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2018年7月11日水曜日

論文情報 ドイツにおける軍事史の歩み―政治に翻弄された学問の小史―

ドイツは近代的な歴史学が誕生した国として知られています。19世紀の歴史学者レオポルト・フォン・ランケ(Leopold von Ranke)は、実証的な立場から史料批判を行う方法を確立し、その後の歴史学の発展に大きな貢献を果たしました。ドイツは近代的な軍事学がいち早く発展した国でもあり、軍人であり、軍事学者でもあったカール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)は、戦争を軍事行動として理解すべきではなく、政治活動として分析すべきだと指摘したことで知られています。

ところが、歴史学と軍事学の間を繋ぐ軍事史という研究を見てみると、ドイツでは長らく軍事史が学術的研究と見なされず、作戦・戦闘といった極めて狭いテーマだけを扱うことが一般的だったのです。ランケとクラウゼヴィッツを生んだ国でこのような研究の停滞が起きていたことは一見すると不可解に思えます。その理由を理解するため、今回はドイツにおける軍事史の歴史について考察した論文を取り上げ、その内容の一部を紹介したいと思います。

論文情報
ヴィルヘルム・ダイスト「ドイツにおける軍事史の展開に関する覚書」伊藤智央訳、トーマス・キューネ、ベンヤミン・ツィーマン編著『軍事史とは何か』中島浩貴ほか訳、原書房、2017年、440-50頁

マックス・イェーンスによる軍事史の位置付け

ドイツにおける軍事史の出発点として、著者はマックス・イェーンス(Max Jähns)の著作『戦争学の歴史』を取り上げています。
「100年以上前、マックス・イェーンスによる3巻からなる『戦争科学の歴史』が出版された。その中でこのプロイセン退役中佐でありハイデルベルク大学名誉博士は、古代から18世紀末までの戦争科学の文献に関する「目録作りという試み」を行った。彼はその際クラウゼヴィッツと同じく、戦争科学の課題を、「戦史をもとに過去の経験を突きとめ、現在のそれと比較すること」と見た」(同上、440頁)
つまり、イェーンスは戦争科学、つまり軍事学を経験科学として捉えるだけでなく、それを軍事学の基礎をなす領域と位置付けたのです。それと同時にイェーンスは軍事学が「実践」のための学問でもあるとも考え、「新たな実践のために改めて準備を整えること」を目的としていたことも述べられています(同上)。

この観点から見れば、軍事史はあらかじめ応用されることを目的としており、軍事教育の手段としての役割が大きいことが強調されていました(同上、440-1頁)。もちろん、イェーンスの意図は軍事史の範囲を限定するというわけではありませんでした。例えば軍制の歴史を研究する上では「諸民族の文化史や政治史」との関連で考察される必要があることを認めています(同上、441頁)。

しかし、全体として見ると、軍事史の始まりは、軍隊の実務に寄与するように強く方向付けられていたと考えることができるでしょう。ドイツでは史料の批判に基づく実証的な歴史学が発展することになるのですが、軍事史はそうした潮流から次第に孤立を深めていくことになります。

ハンス・デルブリュックによる方向転換の試み

著者は、イェーンスの考え方に次いで、ハンス・デルブリュック(Hans Delbrück)の軍事史に対する立場を取り上げており、彼が「軍事・戦争関連の出来事を歴史学の対象とすることを語気を強めて主張」したことを評価しています(同上)。当時のドイツにおける軍事史は、軍事学の一領域に位置付けられるあまり、歴史学の方法から切り離された研究領域となっていました。

デルブリュックはこの状況を変えようと奮闘し、客観的批判を通じて、それまで軍人が独占してきた軍事史の歴史解釈に問題があることを指摘したのです。その代表的な例がプロイセン国王フリードリヒ二世の戦略に対する軍部の解釈に対する批判であり、この論争ではフリードリヒ二世の戦略を消耗戦略と見なせるかどうかをめぐって、陸軍の専門家と対立しました。
「フリードリヒ二世の戦略を消耗戦略と解釈することで、彼はいわゆる「戦略論争」の中で参謀本部戦史部との長期にわたる論争をも引き起こした。というのも参謀本部は、国民の軍事史を独占できるという自らの要求が脅かされていることを見て取ったからであった」(同上、442頁)
ドイツにおける軍事史の発展にとってデルブリュックのような研究者が陸軍の公式見解を批判したことは、研究史において意義のある事件だったといえます。とはいえ、軍隊が示す公式見解が軍事史そのものだった当時の通念を打ち破るまでには至りませんでした。著者はデルブリュックが第一次世界大戦が終結した後で国立史料館歴史委員会に招聘され、戦争の政治的、経済的、社会的、文化的側面に関する叙述を盛り込もうとしたにもかかわらず、成果を上げなかったことを指摘しています(同上、442頁)。

ゲルハルト・エストライヒの国防史の試み

第一次世界大戦後のデルブリュックとは異なる立場から軍事史のあり方を再検討するように主張する議論が出されました。この議論の担い手として著者はゲルハルト・エストライヒ(Gerhard Oestreich)を挙げています(同上)。エストライヒは軍隊による純粋な戦史としての軍事史という枠組みを乗り越えようとしていた点で評価されていますが、ただしそれは民族主義的なイデオロギーの影響を強く受けてもいました(同上)。
「彼は1940年に刊行された論文の中で、すべての学問と同様に「民族の生存維持と強化、保全と増強のために」存在している国防学の中心的な部分として「国防史」を位置づけた。「評価を下し、秩序を与えるという、国防や戦争の中の観点」が、「国防学研究の範疇や手法」を規定する。国防史は――伝統的な戦史のように――戦争の軍事的な部分を叙述することで満足するのではなく、「歴史的経過の中における国防力創出や国防思想に関するあらゆる領域」を捉え、「国防の観点から国家活動と民族生存を賭けた闘争」を観察し、それによって「国防政治に関する必要不可欠な教育を国民に施すことに」寄与する」(同上、442-3頁)
著者はエストライヒのイデオロギー的な立場に留意しながらも、彼の軍事史に対する視野が以前のそれよりもはるかに広いものであったことを確認しています。エストライヒの研究は1945年にナチ体制が崩壊したことを受けて、歴史学における影響力を失っていきました(同上、443頁)。

しかし、「国防史」という概念それ自体はその後も生き残り、西ドイツにおける伝統的な戦史叙述はその名も『国防学(Wehrkunde)』という雑誌で引き続き行われていました(同上、444頁)。著者はこの国防史という概念を取り巻くイデオロギー的な背景があったことも、大学における歴史学者が関わり合いを避ける要因になったと指摘しています(同上)。

1960年代末に進んだ軍事史の再定義

著者の議論で最も興味深いのは、こうした潮流が1960年代に変わっていったと指摘している部分です。1967年に創設された『軍事史報(Militärgeschichtliche Mitteilungen)』の第1巻で示された軍事史の概念規定には、それまでの軍事史の枠組みを新しくすることが強く意識されたものになっていました(同上)。
「それによれば、軍事史とは「ある国家における武装勢力の歴史である。(…)軍事史は、政治の道具としての武装勢力を問題とし、平時および戦時におけるこの勢力の管理という問題に取り組む。しかし軍事史は戦時の場合、純粋に軍事に関する懸案のみを観察するだけでなく、戦争を一般史の中に組み入れる。その結果、戦争は歴史的現象として理解・把握・解明され、そして徹底して検討される。(…軍事史は)加えて軍隊(…)経済生活、社会生活そして全公共生活の〔ひとつの〕要素として研究する。しかし、軍事史は、とりわけ政治勢力としての武装勢力に向き合う。だが、軍事史の中心にあるのは(…)全生活領域における兵士である」」(444-5頁)
ドイツにおける軍事史を新しく方向付ける上で、この概念規定は非常に重要なだけでなく、軍事史という研究領域を大きく広げる意義がありました。長い時間をかけて、ドイツの軍事史はようやく軍隊の公式見解と距離を置き、かつ国防史のようなイデオロギー的な要素も取り除かれた歴史学の一領域として発展できるようになったのです。

むすびにかえて

著者は現在の軍事史の方法論について「学問として軍事史は、歴史批判の方法のみを基礎としてもちうる。この方法を放棄することは、軍事史の学術的性格を放棄することを意味する」という考えを紹介しています(同上、445頁)。ドイツにおいて軍事史が歴史学の一分野として認められ、また戦闘や作戦だけにとらわれない枠組みを獲得するまでに、どれほど多くの努力が必要だったのかを考えれば、この言葉が持つ意味の重みが分かると思います。

軍部主導の軍事史からの脱却は容易なことではなく、またその途中でイデオロギー的に政治利用されたことも、軍事史に正当な学問的地位を与えることを難しくしていたのです。しかし、そうした時代は過ぎ去りました。著者は最後に次のように述べています。
「この20世紀を俯瞰してみると、いかなる留保にもかかわらず以下のことが言えるであろう。軍事史を歴史学の部分領域として大学に定着させるという、当時失敗に終わったデルブリュックの試みは、今や成功しているように思われる。軍隊のあらゆる表現形態は、批判的な歴史学研究の対象となったのである」(同上、446-7頁)
著者の研究は、ドイツにおける軍事史を取り巻く政治的、思想的、学問的状況がどのように変遷していったのかを明らかにするという意味で興味深いものです。また、軍事史が特定の勢力によって政治的に利用されていた実態も浮き彫りにもしています。

特定の政治的勢力が軍事史という学問の方向性や枠組みを規定し、それによって学問の本来あるべき発展が妨げられることは、軍事史だけの問題ではありません。政治と学問の適切な関係を考える上でも示唆に富む議論ではないかと思います。

KT

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