そもそも、なぜ中小国はヘッジングを選ぶのか
国際政治において国家が採用する戦略には、現状打破を目論んで自国に脅威を及ぼす他国に対抗するバランシング(balancing)や、あえて追従してしまうバンドワゴニング(bandwagoning)など、さまざまな種類があることが分かっています。
国際政治においてヘッジング(hedging)は、現状打破を目論む国と、それに対抗する現状維持の国のどちらとも距離を置く中間の立場をとる戦略であり、大国としての能力を持たない中小国によって採用されるケースがよく見られます。
中小国がヘッジングを採用する利点は、特定の大国に肩入れし、その大国が敗者になったときに、共倒れになるリスクを回避できることです。例えば、韓国はアメリカと同盟関係を結んでいますが、その狙いは北朝鮮を抑止することです。一方、中国に対抗することには消極的です。
韓国は中国と緊密な貿易関係を有しているので、アメリカとの関係だけを重視してしまうと、米中関係が悪化した際に中国との貿易関係が損なわれる恐れがあります。これを避けるために韓国はアメリカと適度な距離を置き、中国にもヘッジングしていると考えられます。
ウォルトの脅威均衡理論による説明
このような行動を説明するために国際政治学ではスティーヴン・ウォルトの脅威均衡理論を参照しています。脅威均衡理論はウォルトの著作『同盟の起源(The origins of alliances)』(1987)で示された理論であり、リアリズムの前提から出発し、国家が形成する同盟相手や同盟の強度は、脅威認識の影響を受けると説明したものです。基本的に中小国は勢力を拡大しつつある新興国を脅威に感じると、すでに存在する大国との同盟を強化して対抗したいと考えます。これはバランシングと呼ばれる行動です。
しかし、同盟を結んだ大国が脅威に対して能力、あるいは意志の面で、あまり頼りにならないと判断した場合は、脅威を及ぼす国との関係も構築し、ヘッジングをします。こうしておけば、もし新興国が勝利を収めた場合であっても、報復を受ける危険を軽減できます。この意味において、ヘッジングは中小国が将来の不確実さに対応するために選択する合理的な戦略だと言えます。
このような中小国が増加すると、台頭する新興国の脅威に対抗することは難しくなってきます。もし中国のような新興国に正面から対抗しようとしない中小国が増加すれば、アメリカはますます大きな防衛負担を背負わなければならなくなるでしょう。中小国にとって合理的なヘッジングは、バランシングを図る国に追加の負担を発生させるのです。
中小国のヘッジングと大国のカバート・バランシング
この研究の特徴は、このような中小国のヘッジングに対応するため、大国が秘密裡にバランシングを進めようとすることを明らかにしている点です。これをカバート・バランシング(covert balancing)と著者は呼んでいます。
通常のバランシングは、どの国を脅威として認識しているのかを明確にした上で軍備の増強や同盟の強化が推進されます。しかし、このような大国のバランシングでは、中小国が優先するヘッジングと両立ができません。
そこで、バランシングを目論む大国は戦闘に直接的に寄与する武器や兵力を中小国に提供することは避け、指揮統制システム、情報、監視、偵察の能力強化、さらに後方支援のような機能に限定して援助を行います。これらは中小国が脅威に対抗する能力を高めることに間接的に役立ちますが、その政策目標は別の理由で偽装されます。カバート・バランシングは、特定の国を対象にした措置ではないという建前のもとで実施されるバランシングであるため、中小国は新興国を敵視しているわけではないと言い訳することが可能です。
ベトナムのヘッジングとアメリカのカバート・バランシング
著者は、アメリカのカバート・バランシングの事例としてベトナムとシンガポールについて述べています。ベトナムはベトナム戦争で中国との関係を強化し、アメリカと戦った経験がありますが、その後で中国との武力紛争も経験した国です。ベトナム軍の装備はロシアの防衛産業に依存していますが、2007年にアメリカはベトナムに対する非致死性装備の輸出制限を撤廃し、2014年には致死性装備の輸出制限も撤廃しました。
アメリカ軍は人道支援・災害救助での協力関係を強化すると称してベトナム軍との関係を強化しており、2005年に開始された国際軍事教育訓練プログラムに支出したアメリカの予算措置は5万ドルでしたが、2017年には150万ドルにまで拡大しています。
ベトナムは自国の港湾を外国の軍艦に利用させることを拒否していましたが、アメリカが港湾施設の改修を支援したことを受けて、2016年にアメリカ海軍、海上自衛隊の艦艇が利用を開始し、2018年には航空母艦カールヴィンソンのダナン寄港を認めました。ダナンは南シナ海に面する戦略陣地であるため、この一連のカバート・バランシングは戦略の観点から見て重要な成果だったと言えるでしょう。
まとめ
カバート・バランシングは、通常のバランシングに比べれば、脅威に対抗する効果が若干弱まると言えます。しかし、ヘッジングを選ぶ国を段階的に味方に取り込む上で有効な政策であるため、今後ますますアメリカにとって重要な戦略となっていくことでしょう。
このような戦略は、日本にとっても参考になるところが多くあります。人道的支援や民間レベルの援助として、中国に対抗する能力を持とうと考える勢力を支援できれば、日本を取り巻く安全保障環境を改善することができるでしょう。
武内和人(twitterアカウント;noteアカウント)