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論文紹介 論争が進んでいる米国の中東戦略:兵を引くべきか、残すべきか

米国では大統領選挙が近づく中で、中東戦略が再び争点として浮上しています。研究者の間では長引く中東での戦争に関与する程度を減らすべきだという議論が出されており、また現に撤退が始まっていると考える人々もいます。

今回は、米国の戦略論争を理解する一助として頂くため、この議論に対する反論を紹介したいと思います。
著者のガウゼ(F. Gregory Gause, III)は中東問題、特にサウジアラビアを中心とした湾岸諸国の国際関係を専門としており、テキサスA&M大学の教授です。

論文情報
F. Gregory Gause III (2019) Should We Stay or Should We Go? The United States and the Middle East, Survival, 61:5, 7-24, DOI: 10.1080/00396338.2019.1662114

米国では中東からの撤退論を唱える研究者が出てきている

著者は、大学、政府、シンクタンクなどで米国の中東戦略の妥当性を疑問視する議論が出現していることを確認するところから、この論稿を始めています。

特に著者が注視しているのは、以前よりも米国がこの地域に対する石油の依存度を減少させたことを根拠としながら、もはや中東、特にペルシャ湾を中心とした湾岸地域において、米軍が大規模な兵力を配備する利点は薄れているとの情勢認識が、専門家の間でも広まりつつあることです。

例えば、グレイサー(Charles Glaser)とケラニック(Rosemary Kelanic)は2017年に発表した論稿で、湾岸地域から米軍を撤退させれば、国防予算の15%を節約することが可能になると推計しており、最低40億バレルの石油備蓄があれば、湾岸諸国からの供給が途絶しても、経済的影響を最小限に緩和できるという判断を示しました(Glaser and Kelanic 2017)。

また、より広い視点で米軍の配備状況を考えた場合、中東への過剰な部隊配備は、東アジアやヨーロッパといった戦略的に重要な地域、つまり中国やロシアのような脅威に対抗するために部隊配備を強化する戦略を妨げているという議論も出されています。
著者はこの議論がバラク・オバマ大統領の下で推進されたリバランス(rebalance)を基礎付けていた考え方だったと述べています。

実際に米軍が撤退しているとの指摘も出されている

このような議論が米国で出ているだけでなく、中東諸国の間で米軍が中東から撤退するのではないかという懸念の声が上がっていることを著者は指摘しています。

例えば、イスラエルの首相が2011年のアラブの春の影響によってエジプトで政変が起こり、また2013年にシリアのアサド政権が化学兵器の使用に踏み切ったにもかかわらず、米軍が具体的な軍事行動をとらなかったことを踏まえ、米国が中東への影響力を縮小しようとしているのではないかと批判を加えたことが取り上げられています。

これはイスラエル人だけが抱いていた印象ではなかったようで、アラブ首長国連邦、ヨルダン、サウジアラビアは米国が中東地域における関わり方を後退させていることについて懸念を示していました。

そのため、トランプ政権が発足し、オバマ政権の中東戦略を見直したことを、これらの国々は歓迎しました。

ところが、2018年12月にトランプ政権がシリアから米軍を撤退させることを表明し、多くの国々の期待が裏切られる結果になりました。
その反動もあって、米国が中東から撤退しつつあるという情勢認識が台頭するようになっていると著者は見ています。

そもそも、米国は中東から撤退しているわけではない

これらの議論に対して著者は中東における米軍の部隊配備に対する現状認識を再検討するべきであるとの考え方を示しました。

オバマ政権の末期、つまり2016年から2017年の初めにかけて、中東における米軍の勢力はおよそ5万8000名でした。
しかし、2018年末の時点で米軍の規模は6万名弱とほとんど同水準が維持されており、少なくとも部隊の配備状況から見て米国が中東地域における影響力を放棄しているわけではありません。

著者は中東に置かれている米軍の基地についてもっと注意を払うようにも促しており、特にクウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦における基地は規模も大きく、米軍のプレゼンスを確保する役割を果たしていることを評価すべきだと論じています。

さらに加えて米軍はヨルダン、エジプト、イラク、オマーンなどに対しても軍事施設を利用することが可能な状況にあり、トルコも北大西洋条約機構の加盟国として米軍に基地を提供し、集団防衛の責任を担っていることも考慮する必要があります。

米軍が中東から撤退しているという見方は、誇張されている可能性が大きいと著者は見なしており、また2019年6月にイランに対する軍事的圧力を強める目的でペルシャ湾に部隊を派遣したことも指摘しています。

中東の戦略的な重要性を再確認すべきである

さらに著者は中東から撤退すべきという議論についても批判を加えています。
確かに米国は中東における軍事的プレゼンスを維持するために、多額の支出を負担しています。しかし、だからといって部隊を引き上げることをすれば、中東各国の政治情勢の安定性を大きく損なう危険があると指摘しています。

例えば過激派組織イスラミック・ステート(ISIS)が台頭した時機がイラクから米軍部隊を撤退させた後であり、この勢力を排除するための戦闘で多大な犠牲を出したことは、米国に多くの戦略的教訓を残しました。
著者は軍事的プレゼンスの費用については財政的な見地だけで語るわけにはいかないと主張しており、議論の視点を財政に限定すべきではないという立場をとっています。

東アジア正面により多くの部隊を配備すべきという見解についてですが、著者は興味深い反論を行っています。
米国は湾岸諸国からの石油供給にもはや依存していませんが、中国は依然としてこの地域からもたらされる石油を必要としています。
著者の調べで中国は原油の44%をこのペルシャ湾の周辺諸国から入手しており、中国政府はこの地域の情勢に戦略的関心を持っています。

もし米中関係が悪化した際に、湾岸地域において米軍の部隊が配備されていれば、それは直ちに対中戦略のために使用することが可能であり、中東地域を放棄して東アジア地域に前方配備するという考え方は、このような優位を無視しているというのです。

むすびにかえて

この論稿の著者はあらゆる撤退に反対しているわけではなく、例えばアフガニスタンやイラクに対する軍事的な関与に関しては慎重に引き上げることも必要であることを認めています。
これらの国々では軍事的成果を上げることが難しいと著者は厳しい見立てを示しています。
しかし、それは中東地域からの全面的な撤退とは区別すべきであり、あくまでも局地的な措置と見なしています。

クウェートやバーレーンといった湾岸諸国に関しては、今後も基地機能を提供する米軍の接受国として重視すべきだと主張されており、これら戦略要点を確保することで中東における米国の影響力を引き続き維持することが期待されています。

この論稿の著者のガウゼは現代のペルシャ湾の国際関係を分析した研究業績を残しており、The International Relations of the Persian Gulfは高い評価を受けています。

中東地域に地上部隊を奥深く入り込ませるのではなく、ペルシャ湾の沿岸諸国への戦略基地を確保しておくべきという著者の考え方は、オフショア・バランシングの戦略として解釈することもできるでしょう。

武内和人

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