前回の記事(論文紹介 ユーラシア大陸の経済圏建設に向けてロシアと中国が協力している)で中露接近に関する研究を紹介しましたが、今回は、この中露関係の変化がインドの外交に影響を及ぼしていると考える研究を紹介しましょう。
インドとロシアの関係は一般に考えられている以上に強固であり、両国の間にはソ連時代から積み上げてきた信頼関係があります。
しかし、この印露関係が近年になって揺らいでいると指摘する論稿が発表されています。
著者はインドのサーダー・パテル大学(Sardar Patel University of Police, Security and Criminal Justice)の助教授です。
論文紹介
Kaura, Vinay. (2018). India’s Changing Relationship with Russia, The RUSI Journal, 163(1), 48–60. doi:10.1080/03071847.2018.1447851
その後、インドは東西冷戦の中で非同盟陣営に加わっているものの、ソ連とは「特別な関係」を形成してきました。
1791年、印ソ平和友好協力条約(Indo-Soviet Treaty of Peace, Friendship and Cooperation)が成立すると、インドはソ連の最大の通商上のパートナーとなりました。
ソ連は1979年にアフガニスタンに対して武力攻撃を実施し、アメリカをはじめとする西側諸国から反発を受けましたが、この時、インドがソ連を表立って非難することを避けたのは、ソ連との経済的連携を維持する必要があったためだと著者は説明しています。
ソ連の崩壊で印露関係は後退局面を迎えますが、2014年に政権を発足させたナレンドラ・モディ首相の行動を調べれば、彼が伝統的なインドの対露政策を維持しようとする意図があったことが読み取れます。
例えば2014年7月のブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカが参加したBRICS会議において、モディはロシアがインドの発展のために貢献してきたことに感謝の意を表し、印露関係を「比類のないもの」と形容し、翌2015年にはロシアを訪問するなど、引き続き両国の関係を重視する態度をとっています。
しかし、モディ政権下の印露関係は思い描いた方向に推移していません。著者はこの影響を理解するためには印露関係を取り巻く国際情勢の変化をより広い視野で捉える必要があると説明しています。
2014年のウクライナ紛争で米露関係が悪化し、ロシアが欧米諸国から厳重な経済的制裁を受け始めてから、ロシアは中国と経済的連携を模索するようになりました。これはインドの安全保障の観点から見れば重大な問題でした。
これは海洋進出の動きを強めている中国にロシアが接近することが、インドの長期的な安全保障上、戦略上の利害に影響を及ぼすリスクに繋がると考えられるためです。
特にインドにとってロシア、日本、韓国、太平洋諸国などに通じる南シナ海の海上交通路が中国に脅かされている状況に対して危機感を強めていると著者は述べています。
したがって、「ロシアと中国が近づく場合、インドは自国の戦略的脆弱性を補うために、アメリカとの関係を強化せざるを得ない」と著者は予測しており、事実インドの外交は対米関係を重視するようになってきています(Ibid.: 54)。
ただし、インド人の研究者の間ではロシアと中国のユーラシア大陸の国際秩序に関する見方にはかなり大きな相違が残されているという認識もあり、著者自身もこの問題について両国が容易に解決に至ることはないと判断しています。
それでもロシアが中国との関係強化に乗り出しているのは、欧米の経済的制裁がロシア経済を打撃しているためであると著者は主張しており、この点についてもっと慎重な政策の分析が必要だと論じています。
その目的は中国に対するバランシング(balancing)ですが、一方でインドはアメリカの対中政策に確固とした方向性があるのか疑問も持っており、その見極めにまだ時間がかかるかもしれないとも考えています(Ibid.: 56)。
インドの外交がこれからどのように変化するかを見極めることは日本の安全保障にとっても非常に重大な課題です。
インドの外交はインド洋から太平洋にまたがる海上交通路の保全に関心があり、アメリカとの連携を求める点で日本と利害が一致します。
しかし、著者が説明した通り、インドの対米政策は中露関係の動向に左右される可能性がある点を考慮すると、その継続性については疑問の余地も残るでしょう。
日印関係を強化する場合、その点に留意しながら外交関係を構築しておいた方がよいでしょう。
インドとロシアの関係は一般に考えられている以上に強固であり、両国の間にはソ連時代から積み上げてきた信頼関係があります。
しかし、この印露関係が近年になって揺らいでいると指摘する論稿が発表されています。
著者はインドのサーダー・パテル大学(Sardar Patel University of Police, Security and Criminal Justice)の助教授です。
論文紹介
Kaura, Vinay. (2018). India’s Changing Relationship with Russia, The RUSI Journal, 163(1), 48–60. doi:10.1080/03071847.2018.1447851
「特別な関係」とされた印露関係の歴史的背景
1947年、イギリスから独立を果たしたインド政府の初代首相ジャワハルラール・ネルー(Jawaharlal Nehru)はソ連との外交関係を樹立しました。その後、インドは東西冷戦の中で非同盟陣営に加わっているものの、ソ連とは「特別な関係」を形成してきました。
1791年、印ソ平和友好協力条約(Indo-Soviet Treaty of Peace, Friendship and Cooperation)が成立すると、インドはソ連の最大の通商上のパートナーとなりました。
ソ連は1979年にアフガニスタンに対して武力攻撃を実施し、アメリカをはじめとする西側諸国から反発を受けましたが、この時、インドがソ連を表立って非難することを避けたのは、ソ連との経済的連携を維持する必要があったためだと著者は説明しています。
ソ連の崩壊で印露関係は後退局面を迎えますが、2014年に政権を発足させたナレンドラ・モディ首相の行動を調べれば、彼が伝統的なインドの対露政策を維持しようとする意図があったことが読み取れます。
例えば2014年7月のブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカが参加したBRICS会議において、モディはロシアがインドの発展のために貢献してきたことに感謝の意を表し、印露関係を「比類のないもの」と形容し、翌2015年にはロシアを訪問するなど、引き続き両国の関係を重視する態度をとっています。
しかし、モディ政権下の印露関係は思い描いた方向に推移していません。著者はこの影響を理解するためには印露関係を取り巻く国際情勢の変化をより広い視野で捉える必要があると説明しています。
中露接近がインドの安全保障上の問題になっている
印露関係に影響を及ぼす構造的要因として、著者は中国の台頭の影響が大きいと論じます。2014年のウクライナ紛争で米露関係が悪化し、ロシアが欧米諸国から厳重な経済的制裁を受け始めてから、ロシアは中国と経済的連携を模索するようになりました。これはインドの安全保障の観点から見れば重大な問題でした。
これは海洋進出の動きを強めている中国にロシアが接近することが、インドの長期的な安全保障上、戦略上の利害に影響を及ぼすリスクに繋がると考えられるためです。
特にインドにとってロシア、日本、韓国、太平洋諸国などに通じる南シナ海の海上交通路が中国に脅かされている状況に対して危機感を強めていると著者は述べています。
したがって、「ロシアと中国が近づく場合、インドは自国の戦略的脆弱性を補うために、アメリカとの関係を強化せざるを得ない」と著者は予測しており、事実インドの外交は対米関係を重視するようになってきています(Ibid.: 54)。
ただし、インド人の研究者の間ではロシアと中国のユーラシア大陸の国際秩序に関する見方にはかなり大きな相違が残されているという認識もあり、著者自身もこの問題について両国が容易に解決に至ることはないと判断しています。
それでもロシアが中国との関係強化に乗り出しているのは、欧米の経済的制裁がロシア経済を打撃しているためであると著者は主張しており、この点についてもっと慎重な政策の分析が必要だと論じています。
「西側諸国がロシアに課している制裁は、単に中露関係の強化を促しているだけでなく、地政学的な観点から中露関係を分断するというアメリカの政策目標の達成を難しくしている」(Ibid.: 55)
むすびにかえて
著者は中露接近が今後も続くようであれば、インドの外交は対米関係をより重視する方向に転換する可能性が高いことを示唆しており、それは結論においても繰り返されています。その目的は中国に対するバランシング(balancing)ですが、一方でインドはアメリカの対中政策に確固とした方向性があるのか疑問も持っており、その見極めにまだ時間がかかるかもしれないとも考えています(Ibid.: 56)。
インドの外交がこれからどのように変化するかを見極めることは日本の安全保障にとっても非常に重大な課題です。
インドの外交はインド洋から太平洋にまたがる海上交通路の保全に関心があり、アメリカとの連携を求める点で日本と利害が一致します。
しかし、著者が説明した通り、インドの対米政策は中露関係の動向に左右される可能性がある点を考慮すると、その継続性については疑問の余地も残るでしょう。
日印関係を強化する場合、その点に留意しながら外交関係を構築しておいた方がよいでしょう。
