最近人気の記事

2014年11月29日土曜日

戦略学における地域分析の基礎


軍事学の研究に地図を判読する能力が絶対に欠かせないことは、繰り返し述べてきたことですが、その能力は戦略学の研究でも同じように重要なことです。
しかし、地域の戦略的な特質を分析する方法を述べた文献はそれほど多くは見られません。

今回は戦略学の観点から地域分析の着眼を紹介したいと思います。

戦略とは一般に政治的目的を達成するために軍事的手段を適用する方法を意味していますが、それは位置、面積、形状、地形、植生、水系、気象などの地理的要因から絶えず影響を受けることになります。

戦略的な地域分析で最も重要なのは敵国の国土を概観した上で、政治的、軍事的、もしくは文化的価値が集中する中核地域(Core Area)を適切に評価することにあります(Colins 1998: 341)。

中核地域は戦術学で言うところの緊要地形(Critical Terrain)に対応する用語であり、一般にその国家の政治、経済システムが存続する上で欠かすことができない首都圏や他の主要都市から構成されています。中核地域はその国家に一つだけというわけではありません。

中核地域を判断することができれば、この中核地域を防衛するために利用することが可能な基地(Base)を判断することができます。
軍隊はそれ自体で戦闘能力を持つのではなく、基地と連絡することではじめて作戦行動が可能となります。
したがって、基地の相対的な位置関係というものは、自然とその国家に対する脅威の方向に集中することになります。

こうした基地の配置を分析すると、その国家がどの方向を警戒しているかを判断することが可能となります。
この方向のことを戦略学では戦略正面または単に正面と呼びます。戦略正面はその国家にとって軍事的能力を発揮することが最も容易であり、また防衛計画において特に注意されている地域です。

戦略正面については少しイメージしにくいと思いますので、具体的事例として次のような地図を用いた分析を行ってみましょう。
ヨーロッパ大陸の中心部に位置するチロル山脈(Tyrol)の地図。
東西に走るチロル山脈の西端にフランスの基地(French Bases)がある。
それと平行するように東端にはオーストリアの基地(Austrarian Bases)が見られる。
(Hamley 1878: 227)より引用。
この地図が表しているのは敵対関係にあるフランスとオーストリアの戦略正面の中央にチロル山脈と中立国であるスイスが位置しているという状況です。

チロル山脈の東側にはオーストリアの基地群があり、西側にはフランスの基地群が位置しており両者は同一の方向に戦略正面を指向しています。
地図上でフランス、オーストリアの戦略正面の範囲をそれぞれ問われた場合には、「フランスの戦略正面はオーストリアに対して東部に指向しており、オーストリアの戦略正面はフランスに対して西部に指向する」という答えになります。

さらにこの状況で指摘するべきポイントとしては、フランスとオーストリアの双方の戦略正面がチロル山脈とスイスの存在によって南北に分断されていることが重要な意味を持っています。

チロル山脈が東西に走っているため、フランスとオーストリアの戦域は南北に分割されており、作戦を指導する上でも別々の作戦線(つまり前線の部隊と後方の基地を結ぶ交通路)が必要になってきます。

さらに、イタリア方面とドイツ方面の移動がチロル山脈によって妨げられているため、一度どちらかの方面で前線に部隊を投入すると、それを別の方面に再配置するためには時間が必要となると考えられます。

戦略正面を意識することは戦略学を研究する上で最初の一歩となります。
というのも、戦略の基本原則とは勢力の集中であるため、この原則を順守するためには全ての方向に対して軍事的資源を分散させることができないためです。

だからこそ、国家の中核地域にとって最も重要な戦略正面を適切に判断することが戦略家にとって重要な責任となってくるのです。

KT

参考文献
Collins, J. M. 1998. Military Geography for Professional and the Public, Washington, DC: National Defense University Press.
Hamley, E. B. 1878. The Operations of War Explained and Illustrated, Oxford: Oxford University Press.

4 件のコメント:

  1. ”軍隊はそれ自体で戦闘能力を持つのではなく、基地と連絡することではじめて作戦行動が可能となります。”というところには(なるほど)と思いました。
    ところでブログ主は”基地”の役割についてどのようにお考えですか??
    自分はぱっと思いついた限りでは”補給”と駐屯場所”と"HQ"ぐらいですが??

    返信削除
  2. ご質問、ありがとうございました。戦略学の基本概念である基地について十分な説明ができていなかったと反省しております。

    米軍の教範では次のように基地が定義されています。「(1)そこから作戦を開始または支援する場所、(2)兵站、その他の支援を提供する施設が所在する地域や場所、(3)本国の空港、運搬設備」
    意外かもしれませんが、これらの定義を見ても、「軍事施設」=「基地」と断定することはできません。最も広い意味で言えば、作戦を開始する前に部隊が配備される場所は、少なくとも戦略の観点から基地としての価値を持っています。
    海軍、空軍の作戦は軍事施設を確保することが絶対必要な前提なので、軍事施設=基地と断定することができます。しかし、陸軍の作戦は軍事施設が直ちに基地を構成するわけではありません。陸自の防衛施設が「基地」ではなく「駐屯地」と呼ばれている理由もここにあります。

    したがって、補給処や駐屯地は戦略において基地の重要な構成要素であることは間違いありません。ただ、司令部については基地と全く異なる性質のものを意味しています。なぜなら、司令部は後方に開設される場合もあれば、前線近くに解説される場合もあり、どこに開設するかは軍団、師団の作戦の性格によって変化するためです。

    しかし、戦略学における基地についてはいずれ、より詳細に取り上げてみたいと思います。
    もしご自身でも研究してみたい場合は、クラウゼヴィッツの『戦争論』第5編第15章の「策源」についての考察を読み返してみると理解が深まるかと思います。この記述についてもいずれ取り上げたいと思います。

    またご指導のほど宜しくお願い申し上げます。簡単ではありますが、ご質問への回答のみにて失礼いたします。

    返信削除
    返信
    1. 青二才の質問にもかかわらず御丁寧な説明ありがとうございます。
      自己紹介がまだでしたが、自分は神奈川県在住の高校二年生で男性です。
      せっかく説明していただいたにもかかわらず重ねて質問させていただきます。
      ”司令部は後方に開設される場合、前線近くに開設される場合”とありますが
      そもそも”前線””後方”は具体的にどのように区分されるのでしょうか? 

      削除
    2. ご質問ありがとうございます。研究心を持って問題に取り組むことはどのような進路に進むとしても大事なことだと思います。
      また、安全保障学の問題に好奇心を持つ人が一人でも多くなれば、それは日本の安全保障にとって大変喜ばしいことに違いありません。

      ご質問についてですが、前線と後方の区別に関してまた説明不足だったようで、申し訳なく思っております。

      例えば、ある師団が展開した場合、師団司令部は隷下の旅団を敵の部隊と接触する場所に配備しますが、すべての部隊が戦闘地域に配備されるわけではありません。
      補給や輸送を行う部隊、予備として拘置される戦闘部隊を配備しておく場所が必要となります。このような部隊が配備される地域を後方地域(Rear Area)と呼びます。
      しかし、師団の隷下の旅団もまた戦闘地域と後方地域の区分を設定して作戦を遂行します。
      そして歩兵連隊を戦闘地域に、後方支援連隊を後方地域に展開してそれぞれに任務を与え、旅団としての作戦目標を達成するように指揮するという流れになります。

      前線と後方地域の相対位置が師団、旅団によって異なることを考えれば、司令部の開設の問題をよりよく理解することができます。
      司令部は一般にその部隊の後方地域に開設されますが、例えば軍団の司令部を開設する場所は、師団の司令部を開設する場所よりも前線から遠方になります。しかし、旅団の司令部を開設する場所はより前線に近くでなければなりません。
      なぜなら、軍団の後方地域は師団の後方地域よりも前線から遠くに位置するはずですし、旅団の後方地域は師団のそれよりも前線から近くに位置するはずだからです。

      したがって、後方地域は作戦基地の有無によって規定されるわけではなく、あくまでも陸上作戦を遂行する上で指揮官が任意に設定する性格の地域区分だと理解することができます。

      また、この論点について説明を加えた当方の記事がありますので、そちらもあわせて参照し、今後の研究の手がかりとしていただければ幸いです。
      http://militarywardiplomacy.blogspot.jp/2015/01/blog-post_71.html

      削除