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2015年5月30日土曜日

文献紹介 ヒトラーに戦争計画はあったのか

1939年9月、ポーランドに進攻するドイツ軍の部隊を視察するヒトラー。
ヒトラーは第二次世界大戦において重要な決断を下したことはまぎれもない史実です。
しかしながら、ヒトラーが意図的に第二次世界大戦を引き起こしたという議論については慎重に取り扱う必要があります。果たして、この議論にどこまで妥当性が認められるのでしょうか。

今回は、第二次世界大戦の歴史を考える上で重要なヒトラーの戦争計画の信憑性を再検討した歴史学の研究成果を紹介したいと思います。

文献情報
Taylor, A. J. P. 1964. The Origins of the Second World War, 2nd edition. London: Penguin.(邦訳『第二次世界大戦の起源』吉田輝夫訳、講談社、2011年)

第二次世界大戦に至る歴史は非常に複雑なのですが、この著作を発表する以前に「第二次世界大戦の原因は何か」という疑問に対して研究者の間で最も主流だった説明は「ヒトラーが第二次世界大戦を望んだため」というものでした。

この説明の根拠となっていた史料は、1937年11月5日にヒトラーが招集した会議の記録でした。
この史料は作成者のホスバッハ(当時、総統付国防軍副官)の名前から「ホスバッハ覚書」と呼ばれていました。
ホスバッハ覚書は単なる史料ではなく、ニュルンベルク国際軍事裁判でヒトラーの戦争計画を裏付ける証拠として受理されたものでもあり、その内容を大まかに要約すると次の通りです。

1.ドイツの問題はイギリスとフランスを念頭に置いた上で武力による威嚇によって解決しなければならないが、それが戦争を引き起こす危険も考慮する必要がある。
2.武力の行使を決定することが予想されるシナリオとしては、(1)このまま状況が推移すれば1943年以降、(2)フランスが内戦状態に陥った以降、(3)フランスとイタリアの戦争勃発以降のいずれかが考えられる。
3.イギリスは確実に、フランスも恐らくはチェコの問題についてはあきらめて譲歩すると予想される。
4.さらに、ポーランドは背後にロシアの脅威が存在するためにドイツに対して戦争を仕掛けてくることは考えられず、ソ連の行動についても背後が日本によって脅かされるであろう。

内容からも分かるように、この史料はヒトラーが自らの戦争計画を会議で表明したものとして重要視されていました。
先ほどの第二次世界大戦の原因を考える上でヒトラーが戦争計画を持って第二次世界大戦を引き起こした根拠と位置付けられていたものです。

しかし、テイラーは歴史学の方法論に基づいて、ホスバッハ覚書に関する史料批判を行っています。

ここでテイラーが提起している論点は、このような史料が作成された経緯についてです。
このホスバッハ覚書で記録された会議はどのような性格のものだったのかについて歴史家は十分に説明していなかったとテイラーは指摘しています(テイラー、2011、231頁)。

興味深いことに、この会議の出席者でナチ党員だったのはゲーリングだけであり、それ以外の出席者はその後数ヶ月以内にその役職から外されることになる政敵ばかりでした。
この史実から考えると、この会議の趣旨は作戦会議という性格のものではなかったことが分かります。
さらにテイラーはホスバッハ覚書という史料が作成された過程を次のように評価しています。
「近代的業務では公式記録は三つの手続きを擁する。第一に、書記が出席してノートをとり、これを後できちんとした形に書き上げなくてはならない。第二に、この草稿は関係者に提出され訂正と商人を得なくてはならない。第三に、この記録は公式ファイルに綴じ込まれなくてはならない。1937年11月5日の会議については、ホスバッハが出席しただけで、これらの手続きは全くとられなかった。彼はノートをとらなかった。五日後に会議の内容を記憶にたよって普通の書き方で書きとどめた。彼はこの手稿を二度ヒトラーに提示しようとしたが、ヒトラーは忙しすぎて読む暇がないと答えた」(31-32頁)
結局、ホスバッハ覚書はヒトラーの承認を得られませんでした。つまり、ヒトラーがこの会議を重要な性格のものと認識していなかったと判断することができます。

ホスバッハ覚書が歴史上の重要な史料として発見されるのは、戦後に米軍の士官がニュルンベルク国際軍事裁判で戦争犯罪人の容疑を裏付けるための証拠を収集していた時のことでした(32頁)。
作成した本人であるホスバッハはこの時に証拠として提出された自分の覚書の内容が、もとの手稿よりも手短にまとめられていると思ったようです。しかし、すでに一次史料は失われているため、歴史家はその真偽を確認することができません(同上)。

テイラーは以上の理由から、ホスバッハ覚書の信憑性には重大な問題があり、これをもってヒトラーの戦争計画を裏付けることは妥当ではないと考えました。
そして、そもそもヒトラーに戦争計画があったに違いないという見解は見直されるべきではないかと議論を提起しています。

第二次世界大戦が勃発する前にヒトラーが軍事力の増強に着手していることは事実ですが、それはドイツだけに限られた話ではなく、ヨーロッパの国際関係という構造的要因が重要な役割を果たしていた可能性が考えられます。

このようなテイラーの説には多くの批判が寄せられることになったのですが、ホスバッハ覚書が史料として信頼性に問題点がある以上、その史料に依拠した歴史の解釈を見直す必要があることについてはテイラーはその後も説を曲げませんでした。
「私はホスバッハ覚書にだまされたのだ。私はほとんどの研究者がいうほどにそれが重要であるかどうか疑ったけれども、あれほど利用されるからには何らかの意味で重要であるに違いないと考えたのである。だが、私は間違っており、1936年にさかのぼるように指摘した批評家たちは正しかった」(31頁)
この著作の成果は、それまで存在することが前提として考えられていたヒトラーの戦争計画には十分な根拠がないことを指摘しただけではありません。

ヒトラーの存在によって原因が単純化された結果として見過ごされがちだった国際情勢の特性やその背後にあった各国の「政治的計算」という外在的な要因をより多く考慮に入れた解釈を提示することにも取り組んでいます。

KT

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