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2016年10月20日木曜日

なぜチェレーンは地政学を生み出したのか

地政学という言葉を最初に使い始めた研究者は、スウェーデンの政治学者チェレーン(Johan Rudolf Kjellén 1864-1922)でした。
彼は1901年にゴーテンブルグ大学、1916年にウプサラ大学で研究に取り組み、1905年以降に上院議員を務め、1910年からは下院議員となり、第一次世界大戦では末―電はドイツに味方し、ロシアと戦うべきと主張した強硬派の政治家としても知られています。

今回は、チェレーンがその研究を通じて、地政学という新しい研究領域を必要だと考えるに至った理由を、彼の議論を参照しながら紹介してみたいと思います。

法学的国家論からの脱却
チェレーンは『生活形態としての国家(邦訳、領土・民族・国家)』(1916)という著作の冒頭において、スウェーデンの政治教育が他の学科の教科に比べて軽視されている、という問題提起がなされています。すでにスウェーデンでは普通選挙制が導入されたことにより、国民が自分の運命を決する直接的な責任を負うことになったにもかかわらず、それに見合った学識が付与されていないことは望ましくないというのがチェレーンの立場でした(邦訳、4-5頁)。

しかし、チェレーンの問題提起は単にスウェーデンで政治教育が軽視されているだけに止まりません。チェレーンは政治教育の基礎に位置付けられるべき国家の研究において、法学的アプローチが主流であるため、国家の活動の実態を把握するものにはなっていないとも指摘しています。
つまり、政治学とは国家学であり、国家学とは憲法学である、という基本的な理解がアカデミアに定着しており、しかもそれは長年にわたって継承されてきたことをチェレーンは問題視しているのです。
「この根本的見解の背後には、かの力強い伝統が横たわっている。即ち、全て国家科学の発展を決定したところのもの、つまり(ルソーの)法律的契約説を伴った自然法が横たわっている。この見解の中心的目標は、国家と憲法を同一体と見る思想であって、既に、マキアヴェリにも、キケロにもこれを認められ、否、我らの科学の祖アリストテレスにも認め得るのである。されば、この問題は二千年以上に及ぶ観察方法に由来するものであって、今日この説が特に強く通用している理由は、科学的伝統以外の事情、即ち、国家生活の事実上の形態が、これを最も直截に説明するのである」(同上、8頁、訳文一部修正)
法律的、形式的な側面ばかりに注目する伝統的国家理論を脱却するためには、従来とは大きく異なるアプローチが必要であるとチェレーンは考えました。これまでの法学的国家論においては、国家はあたかも時代の潮流とは無関係に成立する存在であり、それに影響を及ぼすものは第一に憲法とされてきました。しかし、実際には国家は時代の潮流に影響を受ける存在であるため、主権国家は何人にも隷属しないというような形式的議論から脱却しなければならない、とチェレーンには思われたのです。

チェレーンの有機的国家論の提唱

チェレーンが議論を進めるに当たって影響を受けた研究者がいます。それがフリードリヒ・ラッツェルであり、彼は人文地理学の創始者であると同時に、「国家は人類の一団と組織された土地の一区域である」という言葉で国家を規定したことでも知られています(同上、32頁)。
チェレーンはこのラッツェルの地理学の観点に立った国家の概念規定を次のように批判しました。
「強国の内容は単なる国土・国民よりは一層広範・深遠なものである。例えば、ドイツ国、フランス国等の名称の下にまとめられている思想は、ドイツ・フランス等における単ある国土・国民のみではなく、そこには社会的、法律的特徴をも表彰されているのである。ドイツの相貌からいわゆる軍国主義を取り除き、フランス今日の相貌から民主主義憲法を抹消することは、何人にもできないだろう。議会制度なきイギリスを考えることもまた同様に不可能である。このような特徴はすべての特徴が変化するように、等しく変化の過程に投ぜられた。けれども時の経過につれて、それぞれの国家の本質のうちに融合する。この関係は現下の戦争に際して以前よりも一層明白に現れている。今や、敵国同士、互いに対抗して、勝たんとすることを求めているが、この目的を貫くためには単に国土と国民の力を合するのみでなく、経済の力、社会の力、法律の力、及び、一般の文化の力をこの闘争のために傾注しているのが明らかに看守されるからである」(同上、34-5頁、一部訳文修正)
チェレーンはこのように、地理的、自然的国家論の欠陥を指摘した上で、先程の形式的、法学的国家論と総合することにより、新たな学問体系を構築すべきとの判断に至ります。そのことは「我々は古い政治学の命題と地理学の反対命題とを超克して、総合し高揚するところの国家科学を必要とするに至ったのである」という記述からも読み取ることができます(同上、43頁)。

こうして提唱されているのがチェレーンの有機的国家論であり、これは有機体とは多数の人間が集合して一つの形態を持った組織体という意味に近く、チェレーン自身の言葉を借りると「国家は客観的実体である。個人を超越せる、客観的実体である。と同時に、生存原則の支配を受けつつ、国家流の仕方において存在しているものである」とされています(同上、47頁)。
有機的国家論を基礎にすることによって、これまでの政治学の研究を刷新し、また政治教育の改善にも寄与するとチェレーンは考えていました。

チェレーンにとっての地政学の位置付け

ここまで従来の法学的国家論の欠陥と、それを補完するための人文地理学の視座、そして両者を総合する有機的国家論についてチェレーンの議論を紹介してきましたが、肝心の地政学の議論はどうなっていたのでしょうか。
チェレーンは国家を有機的統一として政治学的に考察する場合には、その構成要素として、領土、民族、経済、社会、統治という5種類の要素を平時から戦時に渡って観察しなければならないと述べています。そして、それぞれの要素を研究する国家学の研究領域を次のように区分しています。
「手中にこの鍵を携えていれば、国家学の他の科学の領域に対する限界を定ることもまた容易である。その左翼は地理学に非ずして地政学(Geoplitik)であって、その対象は土地に非ずして、常に例外なく、政治的組織の行き渡った土地、即ち国土、つまり領土である。その右翼は国法ではなく、いわんや、他の表現でいえば、統治経国策(Herrschaftpolitik)である。両翼の竜王には、政治的に組織された人間集団、即ち国家機能の担当者たる国民が経ち、これを論ずるのは、人類学に非ずして民族経綸策(Ethnopolitik)である。ゲオポリティークとエスノポリティークとの間に介在して、生産に従事する国民の教説(または、家政としての国家論)が控えている。これは国民経済学に非ずして、経済経国策(Wirtschaftpolitik)である。また、エスノポリティークとヘルシャフトポリティークとの間には、自然的に文化的に育成陶治された部分の国民を論ずる教説、即ち、特殊の意味における社会としての国家を論ずる社会経綸策(Soziapolitik)が経っている」(同上、54頁)
 ここで明らかになったように、チェレーンは決して地政学を独立した研究領域として考えていたのではなく、国家の領土を研究する国家学の一分野として位置付けており、それは有機体としての国家の一要素として民族、経済、社会、統治といった他の要素と相互に影響し合うと論じていたのです。チェレーンは別の箇所で地政学についてより明確な定義を与えています。
「地政学は、国家を地理的有機体、即ち、地域における現象として考察するところの国家論である。つまり、国家を、国土、版図、領域、最も特徴的にいえば領土として考察する国家論である。地政学は政治科学としてその目標を常に国家の統一に向ける。そして国家の本質が何であるかを理解するに資せんと欲する。これに対し、政治地理学は、人間居住の場所としての地球を、地球それ以外の諸性質との関係において研究するものである」(同上、61頁)
ここでもはっきりと述べられている通り、チェレーンは地政学を領土の位置、規模、形態、さらにそこで生活を営む国民の民族構成、人口分布などを総合検討する国家論の一領域と見なしていましていました。

むすびにかえて
言葉の持つ意味が時代とともに変化していくように、学問の内容も時代によって変化していきます。現在の日本において地政学という言葉が持つ意味も、地政学の祖ともいえるチェレーンの議論とはかなりの隔たりがあることは間違いありません。私はこうした隔たりが一概に悪いと考えているわけではありませんが、今後の地政学の研究を発展させるためには、先人の研究に敬意を表しつつ、二つの点について改めて意識する必要があるだろうと思います。

第一に、チェレーンは確かに国家の地理的要素を研究するものとして地政学を位置付けましたが、これは決して孤立した学問領域ではなく、民族、経済、社会、統治といった他の要素を総合して研究すべき国家論の一部として考えていたことを忘れるべきではありません。
つまるところ、地政学は国家についての包括的な理解に到達するための一歩であり、これを他の政治学の研究と総合していくことも留意することが重要だと思います。国際政治の動態だけに視野を狭めることなく、国家のあり方について全般的理解が得られるように目指すことも地政学の重要な役割であると思います。

第二に、チェレーンは地政学の議論を政治教育の問題から始めていることは改めて強調される意味があると思います。普通選挙制の下で国民は国家の政策を適切な方向に指導するだけの見識を備えていることが求められます。しかし、政治的見識を備えることは個々人の力では限界があり、教育の力によって国家のさまざまな対内的、対外的機能を理解できるようにしなければなりません。地政学はまさにこうした目的のために構想された学問であり、その知見は政治教育において活用されることが望ましいと思われます。地図上でさまざまな国家の政策を研究するようになれば、学習者は政治をより具体的な対象として認識し、より深く研究することができるようになるでしょう。

KT

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参考文献
Kjellén, Rudolf. 1926(1916). Der Staat als Lebensform, Kurtvowinckel.(邦訳、ルドルフ・チェレーン『領土・民族・国家』金生喜造訳、三省堂、1942年)

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