最近人気の記事

2017年6月4日日曜日

論文紹介 地政学シミュレーションの構築に向けた取り組み

これまでの地政学(もしくは政治地理学)の研究者は、地図や統計を使って分析をしていましたが、今後はコンピュータを使って分析することがますます求められるかもしれません。

近年ではシミュレーションの方法が発達するにつれて、コンピュータにより世界各国の対外政策を分析する方法が模索されるようになっているためです。

今回は、ヨーロッパ各国の支配地域がどのように変化していく過程をシミュレーションで分析する試みを紹介したいと思います。

文献情報
Artzrouni, Marc, and John Komlos. "The formation of the European state system: A spatial “predatory” model." Historical Methods: A Journal of Quantitative and Interdisciplinary History 29.3 (1996): 126-134.

モデルで地政学的メカニズムを考える
初期条件として設定した状況であり、ヨーロッパ大陸の形状を模した地域に5×5の領土を持つ国家を規則的に配置している。海上国境の他にピレネー山脈とアルプス山脈の自然障害の影響を考慮し、これらの山岳地帯を超えて武力攻撃ができないと想定されている。
(Ibid.: 131)
ヨーロッパ史に見られる地政学的なダイナミクスをコンピュータ・シミュレーションで分析するため、まず著者らはヨーロッパをおよそ40kmの正方形の空間に分割しました。
さらに初期条件として、ヨーロッパ地域に存在する国家は初期条件で5×5の面積を支配していると仮定します。

次に彼らはそれぞれの国家の国力に影響を与える変数として2種類の要因を考えました。
第一の変数がその国家を構成する領土の面積であり、第二の変数が外国の領土と接する国境の長さです。

前者が大きくなるほど国家が動員可能な資源が増加するので、国力は増加しますが、同時に後者の値が大きくなるほど国境防衛に大きな資源が必要となるため、国力は減少していきます。
ただし、国境が海に面している場合なら、防衛が容易であるため、所要国力も減ると考えられます。
以上の条件を前提としているのが次に示す方程式です。
Aはその国が支配する地域の広さを、Cは防衛が必要な国境の長さを表しており、国力関数Pを規定する。eは海上国境のような例外的な国境の長さを表しており、α、β、γはそれぞれ正の定数を表している。
(Artzrouni and Komlos 1996: 127)
数式だと分かりにくいのですが、要するにこの方程式は兵力で勝る国家が武力による征服を行い、その征服で得た領土が防衛できないほど拡大すると、後退するという事象をモデル化したものです。

軍事力に優れた大国が領土を順調に拡張し続けていると、次第に国境警備に分散配置すべき兵力が増加するため、全体として動員可能な兵力が減少し、最後には周辺への侵略が完全に行き詰まってしまうので、利用可能な兵力で防衛可能な領土になるまで後退していきます。

なお、国家がどの外国を侵略するのかという判断に関してですが、まずプログラムが行動を起こす国家iをランダムに選び出し、その国力を周囲の国家の国力と一つずつ比較していきます。そして、国家iにとって最も侵略しやすい国家jを見つけ出し、戦争を仕掛けるのです。
国力が大きくなるほど戦争で勝利する確率が高くなり、敗戦国の領土は戦勝国の領土に併合されます。この一連の作業をループ処理しています。

シミュレーション結果に関する考察
シミュレーションで1950回目の処理が終わった時点(歴史的には1150年)におけるヨーロッパ各国の情勢(Ibid.: 131)。
著者らは先ほどの単純化された対外行動のモデルに基づき、歴史的に観察されるヨーロッパの政治地図を可能な限り忠実にシミュレーションで再現しようとしました。


その実施例を上図で確認すると、紀元500年時点で初期条件として234カ国存在していた国家は40カ国にまで減少しています(Ibid.: 129)。

著者らの説明によれば、その間に発生した紛争は1950回であり、小規模な紛争が数多く発生する過程で多くの中小国が滅ぼされたことが分かります(Ibid.)。

さらに時代を進めると1800年の時点までにヨーロッパに存在する国家の数はさらに減少して25カ国にまで絞り込まれました(Ibid.)。その結果は下図の通りです。
3900回目の処理が終わった1800年時点におけるヨーロッパの情勢(Ibid.: 132)
シミュレーションで生成された国境配置は実際の史実と異なる部分もかなりありますが、興味深い類似性も認められます。著者らは次のように論じています。
「当時のヨーロッパ大陸のすべての詳細な国境を再現するモデルは期待できなかったものの、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアの輪郭は明確であり、またいくつかの東欧の小国も認められる。この段階でこのモデルは大雑把な均衡点に到達したようであり、国家の数の減少が極めて緩やかになっただけである」(Ibid.: 130)
先ほどの単純な方程式を使うだけで、歴史上の国境配置をこれだけ再現可能であるというのは興味深い発見です。

また、国際政治で大国となれるかどうかは国家の立地にかかっているという認識の妥当性も再確認されており、スペイン、フランス、ノルウェー・スウェーデンのような沿岸に立地する国家は、ドイツのような内陸に立地する国家よりも遠くまで領土を拡張しやすくなります。

むすびにかえて
このシミュレーションは非常に単純なものではありますが、ヨーロッパの国々の国境が地政学的なメカニズムで決まっているという考え方を裏付けています。

この傾向は特に国境と海岸線が一致している場合に顕著であり、例えばギリシア、イタリア、スペイン、フランス、スウェーデンは地理的利点を利用しつつ、大陸に陸路で進出できる地政学的に有利な立地だったことが示唆されています。

とはいえ、こうしたシミュレーション分析はまだ発展途上の段階であり、より詳細な分析のためにはもっと多くの要因を考慮に入れたモデルを構築する必要があるでしょう。
例えば、反乱や革命によって大国の内部から分離独立の動きが生じて来る可能性を考えることもそのうちの一つだと思います。

KT

関連記事
国土防衛を考えるための軍事地理学
文献紹介 ハートランドの支配ではなく、リムランドの支配を重視せよ
論文紹介 東アジアの地域特性と勢力均衡の安定性

0 件のコメント:

コメントを投稿