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2016年8月20日土曜日

リデル・ハートの軍事教育論

「諸君に考える任務はない」というのは軍隊の決まり文句の一つであり、あらゆる物事を斉一化、標準化することで合理化しようとする軍隊ならでは考え方を表してもいます。
これは戦略の研究で知られるリデル・ハートが批判した考え方でもありました。リデル・ハートは戦争を理解するためには、一般大学に相当する学識が必要であり、軍事教育を改革することを主張したのです。

今回は、リデル・ハートが取り上げた軍事教育の問題、特に士官に対する教育の問題について紹介してみたいと思います。

軍人として具備すべき適応性
ベイジル・ヘンリー・リデル・ハート(1895-1970)
英国の軍事学者、現代の戦略研究の古典とされる『戦略論』の著者
軍事思想史を研究する中でリデル・ハートがテーマとしていたのは、適応性(adaptability)の問題でした。
つまり、戦略の本質は、敵を壊滅に追い込むといった抽象的、観念的な原則を適用することではなく、現実的な目標を達成するために適当な手段を柔軟に選択し、必要があれば目標そのものを見直すという柔軟な発想こそが重要であると考えたのです。
「戦争というものは、凡庸の戦略屋がいとも簡単に割り切れるほど無邪気なものではない。戦略家は、特に意味深長な混乱によって生ずる敵の弱点に対する集中を意識して集中の原則を一層深刻に勉強することを要する。また戦略家は代案計画、すなわち他目標へ随時転換できるということにも新たな理解をもつことが必要である。これは戦争の本質上当然備えておるべきものであるにもかかわらず、これまでの教科書の中には認められなかった原則である」(174-175頁)
これは軍人、特に士官として職務を立派に成し遂げるためには、広い知識と深い思索が必要であることを示唆しています。
リデル・ハートは、サックス、フリードリヒ二世、ギベール、ナポレオン、ジョミニ、クラウゼヴィッツ等の軍事思想の展開を検討する中で、肯定的な意味でも否定的な意味でも、戦争様相の変化に素早く適応できるよう、軍事学について研究していることが望ましいと考えていました。

軍事教育のあり方を改善すべき
しかし、リデル・ハートはこの教訓を活用する上で障害があることにも気が付いていました。軍人はさまざまな理由から、軍事学の研究に取り組むことができないという問題です。
「ここで我々は、新たな問題を発見する。聡明な軍人たちをその職に止まらせることは、彼らの知識を向上させることよりも容易である。平時の軍務では、絶えず興味を持つ付ける事は稀で、むしろ興味を失うことの方が多い。将校達は下級の階級の間、あまりにも連続的に恒常勤務につくため勉学と思索の暇がない。特に伝統的に、スポーツや諸競技に向ける時間を考慮するとなおさらである。その勤務は時には興味があり時には退屈であるが、何れの場合でも、戦争の学問的研究に使用し得る時間はほとんどない。そして軍人の勤務の大部分は地方または植民地の駐屯地で過ごす傾向があり、そこは前述のような知的探求に便利な場所でもなく、知的な刺激を与えるような環境の所でもない。おそらくこれを矯正する最善の方法は、前途有望な将校たちをある期間、員外・聴講・委託学生として大学派遣勤務につかせることであろう。つまり、総合大学の特別研究員制度の考え方を軍事面で応用する制度をつくることであろう」(同上、184-185頁)
リデル・ハートがこのように論じた背景には、19世紀から20世紀にかけて戦争の形態が総力戦になっていたことも関係していました。
軍事学の研究対象が政治、外交、貿易、経済、社会、科学技術等の国家的諸課題にまで広がり、内容的にも高度化していたのです。

リデル・ハートも述べていることですが、軍人の職務経験の大部分は演習に依存しており、それは「外科医の訓練が蛙や貧者の死体の解剖に限られているようなもの」なのです(同上、185頁)。
だからこそ、軍人は演習の限界を補うために、理論的な研究を重視する必要があり、これは高度な学問的訓練を必要とするのです。

独りよがりな研究が不完全な教育の原因
リデル・ハートは軍事教育において歴史を学ぶことの重要性を強調していますが、自身が英軍の士官だった経験も踏まえて、当時の陸軍の戦史研究がいかに低水準のものであったことを率直に認めています。
「あいにく職業軍人は、ごく一部の例外者を別として、軍職の分野に属するけれども特殊な知識を要するものについては素人なのである。彼らの戦史研究は、後半にわたる視野の広いものでもなく、徹底的に突っ込んで研究したものでもない。すべての戦役についての何らの背景も知らず、広い知識を身に付けもせず、若干の会戦について一心不乱に勉強するという方法を習慣的に行っているだけである。まして、こうした数少ない会戦の研究は、それに関する何冊かの既刊書の記事や論評中の事実の吸収とその推論以外の何物でもない。このような他人の研究に依存して事実を知ることは、たとえそれらの本が真の研究の成果であっても、知識を得るためには余りにも他力本願なやり方である。だが、如何に多くの二次的な資料を批判的態度を忘れて収集しても、それでは事実に関するまた聞きの知識よりさらに信頼できないものしか得られない」(同上、186頁)
またリデル・ハートは研究経験が浅いと、系統的に文献を調査することができず、知らず知らずのうちに歴史的事実よりもフィクションを楽しんでしまう傾向があるとも指摘しています(同上、186頁)。
このような学問的に低水準な研究は陸軍で横行しており、リデル・ハートに言わせれば、「陸軍における戦史研究は、陸軍大学校に置いてさえ、上出来なものでも我々の目から見れば、史学部以外の在学学生の作業水準と同程度」と評されています(同上)。

リデル・ハートは第一次世界大戦で露呈した軍事的手詰まりの最大の原因は、学術的研究による検証作業を軽視し、独りよがりな軍事理論を構築したことにあったのだとも指摘しています(同上、187頁)。

むすびにかえて
第一次世界大戦の記憶がまだ生々しく人々に思い出された時期に、リデル・ハートがこうした革新的とも言える軍事教育のモデルを提唱したことは重要な意味を持っていました。
第一次世界大戦はそれまでの軍事的常識や戦闘の様相を一変させた戦争でした。古い慣習にしがみついた戦術や戦略はもはや有効ではなくなっていましたが、それが抜本的に見直されるまでには長い時間がかかりました。前線にいたリデル・ハートは無知の代償がいかに多くの兵士の命で償われたのかを知っていたのです。

軍人は考える必要がある仕事であり、それに相応しい学識を備える必要があるのだから、学術的に高い水準の軍事教育制度を整備すべき、というのがリデル・ハートの考え方でした。
ただし、それが見せかけの改革であってはならないともリデル・ハートは付言しています。
真の学問的態度、思想の自由と研究の公正さが伴っていなければならず、何よりも新たな考え方に対してオープンに議論できる環境が必要だと信じていました(同上、189頁)。
だからこそ、リデル・ハートはこうした議論を通じて、「諸君には考える任務がある」と呼びかけたのでしょう

KT

参考文献
Liddell Hart, B. H. 1934. The Ghost of Napoleon, New Haven: Yale University Press.(邦訳、リデル・ハート『ナポレオンの亡霊―戦略の誤用が歴史に与えた影響―』石塚栄、山田積昭訳、原書房、1980年)

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