ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン(Michael E. O'Hanlon)は、2019年の著作『尖閣パラドックス(The Senkaku Paradox)』において、局地的な小規模・限定的な武力攻撃であっても、それが短期間で急激なエスカレーションを引き起こし、大規模な全面戦争を引き起こす危険が高まっていると警告しています。
Michael E. O'Hanlon, The Senkaku Paradox: Risking Great Power War Over Small Stakes, Brookings Institution Press, 2019.
エスカレーションの問題
国際的な対立が深まっている状況においては、一方の大国が他方の大国に意図的な武力攻撃を加えると、それが極めて小さな規模であったとしても、大規模な武力衝突にエスカレートするリスクがあります。現在の世界ではバルト三国に対するロシアの攻撃や、東シナ海の尖閣諸島に対する中国の攻撃がエスカレーションの引き金を引く可能性があると著者は懸念しています。
米国の立場で状況を分析すると、前述したロシアと中国のどちらの武力攻撃も米国ではなく、米国の同盟国に向けられることが想定されます。
このような武力攻撃は米国にとって同盟国を見捨てるのか、それとも同盟国を防衛するために自国が戦争に巻き込まれるリスクをとるのか選択を迫るという共通点があります。
現在の米軍の戦略としては、バルト三国のような北大西洋条約機構の加盟国に対する武力攻撃は、米国に対する武力攻撃と同じように断固とした態度で軍事的手段により対処することになっていますが、これは事態をエスカレートさせる可能性があり、それは最悪の場合には核兵器の使用も含めた全面戦争に突入することを覚悟することを意味しています。
軍事的打撃と経済的打撃の併用
この著作のタイトルである「尖閣パラドックス」とは、東シナ海の小さな無人島である尖閣諸島に対する武力攻撃が中国によって行われた場合、米国は同盟国を防衛するという義務を果たすためにあまりにも大きなコストとリスクを引き受けなければなりませんが、見捨てるわけにもいかないという状況を表した言葉です。
この問題を解決するためには、小規模かつ局地的な武力攻撃に対して、エスカレーションを制御しながら断固とした軍事的措置をとるための戦略を確立しなければならない、というのが著者の主張です。
その具体的な方法について、著者はさまざまな角度から分析を加えていますが、その特徴をまとめると経済戦の手段と武力戦の手段を同時並行的に運用することが提案されています。
例えば、エネルギー、金融、物流などの経済システムの重要部門を対象にした経済的制裁、石油パイプライン、港湾施設、タンカーなどの輸送手段に対する軍事的手段を用いた通商破壊を組み合わせる戦略が考えられます。著者はこれを「非対称的防衛の戦略(strategy of asymmetric defense)」と呼んでいます。
戦略の原則では敵軍の主力を撃滅することが最優先とされることもありますが、著者はあえてそのような原則から離れ、侵略国の経済に打撃を与えるような行動だけを選択することで、エスカレーションを回避し、軍事侵略に対するコストを上乗せしようとしています。
いかにして米軍は事態に対処すべきなのか
この著作はこのような戦略案がどのように機能するのかを読者に説明するため、エストニアやラトビアをロシアが占領するシナリオ、東シナ海で中国が尖閣諸島を占領するシナリオ、そして独立を目論む台湾を中国が武力で阻止しようとするシナリオを検討しています。
米国の視点でこれらのシナリオを分析すると、これらの地域からロシア軍、中国軍を後退させるために米軍が戦域に投入しなければならない兵力はかなりの規模になると推定されており、また近年のロシアと中国の軍事的近代化の進捗によっては、軍事的勝利を収めることが極めて難しいかもしれません。
本格的な戦闘を避けるためには、米軍はロシア経済、あるいは中国経済の基盤である海上交通路を遮断することが有効であり、特に米軍はユーラシア大陸の沿岸部に対する作戦を準備するべきです。
著者は、中国軍が尖閣諸島に対する武力攻撃を加えてきたならば、ペルシャ湾を米海軍の兵力によって封鎖し、中国が石油を手に入れることを阻止する作戦が有効ではないかと提案しています。
ただし、この封鎖作戦は長期にわたって継続することが必要であるため、空母4隻から6隻とそれを護衛する艦艇が必要になるかもしれないと推定されています。これは米軍にとって負担が小さな作戦とは言えませんが、中国に対して直接的に軍事攻撃を加えるよりも、エスカレーションの危険を抑えることができると期待されています。
むすびにかえて
著者は結論において中国やロシアが米国の同盟国に対して限定的かつ小規模な武力攻撃を仕掛ける可能性を次のように述べています。
「核抑止の時代に一国の領土全部を占領し、可能であれば併合するような、あからさまな侵略は一見すると起こりそうにない。(中略)しかし、本当の危険は残されたままである。中国政府あるいはロシア政府は、米国主導の既存秩序を少しずつ弱めようとするかもしれない。そのために、米国とその同盟国の反応を探り、また条約の義務を順守する西側陣営の集団的な意志を弱めるために計画された小規模な侵略を行うかもしれない」
このようなシナリオを想定するのであれば、著者が述べたような中国やロシアとのエスカレーションを避けるだけでなく、海上封鎖といった戦略で対処する方法を検討しておかなければならないでしょう。
ただし、このような戦略を採用する場合は、軍事的に膠着状態が続くことが予測されるため、政治的、経済的、社会的な影響が長期に及ぶことも考慮しなければならないと思います。
武内和人(Twitterアカウント)
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この著作は最近の米国における対中、対ロ戦略の潮流に位置づけることができるものです。著作でも参照されている最近の研究として次のようなものが挙げられています。