2020年7月6日にランド研究所の防衛分析官グロスマンは、中国がインドに対して軍事行動を起こした問題を取り上げ、中国の意図について考察した記事を発表しています。
この問題の発端は2020年6月15日に起きた中国軍の奇襲でした。中国軍はチベットの西部国境、パキスタンの東部国境の付近に位置するカシミール地方の東部地域、ラダックの一部を占領したのです。
ここは2019年にインドが連邦政府の直轄とすることを一方的に決定した地域でもあり、当時の中国政府が強く反発した経緯があります。
インド軍の報道によれば、インド軍は20名の戦死者を出しており、過去のパターンと比較しても注目すべき特異な事象です。
グロスマンはこの中国の行動の意図を理解する必要があると述べています。少なくとも、これは一部のメディアで語られているようなパンデミックに乗じた安易な武力行使ではありませんでした。
グロスマンの調査によれば、5月の初旬以降、中国軍は支配地域付近に装甲車、火砲を含む数千名規模の部隊を集結させており、かなりの規模で動員をかけていたことが分かります。
一部のメディアでは中国軍が新型コロナウイルスの感染拡大に乗じて領土の拡張を図っているという見方が出ていますが、グロスマンはこの見解には確固とした証拠がないと批判しています。
動員された部隊の規模から見て、パンデミックが発生するよりも、かなり前の時点で中国政府が決定した作戦であるという見方が妥当だと述べています。
代わりの説としてグロスマンが挙げているのは、中印の支配領域の境界付近でインドが進めていたインフラの建設に対抗するためだったというものです。
ここで述べているインフラとは、インドがカシミール方面で建設を進め、完成が間近に迫っていた「ダーボックーショクーDBO道路(Darbuk-Shyok-Daulat-Beg-Oldie, 以下DSDBO道路)」のことです。
グロスマンは中国の軍事戦略を専門とする研究者テイラー・フラベルの分析として、DSDBO道路が中印の紛争地域であるアクサイチンへの部隊の移動を円滑にする危険があると中国政府が判断した可能性があると指摘しています。
この新たなインドの道路によってインド軍の部隊移動が有利になる事態を深刻に受け止め、危険を冒してでも中国軍が保持する陣地を前方へ推進し、インドに対抗する意図があったというのがグロスマンの見解です。
グロスマンは他にもハーシュ・パント(Harsh V Pant)、アシュリー・テリス(Ashley J. Tellis)の説を参照していますが、彼らの見解もこの見方と整合しており、また中国側の見解とも合致することを確認しています。
分析として興味深いのは、おそらくインド政府は、これほどの事態が引き起こされるとは予測していなかっただろうという指摘です。グロスマンによれば、インド政府は中国がこれほど強硬に対抗するとは予測しないままインフラ整備を進めてしまいました。
これが現地の部隊に十分な警戒態勢がとられていなかった理由とされており、中国軍の奇襲で多数の犠牲者を出した要因とも考えられています。
ちなみに、現在では中印の交渉はまとまり、7月に入って両軍の部隊は兵力の引き離しを進め、段階的な緊張緩和に向かっています。
中国の目的がDSDBO道路の建設とインド国境地帯の戦力増強を阻止することにあったとするならば、インド軍をいったん遠ざけることにも一定の成果があったと言えるでしょう。
ただ、インドがこのままカシミールへの勢力拡大を断念するとも思えないため、中印関係は今後も悪化し続ける恐れがあります。
武内和人(Twitterアカウント)
