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文献紹介 尖閣諸島で戦争が勃発する恐れがある時、米軍はどう動くべきか

ブルッキングス研究所の マイケル・オハンロン(Michael E. O'Hanlon) は、2019年の著作『 尖閣パラドックス(The Senkaku Paradox) 』において、局地的な小規模・限定的な武力攻撃であっても、それが短期間で急激なエスカレーションを引き起こし、大規模な全面戦争を引き起こす危険が高まっていると警告しています。 Michael E. O'Hanlon,  The Senkaku Paradox: Risking Great Power War Over Small Stakes , Brookings Institution Press, 2019. エスカレーションの問題 国際的な対立が深まっている状況においては、一方の大国が他方の大国に意図的な武力攻撃を加えると、それが極めて小さな規模であったとしても、大規模な武力衝突にエスカレートするリスクがあります。現在の世界ではバルト三国に対するロシアの攻撃や、東シナ海の尖閣諸島に対する中国の攻撃がエスカレーションの引き金を引く可能性があると著者は懸念しています。 米国の立場で状況を分析すると、前述したロシアと中国のどちらの武力攻撃も米国ではなく、米国の同盟国に向けられることが想定されます。 このような武力攻撃は米国にとって同盟国を見捨てるのか、それとも同盟国を防衛するために自国が戦争に巻き込まれるリスクをとるのか選択を迫るという共通点があります。 現在の米軍の戦略としては、バルト三国のような北大西洋条約機構の加盟国に対する武力攻撃は、米国に対する武力攻撃と同じように断固とした態度で軍事的手段により対処することになっていますが、これは事態をエスカレートさせる可能性があり、それは最悪の場合には核兵器の使用も含めた全面戦争に突入することを覚悟することを意味しています。 軍事的打撃と経済的打撃の併用 この著作のタイトルである「尖閣パラドックス」とは、東シナ海の小さな無人島である尖閣諸島に対する武力攻撃が中国によって行われた場合、米国は同盟国を防衛するという義務を果たすためにあまりにも大きなコストとリスクを引き受けなければなりませんが、見捨てるわけにもいかないという状況を表した言葉です。 この問題を解決するためには、小規模かつ局地的な武力攻撃に対して、エスカレーションを制御しながら断固...

ロシアの憲法改正を踏まえ、日本は対ロシア政策を見直すべき

テンプル大学ジャパンキャンパス准教授ジェームズ・ブラウン(James D J Brown)は、7月6日に発表した論説記事で7月4日のロシアの憲法改正が日本の安全保障にどのように影響を及ぼすかを考察しています。その上で日本の対ロシア政策の方針を見直す時機が来ていると提案しています。  James D J Brown, Russia’s Revised Constitution Shows Putin is No Friend of Japan, Commentary, RUSI, 6 July 2020. 2020年7月1日の国民投票の結果に基づき、ロシアの憲法は改正され、4日に発効しました。これはロシアの内政の問題ではありますが、新憲法の67条に「ロシア連邦の領土の一部を奪うことを目的とした行為、およびそれを容認する行為は許されない」と定められているため、北方領土の問題で交渉を進めたい日本の外交にも影響があります。 ただし、この憲法では「国境線の細分化、分割、再分割」という調整を例外的に認めているため、今回の憲法改正で日本の外交に影響が出ることはないという見方もあります。 しかし、著者はロシアが日本の立場に配慮していると解釈すべきではないと主張しており、これまでの安倍政権の下で推進された対ロシア政策が具体的な成果を上げることができていないことを踏まえて、政策を見直す必要があると論じています。 確かに、ロシア政府が北方領土を日本に返還するため、例外的規定を適用することは法的に可能かもしれません。 しかし、ロシアの政界においてそのような対日交渉を進めることに強い反発があり、領土の問題で一切の譲歩を認めるべきではないという主張が根強くあること、また世論としても日本に領土を引き渡すことを認めるような論調は存在しないことを考慮しなければなりません。 ロシアの国内政治の状況を考えれば、プーチン政権が北方領土の問題で譲歩することは考えにくいと判断せざるを得ません。 このことから考えられるのは、プーチン大統領が悪意を持って安倍首相との交渉を進めてきたという可能性です。つまり、もともと日本と交渉をまとめる意図がないにもかかわらず、交渉を続ける姿勢を保つことで、日本からの関与を引き出す狙いがあったのではないかと著者は推察しています。 2018年11月、平和条約を締結した後で、歯舞群島と...

海外の研究者が解説する日本のイージス・アショアの配備中止

2020年6月17日、河野太郎防衛大臣は陸上に配備するタイプの弾道ミサイル防衛システムである「イージス・アショア」を国内に配備する計画を中止すると発表し、日本だけでなく、米国の専門家をも驚かせました。 この問題は2020年7月6日に米国有数のシンクタンクであるランド研究所でも取り上げられており、アジア太平洋の安全保障を専門とする政治学者ホーナング(Jeffrey Hornung)が解説しています。 Jeffrey W. Hornung, Japan Is Canceling a U.S. Missile Defense System, Commentary(Foreign Policy), RAND, July 6, 2020.  https://www.rand.org/blog/2020/07/japan-is-canceling-a-us-missile-defense-system.html (7月13日) ホーナングの解説によれば、この決定は理解できるものであり、日米同盟に与える影響は否定できないものの、克服することができる性質のものだとされています。 今回の配備計画の中止の理由については、防衛省として二つの理由が示されてました。 一つ目の理由は、迎撃のために発射するミサイルのロケット・ブースターが周辺地域に落下し、住民の生命と財産を脅かす可能性を完全に取り除くことが難しいというものでした。 第二の理由として、この危険を除去するために、ソフトウェアを改修することが検討されたものの、ミサイルのハードウェアを再設計しなければならない可能性が高く、18億ドルの追加経費と10年の開発期間を要する見積が出されました。 これら二つの要因を総合すると、イージス・アショアの配備に伴う危険は許容できず、またその解決は合理的な費用の範囲では不可能だったと理解することができます。 ホーナングはこの防衛省の説明に関連して、日本がイージス・システムを調達することを決めた当初に作成した見積を上回る費用が既に発生していることを指摘しています。 「イージス・システムの購入、運用、維持にかかる費用は当初、30年間の運用期間で21.5億ドルと見積もられていたが、18億ドルの追加費用を差し引いても41億ドルに膨れ上がっていた」 ホーナングは政治的な反発があったことにも言及していますが、この要因...

資料紹介 中国海軍の急激な拡大に日本の海上自衛隊は追いつけていない

アメリカのシンクタンクである戦略予算評価センター(Center for Strategic and Budgetary Assessments, CSBA)の研究員トシ・ヨシハラ(Toshi Yoshihara)はアジア太平洋地域の安全保障問題の専門家であり、2020年に報告書『 ドラゴン対太陽:日本のシーパワーに関する中国の見方(Dragon against the Sun: Chinese views of Japanese Seapower) 』を発表したことで注目されています。 今回は、その全体的な内容を概観した上で、特に日本の戦略を考える上でどのような意味を持つかを考察してみたいと思います。 中国はすでに日本に対し海上勢力で優勢 中国が長期的な取り組みとして海上戦力の拡張を推し進めてきた結果、日本の海上戦力に対して数的優勢を期待することが可能にいることを警告することが、この報告書の狙いです。中国の指導者は自国の軍事的優勢を信じやすくなっているため、危機や紛争で攻撃的行動に打って出てくるリスクが増しており、抑止することが困難になりつつあると指摘されています。 「別の調査によれば、2030年までには、中国海軍の最新鋭であり、また非常に近代的な軍艦は増加すると予測されており、巡洋艦は16隻から20隻、駆逐艦は36隻から40隻、フリゲートは40隻から50隻、水陸両用強襲艦は最低10隻、空母は最低4隻になる。さらに約60隻の通常動力型潜水艦、最低16隻の原子力攻撃潜水艦、最低8隻の弾道ミサイル潜水艦が10年以内に潜水艦部隊に就役すると予測される。これと比べれば、2019年の時点で海上自衛隊の勢力はヘリコプター空母が4隻、巡洋艦が2隻、駆逐艦が34隻、フリゲートが11隻、水陸両用強襲艦が3隻、高速攻撃ミサイル艇が6隻、通常動力型の潜水艦が21隻である。このままでは、2030年に日本が水上艦部隊、潜水艦部隊が現在より増強されることはないだろう」(Yoshihara 2020: 11) すでに2020年の時点で中国海軍が保有する艦艇の総トン数は海自を40%上回っています。海自は護衛艦1隻当たりの平均的な大きさで中国海軍を45%ほど上回っていますが、中国が055型駆逐艦(米軍の基準では巡洋艦に区分される規模)の配備を進めているため、この優位は時間経過で次第に消滅することが予...

論文紹介 1978年の日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の重要性

1986年10月、日米共同訓練の様子、1980年代に日米防衛協力の一環として共同訓練が行われるようになり、日米同盟の実効性も改善されていった。陸上自衛隊第11旅団HP 第二次世界大戦後における日本の対外政策では、米国の戦争に巻き込まれないことが一つの焦点とされていました。 そのため、日米安保体制の下で日本は米国と同盟関係にありながら、有事の際に両国がどのように作戦を遂行すべきか不明確な状況が長らく続いていたのです。 こうした状況が大幅に変わった時期が1980年代であり、現在に至る日米同盟の基盤を整える上で大きな成果があったとされています。 今回はこの時期の日米同盟の強化に向けた取り組みが成果を上げることができた理由を考察した研究を取り上げ、特に日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に関する考察を中心に紹介していきます。 文献情報 マイケル・ジョナサン・グリーン「能動的な協力関係の構築に向けて 冷戦後の同盟漂流に対する80年代の教訓」入江昭、ロバート・ワンプラー編『(日本語版)日米戦後関係史』細谷千博、有賀貞訳、講談社インターナショナル、2001年、160-189頁 極東におけるソ連軍の脅威 ソ連軍が配備したSS-20(RSD-10)は中距離弾道ミサイルであり、極東への配備が開始されると日本本土をその射程に捉えることができた。日本に対する核攻撃の脅威を大きく高める一因となった。George Chernilevsky 2009.  Intermediate-range ballistic missile with a nuclear warhead RSD-10 Pioneer. 1980年代に日米同盟が強化された要因として、東アジア正面におけるソ連軍が増強されたことと、米ソ間のデタントが崩壊したことの二点が挙げられます。 当時のソ連軍が実際に極東の部隊配備をどれだけ強化していたのかについて、著者は次のように説明を加えています。 「ソ連の極東地域における軍事力増強は実際にはその数年前に始まっていた。1970年代半ばにおいて、ソ連海軍はオホーツク海に弾道ミサイルを搭載した20数隻の潜水艦の配備を開始していた。これらの潜水艦は、米国本土を直接攻撃する能力を有していた。また、ソ連は極東に170基のSS-20中距離...

論文紹介 米ソ冷戦で日本の防衛力が重要だった理由

東西冷戦が核戦争に至らないまま終結した理由の一つに、日本の防衛力が関係していたという議論は、突拍子がないように思われるかもしれません。 日本は核保有国ではなく、また通常戦力でもソ連に比べれば極めてその規模は限定されていました。しかし、問題は日本の防衛力の質や量ではありません。 日本の防衛力は、それが占める地理上の位置によって大きな役割を果たしていたという説が論じられています。 今回は、冷戦末期の時期に、東西両陣営の勢力関係を通常抑止の観点から考察した研究論文を取り上げ、特に日本の防衛力が米国をはじめとする西側陣営の対ソ戦略で重要な役割を担っていたのかを考察した部分を中心に紹介したいと思います。 文献情報 鈴木祐二「東西間の通常抑止」佐藤誠三郎編『東西関係の戦略論的分析』第2章、日本国際問題研究所、1990年、138-175頁 西側から見た東アジアの戦略的重要性 1980年代までにソ連陣営(赤色)に近かった中国(黄色)が外交を見直し、米国陣営(青色)に接近したことで、大きな構造的転換を遂げることになった。これにより極東ソ連は大規模な地上部隊を持つ中国に対抗する必要が出てきた。 日本の防衛力はあくまでも日本の防衛のためであり、西側の防衛に対して寄与するものではなく、また関係もなかったという見方を著者は否定しています。 著者の見解によれば、日本の防衛力は米国を中心とする西側の対ソ世界戦略の一部を構成しており、特に「アジアの翼側」をカバーする意味合いがありました。 「米国の『軍事態勢報告』1984年度版は東アジア地域について、「グローバルな軍事戦略の面では、NATOに対するソ連の攻撃を抑止する重要な役割を果たしている。それは、NATOへの攻撃に先立ち、ソ連の作戦計画担当者はまずアジアでの翼側を安全にしておく必要があるからだ」と述べている。したがって、米国を中心とする西側がこの地域で軍事力バランスを有利な状態に保ち、効果的な軍事作戦を遂行できるような態勢をとっておくことは、すなわちソ連にとっての「アジアの翼側」の安全を確実にさせないことであり、グローバルな対ソ抑止戦略のなかできわめて重要な位置を持つのである」(鈴木、168頁) このような議論は以前の記事で紹介した論文( 論文紹介 ソ連から見た東アジアの新冷戦 )で...

論文紹介 冷戦期における日本の陸上防衛力の発展とその課題

戦後の日米関係の歴史にはさまざな側面がありましたが、やや単純化された見方の中には、日本が米国に安全保障で依存していたために、冷戦期の日本の防衛努力は限定的なものに過ぎなかったというものがあります。しかし、戦後においても日本は防衛力の強化を完全に放棄していたわけではなく、通常戦力の分野で絶えず能力向上を続け、米国もその成果に注目していました。 今回は、日本の防衛力でも特に陸上防衛力に注目し、その意義について米軍の立場から考察を加えた論文を取り上げてみたいと思います。 文献情報 Ebel, Wilfred L. 1978. "Japan's Developing Army," Military Review , Vol. LVIII, No. 4(April 1978): 29-33. 戦後日本の国防と陸自の位置付け 1950年8月、警察予備隊での朝礼 戦後において日本は軍備の増強に一貫して抑制的であったとのイメージがあるかもしれません。確かに、日本は憲法の問題から「戦力」の保有を違憲とし、これに自衛隊が当たらないという複雑な解釈に基づいて防衛政策を動かし、自衛隊の大幅な拡張には慎重でした。しかし、一切の能力向上を放棄していたわけではありません。著者は、米国の占領統治を終了させるのと引き換えに米国の同盟国となり、通常戦力の質的向上を図ってきたと論じています。 「日本は過去四半世紀にわたり極めて低い軍事的能力を維持してきた。日本は1950年に事実上の軍隊を編成し始めたが、現在、第二次世界大戦の帝国陸軍よりも、その軍隊がより大規模な火力を運用しているが、日本の軍備増強にはほとんど注意が向けられていない。長年にわたり、第二次世界大戦後、日本の陸軍は、警察予備隊または保安隊として婉曲的に呼ばれていた。 現在においても、日本人は軍隊の所持を認めないことを好んでいる。 日本人の陸軍は、陸上自衛隊(以下、陸自)と正式に呼ばれている」(Ebel 1978: 29) こうした名称が、日本国憲法の第9条に関する政府解釈によるものですが、日本政府は陸自を蔑ろにしてきたというわけではなく、日本の国防を支える通常戦力として頼りにしてきました。 「日本の米国占領が終了する代償として、日本が米国の軍事上の同盟国になることに合意した...

事例研究 1986年の日米共同統合演習で見えた課題

1980年代は日本がこれまで以上に米国と防衛において連携するようになった時期に当たります。 当初、日米共同訓練は陸海空ごとに別々に行われていたのですが、1986年2月24日から28日にかけて陸海空そろって参加する初の日米共同統合演習(指揮所演習)が実施されました。しかし、この時の演習で見えてきたのは、自衛隊と米軍の作戦に齟齬だったことは、あまり知られていません。 今回は、演習が実施された当時の統合幕僚会議議長だった航空自衛官の森繁弘(1927-)の証言を踏まえながら、当時の状況について紹介し、若干の考察を付け加えたいと思います。 在日米軍と第七艦隊の関係 日本が東アジア正面で想定されていたシナリオの一つが北海道に来襲するソ連軍の対処であり、自衛隊の能力で攻撃を支え切れない場合には来援する米軍と協力して撃破することが考えられていた。しかし、オホーツク海を中心にソ連軍の潜水艦が北海道の周辺に展開していれば、米空母機動部隊は速やかに来援することは難しくなる恐れがあった。 当時の日米共同統合演習に関する森の証言で興味深いのは、第七艦隊の行動に関する部分です。 この演習の準備段階において、有事に極東正面でソ連軍に対処する状況が想定されることになると、在日米軍では自衛隊とだけでなく、第七艦隊の参加が必要であるという意向を示してきました。一般に第七艦隊と聞けば在日米軍の一部のようにイメージされるかもしれませんが、正しくは在日米軍ではなく、太平洋海軍の指揮下にある部隊であるため、森は海幕を通じて太平洋軍と直接調整することになったと述べています。 「決定的に違っていたのは、私が統幕議長になってからだいぶ後の話だけど、北部で統合共同演習をやったわけです。これは実動もやったんだけど、実動の前にCPX(共同指揮所演習)というものをやりました。その時に、米軍は「第七艦隊が参加しなければ統合演習にならない」と言ったので、第七艦隊も参加してほしいということを、海上幕僚監部を通じて第七艦隊に打診して、やっと参加してもらいました。そうすると、第七艦隊は在日米軍司令官の指揮下にないのよ。第七艦隊は太平洋軍の直接指揮下にあるから、在日米軍司令官や空軍司令官の命令はまったく関係なし。だから、こちらが共同統合演習をやるといっても、ハワイまでお伺いを立てないと演習にならない」...

事例研究 冷戦期における基盤的防衛力の妥当性

国民から戦略が不明確との批判を受けがちな日本ですが、防衛力の整備を基礎づける基本方針の検討がこれまでに皆無だったわけではありません。 最近の防衛計画の関連文書でも統合機動防衛力、動的防衛力といった用語が登場しているように、日本はどのような防衛体制を構築すべきかという問題に対して、統一的、包括的な姿勢を打ち出す努力はこれまでにも行われてきました。 しかし、問題の本質は、そのような構想が実効性を伴っているのかという点です。今回は、1970年代に登場した基盤的防衛力という防衛計画の構想を取り上げ、それについて当時の自衛官がどのように考えていたのかを考察したいと思います。 基盤的防衛力とは何か 1977年版の防衛白書を参照すると、基盤的防衛力とは「脅威の量だけを考えて防衛力の量を算定するのではなく、例えば組織上も配備場も隙がなく、かつ、均衡のとれた態勢を保有し、平時において十分な警戒態勢をとりうるものという観点から防衛力の量を追求した」と定義されています(防衛庁『日本の防衛』1977年、54頁)。 言い換えれば、これは日本として整備すべき防衛力の規模が、脅威となる国家の勢力規模に必ずしも見合う必要はないとする防衛構想です。 例えば、国家Aが30個師団の軍備を持つ国家Bを脅威と判断し、また我が方として10個師団の兵力を整備し、防御陣地を構築しておけば、戦闘状態になっても十分に対抗できるという状況見積が得られたとします。 この場合、10個師団を整備するのが普通の所要防衛力構想の考え方なのですが、基盤的防衛力は5個師団や6個師団など、見積よりも規模を小さくした兵力を整備することで、防衛負担を軽減しておくのです。所要防衛力は有事または危機的状況が確認された後で勢力を拡充すれば十分間に合うと考えます。 このようにすれば、財政上の支出を防衛部門に配分する割合を減らし、それだけ経済成長を促進することができるという側面もあります。 基盤的防衛力の擁護と 批判 これまで国内で行われた戦略の研究には、基盤的防衛力が「戦後の日本において唯一の包括的かつ洗練された防衛戦略構想であった」と評価するものもあります(道下「戦略思想としての「基盤的防衛力構想」」2005年、218頁)。 その根拠の一つとされているのが、安全保障のジレンマへの配慮です(同上、236-23...

論文紹介 敵地攻撃能力から考える日本の防衛

現在、日本が戦略として採用する基本的な考え方は専守防衛に依拠しています。 政府の公式見解によれば、専守防衛とは相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する自衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢と規定されます。 そして、戦略より下位の作戦、戦術はすべてこの戦略に基づいて組み立てられるのです。 今回は、この専守防衛を採用する日本が弾道ミサイルの脅威に対応する上で必要とする敵地攻撃能力の意義と限界を、戦略的観点から考察した論文を紹介したいと思います。 文献情報 高橋杉雄「専守防衛下の敵地攻撃能力をめぐって――弾道ミサイル脅威への1つの対応――」『防衛研究所紀要』第8巻第1号、2005年10月、105-121頁 敵地攻撃と国土防衛は矛盾しない 正規空母「ロナルド・レーガン」の飛行甲板。洋上から固定翼機を発進させることができる正規空母は、攻撃的能力を強化する代表的な装備と見なされていることから、現在の日本では整備されていない。 専守防衛のような受動的な防衛戦略を宣言しているのは、必ずしも日本だけではないのですが、著者は攻撃的能力の保持を厳格に自制してきた点に特異性があると見ており、「他国に対する攻撃性を極小化した防衛力を構築してきた」と述べています(高橋, 106頁)。 これは攻撃的能力に該当する装備として、射程や航続距離等から大陸間弾道ミサイル、戦略爆撃機、航空母艦等を保持しない方針を日本が堅持していることを意味しますが、これらの装備は必ずしも国土防衛の考え方に矛盾するわけではありません。 そもそも攻撃的能力を持つことが侵略的意図を持つことを必ずしも意味せず(同上)、現に多くの国家が侵略的意図を持つことなくこうした装備を運用しているためです(同上、107頁)。 純粋に自国の防衛だけを追求した戦略であっても、単に防御を固めるばかりではなく、状況によっては攻撃に移行する必要があることを、著者は次のように説明しています。 「相手が自国を攻撃するのを防ぐために、自ら敵地を攻撃して敵の軍事力を撃破することは、『攻勢防御』あるいは『積極防御』と呼ばれる防御的な軍事戦略の1つである。また、純粋に防御に徹しているだけでは、ある程...

論文紹介 日本版A2/ADと日米共同作戦のあり方

近年、東アジア地域の安全保障環境が厳しさを増している理由は一つだけではありませんが、その最も重要な要因は中国が 接近阻止・領域拒否 (以下、A2/AD)を戦略構想として重視していることです。A2/ADは作戦領域に敵が進入することを阻止し、また作戦領域に進入した敵の活動を拒否することをいいます。 つまり、中国は台湾をはじめとする東アジア地域の戦略要点に米軍部隊が接近することができない状況を創出することに取り組んでいるのです。 この軍事的脅威を受けて米国は確証接近(Assured Access, AA)という対抗戦略を打ち出しましたが、国内の政治情勢が国防予算の増額を抑制する方向に作用しているため、戦略に十分な実効性が伴うのか疑問が残されています(米国が直面する国防予算の限界を受けて、 オフショア・コントロール を主張する研究も一部で出されていることは以前にも紹介した通りです)。 こうした安全保障環境の変化の中で、中国が採用したA2/ADを日本でも採用できないかという議論が出されています。今回は、日本版A2/ADの実効性について考察した論文の要点を紹介したいと思います。 文献紹介 永岩俊道「米国の対中軍事戦略と日本の対応―日本版「接近阻止・領域拒否戦略」体制の構築―」『国際安全保障』第41巻、第1号、2013年6月、60-72頁 中国は長期的観点からA2/AD戦略を展開している 戦闘訓練のために離陸する中国空軍の戦闘機J-11。 2015年末の時点で95機が配備され、防空任務等の目的で使用されている。 中国の戦略の源流として著者は毛沢東が1938年に『遊撃戦論』の中で展開し、鄧小平によって再解釈された戦略思想に着目しており、その基本的な特徴を次のように説明しています。 「その戦略思想は彼我の戦力比が味方に不利な段階では戦略的防御を意味する「韜光養晦(とうこうようかい)」を基本とする。つまり、能力を隠し、力を蓄えることを堅持し、将来の好機に備える。彼我の戦力比が改善されてほぼ拮抗状態になった場合には、戦略的対峙へと進み、「堅持韜光養晦、積極有所作為」へと移行する」(永岩、61頁) さらに著者は、中国は最終的に戦力比が味方に有利になれば、戦略的反攻に移行し、当該地域での覇権を確立することを目指すとも述べています。 興味深いのは...

論文紹介 日本のシーレーン防衛と陸上自衛隊の意義

日本は対外貿易のほぼすべてを海上交通に頼る国家であり、シーレーンに加えられる脅威は直ちに日本の安全保障にとって深刻な悪影響を及ぼす危険があります。 このような安全保障環境において日本が重視すべき防衛力とは、第一に海上戦力、第二に航空戦力と考えられ、陸上戦力の位置付けは第三に置かれてしまいがちです。 しかし、だからといって陸上戦力の人員や装備の充実は軽視されても良いという考え方は短絡的であり、陸上戦力が海洋国家の安全保障にとってどのような意味を持つのかを理解することが重要です。 今回は、日本のシーレーン防衛における陸上自衛隊の役割を考察した論文を紹介し、その成果について検討してみたいと思います。 論文情報 吉富望「海上交通の安全確保における陸上自衛隊の役割――海洋国家の陸軍種として――」『国際安全保障』第43巻、第1号、2015年6月、106-122頁 シーレーン防衛の重要性と陸上戦力の役割 鹿児島県志布志市にある国家石油備蓄基地。 日本では全国に備蓄基地が10カ所建設されており、官民合計で約190日分の消費量を支える水準の備蓄がある。原油輸入に使用するシーレーンが脅威を受けた場合には、経済産業大臣の権限に基づいて使用することが可能。 日本にとってシーレーンがどれほど重要なものであるかということは、すでに広く知られていますが、特にその理由として大きなものとしてエネルギー資源、特に原油資源の確保に必要であることが挙げられます。 第二次安倍内閣で策定された『国家安全保障戦略』でも、「海上交通の安全を確保するとともに、各国との海洋安全保障協力を推進する」ことが述べられていることを著者は紹介し、その防衛が日本の安全保障上の課題であることを説明しています(吉富、106頁)。 しかし、このシーレーン防衛の課題に取り組む手段を海上戦力に限定して考えることは適切ではないと著者は論じています。なぜなら、シーレーンに対する脅威は必ずしも海上作戦だけで対処できるとは限らないためです。 ティル(Geoffrey Till)の研究では、海上交通にとっての脅威に地域紛争、テロリズム、海賊、事故や災害などの不測事態の四種類があるとされていますが、著者は不測事態以外はいずれも陸上の状況に根本的な原因が存在していることを指摘しており、また海上交通路の起点と終...

論文紹介 自衛隊も接近阻止/領域拒否(A2AD)を重視すべきか

近年の東アジア地域の安全保障環境において、日本が検討すべき戦略として接近阻止/領域拒否( A2AD )を挙げている研究者がいます。つまり中国軍が対米戦略として採用している戦略を日本としても採用することにより、少なくとも中国軍の海洋への進出を手詰まりに追い込むことができるという考え方です。 今回は、戦略研究の観点から日本の戦略として接近阻止の重要性を考察した論文の内容を紹介し、その意義と限界について考察したいと思います。 論文紹介 Toshi Yoshihara. 2014. Going Anti-Access at Sea: How Japan Can Turn the Tables on China , Maritime Strategy Series, September, Washington, D.C.: Center for New American Security. http://www.cnas.org/sites/default/files/publications-pdf/CNAS%20Maritime2_Yoshihara.pdf (Accessed 2016/3/11) 近代化する中国軍の脅威 052D型駆逐艦。現在、中国海軍で配備が進められているミサイル駆逐艦。 主要な兵装はHHQ-9であり、諸説あるが射程200km、32セルのVLSが2基搭載。 近年の日中間の勢力関係について著者は、基本的に日本が不利であるという見方を示しています。 中国海軍は着実に戦力規模の拡大を続けており、2000年から2010年にかけて攻撃型潜水艦は5隻から31隻に、初の航空母艦として遼寧が配備されただけでなく、ソブレメンヌイ級駆逐艦もロシアから4隻調達しました(Yoshihara 2014: 4)。 また中国海軍の052D型駆逐艦の性能は、海自のこんごう型護衛艦に匹敵するとさえ述べられています(Ibid.)。 また戦力を整備するだけでなく、中国海軍は2008年以降に東シナ海から太平洋に向けて繰り返し航行するようになっており、2013年には初めて水上任務群が日本列島の周航を行うことにも成功しました(Ibid.)。また2013年に中国政府は一方的に防空識別圏の設定を通告し、外国の航空機に飛行計画の提出を要求しただけでなく、この防空...

今さら聞けない中国軍の接近阻止/領域拒否(A2/AD)

最近の日本の安全保障に関する研究者、自衛官の間では、中国軍が「積極防衛」という基本方針に従って、「接近阻止/領域拒否」(英語でA2/ADと略されることもあります)の能力を強化しており、このことが北東アジア地域における米国の抑止力を低下させる恐れがあるという状況判断が、議論の前提として広く共有されつつあります。 しかしながら、このような議論は依然として国民の間で共有されているとは言い難い状況が続いていると思います。 その背景には米国での議論を日本に持ち込む際に「A2/AD」というペンタゴン用語、つまり国防の関係者以外には理解し難い用語が十分に日本国内で理解されておらず、また理解を広げる取り組みが専門家の側でまだまだ不足している事情が関係していると思います。 今回は、改めて中国軍が重視する接近阻止/領域拒否が何を目指すものであり、それが日本や米国にどのような影響を及ぼすものであるのかを基礎から説明したいと思います。 接近阻止/領域拒否の基本的な考え方 この記事ではMcDevittの研究に沿って説明してみたいと思います。 そもそも接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial)という用語が米国国防総省の公文書で最初に使用されたのは2001年度四カ年防衛評価(Quadrennial Defense Review)であり、当時この用語は台湾有事で米軍が介入してくることを防止するための中国軍の取り組みを特徴付けるために用いられていました(McDevitt 2011: 191)。 接近阻止/領域拒否の基本的な考え方はそれほど複雑なものではありません。 要するに中国軍が作戦を開始した際に、その作戦地域に米軍が部隊を送り込んでくる事態を防ぐため、努めて遠方で米軍の部隊を撃破し、中国軍の作戦地域には進出させないという構想です(Ibid.)。 このような構想を中国軍が実現することができれば、軍事力で圧倒的に優勢な米軍が北東アジア情勢に介入してくることを妨げることができるため、中国はこの地域で対外政策をより遂行しやすくなると期待されます。 接近阻止/領域拒否は一つの概念として議論されることも少なくありませんが、McDevittの研究によると、異なる意味を持っている用語です。 つまり接近阻止は沖縄の嘉手納基地に配備された米空軍の戦闘...