テンプル大学ジャパンキャンパス准教授ジェームズ・ブラウン(James D J Brown)は、7月6日に発表した論説記事で7月4日のロシアの憲法改正が日本の安全保障にどのように影響を及ぼすかを考察しています。その上で日本の対ロシア政策の方針を見直す時機が来ていると提案しています。
2020年7月1日の国民投票の結果に基づき、ロシアの憲法は改正され、4日に発効しました。これはロシアの内政の問題ではありますが、新憲法の67条に「ロシア連邦の領土の一部を奪うことを目的とした行為、およびそれを容認する行為は許されない」と定められているため、北方領土の問題で交渉を進めたい日本の外交にも影響があります。
ただし、この憲法では「国境線の細分化、分割、再分割」という調整を例外的に認めているため、今回の憲法改正で日本の外交に影響が出ることはないという見方もあります。
しかし、著者はロシアが日本の立場に配慮していると解釈すべきではないと主張しており、これまでの安倍政権の下で推進された対ロシア政策が具体的な成果を上げることができていないことを踏まえて、政策を見直す必要があると論じています。
確かに、ロシア政府が北方領土を日本に返還するため、例外的規定を適用することは法的に可能かもしれません。
しかし、ロシアの政界においてそのような対日交渉を進めることに強い反発があり、領土の問題で一切の譲歩を認めるべきではないという主張が根強くあること、また世論としても日本に領土を引き渡すことを認めるような論調は存在しないことを考慮しなければなりません。
ロシアの国内政治の状況を考えれば、プーチン政権が北方領土の問題で譲歩することは考えにくいと判断せざるを得ません。
このことから考えられるのは、プーチン大統領が悪意を持って安倍首相との交渉を進めてきたという可能性です。つまり、もともと日本と交渉をまとめる意図がないにもかかわらず、交渉を続ける姿勢を保つことで、日本からの関与を引き出す狙いがあったのではないかと著者は推察しています。
2018年11月、平和条約を締結した後で、歯舞群島と色丹島を日本に譲渡することを定めた1956年の日ソ共同宣言に基づき、協議を推進することをプーチン大統領は安倍首相と合意しました。
日本政府はプーチン大統領の強いリーダーシップでロシア国内の反発を封じ込めることを期待していました。安倍首相もプーチン大統領との個人的関係を構築するための外交努力を重ねました。
しかし、それによって実質的に日本がロシアから期待通り譲歩を引き出せていません。
ロシアの外交姿勢が日本から政治的、経済的関与を引き出すために見せかけられたものであり、プーチン大統領としては安倍首相に希望を抱かせ続けることによって、操作しやすくしているのかもしれません。
そうであれば、ロシアを味方とするために日本が外交努力を重ねても、日本にとって国益になる見込みはなく、かえって日本の国益を損なう恐れさえあるとも著者は述べています。
これは中国とロシアの関係がますます強化される傾向にあるためです。現在の日本の国家安全保障戦略は中国と北朝鮮に対抗することを目標としていますが、ロシアとは協力関係を築くことを望んでいます。しかし、そのロシアは中国に接近しています。著者は「日本政府にとっての戦略的な悪夢は、ロシアと中国の準同盟であり、そうなれば日本は北と東の統一戦線に直面する」と警告しています。
外交的観点から考えれば、米中対立が深刻化する中でロシアは米国と中国の両方と一定の距離を保ち、双方から利益を引き出せるような外交を展開した方が有利だったはずです。
しかし、ロシアの対外的な諜報活動や暗殺工作の影響で、ロシアはますます西側諸国から敵視されるようになっており、中国に追随する以外の選択肢を自ら手放してしまったと著者は考えています。
今後、ロシアが対中政策を見直し、対米関係の再構築に動くという可能性も考えられますが、信頼を回復するためには長い時間を要するとも考えられます。
日本の外交・安全保障にとってロシアとの関係を維持することでどれほどの利益がもたらされるのかを改めて問い直し、方針の転換も含めて考える必要があるというのが著者の立場です。
武内和人(Twitterアカウント)
Photo by U.S. Department of Defense
