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グローバル経済において「経済戦」への備えが求められている

2020年7月、ランド研究所の研究員ハワード・シャッツ(Howard J. Shatz)が、軍事的な目標を達成する手段として経済力を活用する方法を考察した研究成果を発表しています。
シュッツは国家間の経済的競争を経済的観点から分析しているだけでは不十分であり、政治的・戦略的観点から考察することが欠かせないと考えました。
これは国際政治学、あるいは国際政治経済学の視点です。シュッツは経済システムの問題は、生産性を向上させ、人々の生活を豊かにする方法を明らかにすることだけにとどまらないと考えました。

他国が経済力を政策手段として運用した場合、自国にどのような経済的影響が出てくるかを考慮した上で経済政策を考えなければならないというのがシュッツの基本的な立場です。

例えば、国際貿易の問題をめぐっても、単に貿易相手に対する自国の比較優位を判断し、生産性が高い財やサービスに生産要素を集中すればよいという問題ではありません。
なぜなら、どちらの国の製品規格を国際標準として定めるかによって、その後の貿易でどちらの国の事業者が優位に立てるかが大きく左右されるためです。この国際標準の問題に関しては中国が強い関心を持っているとシュッツは指摘しています。
「標準は企業の競争力に影響を与える可能性があるため、中国は国際標準を定める国際機関への参加を増加させてきた。中国の標準設定の取り組みは、民間部門が開発した自主的な標準に依拠せず、政府主導の規制に依拠する傾向があるため、その標準は義務的なものである。これが競争に与える影響はさまざまに考えられる」(Shatz, 2020: 28)
中国は一帯一路構想によって巨大な経済圏を構築することを目指しており、もし中国が設定した国際標準がこの経済圏で取り入れられることになれば、中国の事業者はこの経済圏において大きな優位を占めることが可能になります。現代の国際社会において経済的手段がどのように行使されるのかを示す事例と言えます(Ibid)。

このような可能性を考慮すれば、経済政策において政治的・戦略的な考慮を取り入れないことは適切なこととは言えません。現に世界では資本輸出や海外投資としての経済援助や、それらを途絶させる経済制裁が政策手段として利用されており、しかもそれは安全保障上の目的を達成するために選択される場合もあります。

シュッツは自国の経済の規模が大きくなるほど、経済制裁あるいは経済援助を通じて他国の政策を操作しやすくなることを述べており、このような能力を競い合う状況を「経済戦(economic warfare)」と呼んでいます。
これは経済学では決して使われない概念ですが、国家安全保障上の脅威に対して経済戦を展開することは現実に起きており、米国もその方法を実行していると述べています。
「経済戦には、貿易と投資の制限、旅行の禁止、米国が制定した訴訟の場合は、米ドルと米国の金融システムの使用制限が含まれているが、場合によって米国はこれらの措置をはるかに上回る措置をとることも可能である」(Ibid.: 32)
シュッツは経済戦が単に経済的手段を用いた国際的競争ではなく、軍事的手段と組み合わせて用いることも可能であると指摘しています。
最近のロシアの戦略思想として注目を集めている「ハイブリッド戦(hybrid warfare)」は、まさに武力戦だけに頼らない戦争指導の手法です。

シュッツは普段は経済的観点から判断されている国内総生産(Gross Domestic Product, GDP)についても、国家安全保障の観点から考えることが重要だと述べています。
「第一次世界大戦と第二次世界大戦の事例から、経済的規模と軍事的勝利の関係に関していくつかの教訓が得られる。いずれの戦争でも、それぞれの陣営の一部の構成国がまごついたものの、最終的にはより多数の兵士と武器を配備した方が勝利を収めた。例えば、第一次世界大戦で、連合国は4100万名の兵士を動員したが、枢軸国が動員した兵士の数は2600万名だった。さらに連合国は12万5000機の航空機と8900両の戦車を製造したが、枢軸国が生産した航空機の数は4万7000機であり、戦車の数は100両であった。この能力の格差は戦前の両陣営のGDPによって説明することができる」(Ibid.: 45)
シュッツはこのような立場から経済を問題として見直すと、米国がいくつかの分野で立ち遅れていると指摘しています。
特に重要なのは国内の経済的競争の基盤を整えることであり、インフラの整備、基礎的研究への支援、特許の保護、技術開発の推進など、国の競争力を強化することに繋がる経済政策を構築しなければなりません(Ibid.: 47)。
興味深いのは、単に生産性が低いからといって、国内の特定の産業部門、あるいは企業を極端に選別し、敗者を切り捨てるような措置をとるべきではないとシュッツが主張していることです(Ibid.)。

シュッツの議論はいわゆる保護主義に通じるものですが、彼は貿易を促進する国際経済システムのルールを設定することが重要であると論じており、また経済制裁や経済援助のような政策手段に頼ることには多大なコストがかかることに注意すべきだと述べるなど、貿易の効用を完全に否定するわけではありません。

この報告書でシュッツが懸念しているのは、近い将来に国際情勢がますます緊迫し、世界経済が分断された際に、国家の存続を可能にするような経済システムを確立することにあります。
国家は安全保障を犠牲にしながら貿易において経済的合理性を追求するべきではなく、緊急事態においても持続可能な経済システムを国が主体的に整備する努力が必要だとされています。

武内和人(Twitterアカウント)

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