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2017年10月22日日曜日

学説紹介 5つのポイントで分かるナポレオンの「戦略的包囲」

フランス革命戦争・ナポレオン戦争を通じてナポレオンが選んでいた戦略には強い一貫性があり、ある意味ではワンパターンなものだったとも言えるでしょう。
しかし、その戦略によってナポレオンはヨーロッパ大陸の大部分を手中に収めることができたことも歴史的事実として受け止めなければなりません。

今回は、研究者のチャンドラー(David Chandler)が打ち出したナポレオンの戦略思想に関する解釈を紹介するため、彼が定式化したナポレオンの戦略思想を支配する五原則について考察してみたいと思います。

ナポレオンの戦略思想の基本
ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)
フランスの陸軍軍人、後に皇帝に即位し、1804年から1815年までのナポレオン戦争ではヨーロッパ各地で自ら軍を指揮して戦った。彼の戦略は19世紀以降の軍事学で最も詳細に研究され、軍事思想に与えた影響は20世紀にまで及んだ。
ナポレオンが書き残した有名な軍事箴言の一つに「戦略とは、時間と空間を活用する技術である」というものがあります。
この言葉からも分かるように、ナポレオンはあらゆる戦略問題を一定な形式に落とし込んだ上で解決するという傾向がありました。

チャンドラーはナポレオンが選択した戦略機動に明確なパターンがあったとして、次のように論じています。
「それ〔戦略〕は戦争または戦役の最初から最後に至るまでの移動の計画と実施によって成り立っている。これまでにも見てきたように、ナポレオンは戦闘が戦略計画において欠かすことができない要素であると主張していた。成功を収めた全ての戦役は、接敵機動、戦闘、そして最後に追撃・戦果拡張という3つの段階に区別されていた」(Chandler 2009: 162)
このように定式化されたナポレオンの戦略において「戦闘」が必須の要素だったと指摘されていることは大きな意味を持っていました。

当時のヨーロッパでは基本的に戦闘を避けることがよい戦略であるという思想が根強く残っており、必要に迫られない限り戦闘は望ましくないと考えられていたためです。
ナポレオンの戦略思想は、そうした当時の通念に挑戦するものだったと言えるでしょう。

ナポレオンの戦略を理解するための5つのポイント
ナポレオンが使用した戦略を図上で一般的に表現した概念図。赤色が敵、青色がフランス軍を表す。敵の前衛を正面で拘束しておき、その間に側面を通過して背面に進出する。この機動によって敵の主力の後方連絡線を遮断し、決戦を強制することが出来ると同時に、敵の増援が戦場に到着することを防ぐことも期待される。
(Chandler 2009: 165)
チャンドラーの説によると、ナポレオンの戦略には5つの基本原則があったとされています。それは次のように説明されています。
「第一に、軍は作戦線を1本だけ保持しなければならない。つまり、目標は明確に規定され、指向可能な全ての部隊が目標に向かわなければならない」
「第二に、敵の主力が常に目標でなければならない。敵の野戦軍を撃破することによってのみ、敵に戦争をあきらめさせることができる」
「第三に、フランス軍は心理的理由ではなく、戦略的理由のために、敵の側面や背面に自らを位置付けるような仕方で移動しなければならない」
「第四に、フランス軍は常に敵のもっとも露出した側面を迂回するように努めなければならない」
「第五に、ナポレオンはフランス軍の連絡線を安全に確保し続ける必要性を強調した」(Ibid. 162)
チャンドラーは、これらの原則に裏付けられたナポレオンの戦略を「戦略的包囲(La manoeuvre sur les derrières)」という用語で説明しています(Ibid.: 163)。
(もともとの仏語に忠実に訳すと「後方への機動」となります)

戦略的包囲では、戦域で敵の主力である野戦軍に目標が限定され(第二原則)、そこに向かって全部隊を集中させることが目指されています(第一原則)。
ただし、その過程で部隊が使う経路として敵の正面を避けるよう機動させますが(第三原則、第四原則)、この際に我が方の後方連絡線の安全が敵に脅かされないような経路を選択する必要があります(第五原則)。

こうしたナポレオンの戦略は、一度その発想を理解してしまうと、その本質は驚くほど単純です。チャンドラーが掲げた五つの原則を理解していれば、ナポレオンでなくても彼の戦略を形式として再現することは可能です。

しかし、こうした戦略も完全無欠なものではなく、いくつかの敵の可能行動について注意する必要がありました。最後にナポレオンが自らの戦略を実施に移す際に考慮しなければならなかったリスクについて考えてみます。

「戦略的包囲」の際に注意すべき敵の行動
大前提としてナポレオンの戦略的包囲は敵情不明な状況で行われることを理解しておかなければなりません。

警戒部隊を先行させながら接敵機動を始めたとしましょう。こちらの前衛が最初に接触し、交戦によって動きを拘束できるのは恐らく敵の前衛であり、敵の主力ではありません。
敵の主力は前衛の背後にいるものと思われますが、その詳細な位置を知ることができるとは限らず、しばしば曖昧な情報しか得られません。

つまり、攻撃目標である敵の主力がどこにいるのかを知らないという状況の中で、司令官は敵の背後に素早く回り込むことを決断しなければならないのです。これは非常にリスク志向の強い戦略なのです。

こうした状況でリスクとして注意すべき敵の可能行動は具体的に三つあります。
一つ目は敵の主力が前衛同士の戦闘が始まった時点で一足先に動き出しているという可能性です。
「もし敵の司令官が十分に勇敢であるなら、拘束する部隊に向けて前進を続けることができる」とチャンドラーも述べているように、敵の前衛が我が前衛と遭遇戦に突入した時点で敵の主力がすぐに前進を開始している可能性があり、そうであれば我が方が戦略的包囲を試みても、それが空振りに終わる危険があります。

それだけでなく、我が前衛は敵の前衛とその応援に駆け付けた主力によって完全に撃破される恐れさえ考えなければなりません。

第二のリスクは敵も同じような戦略的包囲を仕掛けてくる可能性があるということです。
この点についてチャンドラーは「敵はフランス軍の主力の後方連絡線を遮断しようとすることもできる」と述べています(Ibid.)。
戦略的包囲は敵の作戦線を遮断することを狙う戦略であると同時に、我が方の作戦線を危険な状態に置く側面もあります。
戦略的包囲を行おうとする主力同士が同じ道路上を前進して遭遇戦になる可能性もあり、そうなれば戦略的包囲そのものは失敗するでしょう。

最後の可能性は敵が後退する可能性です。敵の前衛が戦闘を離脱し、主力も戦略的包囲を受ける危険を避けるために後退すれば、敵を捕捉撃滅する機会を逃すことになるでしょう(Ibid.)。
戦略的包囲はその後で戦闘に持ち込むことを目的としているため、敵がこのような行動に出れば成功は期待できません。

むすびにかえて
チャンドラーの分析によると、ナポレオンはこうした戦略を1796年から1815年にわたって少なくとも13回使用したとされています(Ibid.)。
ナポレオンの軍事的才能を手放しで賞賛する論者ならば、この数字は彼の戦略家としての大胆さと勝負強さを示しているとして高く評価するかもしれません。
しかし、戦略的包囲という機動にどのような危険性があるのかを考慮すれば、あまりにもリスク指向性が強い戦略家だという見方もできます。

結局、ナポレオンが愛用した戦略にも他の戦略と同じくいくつかの問題があったことを踏まえて、ナポレオンの軍事思想を検討することが必要だと思います。
ナポレオンは19世紀から20世紀前半の戦略思想に比類ない影響を及ぼし、特にフランスでは第一次世界大戦が終わった後さえ軍事学の研究に影響を与えました。
英雄崇拝に陥らないように、また批判的検討の姿勢を欠かさないようにしながら、彼の軍事思想を研究することが大事だと思います。

KT

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参考文献
Chandler, David G. 2009. The Campaigns of Napoleon:The Mind and Method of History's Greatest Soldier. Scribner.
英語で書かれたナポレオン戦争の研究書としては、最も広く読まれた基本文献。邦訳にチャンドラー『ナポレオン戦争 欧州大戦と近代の原点』全5巻、信山社、2003年があるが、これは2009年に出た改訂版の翻訳ではない点に注意。
ナポレオン・ボナパルト著『ナポレオンの軍事箴言集』武内和人訳、Kindle版、国家政策研究会、2016年