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2018年2月21日水曜日

論文紹介 中国に宥和し始めたフィリピン―ドゥテルテ政権の対外政策―

南シナ海は中国から見て戦略的防衛線の右翼に当たり、東南アジア諸国に通じる多数の海上交通路が通る海洋戦略上の要域です。
近年では中国が南シナ海への海洋進出の動きを強めていることが報じられており、特に海上における航行の自由を確保したい米国が政治的、外交的、軍事的に対抗する政策、つまりバランシング(balancing)をとっています。

ところが、東南アジア諸国の間では中国の脅威に対して米国のバランシングに同調しない動きも最近見られます。その一つがドゥテルテ政権のフィリピンであり、彼は中国に対して宥和の姿勢を示していることが指摘されています。
今回は、この問題について検討している研究を紹介し、日本の対中政策との関係について考えてみたいと思います。

論文情報
レナート・デ・カストロ「バランシングから宥和へ:ドゥテルテ大統領が見直すアキノ政権の南シナ海における地政学的考察」『平成29年度安全保障国際シンポジウム報告書』防衛省防衛研究所、2017年、43-68頁(http://www.nids.mod.go.jp/event/symposium/pdf/2017/j_03.pdf)2018年2月18日アクセス確認

ドゥテルテ政権への移行に伴う政策変更

ベニグノ・アキノ三世、フィリピン大統領(2010-16)
かつてフィリピンの対中政策はバランシングを基本としていました。
2011年にベニグノ・アキノ前大統領が排他的経済水域で資源探査活動を実施させた際に、中国の哨戒艇から妨害を受け、それを機にフィリピン軍の近代化に乗り出したことは、その一環でした(44-45頁)。

自国による軍事的措置に加えて、フィリピンは米国との同盟関係を強化し、日本とも安全保障パートナーシップを推進します(同上、47頁)。
特に米比同盟の強化は目覚ましく、南沙諸島に対する中国軍の実効的支配の動きを強めたことに対抗して、2014年4月に防衛協力強化協定に調印し、米軍部隊のローテーション配備を進め、無きに等しい海上戦力の不備を補おうとします(48頁)。

ところが、ロドリゴ・ロア・ドゥテルテが新大統領に就任したことで、この対中政策は大幅に見直されました。著者はその影響の大きさについて次のように説明しています。
「2016年 9月12日、ドゥテルテ大統領は突然、ミンダナオ島の米軍特殊部隊の退去を告知した。彼は、米軍がミンダナオ島で作戦を行う限り同島に平和は訪れないと主張した。また米軍は、身代金目当てで誘拐したり無条件で殺害したりする過激派アブ・サヤフの最大の標的になっており、それ故にミンダナオ島の平和と秩序の回復を複雑にしているとも警告した33。翌日ドゥテルテ大統領は、中国を刺激しないためフィリピン海軍は排他的経済水域内での米海軍との合同パトロールを終了すると発表した。ヤサイ元外相は、「装備が不十分なフィリピン軍は中国と戦えないため、ドゥテルテ大統領は海軍に、南シナ海での米海軍との合同パトロールの終了を命じた」と説明した」(同上、55頁)
ドゥテルテ政権が対中政策としてのバランシングを打ち切った理由に関して著者は、当時のバラク・オバマ大統領がドゥテルテ政権の国内政策の要である麻薬撲滅の手法について批判的発言をしたことがきっかけだったことを示唆しています(同上、54頁)。

これは当時、フィリピンでは麻薬の使用者に対して強硬な措置をとったことで、人道上の問題が指摘されていたことが背景にありましたが、結果として米国の対比政策は中国に利することになったと言えます。

フィリピンと中国の外交関係の変化

ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ、2016年に大統領就任
著者は中国に対する政策をバランシングから宥和に切り替えているというのが著者の考察であり、これは南シナ海における中国の主張をフィリピンとして部分的に受け入れ、外交交渉による解決を模索する姿勢からも見て取れます。
「ドゥテルテ大統領は外交、戦略面で比米間に大きな亀裂を作り出す一方、中国への接近を特徴とする周到な外交政策を実施している。彼は、中国との直接的な二国間交渉に意欲があることを表明した。これは南シナ海問題を仲裁裁判所での国際的仲裁に付したアキノ前大統領とは対照的である」(同上、56頁)
しかし、さらに著者が指摘しているのは、中国の対比政策の影響です。中国はフィリピンを直ちに信用することは避けることで、ドゥテルテ政権が中国の安全保障のためにどれだけ米国との同盟関係を犠牲にできるのかを行動で示すように仕向けました(同上、58頁)。
「宥和政策に対する中国の疑念を払拭し、信用と信頼を獲得するため、ドゥテルテ大統領は、米国との同盟関係を犠牲にして中国に安全保障上の利益を提供する措置をとった。国防省とフィリピン軍が米国との同盟を軽視する彼の政策に反発したことを受けて、ドゥテルテ大統領は米比合同軍事演習の継続を選択した。ただし、合同演習の回数を 2 8回から約 13回に減らした。さらに演習の目的も、領域防衛・海洋安全保障から、人道支援・災害救助(HADR)、サイバーセキュリティ、テロ対策、麻薬撲滅作戦など非伝統的安全保障分野へと転換した」(同上)
さらに重要なことは、フィリピンが2016年12月に南シナ海で米海軍が行っていた航行の自由作戦のために基地の使用を認めないと宣言したことであり(同上、58頁)、同時にドゥテルテ大統領として、中国軍がフィリピンの経済的経済水域で行っている軍事拠点構築の動きに抗議しないとさえ述べました(同上、59頁)。

これらは国際政治において宥和と呼ばれる政策であり、著者はこの対中宥和の影響が米比合同軍事演習に現れていることも指摘しています。
著者の調査によると、2016年までは11,000名が参加する戦闘演習が行われたにもかかわらず、2017年には規模が5,400名に大幅に縮小されており、内容もテロ対策や災害救援に変更されました(同上、65頁)。

こうしたドゥテルテ政権の取り組みによって、中比関係は強化されつつあり、フィリピン軍はますます国外から国内の脅威に目を向けるようになっています。

むすびにかえて

この研究は南シナ海の情勢が米国、そして日本にとって不利な方向に向かっていることを示しており、中国の勢力が東南アジアでいかに高まっているかについて、よく認識しておく必要があるでしょう。

また、この研究では日本とフィリピンの関係についても考察されているのですが、ドゥテルテ政権においてフィリピンの対米関係が疎遠になっているものの、対日関係は悪化していないと著者は指摘しています(同上、49-50頁)。
著者はこのことを日本で働く出稼ぎ労働者の海外送金や日本の投資、貿易がフィリピンの経済にとって重要であるためだと説明しています(同上、61頁)。また日本はフィリピンと海洋安全保障の分野でパートナーシップを維持し、装備の提供も行っており、フィリピン軍の能力構築において影響力を及ぼしています(同上、63頁)。

もちろん、こうした日本の取り組みの効果に関して期待しすぎるべきではないでしょうが、南シナ海に対する中国の支配が強化される事態を食い止めることに寄与する政策であり、こうした政策を今後どのように展開すべきかをよく検討すべき時期だと思います。

KT

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