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2015年11月26日木曜日

軍隊の歴史における体育訓練の近代化

体育が軍隊の教育訓練において最も重要な要素の一つであることは明らかです。
どのような職種や職域であれ、兵士たるもの体力に優れていなければならず、それは全体としての部隊の能力にも影響を及ぼします。
しかし、体育を科学的に研究する機関が軍隊で導入されるようになったのは19世紀と最近の出来事でした。
今回は、19世紀デンマーク陸軍での事例を中心に体育訓練の近代化について説明したいと思います。

19世紀に認識された体育訓練の必要性
19世紀ヨーロッパ各国では近代的な軍事制度が導入されるようになり、徴兵制によって入営する多くの新兵に効率的な体育訓練を実施する必要性が高まっていました。

それまでの軍隊における訓練は体育よりも教練を重視することが一般的でした。
入隊すると兵士たちはまず教官の指導の下で「気を付け」、「休め」、「回れ右」等の各個教練を習得し、その次に分隊教練、小隊教練、中隊教練と徐々に規模の大きくして部隊教練に取り組んでいました。

しかし、このような方法では兵士各人の体力を効率的に改善することができませんでした。
さらに加えて、この時期には科学的方法によって体育を研究し、合理的に体力を向上させようとする努力が見られるようになります。
すでに近代的体操の研究は『青少年のための体育』(1793年)の著者であるドイツの教育学者グーツ・ムーツ(Johann Christoph Friedrich GutsMuths)によって始まっています。とはいっても、彼の体育理論が軍隊で本格的に導入されるまでには至っていませんでした。

軍隊と体育を結びつけたナクテガル
グーツ・ムーツの体育理論に強い影響を受けた研究者にデンマークの体育学者フランツ・ナクテガル(Franz Nachtegall)がいました。
彼はグーツ・ムーツの体操の研究をさらに発展させるため、1798年に私立の体育クラブを設立し、自らの体育理論の実証的研究に取り組み始めました。
この研究は当時のデンマーク皇太子によってその価値が見いだされ、デンマーク陸軍もナクテガルの研究成果を軍隊の体育訓練に正式に活用する価値があると判断しました。
そして1804年8月25日には軍事体育研究所がコペンハーゲンで創設されることになり、ナクテガルはこの新たな研究所の所長に就任します(Leonard 1915: 25-6)。このことでデンマーク陸軍では本格的な体育訓練の近代化を進めることになりました。

この研究所にはデンマーク各地の部隊勤務者の下士官たちが集められ、そこでナクテガルの体育訓練の手法を学ぶことになりました。
ナクテガルの体操は身体の柔軟性、巧緻性、筋力増強を目標とした徒手体操ですが、特に柔軟性の向上を重視している点が特徴とされており、彼の死後も改良が重ねられ、デンマーク式体操として体系化されました。

ナクテガルの下で教育を受けた下士官たちは原隊に復帰すると、各部隊で体育訓練の改善、指導に努めました。この取り組みの成果はデンマークで高く評価されることになり、1828年のデンマーク議会で小学校の授業に体育を導入する法案が可決されたほどでした(Leonard 1915: 25-6)。

結びにかえて
軍隊で体育学の研究成果を本格的に取り入れ、合理的な体育訓練の確立に努めた国はデンマークだけに止まりませんでした。少し時期は遅れますが19世紀のスウェーデン、ドイツ等でも同様の取り組みがあり、スウェーデン式体操、ドイツ式体操として体系化されました。
しかし、デンマーク陸軍におけるナクテガルの体育訓練は、ヨーロッパでも特に早い時期から推進されたこと、その影響がデンマークだけでなく他国の体育訓練の在り方にも及んだこと、学校教育での体育の導入にも関係したこと等の理由から、歴史的に重要な意味を持っているのです。

KT

参考文献
Leonard, Fred E. 1915. Pioneers of Modern Physical Training, New York: Association Press.

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