米国防総省は2000年から連邦議会に中国の軍事情勢に関する定期報告を上げており、今年で20年の節目を迎えました。9月1日に最新の報告書が公開されており、国防総省のウェブサイトから入手することが可能です。
今回は、中国の国家戦略と国防政策・軍事戦略の特性に関する記述を紹介してみたいと思います。
中国が策定する国家戦略の特性
報告書では中国の戦略がどのような目標を設定しているのか、どのような方法でそれを実現しようとしているのかが分析されています。その内容によれば、中国共産党は「2049 年までに『中華民族の偉大な復興』を実現すること」を目標としており、国力の増進、統治機構の完成、国際秩序の変革を含む「政治的・社会的な近代化を断固として追及する」ことが構想されています。
このような国家戦略を策定した背景として、中国共産党指導部が、中国がすでに米国などとの戦略的な競合関係に巻き込まれていると認識していることが指摘されています。これが中国の軍備拡張の基本的な動機となっており、2019年に中国は軍隊が対外政策を実施する上で「より積極的な役割」を果たすべきであるという認識も示されているのですが、同時に中国軍の能力をさらに強化するためには、経済の発展が「中心的課題」であると見なされています。つまり、中国にとって経済発展は軍備拡張のための手段として見なされていると考えなければなりません。
中国の通商圏をユーラシア大陸の全域に拡大するための一帯一路(One Belt, One Road)構想や、先端技術の製造業を発展させるための中国製造2025(Made in China 2025)といった国家的プロジェクトも、国家戦略の観点から見れば、自国の軍事力の近代化を推進するための技術基盤を国内に確保する狙いがあり、長期的に軍事転用するものと考えられています(論文紹介 ユーラシア大陸の経済圏建設に向けてロシアと中国が協力している)。
中国が推進している「軍民混交体制(Military-Civil Fusion)」を例にとると、これは経済発展の戦略と安全保障の戦略を融合させることを目指すものであり、中国の防衛産業基盤を民間技術や産業基盤と融合しようとしています。民間のインフラを直ちに軍事的目的に転用することができるように準備するなど、戦時における中国の動員能力を強化することが目標として設定されています。
国防政策・軍事戦略の特性
報告書から読み取れる中国の国家戦略は非常に積極的、攻撃的に見えますが、それに比べると軍事戦略は依然として消極的、防御的な傾向にあると指摘されています。報告書の立場としては、中国の軍事戦略がまだ「積極的防御」の構想を基礎とし続けていると判定しています。中国の攻撃能力に多くの課題があることをにじませる記述になっています。
2019年に中国軍は全世界規模で役割を果たす意義を強調する声明を出していますが、基本的に地域における脅威に対応する態勢を維持する見通しです。先に述べた通り、中国の国家戦略では2049年までに「世界水準(world class)」の軍事的能力を獲得することを目指していますが、「世界水準」が軍事的観点から見てどのような能力を意味しているのかは明らかではありません。
報告書ではこの目標とする能力水準の曖昧さについて、21世紀の半ばまでに、米軍か、あるいは他の列強の軍隊と互角か、それを上回る能力を開発しようとしている可能性が高いと述べるに留めています。その軍事的近代化が概成するのは2035年になると予定されていますが、2020年の時点で米国と同等の能力がある分野も出てきています。それは(1)造船能力、(2)地上配備の大陸間弾道ミサイル・巡航ミサイル、(3)統合型の防空システム、以上の3点です。
報告書では、今後中国軍が強化する能力として注目すべき能力として他国の介入を阻止する能力、接近阻止・領域拒否(anti-access/area-denial, A2/AD)能力を挙げています(今さら聞けない中国軍の接近阻止/領域拒否(A2/AD))。これは東シナ海や南シナ海のような中国の近海だけでなく、太平洋にまで勢力を到達させる上で必要だと考えられます。つまり、現在の中国軍は日本の小笠原諸島、米国のグアム、さらにインドネシアに連なる第二列島線以西において攻勢作戦を発起することが可能な能力を開発することに取り組んでいると判断することができます。
また、核戦力の分野でも中国軍の近代化が進む可能性が指摘されており、現在推定されている200発弱の核弾頭備蓄は最低でも2倍に増強される見通しです。その他にも核兵器の残存性を強化する取り組みが進んでおり、反撃能力を高めることで核抑止力を確保する狙いがあると見られています。
むすびにかえて
この報告書の内容については、さまざまな観点から検討することができます。戦略の観点から見て興味深いのは、戦略上の達成すべき目標と、そのために使用可能な資源との間に大きなギャップが存在することを中国自身が理解していることを示唆している部分です。この分析が正しいのであれば、中国としては引き続き軍備拡張を平行して実施しつつも、当面は経済発展に重点を置いた国家戦略を維持する見通しだと考えられます。
ただ、核戦略に変化の兆候が見られる点については今後さらに研究する必要があるでしょう。これまでの中国軍は核戦力を最小限度の規模に抑える最小限抑止の戦略を採用してきましたが、米軍の核兵器の近代化に対抗するために自国の核戦略を見直そうとしているのかもしれません。
最近、中国の吴日强という研究者がが中国軍の核抑止力を評価するためのシミュレーション分析の結果を発表していましたが、今後このような研究が増加するかもしれません(「対兵力攻撃に対する中国軍の核戦力の残存性を計算する」『軍事学を学ぶ2020年9月号』)。
武内和人(Twitterアカウント)