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学説紹介 戦理とは何か―軍事学の原点に立ち返る―

多くの人にとって戦理という言葉は馴染みが薄いかもしれません。一般的な国語辞典を引いても収録されていることはほとんどなく、自衛隊を除くと普段から使われることがない用語だからです。 しかし、軍事学を研究する人間にとって戦理は非常に意味深長な用語であり、特に理論的な関心が強い研究者にとって重要な意味を持つ概念でもあります。今回は、戦理とは何かについて既存の学説も踏まえながら、一般的に説明してみたいと思います。 戦理はどのように定義されるのか 戦理の詳しい意味、内容が分からなくても、一見してそれが「戦い」と「理(ことわり)」という言葉を組み合わせたものだということは推測できると思います。その言葉が与える印象の通り、戦理とは個々の具体的な事例から離れ、戦いで勝つための一般的、普遍的な原理を意味しており、軍事学を学問として体系化する上で基礎的な概念として位置づけることができます。 『戦理入門』では、より具体的な戦理の解説として、以下のような記述が見られます。 「戦理とは「戦勝をうるための戦いの根本的な原理及び原理をやや具体化した原則」であって、これは理論であり多くの戦史から導き出されたものである。すなわち「戦理は合理と実証の積み重ねにより弁証法的に構成された理論であり、時代とともにたえず発展していくもの」である」(『戦理入門』14頁) この定義で注目すべきは、厳密な意味での戦いの根本的な「原理」だけでなく、「原理をやや具体化した原則」も戦理の意味に含ませていることです。 そこでの原理は勢力の優劣が戦いの勝敗を決することを述べた優勝劣敗の原理のことを指していますが、原則は目標、主導、集中などから構成される戦いの原則(principles of war)を表しています。要するに原理が原則よりも抽象性が高い用語であることに注意すれば、この定義はより理解しやすくなるでしょう。 「時代とともにたえず発展していくもの」という指摘も重要です。 戦理は実際の戦争の事例を分析する中で抽出された原理ではありますが、絶対に変化しない原理とまでは言い切れないものだということです。それは科学的研究の進展によって修正される必要が生じれば、見直されるものではありますが、少なくとも一定の条件に限定して考えるならば、広く適用することが可能な原理であることを意味しています...

学説紹介 戦いの原則(principles of war)はどのように作られたのか―フラーの学説を中心に―

軍事学の歴史は長く、その起源は古代にまでさかのぼることができます。 古来より軍事学者は戦争術を調査、研究し、勝利を獲得する上で依拠すべき原理原則を明らかしようとしてきました。 古代中国の兵家だった 孫武 、ローマ帝国の軍事著述家だったウェゲティウス、ビザンティン帝国の皇帝だったマウリキウス、フィレンツェの行政官だった マキアヴェッリ など、多くの研究者で戦争術の基本原則を定式化しようと努力を重ねています。 しかし、現代において戦いの原則として知られているのは次の、(1)目標、(2)主導、(3)集中、(4)経済、(5)機動、(6)統一、(7)保全、(8)奇襲、(9)簡明の9個ですが、これらは20世紀に入ってから確立された原則です。 その原型を提唱した人物はイギリス陸軍軍人 ジョン・フレデリック・チャールズ・フラー であり、彼は戦間期に多くの著作を残しました。 そこで今回の記事では、フラーの研究の経過を紹介し、戦いの原則がどのように抽出、整理されたのかについて紹介したいと思います。 戦いの原則に関心を持ったきっかけ J.F.C.フラーはイギリス陸軍の軍人。多くの軍事学の著作を残しており、 リデル・ハート と交流があったことでも知られている。フラーの研究はドイツで注目を集めたこともあり、親ドイツの立場をとったこともある。 フラーが研究を始める前から、戦いの原則(principles of war)という概念は軍事学において存在していました。ただし、その内容ははっきりとはしていなかったのです。 それはごく少数にとめられる戦争術の一般的な原理原則をまとめたものであり、あらゆる時代、あらゆる地域において普遍的に通用するものだという点では一致していましたが、それを具体的な形でどうまとめるかについては、研究者の間でさまざまな見解の違いがあったのです。 1911年にフラーは戦いの原則に関する研究を始めたとき、まず1909年度版のイギリス陸軍の野戦教範を研究したのですが、その最初には次のように書かれていたことを紹介しています。 「戦争の根本原則はそれほどたくさんあるわけではなく、また不安定なものでもないが、それを応用する方法が難く、法則のように見なすことはできない。原則を正しく状況に適用することは、それが本能...

フラーの機甲戦思想と戦車の戦略的重要性

研究者は第一次世界大戦に実戦投入された戦車が、その後の戦争の歴史を大きく変えるだけの影響を持っていたことを(程度の差はありますが)広く認めています。しかし、この影響はしばしば戦術的レベルしか理解されていません。 今回は、戦車が戦略的レベルでどれほどの影響を及ぼしたのかを考察した フラー (J. F. C. Fuller)の学説を紹介し、それを説明したいと思います。 機甲戦の可能性を予見したフラー J.F.C. フラー(1878-1966) 第一次世界大戦でイギリス軍の実験的な戦車部隊の運用研究で重要な成果を残したものの、戦後の予算縮小や戦車に批判的な立場を取る勢力との対立に直面したことなどから、次第に戦車から遠ざけられて退役した。機甲戦に関する学説は現在でも世界的に知られている。 フラーは、近代以降における軍事学の研究に貢献したイギリスの軍人であり、戦車の運用研究に寄与したことで知られています。 彼は第一次世界大戦で新設された戦車軍団で本格的な戦術研究に着手し、史上初の機甲戦とも呼ばれる1917年のカンブレーの戦いにも参加しています。その後、幕僚大学校で教官となった後に1930年に退役し、軍事学の著作を数多く発表しました。 フラーの学説の特徴は戦車が次世代の戦争を考える上で見過ごすことができない重要な武器体系であることを予見し、まだ戦車の技術的発達が十分でなかった頃から機甲戦の意義を主張していたことにあります。 彼の学説では確かに戦場における戦車の戦術的運用が中心的な課題とされていますが、しかし戦争における戦車の戦略的運用についても大きな関心を寄せてもいました。 「戦術は戦場で兵士を動かす技術であり、それは使用する武器と輸送手段によって変化する。新しい武器や改良された武器または移動方法は戦争術において適切な変化を必要とするものであり、現代においては戦車の導入が戦争術における抜本的な変革を求めている」(Fuller 1936) ここでも戦車は単に塹壕戦の問題を解決する一手段ではなく、戦争の歴史において一つの画期と見なすべきであると考えていたことが分かります。フラーは戦車を広い戦争史の文脈に位置付けて理解していたのであり、その導入によって戦術だけでなく戦争術全般が変化する可能性を指摘していました。 戦車...