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2016年1月6日水曜日

事例研究 空軍史に残るレバノン紛争の航空戦

1988年、レバノン南部に展開するイスラエル軍の前哨陣地。
レバノンでイスラエルが実施した作戦の一つに「ガラリヤの平和」という作戦があります。
ある研究者の言葉を借りれば、この作戦で戦われた航空戦は「第二次大戦以来、最も大規模にして、最も激しい空中戦」に発展し、最終的にイスラエル軍は航空優勢を獲得し、シリア軍を圧倒することができました。

今回は、この時の航空戦闘でイスラエル軍が決定的な勝利を収めることができた理由について説明したいと思います。

レバノン紛争の背景と重要性
事の発端となったのは1982年、イスラエルとレバノン国境に沿ってパレスチナ解放機構(以下、PLO)の砲撃とゲリラ活動が活発化していたことにありました。
イスラエルはPLOに対して武力による報復を行う準備があると警告しましたが、同年6月4日にテロリストによって駐英イスラエル大使が銃撃されると、イスラエル軍はその報復措置として6月6日にレバノンに展開するPLOの部隊を攻撃することを決定しました。こうして始められたのがガラリヤの平和作戦でした。
1982年レバノン紛争の状況図(独語)。
青色で示しているのがイスラエル軍、赤色がシリア軍、緑色がPLO、灰色が親イスラエル民兵の動き。
6月6日に攻勢が開始され、7日にはすでに南部地域を占領下に置いている。
北上するイスラエル軍の最右翼の前進をシリア軍が阻止しようと図り、ここから大規模な航空戦闘に発展した。
レバノン南部に侵攻したイスラエル軍は順調にPLOの部隊を撃破しながら北上し、レバノン南部を非武装化していきました。しかし、レバノン東部でイスラエル軍の進撃を阻止しようと図るシリア軍と戦闘となり、6月8日にはまず地上で大規模な機甲戦が始まり、航空優勢をめぐって上空でも戦闘機が航空戦を交えられました。

当時、シリア空軍に配備されていた機体はソビエトが開発したMiG-21やMiG-23戦闘機であり、イスラエル空軍ではアメリカが開発したF-15、F-16戦闘機が配備されていました。そのため、この航空戦の推移については米ソ両国も重大な関心を払って注目していたのです。

ベッカー高原の上空で戦われた航空戦
ベッカー高原はレバノン山脈とアンチレバノン山脈との間に位置する。
反イスラエル路線をとる武装勢力の拠点も多く政治的な重要性も大きい。
6月9日、ベッカー高原に展開したシリア軍の防空陣地に対して、イスラエルの戦闘爆撃機が爆撃を開始します。シリア空軍は防空陣地を援護するため、60機近くのMiG-21とMiG-23を出撃させました(邦訳、ノルディーン、271頁)。
イスラエル空軍は戦闘爆撃機を護衛させていたF-15とF-16をもってこの脅威に対処させ、航空優勢をめぐる大規模な航空戦闘となりました。
この戦闘は世界の空軍関係者にとって驚くべき結果となり、イスラエル軍は味方から1機の損害もなく、シリア軍を29機を撃墜したと発表しました(同上、271頁)。これは出撃したシリア軍の戦闘機のおよそ半数を一方的に撃墜するだけの圧倒的な優位性があったことを意味しています。

シリア政府はこの日の戦闘についてイスラエル軍とは大きく異なる内容の発表を行い、作戦機26機を撃墜し、我が方の損害を16機と報告しましたが、一連の戦闘の結果と途中の経過から見てこの数値は改ざんされたものであると考えられています(同上)。
その理由として、この航空戦闘から24時間後にイスラエル軍はさらに進撃を継続しており、シリア軍は本土から大規模な増援を派遣することを余儀なくされ、さらに26機の戦闘機と3機の攻撃ヘリコプターを撃墜されていることが明らかにされていることが挙げられます(同上、272頁)。もしシリア空軍がイスラエル空軍に対して有利に戦闘を進めていれば、このような事態には至らないはずです。

この戦闘を受けてアメリカは自国の戦闘機の優位性を確信することができましたが、ソビエトでは大きな危機感を抱くことになりました。空軍副司令官を長とする調査団をシリアへと派遣することを決定しています(同上; Lambeth 1984)。
レバノン紛争の航空戦で大きな戦果を上げたF-15戦闘機。
イスラエルは1973年の第四次中東戦争でアラブ連合軍の奇襲によって多数の戦闘機を失った。
そのことを契機としてF-15、F-16への移行に着手し、その優れた性能から数を増やしていた。
それと同時に戦闘機だけでなくE-2C早期警戒機もアメリカから購入していた。
さらにイスラエル軍とシリア軍の戦闘は6月11日まで続き、最終日の航空戦闘においてもシリア空軍は18機の作戦機を撃墜され、最終的な損害は80機以上となりました。それに対してイスラエル軍の損害は地上からの対空射撃によって撃墜されたA-4スカイホークが1機と、ヘリコプター2機のみでした(邦訳、ノルディーン、272頁)。
このままシリアが大敗すると、これは東側陣営の間で航空勢力に対する信頼性に悪影響が及ぶと判断した政府は、シリアに防空に関する軍事援助を与えることを決めます。

一時的停戦を挟んで再開された6月24日の戦闘でもイスラエル軍はシリア軍を圧倒していましたが、ソビエトはシリアにSA-5地対空ミサイルを緊急展開させ、周囲300キロメートル、高度3万メートルに及ぶ防空能力を整備することでイスラエル空軍の攻撃に対抗し、一応の成果を上げましたが、それでもF-15、F-16が持つ技術的優位を抜本的に覆すことはできませんでした(同上)。

その後、ソビエトの支援を受けて増強されたシリア空軍はF-15に対してある程度は対抗可能となったという見方もありますが、詳細についてはよく分かっていません。ちなみに、この時のソビエト空軍が派遣した調査団の活動についてはLambeth(1984: 12-17)で要約されています。

何が勝敗を分けたのか
この航空戦闘の結果に関する調査によれば、イスラエル軍のF-16は44機を撃墜し、F-15は40機を撃墜したのにもかかわらず、空中戦での損害としてはF-4を1機失ったにすぎなかったそうです(同上、274頁)。シリア軍が受けた損害の大半はMiG-21でしたが、MiG-23、Su-22の内訳も少なくなかったことを考えれば、イスラエル空軍の戦術や個々の操縦士の技量だけでなく、装備全般の性能でも大きな優位性があったと考えられます。

戦後のアメリカにおける事後分析では赤外線誘導ミサイルの有効性が大きかったという見方が示されており、イスラエル軍の分析では無人機や偵察機による情報収集とそれを迅速に意思決定に反映させる指揮統制システムの有効性が大きかったとされています(同上、274-5頁)。

議論の余地はありますが、この戦史に対する一般的見方としては、MiG-23の性能が第三世代戦闘機の水準であったのに対して、F-15やF-16がすでに第四世代戦闘機として開発されていた結果、両軍が格闘戦となった際に発揮できる機動性に大きな格差があった可能性があると見られています。当時のソビエト側の分析でも、戦力乗数(force-multiplier)となった技術が戦闘の結果を大きく左右したことが指摘されています(Lambeth 1984: 22)。
またソビエト側の分析で興味深い点として、戦闘機だけではなく、イスラエル空軍の早期警戒管制機が持つレーダー機能がF-15とF-16の実質的戦闘力を向上させたことが強調されています。

レバノン紛争における航空戦闘からさまざまな教訓が引き出されましたが、その教訓を俯瞰して解釈すると、現在の対航空戦の基本となる要素、例えば無人偵察機の導入、空対空ミサイルの射程延伸、早期警戒管制機を中心とした情報ネットワークがこの時から出揃い始めていることが伺えます。
将来の紛争においても、個々の操縦士の戦術技量だけでなく、各機をいかに効率的な戦術ネットワークによって結びつけるかが勝敗を分ける鍵となるでしょう。

KT

参考文献
Nordeen, Lon O. 1985. Air Warfare in the Missile Age, Washington, D.C.: Smithsonian Institute Press.(邦訳、ロン・ノルディーン『現代航空戦史事典 軍事航空の運用とテクノロジー』江畑謙介訳、原書房、1988年)
Lambeth, Benjamin S. 1984. Moscow's Lessons from the 1982 Lebanon Air War, Santa Monica: Rand Cooperation.

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