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グローバル経済において「経済戦」への備えが求められている

2020年7月、ランド研究所の研究員ハワード・シャッツ(Howard J. Shatz)が、軍事的な目標を達成する手段として経済力を活用する方法を考察した研究成果を発表しています。 Shatz, H. 2020. Economic Competition in the 21st Century , Research Report, RAND.( https://www.rand.org/pubs/research_reports/RR4188.html ) シュッツは国家間の経済的競争を経済的観点から分析しているだけでは不十分であり、政治的・戦略的観点から考察することが欠かせないと考えました。 これは国際政治学、あるいは国際政治経済学の視点です。シュッツは経済システムの問題は、生産性を向上させ、人々の生活を豊かにする方法を明らかにすることだけにとどまらないと考えました。 他国が経済力を政策手段として運用した場合、自国にどのような経済的影響が出てくるかを考慮した上で経済政策を考えなければならない というのがシュッツの基本的な立場です。 例えば、国際貿易の問題をめぐっても、単に貿易相手に対する自国の比較優位を判断し、生産性が高い財やサービスに生産要素を集中すればよいという問題ではありません。 なぜなら、どちらの国の製品規格を国際標準として定めるかによって、その後の貿易でどちらの国の事業者が優位に立てるかが大きく左右されるためです。この国際標準の問題に関しては中国が強い関心を持っているとシュッツは指摘しています。 「標準は企業の競争力に影響を与える可能性があるため、中国は国際標準を定める国際機関への参加を増加させてきた。中国の標準設定の取り組みは、民間部門が開発した自主的な標準に依拠せず、政府主導の規制に依拠する傾向があるため、その標準は義務的なものである。これが競争に与える影響はさまざまに考えられる」(Shatz, 2020: 28) 中国は一帯一路構想によって巨大な経済圏を構築することを目指しており、もし中国が設定した国際標準がこの経済圏で取り入れられることになれば、中国の事業者はこの経済圏において大きな優位を占めることが可能になります。現代の国際社会において経済的手段がどのように行使されるのかを示す事例と言えます(Ibid)。 このような可能性を考慮すれば、経済政策...

学説紹介 リベラリズムにおける軍事力の位置付け―コヘインとナイの学説を中心に―

国際政治学では代表的な理論として、リアリズムとリベラリズムという二つの異なる理論があります。 安全保障学の研究はリアリズムに依拠した学説も多いのですが、リベラリズムに依拠する研究も決して少数派というわけではありません。 今回は、リベラリズムについて簡単に紹介し、そこで軍事力がどのように位置付けられているのかを紹介したいと思います。( 学説紹介 いかにリアリズムとリベラリズムを使い分けるべきか も参照) リベラリズムとは何か 諸説あるところですが、一般にリアリズムは国際社会で戦争が引き起こされる要因を各国の勢力関係の不均衡として考える学説です。 つまり、環境的な要因に基づいて各国の対外政策を説明するのに適した理論と言えます。 それに対してリベラリズムは国内政治上の要因、つまり各国の内部で起きる政策決定のメカニズムの結果として考える傾向にあります。 これは各国の政治体制、社会状況を考慮に入れることを重視している理論と言えるでしょう。貿易を通じて経済的相互依存が深まれば、戦争のリスクが低下するという考え方も、この理論から導かれます。 安全保障学の学説史をどのように区切るかにもよりますが、リベラリズムがこの分野で本格的に参照され始めるのは基本的に1970年代以降です。 当時、貿易のグローバル化、国際金融秩序の動揺、エネルギー問題の顕在化などが国家の防衛に影響を及ぼすことが認識されるようになっていました。 人々は軍備や同盟だけでなく、より広い視点から安全保障を捉え直すようになり、そのことが国際政治学におけるリベラリズムの地位を高めることに繋がりました。 リベラリズムにおける安全保障 ロバート・コヘイン(Robert Owen Keohane, 1941-現在) 米国の政治学者、国際関係論でネオリベラリズムの理論を唱えたことで知られる。 リベラリズムの研究で名をはせた米国の政治学者にジョセフ・ナイとロバート・コヘインがいます。彼らの共著『パワーと相互依存』(1977)は今でもよく知られているリベラリズムの文献であり、日本でも最近になって翻訳されました。 彼らはリアリズムが抱く安全保障の考え方は現代の世界情勢に適合しない部分があるのではないかと考え、次のように述べています。 「安全保障上の冷戦的な脅威感が緩むにつれて...

貿易で世界が平和になるとは限らない

国際関係論の研究では、貿易によって国家間の経済的な相互依存が強化されれば、戦争が勃発して貿易が不可能になった際に相互に不利益となるため、その結果として平和を維持しやすくなる、と考える立場があります。 これはリベラリズム(liberalism)として以前から知られている学説であり、コヘインやナイ等の研究者によって主張されています(Kohane and Nye 1972, 1977)。 確かに貿易関係の強化が戦争を困難にするという可能性は注目に値するものですが、だからといって経済的相互依存によって平和を維持することが可能になるという考え方がどこまで妥当するのか疑問も残ります。 今回は、この問題を批判的立場から考察するため、20世紀に国際政治の研究で先駆的業績を残したイギリスの外交官エドワード・ハレット・カー(E. H. Carr)の議論に注目したいと思います。 平和が常に各国の共通利益とは限らない 19世紀に後れて統一を果たしたドイツはその成立当初から英仏の勢力圏に挑戦しなければ、自国の植民地を拡大できない状況にあった。1911年4月、モロッコの利権をめぐって英仏西との関係が悪化した第二次モロッコ事件では、軍艦を現地に派遣し、全面戦争も辞さない構えを英仏に示すことで、独領カメルーンを獲得している。 リベラリズムにおいて、戦争は必ずしも国家の 政策を遂行する合理的な方法とは考えられていません。 つまり、国家にとって戦争を遂行するために必要な人的、物的な損害は、その国家が目指す国益をかえって損ねる側面が大きく、結局のところ平和を維持する方が国家として目標を達成しやすいことになります。 こうしたリベラリズムの戦争観(もしくは平和観)について、カーは次のように説明しています。 「利益調和の理論は、政治的には通常次のような考え方に立っていた。すなわち、すべての国家は平和に同一の利益を持っていること、したがって平和を阻もうとする国家はすべて、理性も道義もないのだ、ということである」(カー、114頁) しかし、このような単純化は国際社会の実情から乖離しているとカーは批判しています。 確かに武力を用いずに国家がその政策を遂行することは、多くの国家が望ましいと考えるかもしれません。 しかしそれは国際社会の「現状」を変えようとする諸国と、維持...

文献紹介 世界戦争に周期性はあるのか―モデルスキーの長期循環論―

政治学者は、単に政治上の出来事を記すだけでなく、その背後にある原理、原則を解明することに関心を寄せてきました。その研究課題の一つに世界戦争の発生パターンの解明があります。 これは世界戦争の発生パターンを大まかにでも知ることができれば、次に戦争が発生しやすい時期がいつ頃になるのかを予測できるようになると考えられたためです。 今回は、政治学者ジョージ・モデルスキーが提唱したことで有名な長期循環論を論じた著作を紹介してみたいと思います。 文献情報 Modelski, George. 1987. Long Cycles in Global Politics , London: Macmillan.(邦訳『世界システムの動態―世界政治の長期サイクル』浦野起央、信夫隆司訳、晃洋書房、1991年) モデルスキーの長期循環論とは何か 長期循環論とは、国際政治において世界規模で発生する戦争は100年から120年程度の周期性を持っているという政治学の学説です。 この学説の基礎にあるのは、平和を維持する大国が現れても、時間の経過とともに衰退するという前提です。 つまり、国際政治の歴史は覇権を握る大国が次々と交代することで展開しており、そのサイクルの長さを知れば、世界規模の戦争のサイクルを予測できるということです。 モデルスキーによれば、長期循環は次のようなサイクルで進行します。 (1)国際システムはアナーキーつまり無政府状態であり、国家間で対立が発生しても、それを外交で解決することは難しく、究極的には武力を行使する必要が生じます。こうした国際情勢では戦争のような激しい政治的対立が多発することが避けられません。 (2)第二段階に入ると、激しい対立の中で勢力を拡大し続ける国家が出現し、そのような国家の勢力圏は地球規模にまで広がるようになります。 この段階に入れば、国際政治はより安定した局面を迎え、もし国家間の対立が生じたとしても、指導力を持つ国家の圧倒的な武力の下で各国の行動は統制されているため、外交によって問題を解決しやすく、国際平和も維持されやすくなります。 (3)この段階に入ると、国際社会の平和と安定を担ってきた世界国家が徐々に軍事的に衰退し始め、国際政治の秩序を維持すること以上に経済的利益を優先するようになります。 そうなると、その国家...