このスペンサーの議論に対して反論を加えたのが軍事社会学の研究で知られるアンジェイエフスキー(Stamslay Andrzejewski)であり、彼は軍隊の社会的影響をより広い視野で考える必要があると主張しました。
今回は、アンジェイエフスキーの研究成果の一部を取り上げ、彼がスペンサーにどのような形で反論を加えたのかを紹介したいと思います。
軍隊の社会への影響は戦争の形態によって変化する
確かに、異なる意志を持った人々が一つの目的を達成するために共同するためには、まず軍隊の内部で人々を階層化し、さらに社会の側においても軍事上の特権を持つ人々を階層化する可能性があります。
しかし、軍事組織の中でどの程度の階層化が必要なのかについては、必要とされる装備の種類や戦術の内容によって大きく左右される問題ではないか、とアンジェイエフスキーは考えました。このことを彼は次のように述べています。
「さらに、戦争状態の熾烈化は大衆にさまざまな特権を与え、その支持を取りつけることが必要になるようにする。その場合にはかなりの程度の標準化が起こりうる。そのような路線の必然性は、戦術と装備との発達の度合いから言って、専門的戦士による軍隊よりも、大衆による軍隊の方が能率がいいかどうかにかかっている」(同上、41頁)このアンジェイエフスキーの議論に従うと、軍隊が社会に与える影響はスペンサーの議論のように単純化できないことになります。
なぜなら、軍隊がどの程度の階層化を必要とするかは、その時代、その地域の戦争の特性によって変化するためです。戦争の様相が変化し、軍事的エリートだけでなく、大衆を大量に戦争に参加させる必要が出てくると、軍隊の階層構造は流動化する傾向が出てきます。
このように軍事組織の形態が変化すると、それが社会に与える影響も変化してくる可能性があることについて、より慎重な注意を払うべきだというのがアンジェイエフスキーの立場でした。
戦争が激化すると大衆の軍隊への参加が必要になる
自らの議論を掘り下げるために、アンジェイエフスキーは日本の武士団の事例を取り上げています。日本には古来より中国との交流があり、多数の徴募兵を部隊に編入し、これを運用する中国式の戦争術に関する知見を持っていました。それなのに、日本は中国とはまったく異なる軍事組織を発達させ、武士階級が軍事的特権階級を形成し、大衆を軍隊に編入する方式を発展させなかったと論じています(同上)。
この理由についてアンジェイエフスキーは日本は国土が海で囲まれており、中国のような長大な防衛線を大部隊で維持する軍事的、技術的な必要が小さかったためではないかと説明しています(同上)。
つまり、中国に比べて外敵の侵入を受けるリスクが地理的に少なかったことが、戦争で生じる人的損害を緩和し、大衆軍を動員する軍事上の必要性を低下させたことが、軍隊の組織構造にも影響を及ぼしたのではないかと推測されています。
これと反対の事例に位置付けられているのが第一次世界大戦、第二次世界大戦の軍隊です。著者はイギリス軍を念頭に置きながら次のように述べています。
「戦争が苛烈になるにつれて、軍隊はますます平等的になる。そのことを最もよく現わしているのは、1914年に「栄光ある孤立」の態度を放棄した後のイギリスである。それ以前はジェントルマン階層出身の将校と、主として庶民階層から徴募された兵卒との間には、のり越えがたい障壁が存在していた。第二次世界大戦を戦った軍隊は、それとは全く異質のものである。給与と地位の差は極端ではなく。下士卒から昇進して将校団に入ることは珍しくなかった」(同上、42-3頁)第一次世界大戦と第二次世界大戦の人的損害は甚大であり、結果として多数の兵士を社会から動員し、戦場に投入する必要がありました。そのことが、軍隊の内部における階層構造を流動化させる効果をもたらし、結果として社会的不平等を固定化することがなかったと考えられています。
むすびにかえて
アンジェイエフスキーは、戦場で生死を共にする危険な経験は、人々から階級意識を奪い去るだけでなく、強い一体感、凝集性をもたらす心理的効果があるとも述べていました。この一体感も富や特権の不平等を是正する要因と位置付けられており、やはりスペンサーの議論には行き過ぎた単純化があったと批判されています。アンジェイエフスキーの研究によって、軍隊が社会的不平等に与える影響についての考察においては、軍隊の形態を詳しく調べる必要があることが明らかにされました。その点で彼の研究成果には重要な意味があったと思います。
しかし、装備や戦術によって軍隊の組織形態が変化する因果関係についてアンジェイエフスキーは簡単に述べているだけで、その詳細については明らかにされていませんでした。戦術の変化が軍隊の形態に与える影響については、その後の軍事社会学で重要な研究課題として残されることになったと言えます。
KT
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参考文献
- S.アンジェイエフスキー『軍事組織と社会』坂井達郎訳、新曜社、2004年