の力が互いに牽制し合うことで均衡を保っている状態、またはそうした状態を目指した政策と定義できます。 ただし、政治学者の文献を読み比べてみても、勢力均衡はかなり広い意味で用いられている概念ですので、使用する際にはどのような意味で使っているのか十分に注意することが求められます。 この点について英国の政治学者リチャード・リトル(R. Little)は次のように解説しています。 「勢力均衡は国際関係に関する定番の概念として一般に考えられている一方で、それは一般的な用語と同じように社会科学で普通に使われている概念として使われている。しかし、国際関係論の領域外において、勢力均衡は特に論争的なものとはみなされていない。この用語は至るところで使われているが、それは我々の勢力(power)に関する論争的な理解を巧みに変形させた隠喩として用いられているためである」(Little 2011: 129) 歴史的に見ても、マキアヴェリ、グィッチャルディーニ、ヒューム、ヴァッテル、ゲンツなど勢力均衡について論じた著述家は数多く挙げられます。彼らはそれぞれ異なる観点から勢力均衡について考察したので、必然的にその用語の意味するところが少しずつ重なり合いながらも変化してきました。 20世紀に入って国際政治という研究領域が確立されてくると、勢力均衡の定義はより明確化されることになり、次第に勢力均衡に関する理論体系も整ってくることになります。 リアリズムの勢力均衡の理解 モーゲンソー(Hans J. Morgenthau)の『国際政治(Politics among Nations)』は第二次世界大戦が終結した3年後の1948年に初めて刊行され、事後の...

学説紹介 海上で強制外交を成功させるには

国家は自らの政策を遂行する手段として軍隊を保有していますが、それを積極的に使用する事態は可能な限り避けなければなりません。 しかし、相手国が軍事力を背景とした現状変更の動きを示すとなれば、我が国としても軍事力をもって現状維持のために抵抗する用意があることを相手国に知らしめなければなりません。 国際関係、外交の研究では、我が国の武力をもって相手国の脅迫を制止するためには、どのような外交方策が必要であるかが研究されてきました。 今回は、特に海上において強制外交を成功させるために、どのような条件があるのかを考えてみたいと思います。 強制外交とは何か 強制外交(coercive diplomacy)とは、本格的な武力紛争を回避しつつ、相手国の望ましくない行動を撤回させるために、我が国に武力行使の準備があることを誇示して行う外交の一形態です。 強制という用語が持つ語感から、現状打破を試みる外交と勘違いされることもありますが、あくまでも強制外交は現状維持のための外交であり、いわゆる武力を背景にした脅迫に対抗する外交として位置付けられます。 例えば、政治学者のジョージは、強制外交の趣旨について、「相手が納得するのに十分な信頼性があると思わせるような、不服従のための報復の脅威を伴って、相手に要求を撤回させること」を追求するものだと説明しています(George 1991: 4)。 これは現状維持という目的から強制外交を定義したものと理解できます。 つまり、強制外交は本質的に攻撃的な特徴を持つ脅迫(blackmail)とは区別すべきものであり、防御的な方策として理解しておかなければなりません。 政治学の文献では、強制外交の重要性を示す事例として、しばしばキューバ危機を取り上げています。 1962年、ソ連はキューバに対して核ミサイルの提供を含む軍事支援を実施しました。 それに対して米国は本土を射程に収めるミサイルを深刻な脅威と判断し、ソ連の動きを止めるために、海上封鎖を行いながらソ連と交渉を重ねます。 最終的に、米国はトルコに配備していたミサイルを撤去することを条件として、キューバからのミサイルの撤去にソ連を同意させ、核戦争勃発を回避することができました。 この事例からも分かるように、強制外交は硬軟織り交ぜた外交...

貿易で世界が平和になるとは限らない

国際関係論の研究では、貿易によって国家間の経済的な相互依存が強化されれば、戦争が勃発して貿易が不可能になった際に相互に不利益となるため、その結果として平和を維持しやすくなる、と考える立場があります。 これはリベラリズム(liberalism)として以前から知られている学説であり、コヘインやナイ等の研究者によって主張されています(Kohane and Nye 1972, 1977)。 確かに貿易関係の強化が戦争を困難にするという可能性は注目に値するものですが、だからといって経済的相互依存によって平和を維持することが可能になるという考え方がどこまで妥当するのか疑問も残ります。 今回は、この問題を批判的立場から考察するため、20世紀に国際政治の研究で先駆的業績を残したイギリスの外交官エドワード・ハレット・カー(E. H. Carr)の議論に注目したいと思います。 平和が常に各国の共通利益とは限らない 19世紀に後れて統一を果たしたドイツはその成立当初から英仏の勢力圏に挑戦しなければ、自国の植民地を拡大できない状況にあった。1911年4月、モロッコの利権をめぐって英仏西との関係が悪化した第二次モロッコ事件では、軍艦を現地に派遣し、全面戦争も辞さない構えを英仏に示すことで、独領カメルーンを獲得している。 リベラリズムにおいて、戦争は必ずしも国家の 政策を遂行する合理的な方法とは考えられていません。 つまり、国家にとって戦争を遂行するために必要な人的、物的な損害は、その国家が目指す国益をかえって損ねる側面が大きく、結局のところ平和を維持する方が国家として目標を達成しやすいことになります。 こうしたリベラリズムの戦争観(もしくは平和観)について、カーは次のように説明しています。 「利益調和の理論は、政治的には通常次のような考え方に立っていた。すなわち、すべての国家は平和に同一の利益を持っていること、したがって平和を阻もうとする国家はすべて、理性も道義もないのだ、ということである」(カー、114頁) しかし、このような単純化は国際社会の実情から乖離しているとカーは批判しています。 確かに武力を用いずに国家がその政策を遂行することは、多くの国家が望ましいと考えるかもしれません。 しかしそれは国際社会の「現状」を変えようとする諸国と、維持...

「平時」の戦略を確立した政治学者バーナード・ブロディ

現代の安全保障環境は必ずしも武力を直接的に使用することができる状況にはありません。一度、戦争状態に入れば彼我が受ける損害は極めて甚大なレベルとなり、政治的目的を達成するにはあまりに軍事的負担が大きくなりすぎるためです。 これを避けるために、現代の戦略家が重視するのは武力の間接的な使用であり、強制外交や抑止がこれに当たります。 こうした時代の要請に応じて戦略の考え方を大きく見直す必要が生じたのは冷戦期に入ってからのことでした。今回は、冷戦期に新たな戦略の理解を確立することに寄与した ブロディ (Bernard Brodie)の戦略理論の一部を紹介したいと思います。 バーナード・ブロディとは誰なのか バーナード・ブロディ(1910-1978) 「米国のクラウゼヴィッツ」、「核戦略の創始者」と称される米国の政治学者。 彼が構築した抑止に基づく戦略理論は現在の安全保障学の研究の基礎となっている。 ブロディは戦略研究の方面で世界的に名前が知られた政治学者ですが、日本で彼を知る人はそれほど多くないため、簡単にその略歴を述べておきます。 彼は1910年にロシア帝国から米国に移り住んだユダヤ人の家庭に生まれ育ち、1940年にシカゴ大学で政治学の研究で博士号を取得しています。 第二次世界大戦では米海軍で作戦本部に勤務し、終戦後にはイェール大学を経て1951年にランド研究所に入所しています。 このランド研究所で行っていた核兵器の運用に関する戦略研究は、1954年の学会報告で知られるようになりました。 ブロディは核の時代における軍事力の意義は戦闘に勝利することではなく、抑止を有効にすることであると主張し、この考え方はその後の安全保障学の研究者に大きな影響を与えることになりした。 その後も数多くの研究を残していますが、1966年からカリフォルニア大学で政治学・国際関係論を教えており、1978年に死去しました。 「戦略にはドルマークがついている」 ブロディは核の時代に備えるべき戦争とは限定戦争であり、国家の限られた資源をどのような武器体系の開発に配分するかが戦略的な重要性を持つようになると考えていました。 つまり、国家が編成する防衛予算の規模とそれを配分する方法こそが戦略の中心的な課題として考察しなければならないと指摘...

文献紹介 世界戦争に周期性はあるのか―モデルスキーの長期循環論―

政治学者は、単に政治上の出来事を記すだけでなく、その背後にある原理、原則を解明することに関心を寄せてきました。その研究課題の一つに世界戦争の発生パターンの解明があります。 これは世界戦争の発生パターンを大まかにでも知ることができれば、次に戦争が発生しやすい時期がいつ頃になるのかを予測できるようになると考えられたためです。 今回は、政治学者ジョージ・モデルスキーが提唱したことで有名な長期循環論を論じた著作を紹介してみたいと思います。 文献情報 Modelski, George. 1987. Long Cycles in Global Politics , London: Macmillan.(邦訳『世界システムの動態―世界政治の長期サイクル』浦野起央、信夫隆司訳、晃洋書房、1991年) モデルスキーの長期循環論とは何か 長期循環論とは、国際政治において世界規模で発生する戦争は100年から120年程度の周期性を持っているという政治学の学説です。 この学説の基礎にあるのは、平和を維持する大国が現れても、時間の経過とともに衰退するという前提です。 つまり、国際政治の歴史は覇権を握る大国が次々と交代することで展開しており、そのサイクルの長さを知れば、世界規模の戦争のサイクルを予測できるということです。 モデルスキーによれば、長期循環は次のようなサイクルで進行します。 (1)国際システムはアナーキーつまり無政府状態であり、国家間で対立が発生しても、それを外交で解決することは難しく、究極的には武力を行使する必要が生じます。こうした国際情勢では戦争のような激しい政治的対立が多発することが避けられません。 (2)第二段階に入ると、激しい対立の中で勢力を拡大し続ける国家が出現し、そのような国家の勢力圏は地球規模にまで広がるようになります。 この段階に入れば、国際政治はより安定した局面を迎え、もし国家間の対立が生じたとしても、指導力を持つ国家の圧倒的な武力の下で各国の行動は統制されているため、外交によって問題を解決しやすく、国際平和も維持されやすくなります。 (3)この段階に入ると、国際社会の平和と安定を担ってきた世界国家が徐々に軍事的に衰退し始め、国際政治の秩序を維持すること以上に経済的利益を優先するようになります。 そうなると、その国家...

プラトンは戦争の原因をいかに説明しているのか

世界で最も有名な哲学者であるプラトン(前427年-前347年)は哲学者(知を愛する者)こそが権力者とならなければ、国家は不正から逃れることができないと論じたことで知られています。 当時、プラトンがいた都市国家アテナイの政治体制は民主制でしたが、プラトンは民主制が個々人の私益のために暴走する傾向を持ち、また矛盾と混乱に満ちているとして批判的立場をとっていました。それゆえ、国家を適切に指導する能力を持つ哲学者でなければ権力を掌握するべきではないと考えていたのです。 このようなプラトンの政治哲学はよく知られていますが、今回はプラトンの政治哲学を踏まえた上で、彼が戦争の原因をいかに説明していたのかを紹介してみたいと思います。 アテナイの政治情勢と哲人政治の必要性 当時のアテナイでは民会と呼ばれる市民集会の議決によって政策が策定されていました。民会に出席する議員はアテナイ人を両親に持つ30歳以上の成人男性でなければならず、自由市民としての身分を持ち、また有事においては兵士として従軍する義務を負わなければなりませんでした。 したがって、常備軍は編成されておらず、官僚制に関しても市民がくじ引きで任期ごとに分担しているという状態でした。 言い換えれば、当時のアテナイ市民は兼業として政務に従事しており、政治権力に対するアクセスが容易でした。このことが市民同士の権力闘争を加速させており、プラトンは強い問題意識を持っていたのです。 権力闘争によって国家の結束が損なわれる危険性を除去し、人々が財産や名誉等の短期的な利益ではなく、知恵や謙虚さ、公正さといった重要な美徳に沿って善い人生を送るためには、哲学者(つまり徳の重要性を理解している知識人)が国王の地位に就き、その合理的な判断の下に人々の思想と行動を統制することが重要である、とプラトンは考えました。 しかし、王と言ってもその哲学者は世襲制であってはならないとプラトンは主張しています。 その結果、プラトンの政治哲学では、男女分け隔てなく、あくまでも実力主義に基づいて国民を知的能力に優れた最適者、戦闘能力に優れた守護者、そしてその他の民衆に区分する国家の理想的モデルが提案されています。 現代の研究では、このようなプラトンの政治思想を民主主義の批判に基づく全体主義の擁護として解釈する見方もありますが、その...

ホッブズの政治理論における戦争

17世紀イギリスの哲学者トマス・ホッブズが残した有名な言葉の一つに「万人の万人に対する戦争」があります。 現代ではこの言葉からホッブズが悲観的な人間観を持っていたことを示す言葉として理解されることも少なくありませんが、本来はホッブズの個人的な意見を述べたものではなく、政治理論の研究を目的とした思考実験用のモデルとして理解されるべきものです。 万人の万人に対する戦争とは 国家が樹立される以前の状態を「自然状態」としてモデル化することによって、そこで予想される様々な状況を考察することが可能となるのですが、ホッブズはある単純な想定を置くと、自然状態は「万人の万人に対する戦争」とならざるを得なくなることを考察したのです。 つまり、現実の世界で起きた、または起きるであろう状況を意味しているわけではないのです。 「万人の万人に対する戦争」の意味するところを理解するためには、人間は何よりもまず自己の保存を求めて行動する、という想定を理解しなければなりません。 あらゆる政治的、社会的秩序が消失した状況で、身体的、精神的に同程度の能力を持つ人間が相対すれば、彼らは互いに相手に対する不信感を募らせざるをえなくなります。 というのも、生存のために必要な物資を同時に享受することができなければ、彼らは自らの生存をかけて相手を殺害するか、屈服させることに全力を尽くさなければならないためです。 ホッブズは、こうして人間は互いに先制攻撃によって相手よりも自己の力を速やかに増大させようと努めることになるのだと考えました。これが「万人の万人に対する戦争」という言葉で示唆されている状況です。 「かくして以下のことが明らかとなる。すなわち、全体を支配する共通の力を伴わずに人々が生活している間は、彼らは戦争と呼ばれる状態にあり、それは万人の万人に対する戦争である。なぜなら、戦争とは単なる戦闘または闘争行為の内に存するのではなく、戦闘によって争おうとする意志が明確に認識された時間の経過の内に存するためである」(Hobbes 1651: 77) 戦争は戦闘とは異なる 興味深いのは、ホッブズは戦争という状態とそこで繰り広げられる個々の行為を区別すべきだと強調している点です。 「したがって、気象の性質を検討する場合と同じように、戦争の性質について検討するには時間の観念が考察さ...

計量で考える平和の条件

最近の日本の議論では日米同盟の運用との関係で、同盟の強化が戦争を招き寄せるものか、戦争を遠ざけるものなのか、意見の相違が見られます。 しかし、このような政策論争では戦争はどのような要因によって引き起こされるのか、平和を実現するための条件とは何か、という問題が解決されないまま疑問として残されます。 そこで今回はRussettとOnealの研究から、平和の条件として政治学でどのような要因が分析されているのかを紹介したいと思います。 RussettとOnealが分析で使用したデータは、Correlate of War Projectという研究プロジェクトのものです。 これは1816年から現代にかけておよそ200年弱の武力紛争、同盟形成に関する体系的なデータを一般に公開しているもので、誰でもアクセスすることができます。(Correlate of War(英語), http://www.correlatesofwar.org/) このデータを用いることで、国際システムで過去に戦争に国家が参戦した事例と、同盟の締結や軍備の増強などの要因との間にどのような関係があるかを一年ごとに分析することが可能となります。 そこで、RussettとOnealは国家が戦争へ参加する確率と、同盟、軍備、政治体制、貿易、国際組織との関係を分析し、1886年から1992年までの武力紛争における戦争参加の確率がどのように変化するかを考察しています。 条件別に比較した国家が戦争に参加する確率の変化 ・同盟への加入 -43% ・勢力比の増大 -42 二国での相対的指標で見た数値 ・民主化指数の増大 -26 ・二国間貿易の増大 -29 ・国際組織への加入 -35 国際システム全体で見た平均の数値 ・民主化指数の増大 -24 ・二国間貿易の増大 -35 ・国際組織への加入 -10 (Russett and Oneal 2001: 183) 少し細かい話になるのですが、この分析の手続きがどのようなものであるのか概観しておきます。必要なければ読み飛ばして下さい。 この分析で出発点となっているのは1886年から1992年にかけて存在していた国家が戦争に参加しているかどうかをすべて調べ上げたデータです。 戦争に参戦した国家と参戦していない国家の間で、どのような条...