ランド研究所の研究員ダリア・ダッサ・ケイ(Dalia Dassa Kaye)とイスラエル政策会議のシラ・エフロン(Shira Efron)が2020年8/9月号の『サバイバル』で「イスラエルの進化する対イラン政策(Israel’s Evolving Iran Policy)」と題する共著の論文を発表しました。
イランに対するイスラエルの政策が形成された経緯とその影響を調査し、今後の中東情勢の動向を検討しています。
論文情報
イランの脅威に対処する必要があることではイスラエルの国内で意見が一致しています。しかし、イランの脅威にどのように対応すべきかという点に関しては、国内で政治的な対立がありました。
対イラン政策をめぐる対立を浮き彫りにした出来事として注目されるのが2015年に成立した包括的共同行動計画(Joint Comprehensive Plan of Action, JCPOA)であり、米国、英国、フランス、ロシア、中国、ドイツ、イランが受け入れた合意です。
その計画によれば、イランは核開発体制を大幅に縮小し、国際機関の査察を受け入れる見返りとして、西側からの経済制裁を段階的に解除してもらえる予定でした。
イスラエルのネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相は、この合意に猛反発しており、2015年に訪米した際にも連邦議会での演説でもこの合意を批判しています。
しかし、当時のイスラエルにはこの合意を支持する人もいました。イスラエル国防軍の参謀総長だったエイゼンコット(Gadi Eisenkot)、アシュケナジ(Gabi Ashkenazi)、ガンツ(Benny Gantz)のような将官だけでなく、諜報特務庁長官を務めたダガン(Meir Dagan)、パルド(Tamir Pardo)、公安庁長官の経歴を持つディスキン(Yuval Diskin)などもネタニヤフの立場と距離を置いていました。彼らはイランと合意をまとめ、核開発を一時的にでも中断させたことに一定の意義があったと認めています。
しかし、近年のイスラエルで影響力を強めているのはネタニヤフとその周辺の関係者です。彼らはイランとの核合意がイスラエルを危険に晒していると批判しています。
諜報特務庁長官コーエン(Yossi Cohen)は以前にネタニヤフ政権の国家安全保障顧問を務めていた人物であり、彼は2016年にイランの核合意の意義を否定しています。
国家安全保障会議の議長を務めたベンシャバット(Meir Ben-Shabbat)もネタニヤフに近い人物ですが、やはり対イラン政策でネタニヤフと近い立場にあります。
2017年1月、対イラン政策で強硬派のドナルド・トランプ政権が米国で発足したことを受けて、ネタニヤフ首相は米国とイスラエルの連携を強化し、米国にイランの核合意から離脱することを働きかけました。
このネタニヤフ政権の動きにはイスラエルの国内でも懸念の声が上がっていました。過去に武力行使を支持した元首相バラック(Ehud Barak)も、核合意から米国を離脱させることは、核合意の全面的な崩壊に繋がり、かえってイランの利益になると主張していました。
このような動きは米国が正式に核合意から離脱した2018年に終わり、これ以降は米国とイスラエルが一致してイランに圧力をかけるようになっています。
2018年の半ばからは、イランの支援を受けながらシリアで活動していた武装勢力に対し、イスラエル軍は空爆を実施するようになっており、元軍人のエイゼンコットが『ニューヨーク・タイムズ』で行った証言によれば、2018年だけでイスラエル軍は2000発の爆弾をシリアに投下しています。
2020年1月28日に著者らが独自にイスラエルの諜報機関の元職員に面接調査を実施したところ、2019年以降にイスラエルはイラクにも活動の範囲を広げ、イランの支援を受けている武装勢力に対抗し始めているようです。別の関係者の証言によれば、これはイランの勢力がシリアからイラクへ移動したためでした。
イスラエル政府が現地で運用する兵力や装備、展開している地域や活動の実態については論文でも明らかにはされていませんが、米軍はこの状況を把握しているようです。
中東の戦域を担当する中央軍においては、このようなイスラエルの活動が米国の市民の安全を脅かすのではないかと懸念していました。しかし、やがてイランの勢力に対抗する上で連携を深めるようになっています。
2020年1月、イランの特殊作戦部隊のゴドス軍司令官ソレイマニ(Qasem Soleimani)が米軍の無人航空機に殺害された当時の状況は、このようなものでした。
イスラエルは米国がイランに対する武力攻撃を公然と加えたことを歓迎し、さらに米国とイランの関係が悪化すれば、イランももはや核合意から離脱すると期待していると著者らは分析しています。
というのも、イランが合意から離脱すれば、イランに対する軍事的攻撃に米国を巻き込むことはさらに容易になると考えられるためです。
イスラエル政府はさらに対イラン政策を推進しようとしていますが、それを阻害する要因もあります。それは2020年11月に予定されている米国の大統領選挙です。
もし民主党候補が勝利を収め、2021年から新政権が発足することになれば、米国の対イラン政策は再度見直される可能性が高く、核合意に米国が復帰するかもしれません。そうなれば、ネタニヤフ政権の対イラン政策は行き詰まることになるでしょう。
武内和人(Twitterアカウント)
関連記事
- Dalia Dassa Kaye, Israel’s Iran Policies After the Nuclear Deal, Santa Monica: RAND Corporation, 2016. 紹介した論文の著者がランド研究所で2016年に発表している研究成果。2016年の時点で核合意が成立した後のイスラエルの対イラン政策の政策過程がどのように推移していたのかが分析されている。
- Dalia Dassa Kaye, Alireza Nader, Parisa Roshan, Israel and Iran: A Dangerous Rivalry, Santa Monica: RAND Corporation, 2012. イスラエルとイランの対立関係を歴史的背景に基づいて説明しており、イランの核開発の問題に対するイスラエルの強い反応についても考察されている。
