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国際社会における米国のソフトパワーが減退していると研究者が警告している

国家の能力を判断する際に、ハードパワーだけでなく、ソフトパワーに注目する必要があるという議論があります。ソフトパワーは米国の政治学者のジョセフ・ナイ(Joseph Samuel Nye, Jr.)が『 ソフト・パワー(Soft Power: The Means to Success in World Politics) 』(2004)で取り上げた国家の能力であり、経済的報酬、あるいは軍事的強制によらず、文化的な価値や先進的な政策によって国際社会に対する影響力を維持することができると考えられています。 しかし、最近の米国のソフトパワーは減退していることが指摘されています。ランド研究所が2020年9月に発表した報告書「 米国の対外政策における失われた世代(The Lost Generation in American Foreign Policy) 」で示された調査結果がそのことを裏付けています。 James Dobbins, Gabrielle Tarini, Ali Wyne, The Lost Generation in American Foreign Policy: How American Influence Has Declined, and What Can Be Done About It , Expert Insight, RAND, September 2020. すでに、バラク・オバマ政権の頃から国際社会における米国の影響力が低下しているとの見方はありましたが、ドナルド・トランプ政権になってからは、その見方を持つ人がますます増加する傾向にあります。この動向がどれほど世界的に進んでいるかを調査するため、著者らは米国のソフトパワーを測定するための国際的な世論調査を検討しました。 国際的な世論調査を継続的に実施してきた米国のシンクタンクである ピュー・リサーチ・センター(ピュー研究所) の調査の結果を調べると、 諸外国で米国に対する好意的な見方を持つ人の割合は、ブッシュ政権(2001~2009)で急落し、オバマ政権(2009~2017)で部分的に改善したものの、トランプ政権(2017~現在)で大幅に低下したことが分かります 。報告書ではデータが表にまとめられていますが、ここでは具体的なデータを示します(p. 4)。 ドイツでは、米国に好意的な人は199...

イスラエルの対イラン政策の変遷と、それが地域に与える影響が分析されている

ランド研究所の研究員ダリア・ダッサ・ケイ(Dalia Dassa Kaye)とイスラエル政策会議のシラ・エフロン(Shira Efron)が2020年8/9月号の『サバイバル』で「 イスラエルの進化する対イラン政策(Israel’s Evolving Iran Policy) 」と題する共著の論文を発表しました。 イランに対するイスラエルの政策が形成された経緯とその影響を調査し、今後の中東情勢の動向を検討しています。 論文情報 Dalia Dassa Kaye & Shira Efron (2020) Israel’s Evolving Iran Policy, Survival , 62:4, 7-30, DOI: 10.1080/00396338.2020.1792095 イランの脅威に対処する必要があることではイスラエルの国内で意見が一致しています。しかし、イランの脅威にどのように対応すべきかという点に関しては、国内で政治的な対立がありました。 対イラン政策をめぐる対立を浮き彫りにした出来事として注目されるのが2015年に成立した包括的共同行動計画(Joint Comprehensive Plan of Action, JCPOA)であり、米国、英国、フランス、ロシア、中国、ドイツ、イランが受け入れた合意です。 その計画によれば、イランは核開発体制を大幅に縮小し、国際機関の査察を受け入れる見返りとして、西側からの経済制裁を段階的に解除してもらえる予定でした。 イスラエルのネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相は、この合意に猛反発しており、2015年に訪米した際にも連邦議会での演説でもこの合意を批判しています。 しかし、当時のイスラエルにはこの合意を支持する人もいました。イスラエル国防軍の参謀総長だったエイゼンコット(Gadi Eisenkot)、アシュケナジ(Gabi Ashkenazi)、ガンツ(Benny Gantz)のような将官だけでなく、諜報特務庁長官を務めたダガン(Meir Dagan)、パルド(Tamir Pardo)、公安庁長官の経歴を持つディスキン(Yuval Diskin)などもネタニヤフの立場と距離を置いていました。彼らはイランと合意をまとめ、核開発を一時的にでも中断させたことに一定の意義があったと認めています。 し...

新型コロナウイルス感染症がもたらす政治的・経済的リスクの予測が進んでいる

2020年3月11日に世界保健機関事務総長が新型コロナウイルス感染症の世界的な広がりを「パンデミック」と呼んでから、1カ月が過ぎました。 多くの国々の努力にもかかわらず、社会的、経済的な損失は依然として拡大し続けており、その影響の深刻さは2008年の金融危機を凌駕します。 わたしたちは2020年以降の世界情勢のトレンドが劇的に変化することを覚悟する必要があり、その際に経済的な変化だけでなく、政治的にも重大な変化が出てくることを考慮する必要があります。 この問題に関する研究は始まったばかりですが、イギリスのシンクタンク国際戦略研究所(IISS)に所属する ロバート・ウォード が政治的、経済的リスクについて予測を立てている記事を紹介したいと思います。 Robert Ward, The global coronavirus crisis – an uneven recovery and rising political risk , International Institute for Strategic Studies, 9th April, 2020( https://www.iiss.org/blogs/analysis/2020/04/gstrat-coronavirus-crisis-and-rising-political-risk )4月12日アクセス確認 (注意:本稿の内容は専門家が立てた予測であり、確定された将来の事象を記述しているわけではありません) 打撃は深刻だが、その被害の程度は国ごとに異なる ウォードは世界中で政治状況が不安定になり、政治的リスクが急激に高まるという予測を立てています。単に各国の財政的な基盤が脅かされるだけでなく、各国政府が国内の経済的問題を解決するため、多国間協調が困難になっていくためです。 まず、新型コロナウイルスのパンデミックで世界中の国内総生産が急激に減少しています。これほど経済活動が縮小しているのは2008年から2009年の金融危機以来ですが、2020年の世界は2008年の当時よりもはるかに脆弱な状態でこの危機に突入してしまったことを考慮しておく必要があるとウォードは指摘しています。 2020年の経済的崩壊の速さは2008年の危機をはるかに凌駕しており、3月中旬以降にアメリカで急増してい...

学説紹介 リデル・ハートの間接アプローチの限界:フリードマンの一考察

戦争で交戦国はそれぞれ相手に自国の政策を強制するため、人員、武器、装備などを投入して戦闘に勝利を収めようとします。その過程で必ず多かれ少なかれ人的損害が発生することは避けられません。 20世紀以降の戦略家にとって問題なのは、その人的損害を正当化することが政治的に極めて難しくなっていることです。 可能な限り人的損失を減らしながら、戦争によって政治的目的を達成する戦略についてはさまざまな研究が行われてきましたが、今回はこうした戦略構想には限界があると指摘した ローレンス・フリードマン の論稿を紹介したいと思います。 論文情報 ローレンス・フリードマン著、吉崎知典訳「武力行使」『新防衛論集』24巻3号、1-15頁 現代戦で人的損害の増加が忌避される傾向にある 著者は人命尊重の傾向はベトナム戦争以降のアメリカの戦略に、はっきりと認められる特徴だと指摘しています。 ベトナム戦争は国民の戦争に対する支持と死傷者の数との関係に直接的な関係があることを多くの戦略家や研究者に認識させる契機でした(フリードマン、3頁)。 この政治的要請から見れば、その後のアメリカが遂行した軍事行動に数多くの中途半端な作戦が含まれていることの戦略的な意味も理解できます。 「ヴェトナム戦争によって自信を喪失した米国は、ソ連による(アンゴラ、エチオピア、アフガニスタンなど)第三世界の紛争介入が危惧されていた最中にあっても、それから数年間にわたり武力行使に消極的となっていた。こうした中、米軍も行動計画の再検討により[紛争介入という]最も公然たる任務に携わるようになったものの、1980年のテヘランの人質救出作戦、83~84年のベイルート「平和維持」部隊、グレナダとパナマにおける茶番劇など、中途半端な作戦を繰り返してしまった」(同上) これは、現代の先進諸国は国民の支持なしで大規模な戦争を遂行することが難しくなっていることを意味するだけではありません。 戦闘による人的損害が最も小さくするため、戦闘それ自体を回避しながら戦争を遂行する戦略が重視されるようになっているのです。 リデル・ハートの間接アプローチの問題点 こうした戦略思想それ自体は決して新しいものではありません。 敵部隊を殲滅するのではなく、巧みな機動によって戦意を挫き、それによって勝利を収めるべきだという議...

文献紹介 戦争の原因を3つに整理する:ウォルツが語るリアリズムの基礎

政治学者は戦争の原因をめぐり、何世代にもわたって論争を繰り広げてきました。そのため、研究者でも議論の全体像を把握しきれないほど多くの仮説が出されていました。 そのような状況で過去の議論を的確に総括し、研究者が取り組むべき論点を整理してみせた研究者の一人がケネス・ウォルツでした。 国際政治学において彼は構造的リアリズム(structural realism)と呼ばれる立場を打ち出した功績が評価されています。 今回は、ウォルツが自身の博士論文をもとに書き上げた著作を取り上げ、そこで戦争の原因をめぐる議論がどのように総括されていたのか、それが彼のリアリズムをどのように基礎付けたのかを紹介したいと思います。 文献情報 Waltz, K. N. (1959)  Man, the State, and War: A Theoretical Analysis . Columbia University Press.(邦訳、ケネス・ウォルツ『人間・国家・戦争:国際政治の3つのイメージ』渡邉昭夫、岡垣知子訳、勁草書房、2013年) 3つに分かれる政治学の分析レベル ケネス・ウォルツ(1924年 - 2013年)アメリカの政治学者。国際政治学を専門とし、ネオ・リアリズムあるいは構造的リアリズムとして知られる理論の発展に寄与した。『人間・国家・戦争』の他にも『国際政治の理論』などの業績がある。 ウォルツは戦争の原因を考えるには、人間を対象とする分析レベル、国家を対象とする分析レベル、国際システムを対象とする分析レベルの3つを事前に設定することが効率的だと考えました。 戦争の原因に関する多種多様な議論はこれらのどれかの類型に該当すると指摘したのです。 「政治哲学では「戦争の主要原因はどこにあるか」という問いに対する答えを探求することがよくある。この問いへの答えは驚くほど多様であり矛盾している。この答えの多様性を扱いやすくするには、答えを以下の3つの項目のもとに整理したほうがよいだろう。人間、個々の国家の構造、そして国際システムである」(邦訳、ウォルツ、22頁) これは戦争に関する政治分析は個人の性格や行動を分析するもの、一国の政治体制の特性を分析するもの、世界情勢の動向を分析するものに大別するという考え方です。 ウォルツの用語法に従う...

学説紹介 国家の任務は土地の防衛である―ラッツェルの政治地理学ー

国家を構成する要素は、領土、住民、政府であると言われていますが、その中でも特に長期的、継続的に国家のあり方に影響を及ぼす要素が領土です。領土はそこに居住する住民のために住居や資源を与え、あらゆる経済活動の基盤となります。 この領土という観点から国家を考察した地理学者にフリードリヒ・ラッツェルがおり、彼の国家理論はその後の政治地理学に大きな影響を残しました。今回は、そのラッツェルの学説を紹介したいと思います。 フリードリヒ・ラッツェルの国家観 フリードリヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel, 1844年8月30日 - 1904年8月9日)ドイツの地理学者。『政治地理学』、『人類地理学』などの著作を残している。 ラッツェルは近代地理学の成果を踏まえ、政治地理学という研究領域を切り開いた先駆者として位置付けられています。彼の国家に関する考察は地理的アプローチによるものであることから、土地と国家の関係が詳細に検討されている特徴があります。 ラッツェルの国家観がはっきりと現れている記述としては次のようなものがあります。 「国家にとって土地が不可欠であることは疑問の余地がない。土地や境界のない国は考えられないから政治地理学がいち早く発達したのであり、たとえ国家科学が国家の空間と位置の条件をたびたび看過したとはいえ、土地を軽視する国家学説は常に一時的な錯覚であったのである」(ラッツェル、43頁) ラッツェルは、政治学の歴史において、国家が絶えず地理的環境から影響を受けることは古くから知られていたが、その分析はまったく不十分だったと考えていました。例えば、社会契約論に基づく近代的な国家理論を展開したことで知られるトマス・ホッブズは「抽象的状態のみが記述され、吟味もせずに反復されている」とラッツェルは述べています(同上、10頁)。 ラッツェルは、学者の頭の中で国家を理論的に考察することの問題を認識し、より具体的、現実的な国家を考察すべきだと考えるため、地理学の立場から国家を捉え直すことが重要だと考えたといえます。 国家の任務は土地の防衛である ラッツェルは、領土が国家の構成要素となって、国家のあり方を規定するだけでなく、国家活動の対象でもあると述べています。それは住民にとって生活の基盤であり、国民の生命と財産を保証する上で...

学説紹介 ローズヴェルト政権の内部対立と対日政策への影響

フランクリン・ローズヴェルト(Franklin Roosevelt 1882-1945)は、1932年の大統領に当選し、ニューディールとして知られる経済復興をめざす施策を進めた功績で知られているアメリカの大統領です。しかし、外交的、軍事的観点から見ると、ローズヴェルトの政策は非常に消極的だったとも指摘されており、アジアで日本が、ヨーロッパでドイツやイタリアが軍事的に台頭しているにもかかわらず、戦争勃発まで中立主義の姿勢に終始しました。 1939年に第二次世界大戦が勃発すると、イギリス、フランスに武器輸出ができるように若干の政策変更を行っていますが、1940年に三選されたローズヴェルトは依然として参戦することは思い止まりました。今回の記事では、1940年にローズヴェルト政権の内部で何が起きていたのかを知るため、対日政策に注目したアトリーの研究成果の一部を紹介したいと思います。 1940年以降の内部対立 1937年、第二次上海事変の戦災で被害を受けた市街地。1843年以降、上海にはイギリス、フランス、アメリカの共同租界が置かれており、イギリス租界は共同租界の中でも特に中心的な位置を占めていた。日中戦争が進むにつれて日本の占領地は拡大していき、上海共同租界は孤立していた。この地域が日本軍に完全に接収されたのは1941年の対英米開戦が勃発してからのことである。 1940年、アメリカのローズヴェルト政権の内部で外交を主導していた閣僚は国務長官のコーデル・ハル(Cordell Hull, 1871-1955)でした。ハルはアメリカが日本に対して実力行使に踏み切ることに慎重な立場をとっており、中国から日本を撤退させる手段としては非軍事的手段を第一に考えていました。国務省の内外では、より強硬な姿勢で対応すべきという主張もあったのですが、ハルはそうした動きを抑え、自らの政策を推し進めていました(アトリー、158頁)。 しかし、1940年7月に日本で近衛文麿が新内閣を発足させた頃から、ハルに対する批判が高まり始めます。その契機となったのはイギリスの上海撤退です。当時、イギリスはヨーロッパでドイツを相手に厳しい戦いを強いられ、戦力が不足していました。アジア正面で日本の脅威に対抗できるだけの部隊を保持する余裕はなくなり、上海のイギリス地区に配備していた部隊を撤...

学説紹介 激しい戦争が、長い平和をもたらす―ルトワックの考察

エドワード・ルトワック(Edward Luttwak)は戦略の研究で有名な研究者ですが、人道的介入と呼ばれる活動が本来の意図と逆の効果をもたらすと主張し、論争を巻き起こした人物でもあります。 つまり、戦争を防止し、その被害を抑制する目的で実施される軍事的、非軍事的手段による戦争への介入は、かえって戦争を促進し、その被害を拡大するなどとルトワックは論じたのです。 今回は、ルトワックがどのような理由に依拠してこのような議論を主張しているのかを検討し、その妥当性について考えてみたいと思います。 戦争の被害が大きいほど、その後の平和は長く続く エドワード・ルトワック、ルーマニア出身の研究者、業績に『戦略論』など。 ルトワックの戦争の論じ方は大半の平和主義者の立場から全く受け入れがたいものです。 というのも、ルトワックは戦争を究極的に防ぐ力となるのは、戦争それ自体が持つ破壊力に他ならないと論じているためです。 もちろん、ルトワックの意図は戦争を称賛することではありません。戦争のメカニズムを理解するためには、戦争に逆説的な効果があることを理解すべきである、というのが彼の基本的な立場です。 「戦争は巨大な悪かもしれないが、大きな美徳もある。戦争の継続に込要な物質的、精神的な資源を消費し尽くし、破壊することで、戦争はそれ自体の継続を妨げる。それどころか、戦略の逆説的領域における他のあらゆる行動と同じように、戦争は、極限点を過ぎた後に最終的には反転する。その反対とは、単なる静かな無抵抗かもしれない。または、交渉による平和や休戦あるいは一時的停戦ではなく、無意識の非戦状態かもしれない」(邦訳、ルトワック、97頁) この議論に従うと、戦争が終結し、平和に移行する基本条件は、一方の勢力が勝利することか、もしくは双方の勢力が消耗し尽くし、戦闘が停滞することになります(同上、98頁)。 ルトワックの議論で特に興味深いのは、平和が長く維持されるためには、あらゆる戦力を使い果たし、相互に莫大な損害を被る必要があることを一つの可能性として示唆していることであり、もし戦争が徹底的に行われないまま中断されると、間もなく当事者はその猶予期間を利用して軍事力を回復し、時期を見て軍事行動を再開すると述べています(同上、99頁)。 平和維持活動が逆に戦争を長引かせ...

学説紹介 クラウゼヴィッツは戦争をどのように定義したのか

この画像の人物が、戦争は他の手段をもってする政治の延長、という命題で有名な カール・フォン・クラウゼヴィッツ です。 しかし、彼は最初から政治こそ戦争の本質であるとか、政治が戦争を支配しているといった単純な議論を提起したわけではありません。 クラウゼヴィッツはまず戦争という行為それ自体に得得な規則性、必然性があると指摘していました。 このことを理解するために今回はクラウゼヴィッツの『戦争論』で冒頭に述べられている戦争の定義とその解釈について紹介したいと思います。 戦争は拡大された決闘に他ならない クラウゼヴィッツは戦争の定義を明らかにする際に、法学者の議論を参照することを避け、次のように論じています。 「我々は戦争について公法学者たちのあいだで論議されているようなこちたい定義を、今さらここであげつらう積りはない。我々としては、戦争を構成している究極の要素、即ち二人のあいだで行われる決闘に着目したい。およそ戦争は拡大された決闘に他ならないからである。(中略)要するに決闘者は、いずれも物理的な力を行使して我が方の意志を相手に教養しようとするのである」(クラウゼヴィッツ『戦争論』上巻28頁) これらの表現はともかく、示された定義は非常に直感的で理解しやすいものです。要するに戦争は拡大された決闘でしかないということです。 自らの定義の解説として、クラウゼヴィッツは「してみると戦争は一種の強力行為であり、その旨とするところは相手に我が方の意志を強要するにある」とも述べています(同上、29頁)。 この考察で興味深いのは、クラウゼヴィッツの考察が国際法の概念や学説にまったく依拠していないことです。 他者を実力で屈服させる行為こそが戦争の本質であり、この命題がクラウゼヴィッツの議論にとって出発点になっています。 戦争における目的と手段の必然性 次にクラウゼヴィッツは戦争=拡大された決闘に、どのような目的があるのか、どのような手段で遂行されるのかを考察しています。 「このような強力行使は、諸種の技術および科学の一切の発明を援用して装備に努め、持って相手の強力行使に対抗しようとするのである。なおこの強力行使は、国際法的慣習と称せられる幾多の制限を伴うけれども、しかしこれらの制限はいずれも微力であって殆んど言う...

学説紹介 『孫子』の戦略思想と不戦屈敵の論理

孫武 (前535?-?)は世界最古の兵書『孫子』の著者として知られている。その生い立ちはほとんど明らかになっていないが、その後の軍事学の基本文献として現在に至るまで研究されてきた。鳥取県湯梨浜町の孫武像 『孫子』は今なお多くの読者を得ている軍事学の古典であり、その解釈に関してはさまざまな研究が行われてきました。 その戦略思想の特徴としてしばしば指摘されるのは、不戦屈敵の考え方であり、つまり武力の行使は可能な限り避けるべしとする用兵思想です。 これは戦争を忌避する現代のわれわれにとっても親しみやすい軍事思想といえるかもしれません。 今回は、そんな『孫子』の戦略思想を考える上で特に重要な「謀攻篇」の一部の内容を取り上げ、戦略学の観点から解説したいと思います。 『孫子』の根本思想にある不戦屈敵 『孫子』の不戦屈敵は「謀攻篇」の冒頭においてはっきりと語られています。 「孫子曰く、凡そ用兵の法、国を全うするを上と為し、国を破る之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破る之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破る之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破る之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破る之に次ぐ。之の故に百戦百勝は、前の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なり」(金谷『孫子』44-5頁) つまり、あらゆる戦争術の基本原則として、敵対する国家、軍勢をそのままの状態で屈服させることこそが優れた用兵であり、これを打ち破ることはよくない用兵である、ということです(伍は大体5名、卒は100名、旅は500名、軍は12,500名の部隊のことです)。 戦闘によらず敵の軍勢をそのままの状態で降伏させることができれば、それに勝る手はないというのが『孫子』の基本的な立場なのですが、ある研究ではこれが近代戦争においてまったく無視されてきたことが指摘されています。 「しかるに、近代戦の本質を如実に語る世界大戦は、孫子のそれとは全く反対に、ただに敵軍の殲滅を企図したばかりでなく、残虐にも無防御の都市を空襲して、非戦闘員である老若婦女子を殺戮し、或は無制限潜航艇戦を行って非戦闘員を海底の藻屑たらしめ、或は敵国の人民を飢餓に陥らしめ、肉体の水防によってそれに宿る抵抗意志を捥ぎとり、否応なしに屈服を強いるようなひどい手段を使用することになった...

学説紹介 国土に人口を分散配置せよ―マキアヴェリの考察―

ニッコロ・マキアヴェリの政治思想の特徴は、首尾一貫して実用主義的、実践的な態度で国家の統治方法を論じていることです。 政治家として成功したいのであれば、道徳的に批判される行為でもあえて行うべき状況があり、政治家は尊敬されるよりも恐れられた方がよい、と彼が論じたことはよく知られています。 今回は、そんなマキアヴェリが人口という問題についてどのように考察していたのかを紹介し、特に人口の計画的な配置が国家政策にとってどのような意味を持つのかを考察してみたいと思います。 人口配置を考慮した古代の国家政策の事例 2世紀中葉におけるローマ帝国の植民地の位置を示した地図。ローマを中心としながら勢力圏の拡大に応じて辺境の広範囲に入植していることが分かる。 Cresthaven.2015. Romancoloniae. マキアヴェリの議論には古代史への言及が数多く見られます。 人口の問題に関してもマキアヴェリは古代の君主国や共和国の制度に注目するところから論じ始めています。 「古代の共和国や君主国の偉大で驚嘆すべき制度の中には多くの防備集落や都市が新たに建設される際に、今日では消滅してしまっているが、当時は常に採用されていた制度があった。というのは、最高の君主にとっても、秩序の整った共和国にとっても人々が安心して防衛と耕作ができるように、避難できる防備集落を新たに建設するという統治の制度にまさるものはなかったし、どの地方にとっても、それより有益なものはなかったからである」(マキァヴェッリ、133頁) ここで述べられているのは、古代における国家がその領土を拡張していく典型的なパターンとして地方に「防備集落」という拠点を構築していくことが一般的だったということです。 防備集落は平時においては地方行政の中心であり、また戦時には国境警備に当たる陣地としても活用することができます。 さらにマキアヴェリは、「この制度は、新たな防備集落を建設する原因となったのみならず、敗者の土地を確実に勝者のものにし、無人の土地を住民で満たし、各地方に人々をうまく配分したのである」(同上、133-4頁)と述べており、国土の各地方に拠点を配置することの利点が、軍事と経済の両方面に及ぶということを強調しています。 なぜ人口を国土に広く分散させるべきか ロ...

論文紹介 オフショア・バランシング(offshore balancing)とは何か

2017年1月の新政権の発足に向かって、現在アメリカでは準備が進められています。これに呼応するようにアメリカの研究者の間でも従来の国家政策を抜本的に見直し、世界各地の情勢に軍事的、外交的に関与することを限定し、より国内の経済や社会の問題に集中できる体制を整えるべきだという意見が現れています。これはオフショア・バランシング(offshore balancing)として以前から議論されていた大戦略(grand strategy)ですが、今回はリアリストの立場からアメリカの大戦略としてのオフショア・バランシングの妥当性を検討した議論を紹介したいと思います。 文献情報 Mearsheimer, John J., and Stephen M. Walt. "The Case for Offshore Balancing: A Superior U.S. Grand Strategy," Foreign Affairs , Vol. 95(July/August 2016), pp. 70-83. アメリカの大戦略を見直す必要性 著者らは現在のアメリカの戦略がとても成功しているとは思えないということから議論を始めています。アメリカは安定した国際社会を構築することに失敗しているだけでなく、かえって自国の国益を損ねているのではないかと疑念が持たれています。 「過去四半世紀に及ぶ救いようがない歴史を振り返ってみると、現在採用されている大戦略をアメリカ人が嫌悪していることは当然のことである。アジアにおいては、インド、パキスタン、北朝鮮に核兵器が拡散しており、中国は海洋秩序の現状に対して挑戦している。ヨーロッパでは、ロシアがクリミアを併合し、米露関係は冷戦以来の悪さである。米軍はアフガニスタンとイラクでまだ戦っているが、勝利の見通しは立っていない。最初にいた指導者たちの大部分がいなくなったが、アルカイダはこの地域で拡大している。アラブ世界は大混乱に陥っており、イラクとリビアで体制移行を促すように働きかけ、またシリアでも同様の効果が得られるような限定的な働きかけが実施されたことはましな方だったが、イスラミック・ステート(ISIS)が混乱の中から出現した。イスラエルとパレスチナの和平を仲介するアメリカの試みは何度も失敗しており、最終的には二国間で解...

事例研究 フランス革命戦争とワシントン政権の対外政策

1783年、アメリカは長い戦いの末にイギリスから独立を勝ち取りましたが、戦後にフランスと結んだ防衛同盟が残っていました。 この条約は直ちにアメリカの国益を害するものではありませんでしたが、ヨーロッパ大陸の戦争にアメリカが巻き込まれる危険があるとも考えられました。 その懸念は1789年のフランス革命戦争によって現実のものとなり、初代大統領ジョージ・ワシントン(George Washington, 1732-1799)がこの問題に対処することになったのです。 今回は、フランス革命戦争に参戦すべきと主張する意見を封じ込め、対英宣戦を回避したワシントンの対外政策の事例について考察してみたいと思います。 当時の関係国の勢力関係 フランス革命の発端、バスティーユ襲撃事件 フランス革命戦争(1789-1798)は、もともとはフランス革命で危機的状況にあったルイ十六世の身の安全を確保しようとプロイセン、オーストリアが部隊を送り込んだことによって始まった干渉戦争です。 1793年、国外への逃亡に失敗したルイ十六世が革命政府によって処刑されると、このフランス革命戦争にイギリスも参戦することになり、結局フランスは一度にイギリス、オーストリア、プロイセン、スペインなどを相手に戦わなければならなくなりました。 18世紀末の時点で列強がどの程度の国力を持っていたのかを判断することは容易ではありませんが、軍事力に着目して比較してみると、1789年におけるフランス軍の動員可能な兵力は18万名、イギリス軍は4万名、プロイセン軍は19万名、オーストリア軍は30万名であったとされています(Corvisier 1979: 113)。 フランス軍については、一連の革命での事件を受けて、士官の地位にあった貴族の多くが亡命していたため、先述した数値からさらに減勢していたと推測されます。ただし、対仏連合軍の勢力の合計は53万名にもなるため、フランス軍の人員が無理やり維持されたと仮定しても、難しい国際情勢には変わりなかったでしょう。 こうしたヨーロッパ情勢であったにもかかわらず、アメリカでフランス革命戦争に参戦すべきという意見が公然と支持されていたことは驚くべきことです。 そもそも、アメリカ独立戦争が終結した時点で大陸軍は解散されており、正確な数値を知ることはでき...

マキアヴェリから権力者への助言

政治家にとって権力を保持すること以上に重要なことなど存在するのでしょうか。 もし一旦権力を奪われれば、自分が望む政策を実行することも、自分を支持する人々を味方に繋ぎとめることも、政敵の合法的、非合法的な攻撃から身を護ることもできなくなります。 政治家にとって権力は重要な目標であるからこそ、古来より政治学者は権力を掌握する方法やそれを奪取する方法について考察してきたのです。 今回は、この問題を考えるために、政治家がその地位を守り通すための手法に関する政治哲学者ニッコロ・マキアヴェリの考察を紹介したいと思います。 味方を増やし、敵を封じ込める 1492年、グラナダは2年間にわたる攻囲を受けた末にスペインに降伏した。 左で騎乗した人物がグラナダ国王ボアブディル、中央で騎乗しているのがフェルディナント五世。 国家を統治する政治家の職務の基本は政策の立案、執行および評価であり、国民一般はその事業の成果によって利益を得ることが期待されます。 そのため、マキアヴェリも良い政策を遂行し、その事業で成果を上げることができれば、その政治家は名声を高め、支持を盤石なものにできると考えていました。 ただし、良い政策を行っていればそれでよいというわけではなく、マキアヴェリはその政策によって自分の政敵の動きを封じることが重要であることも示唆しています。 マキアヴェリはスペイン国王のフェルナンド五世(1452-1516)が当初はわずかな勢力しか持たないにもかかわらず、強大な権力を獲得できた理由について次のように説明しています。 フェルナンド五世はシチリア、カスティーリャの統治権を獲得すると、当時イベリア半島南部を領有していたイスラム王朝のグラナダ王国との戦争に踏み切りました。 英仏百年戦争で軍務の経験を積んでいたフェルナンド五世が戦争によって長年の国土回復を実現する見通しを持っていましたが、それだけでなくスペイン国内でしばしば国王に歯向かってくる地方貴族の注意を対外戦争へと向ける効果があったのです。 「当初はゆっくりと、そして疑念から邪魔が入らないようにフェルナンドは攻撃を続け、カスティーリャの封建領主の気持ちをそちらへと向けさせておいた。その戦争に気を取られて、彼らが反乱を起こすことなどを思いつかないようにしたのである。そして、その間にフェルディナ...

国家の政策を支配する政治の論理

ある国家がどのような政策を選択するのかを予測する技術を政策予測(policy forecasting)といいます。 さまざまな政策課題がそのまま放置されたり、また有権者の思いとは正反対の政策が選択される事態を目の当たりにし、なぜこのような政策が決定されるのか不思議に思うことが少なくありません。 こうした問題を検討し、将来選択される政策を検討し、国民のより良い政治的意思決定を助けることが政策予測の趣旨です。 とはいえ、政策予測に関する考え方は政治学者の間でも十分にまとまっているとはいえません。 定性的判断に基づく予測もあれば、シミュレーション分析、統計的分析に基づく予測などがあるのですが(Armstrong 2005)、そもそも予測としての精度が十分に確保できていないとの指摘もあります(Tetlock 2005)。 今回は、こうした政治的意思決定に基づく政策を予測するための理論研究として支持基盤理論を取り上げ、政治体制が政策を予測する上で重要な要因であることが説明されていることを紹介したいと思います。 支持基盤理論とは何か ナポレオンの戴冠式。支持基盤理論の最大の特徴は、権力者として生き残ることが政治家にとって最大の関心事と見なすことで、さまざまな政治的意思決定に一貫した説明を与えることができることを示したことにある。政治家は国家の繁栄のような「公益」に基づいて行動するのではなく、自らが政権を掌握し続けるために行動を起こす、という考え方は支持基盤理論が構築される以前から政治学にあった考え方であるが、支持基盤理論はその理解をさらに理論的に拡張した意味で重要であった。 支持基盤理論は、米国の政治学者であるブルース・ブエノ・デ・メスキータ(Bruce Bueno de Mesquita)、アラスター・スミス(Alastair Smith)、ランドルフ・シヴァーソン(Randolph M. Siverson)、ジェームズ・モロー(James D. Morrow)によって構築された政治理論であり、「政治的指導者はいかなる目標を達成するためにも、政権の座を維持することが必要とされる」という前提から出発し(Bueno de Mesquita, et al. 2003: 7)、そこから財政、公共事業、海外援助、反乱、戦争、民主化などさまざまな事象に一貫...