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2016年1月24日日曜日

論文紹介 ノルマンディー戦役で考える火力の重要性

軍隊の作戦は、一般に火力と機動の組み合わせによって成り立っています。
戦域で部隊が展開されると、敵味方はそれぞれ有利な地域を確保しようと機動し、互いに接触すると歩兵、戦車、砲兵、航空機などの火力をその地点に集中し、相手よりも火力で優位に立とうとします。
このような争いが戦域の各所で繰り広げられる中、指揮官は絶えず火力を適切な地域に配分できるように注意しなければなりません。

今回は、このような作戦レベルにおける火力の重要性を理解するために、第二次世界大戦におけるノルマンディー戦役を取り上げて考察した研究を紹介したいと思います。

文献情報
Richardson, Sterling R. 1987. The Normandy Campaign: Firepower at the Operational Level, Fort Leavenworth: School of Advanced Military Studies, U.S. Army Command and General Staff College.

教範で見落とされている作戦と火力の関係
この研究は1944年7月から8月にわたって続いたノルマンディー戦役を火力の運用という観点から検討したものですが、そもそも著者がこの問題に注目した理由には、当時のアメリカ陸軍の教範の問題がありました。

当時のアメリカ陸軍の野外教範FM100-5では、軍隊の戦闘力を形成する要素として火力、機動、防護、統率が挙げられていました。そこでは各級部隊はそれぞれ能力を発揮して任務を遂行するように述べられており、具体的にその要領について説明されていたのです。
著者は旅団や大隊のような下級部隊での火力の重要性に関しては具体的に述べられていると認めていますが、しかしより上級部隊である軍団のような作戦レベルに議論が及ぶと十分な説明が見られないことを指摘しています(Richardson 1987: 1-2)。

軍団という部隊は陸軍の編成でいうと軍よりも下位、師団よりも上位に位置付けられ、2個以上の師団で編成されるために(状況にもよりますが)3万名から4万名以上の規模となります。
これだけ大きな部隊の規模になると、指揮官はその攻撃目標や接近経路を示すことが重要だと考えられていたために、火力をどのように調整、配分、運用すべきかといった問題は教範でも明示されていなかったのです。
しかし、著者は過去の事例の研究を通じて軍団規模の部隊を運用する場合であっても、火力の問題は重要であり、いつ、どこで、どのように火力を集中させるのかを考えることは、軍団の任務遂行において不可欠であるということを議論しています。

ノルマンディー戦役に見られる火力支援の重要性
ノルマンディー戦役はその着上陸作戦の一場面が特に有名ですが、具体的には第二次世界大戦でドイツが支配する北フランスのノルマンディー地方に対して、1944年6月にアメリカ、イギリス等の連合軍が強襲上陸を仕掛けて始まり、その後にドイツ軍との間で連続的に展開された一連の作戦、戦闘の総称です。著者はノルマンディー戦役を一つの事例として検討しています。
ノルマンディー地方でのカーン付近の状況。
イギリス第二軍は第一軍団(西翼)と第三十軍団(東翼)を南進させたが、第一軍団の前進はドイツ軍が防衛するカーンで阻まれることになった。カーンはノルマディー地方の重要都市であり、戦略上の重要な攻撃目標として位置付けられていた。
橋頭保を確保して着上陸作戦を完了し、引き続き内陸方面へと攻撃前進を図ろうとした時に連合軍が最初に直面したのは深刻な火力の不足でした。
これはドイツ軍が退却の際に港湾施設の大部分を破壊していたため、上陸した部隊は戦役の序盤から弾薬、重火器、車両等の不足に苦しめられ、8月上旬になるまで安定的な後方支援を確立することができなかったことが背景にありました(Ibid.: 13)。

その影響は6月26日から開始されたエプソン作戦(Operation Epsom)にも表れています。
この作戦で連合軍(イギリス軍)はノルマンディー地方の主要都市カーンの攻略を図りましたが、砲兵支援を含む火力の不足によってドイツ軍の激しい抵抗を破砕することができず、さらにリーダーシップの欠如、そして悪天候による航空支援の不足などが重なって4日後には敗退を余儀なくされています(Ibid.)。
しかし、当時第二十一軍集団司令として作戦を指揮していたモントゴメリーは、カーンの攻略を絶対に達成するように政府の圧力を受けていたため、カーンに対する再攻撃としてチャーンウッド作戦(Operation Charnwood)を計画します。
チャーンウッド作戦の状況図。
地図の中央に位置する都市がカーンであり、それを防衛するドイツ軍と攻略を図るイギリス軍が戦った。
チャーンウッド作戦では都市の北部に立てこもるドイツ軍に対して集中的な爆撃を加え、イギリス軍が占領した。
しかし、ドイツ軍は組織的に退却することが成功したために、カーンの完全な占領とは至らなかった。
この作戦ではモントゴメリーが味方の爆撃機部隊に支援を要請していたので、7月7日、突撃を開始する前に1時間にわたって重爆撃機による周到な爆撃が加えられました(ibid.: 14)。
その後の戦闘でカーンの北部地域をイギリス軍は占領することができましたが、市街戦になると爆撃機の支援を受けることはできなくなり、やはり損害は急拡大して攻撃は停滞することになります。
とはいえ、チャーンウッド作戦は火力の重要性を示す結果となったのです。

カーンの完全な攻略のために7月18日、グッドウッド作戦(Operation Goodwood)としてイギリス陸軍、アメリカ陸軍の各軍団は重爆撃機の支援を受けて攻撃を開始します。
この時、連合軍は3個軍団の砲兵と海軍の火力支援も組み合わせ、戦車など装甲車両の前進経路を掃討し、ドイツ軍の砲兵陣地を無力化しようとしました(Ibid.: 17)。
この作戦で連合軍はカーンを占領することには成功しましたが、少なくない損害を出すことになりました。とはいえ、ドイツ軍はこの一連の戦闘で数多くの弾薬を使い果たし、それがコブラ作戦(Operation Cobra)での連合軍の勝利に大きな影響を及ぼすことになったと著者は指摘しています。

火力は戦闘力にとって不可欠な要素
このような事例は軍団以上の作戦レベルにおいても火力の運用は任務の遂行にとって非常に重要な意味を持つことを示しています。
包囲や突破などさまざまな戦場機動も確かに作戦の指導において重要な要素ではありますが、著者としては火力も作戦の遂行にとって欠かすことができないことを強調しています。

この研究が興味深いところは、軍団や軍集団の運用における火力の重要性を示すだけでなく、その過程で空軍や海軍との火力支援の調整の問題についても考察しているところです。その意味において、これは統合作戦の問題を考える上でも参考になる研究だと思います。
また歴史的観点から見ても、図上で部隊の機動ばかりを見ていると見落してしまう火力という問題からノルマンディー戦役を再検討したものとして参考になる部分があると思いました。

KT

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