多くの人にとって戦理という言葉は馴染みが薄いかもしれません。一般的な国語辞典を引いても収録されていることはほとんどなく、自衛隊を除くと普段から使われることがない用語だからです。
しかし、軍事学を研究する人間にとって戦理は非常に意味深長な用語であり、特に理論的な関心が強い研究者にとって重要な意味を持つ概念でもあります。今回は、戦理とは何かについて既存の学説も踏まえながら、一般的に説明してみたいと思います。
『戦理入門』では、より具体的な戦理の解説として、以下のような記述が見られます。
そこでの原理は勢力の優劣が戦いの勝敗を決することを述べた優勝劣敗の原理のことを指していますが、原則は目標、主導、集中などから構成される戦いの原則(principles of war)を表しています。要するに原理が原則よりも抽象性が高い用語であることに注意すれば、この定義はより理解しやすくなるでしょう。
「時代とともにたえず発展していくもの」という指摘も重要です。
戦理は実際の戦争の事例を分析する中で抽出された原理ではありますが、絶対に変化しない原理とまでは言い切れないものだということです。それは科学的研究の進展によって修正される必要が生じれば、見直されるものではありますが、少なくとも一定の条件に限定して考えるならば、広く適用することが可能な原理であることを意味しています。
特定の時代、地域、あるいは装備に応じた戦い方が次々と編み出されている現代の軍事情勢を踏まえると、新しい戦略、戦術を研究した方が効率的ではないかと思われるかもしれません。しかし、戦理の研究は一種の基礎研究としての性格があり、こうした基礎研究が確固としたものでなければ、時代に即応した応用研究にも限界があるのです。
『戦理入門』では、このような戦理の意義の説明に関連し、教義との関係が説明されています。そこでの教義の定義については次の通りです。
戦理を基礎にしなければ、戦史を通じて戦勝の方法を研究しようとしても、時間の経過に従って事実がどのように推移していくのかを調べることしかできなくなり、その本来の目的を見失ってしまいます。
近年、日本でも軍事学に対する関心が高まり、書籍も増えている傾向にあります。しかし、軍事学と名乗りながらも、真摯な姿勢で戦理を追及している書籍は以前として多くありません。日本において軍事学を立て直すためには、こうした軍事学の原点に立ち戻り、基礎を固めようとする努力がもっと払われる必要があると私は思います。
KT
しかし、軍事学を研究する人間にとって戦理は非常に意味深長な用語であり、特に理論的な関心が強い研究者にとって重要な意味を持つ概念でもあります。今回は、戦理とは何かについて既存の学説も踏まえながら、一般的に説明してみたいと思います。
戦理はどのように定義されるのか
戦理の詳しい意味、内容が分からなくても、一見してそれが「戦い」と「理(ことわり)」という言葉を組み合わせたものだということは推測できると思います。その言葉が与える印象の通り、戦理とは個々の具体的な事例から離れ、戦いで勝つための一般的、普遍的な原理を意味しており、軍事学を学問として体系化する上で基礎的な概念として位置づけることができます。『戦理入門』では、より具体的な戦理の解説として、以下のような記述が見られます。
「戦理とは「戦勝をうるための戦いの根本的な原理及び原理をやや具体化した原則」であって、これは理論であり多くの戦史から導き出されたものである。すなわち「戦理は合理と実証の積み重ねにより弁証法的に構成された理論であり、時代とともにたえず発展していくもの」である」(『戦理入門』14頁)この定義で注目すべきは、厳密な意味での戦いの根本的な「原理」だけでなく、「原理をやや具体化した原則」も戦理の意味に含ませていることです。
そこでの原理は勢力の優劣が戦いの勝敗を決することを述べた優勝劣敗の原理のことを指していますが、原則は目標、主導、集中などから構成される戦いの原則(principles of war)を表しています。要するに原理が原則よりも抽象性が高い用語であることに注意すれば、この定義はより理解しやすくなるでしょう。
「時代とともにたえず発展していくもの」という指摘も重要です。
戦理は実際の戦争の事例を分析する中で抽出された原理ではありますが、絶対に変化しない原理とまでは言い切れないものだということです。それは科学的研究の進展によって修正される必要が生じれば、見直されるものではありますが、少なくとも一定の条件に限定して考えるならば、広く適用することが可能な原理であることを意味しています。
なぜ戦理を研究すべきなのか
戦理とは戦勝を獲得するための原理原則の総体であることは理解できましたが、なぜそれを研究しなければならないのでしょうか。特定の時代、地域、あるいは装備に応じた戦い方が次々と編み出されている現代の軍事情勢を踏まえると、新しい戦略、戦術を研究した方が効率的ではないかと思われるかもしれません。しかし、戦理の研究は一種の基礎研究としての性格があり、こうした基礎研究が確固としたものでなければ、時代に即応した応用研究にも限界があるのです。
『戦理入門』では、このような戦理の意義の説明に関連し、教義との関係が説明されています。そこでの教義の定義については次の通りです。
「教義とはその国のおかれている環境すなわち地理的、政治的、社会的な特定条件下にその国の軍隊の編成・装備・国民性、伝統、地形等に基づいて定められた国防の方針を具現実行するためにとるべき行動の指針であり、原則をさらに具体化したものである」(同上)戦理と教義が異なるのは、教義が実際の行動の指針であるのに対して、戦理は必ずしも直ちに行動の指針を与えてくれるものではないという点です。しかし、戦理は教義の基礎であり、あらゆる教義は何らかの形で戦理として導かれた原理原則を応用する方法です。ある教義が一定の条件下で成果を上げている間、戦理は沈黙していますが、新たな教義が必要になれば、戦理に立ち返って研究することが必要になってくるのです。
戦史研究の基礎としての戦理
また、戦理の意義に関しては戦史の研究という観点からも次のように説明されています。「また戦理はある意味において戦史を観察する尺度であって、将来の事態に直ちに利用できるものではない。戦理を知り、これを尺度として戦史を深刻に研究・観察し、さらに応用戦術等によって能力(判断力)を向上することによって初めて事態に対処して、的確な判断を行いうるものである。この段階において始めて戦理が十分に生かされたというべきである」(同上)ここでも戦理の研究が軍事学の基礎研究であることが示唆されています。戦理は将来に適用されるものというよりも、過去の戦争を学ぶための視座として位置づけられています。それは不確実な将来に適用してよいものではありませんが、少なくとも戦史を研究する上で学習者、研究者に確固とした分析の視座、考察の基礎を与えてくれます。
戦理を基礎にしなければ、戦史を通じて戦勝の方法を研究しようとしても、時間の経過に従って事実がどのように推移していくのかを調べることしかできなくなり、その本来の目的を見失ってしまいます。
むすびにかえて
戦理という言葉が持つ意味を示した上で、その重要性を教義研究との関係、戦史研究との関係から述べてきました。戦理はまさに軍事学の根幹に当たる部分であり、より普遍的、一般的な戦理を追い求める研究努力が、今日の研究蓄積を築き上げたといっても過言ではないと思います。孫子、マキアヴェリ、ナポレオン、クラウゼヴィッツ、ジョミニ、リデル・ハートは立場や方法論は異なるものの、いずれも戦理の解明という方向性で一致していました。近年、日本でも軍事学に対する関心が高まり、書籍も増えている傾向にあります。しかし、軍事学と名乗りながらも、真摯な姿勢で戦理を追及している書籍は以前として多くありません。日本において軍事学を立て直すためには、こうした軍事学の原点に立ち戻り、基礎を固めようとする努力がもっと払われる必要があると私は思います。
KT
関連項目
- 学説紹介 戦いの原則(principles of war)はどのように作られたのか―フラーの学説を中心に―
- 文献紹介 なぜナポレオンは強かったのか
- 学説紹介 シンプルで奥深いジョミニの戦略思想
- 学説紹介 リデル・ハートの戦略思想と間接アプローチの八原則
参考文献
- 陸上自衛隊幹部学校修親会編著『戦理入門』田中書店、1975年(新版が1995年に九段社より刊行されています)