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2017年8月4日金曜日

文献紹介 どのように歩兵小隊の戦術は変わってきたのか

戦術の発展を促してきた要因は一つではありません。その時代、その地域に主流だった隊形や編制、武器や装備など、多くの要因が相互に影響し合っています。
しかし、兵役制度が戦術思想の発展に与えた影響は比較的理解されているところが少ないかもしれません。

今回は、20世紀の兵役制度の変化が歩兵小隊の戦術をどのように変化させたのかを考察した社会学者アンソニー・キングの研究を紹介したいと思います。

文献情報
King, Anthony. 2013. The Combat Soldier: Infantry Tactics and Cohesion in the
Twentieth and Twenty-First Centuries. Oxford: Oxford University Press.

歩兵小隊の戦術が重要な理由

この研究は20世紀に徴兵制から志願制へ兵役制度の移行が進む中で、陸軍の歩兵戦術、特に歩兵小隊の戦術にどのような変化が生じていたのかを研究したものです。
20世紀初頭の各国陸軍では徴兵制によって人員を集めることが一般的でしたが、戦闘効率で問題を抱えていたことを著者は指摘しています。
「20世紀の大衆軍(mass armies)は近代的な武器を使用させる上で集団行為の問題の解答を探し求めるために努力した。市民からなる歩兵部隊は、集団としての戦闘効率で問題を抱えていた」(King 2013: 60)
つまるところ、徴兵制で集めた兵士で効率的な戦い方を行わせることには限界があったということです。

また著者は第二次世界大戦で兵士の行動を調査したマーシャルの有名な研究を取り上げ、第一線における兵士の発砲率の低さが指摘されていたことを紹介していますが、この研究も徴兵制で作り上げた陸軍の戦闘効率の低さを示唆しているものだと評価しています(Ibid.)。

しかし、マーシャルをはじめとする過去の研究は、この戦闘効率の改善が進んだ背景として、兵役制度の影響を十分に考察しておらず、この研究はその空白を埋めるためのものとして位置付けられています。

戦術単位としての歩兵小隊の成立

著者の調査によれば、19世紀末から20世紀初頭の歩兵戦術は短間隔、つまり密集した状態で部隊が行動することが前提とされていました。
この思想はプロイセン軍の『1888年教令』でも見出すことができますし、また20世紀に入ってからもイギリス軍の1909年版『野外勤務例』、1914年版の『歩兵訓練』でも繰り返し表明されており、歩兵中隊が砲兵の火力支援を受けながら、敵陣地に密集した横隊で前進することが規定されています(Ibid. 130)。

しかし、第一次世界大戦の戦闘経験から、こうした戦術思想は廃れていき、歩兵中隊ではなく歩兵小隊を単位とする新たな戦術の発展が促されました。著者は1917年を一つの転換点と見て、次のように述べています。
「1917年以降、基本戦術単位は小隊になり、通常3個から4個分隊から編成され、射撃で相互に前進を支援し合った。小隊を単位とする射撃と運動という戦術上の発見は重要であり、恐らくは歩兵の技術において歴史的な瞬間であった。ハンス・デルブリュックが古典時代の戦争研究において、ギリシアのファランクスがローマのレギオンに置き換えられたことを軍事的革新にとっての決定的瞬間だったと書き残したが、それに匹敵するものだった」(Ibid.: 131)
陸軍で歩兵小隊が基礎的な戦術単位に位置付けられたため、小隊は単に中隊の一部として行動するだけでなく、独立した行動をとれるような戦術能力が求められます。
しかし、

徴兵制から志願制への移行期

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて歩兵小隊の戦術が大きく発展するかと思われましたが、変化の速度は緩慢だったとされています。

著者の見解によれば、この移行プロセスを妨げていたのは徴兵制でした。
徴兵制の下では士官や下士官の戦術能力を養成する時間に制約があったと著者は指摘しています。
「専門職化(professionalization)もまた組織体としての軍隊にとって重要な事象であり、またしばしば見過ごされるものでもある。それは軍人、制度的忠誠、能力、運用効率の関係を抜本的に変えるものであった。専門職化は単なる軍隊と兵士の雇用関係の変化を表すものではない。それは軍隊において示される忠誠心、そして軍隊における組織形態に関する重大な変化を表している」(Ibid.: 208-9)
陸軍において軍事的プロフェッショナリズムが強化されるきっかけとなったのは、20世紀後半に各国で進んだ徴兵制の廃止でした。

イギリスは1960年に徴兵制を廃止し、1963年以降に徴兵で集められた兵士は陸軍からいなくなります(Ibid.: 209)。
アメリカで徴兵制から志願制に移行したのはもう少し遅く、ベトナム戦争の影響を受けて1973年に廃止しています(Ibid.)。

こうした経緯を経て職業軍人の陸軍が登場すると、これまでにない技術を歩兵戦術に取り入れて戦闘効率の向上を進めることも可能となっていきました。
それだけでなく、その後の陸軍では歩兵小隊の戦術がますます発達するようになっていきました。

近接戦闘(CQB)の研究と普及

完全志願制に移行した影響のうかがわせる出来事として、著者は近接戦闘(Close Quarters Battle, CQB)の導入に注目しています。
CQBとは、もともと特殊作戦部隊の戦闘技術として発達したものであり、分隊、個人が相互に緊密に連携することを重視するものです。

冷戦期に入ると、次第に歩兵部隊でその価値が認識されるようになり、特に指揮官が部隊行動を統制しずらい市街戦で積極的に活用すべきという動きが出てきました。
ところが、CQBはあまりにも高度な訓練を要するという理由で、導入することに慎重な意見も現場にはあったと指摘されています。
「CQBの技術は特に人質救出の任務に当たる特殊部隊のために開発されたものであり、それは特殊部隊にとって極めて重要なものであった。しかし、イギリス海兵隊のような正規の歩兵の基本的な役割は、市街地だけでなくあらゆる地形において大隊、旅団規模で機動することであった。(中略)CQBが有益であるとしても、大規模な歩兵部隊においてCQB技術の練度を十分な水準に維持することは不可能だとも論じられた」(Ibid.: 264)
しかし、こうした問題も1970年代前後に西側諸国が相次いで徴兵制から志願制に移行するようになり、少しずつ解消されていきました。
少数の職業的技術を有する軍人に高度な戦術能力を求める歩兵戦術が発展する基盤ができたということです。
20世紀末に近づくと、CQBはもはや特殊作戦部隊の技術ではなくなり、歩兵小隊の戦闘訓練の基本要素として取り入れられるまでになり、それが現在に至っています。

むすびにかえて

1914年のイギリス軍が歩兵中隊を密集隊形で戦わせていた時機と比べれば、現代の歩兵戦術はまるで違って見えるでしょう。
部隊として個人の行動を統制することはなく、兵士一人ひとりが状況に応じた行動をとり、それが小隊全体としての戦闘効率を高めることに繋がっています。
この戦術的変化の背景には単にCQBの優位性があるだけでなく、また志願制という兵役制度の裏付けもあります。

著者が主張しているのは、戦術の発達が兵役制度の変化と一体的に進んできたということであり、歩兵小隊が次第に独立した戦術単位となり、そこからCQBを取り入れてより高度な戦術を発展させる上で、徴兵制という障害を克服することが必要だったと考えなければなりません。
兵役制度と戦術思想の関係を考える上で、本書は興味深い視座を示しているのではないでしょうか。

KT

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