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2017年4月2日日曜日

論文紹介 アメリカ人の戦略文化とは

戦略は常に軍事的な合理性に従って策定されるわけではありません。政治的、外交的、経済的、技術的要因が戦略の選択に絡んでいるためです。しかし、それらの要因をすべて駆使しても説明できないような非合理な戦略が策定されるという場合もあります。

今回は、冷戦期のアメリカの戦略が軍事的に非合理的なものであった原因を戦略文化(strategic culture)の観点から説明したイギリスの研究者コリン・グレイ(Collin S. Gray, 1943-)の研究を取り上げ、その内容の一部を紹介したいと思います。

文献情報
コリン・S・グレイ著、大槻佑子訳「核時代の戦略―アメリカ(1945~1991)」ウィリアムソン・マーレー、マクレガー・ノックス、アルヴィン・バーンスタイン編著、歴史と戦争研究会訳『戦略の形成』下巻、中央公論新社、2007年、402-466頁(Williamson Murray, MacGregor Knox, and Alvin Bernstein, eds. 1994. The Making of Strategy: Rulers, States, and War, Cambridge: Cambridge University Press.)

アメリカ人の戦略は必ずしも合理的ではない
1982年、レバノン内戦に平和維持軍として介入し、現地に上陸した米軍部隊
翌年のベイルート米軍兵舎に対する自爆攻撃を受けて多数の死傷者を出したことで撤退した
第二次世界大戦の結果、アメリカは超大国としての地位を得ることになりました。その結果として、アメリカは戦後、ソ連を中心とする東側陣営の勢力と政治的、外交的、軍事的に対抗し合う関係になっていきます。

こうして世界規模でソ連の勢力圏に対抗することがアメリカの戦略上の重要目標となったのですが、その目標を達成するために策定された戦略は合理的とは言い難いものが少なからずあったと著者は指摘しています。
「アメリカの社会が好戦的でありながらも、軍事的な観点から見れば効率的ではないことは、国家安全保障に携わる合理主義者をいらだたせる。アメリカは国家の安全を保障する上での最低限の事柄に関しては一定の成果を上げてきたものの、その政策を決定する「過程」は、まったくもって無秩序なものだからである。いったいなぜ西側陣営の唯一かつ卓越した保護者であるアメリカが、優れた分析技術能力を持ちながらも、平和、戦争、そして国家の存続といった問題に関してしばしば無規律かつ実に非戦略的に決断を下し、時にはその決断を翻すのか理解に苦しむところである」(邦訳、グレイ、407頁)
例として、著者は1982年にレーガン政権が海兵隊をレバノンに送ったことや、1983年に戦略防衛構想が開始されたこと、1988年には中距離核戦力廃止条約が発効されたことなどを挙げています(同上、417-8)。

こうした戦略上の不手際がたびたび見られる原因として、著者はアメリカ人に「長期的な動向を予測してその解決のために努力しようとするのではなく、目下の利益に関わる出来事だけに実用主義的に反応するという傾向も確かに見られるのである」ためだと説明しています(同上、417頁)。

戦略文化としての特殊性を考える
1965年、ベトナム戦争に米軍は地上部隊の派遣を決定する
写真はダナンに上陸する米海兵隊員
著者はアメリカ人に特有の戦略文化を考察するために、いくつかの傾向について述べていますが、歴史に対する関心の欠如もそうした傾向の一つです。「アメリカ人は、歴史に対しても、歴史的経験に対しても、敬意を払ってこなかった。アメリカは歴史的経験に対して単に無関心なだけではない。むしろ意図的に、歴史に反逆しているのである」と述べられています(同上、421頁)。

しかし、より重要な指摘として挙げられるのは、アメリカの戦略文化にナポレオン戦争でフランスの幕僚だった戦略家アントワーヌ・アンリ・ジョミニの思想の影響に関するものです。
「アメリカの国家安全保障に関する考え方を本当の意味で育てたのはジョミニであり、クラウゼヴィッツではない。ジョミニは、戦争はアートであると説いたが、確実性を模索し、複雑かつ不明瞭な事実を一見簡略に見える少数の原則に集約しようとするジョミニの執念は、軍事に関するアメリカ的思想と実践を特徴付けることにもなった」(同上、421頁)
著者の見解によれば、ジョミニが論じた戦争術の原則という考え方は、アメリカの戦略思想の根底にあって、今でもアメリカの戦略思想の特徴の一つであり続けていると著者は考えています。

さらにジョミニの影響として、アメリカの戦略思想は本質的に海洋国家の戦略としてではなく、大陸国家の戦略として発展してきた歴史があるとも論じられています。
アメリカ人の戦略思想において重視されているのは、海上優勢の獲得と、それに続く海上封鎖による勝利ではなく、地上部隊で決戦を挑むことにより迅速に勝利を獲得しようとするアプローチであるとして次のように論じられています。
「国家の規模、歴史における成功の経験、そして国民の忍耐力の欠如などの要因により、アメリカ流の戦争は典型的な大陸型であった。アメリカ人は海洋包囲を通じてしわじわとアプローチするよりも、決定的な戦闘の危険を冒して迅速な勝利を追求することを好んできたのである」(同上、425頁)
これはシーパワーとしてアメリカの戦略思想を理解しようと試みる研究に対する著者の批判として理解することもできるかもしれません。
もちろん、アメリカにも海軍戦略の研究者はたくさんいますし、そうした戦略思想がないわけではありません。
しかし、いざ戦争が始まれば、アメリカ人は戦争を短期間で決着させようとする傾向がアメリカの戦略文化にはあり、海上封鎖で敵国の経済に打撃を与えるという時間がかかる方法よりも、直ちに地上部隊を送り込んで敵の主力を撃破しようと考える傾向があるということです。
「アメリカが戦略に無関心なのは、単にその国家安全保障コミュニティーが物質的に恵まれているためだけではない。アメリカが関与してきた紛争のほとんどに見られるイデオロギー性、海によって周囲から隔てられていることによる戦略的有利さ、地続きの隣国の脆弱さ、イギリスとその海軍がヨーロッパにおいてアメリカの果たすべき役割を一部肩代わりしてくれたこと、そして過去の成功に慢心することで助長された不用心さなどによって、アメリカは戦略に対していっそう無関心になっていったのである」(同上、426頁)
ある意味で単純明快さを持ちつつも、時として向う見ずさが垣間見えるアメリカの戦略文化ですが、そのすべてが間違っているとか、是正すべきだと著者は主張しているわけではありません。冷戦期においてアメリカの戦略が成果を上げていることは率直に認められています。

冷戦期にアメリカの戦略が導いた成果とその限界
あらゆる戦略はその成果によって評価されなければなりません。アメリカの戦略文化が持つ軍事的な非合理性を指摘している著者ですが、冷戦期におけるアメリカの戦略を検討すると4つの成果を確認することができると述べています。
「第一に、アメリカは、おおむね健全なかつ西側諸国に有利なかたちでの不均衡を45年間にわたって保ち続けてきた」(同上、449)
「第二に、アメリカは、歴史上もっとも成功した同盟、すなわち驚くほど多様な国家群によって構成された同盟を組織し、率いることに疲れを見せなかった」(同上)
「第三に、近視眼的かつ非戦略的な、そしてなおかつせっかちなアメリカが、戦後の勢力と影響力争いにおいてソ連に打ち勝ったことである」(同上、450)
「第四に、それが戦略的構想の質によるものであろうと、政策を実現するための手腕によるものであろうと、軍事力の量と質によるものであろうと、あるいは単なる幸運によるものであろうと、アメリカの戦略はアメリカ社会が要求した任務のもっとも重要な部分を成し遂げたのである。アメリカの戦略は大戦争(grande guerre)を抑止し、あるいは少なくとも、名誉と地政学的優位を確保しながら、それを回避することに成功したのである」(同上)
つまり、結果的に最も恐れられていた米ソ核戦争という事態は避け、西側陣営の粘り強い抵抗で東側陣営が世界情勢の主導権を握ることを防ぐことができましたが、だからといって冷戦期のアメリカの戦略を全面的に肯定できないということです。

結論において、「神によって任命され、正しい理由に則った軍事力の行使に成功することによって祝福を受けたアメリカの人々は、目的と手段の関係を注意深く管理するようなことはしないのである」と述べられており、著者としてはアメリカ人の戦略文化は本来は長期的な視野に立った戦略の立案を妨げる方向に作用する傾向にあるということを読者に強調しています(同上、453)。

むすびにかえて
その冷戦期の成果は積極的に評価している著者ですが、だからといって冷戦期のアメリカの戦略は軍事的合理性からかけ離れたものであったという判断が帳消しになることはありません。それは今後のアメリカの戦略に繰り返し起こり得ることだと指摘したことがこの論文の意義と言えるでしょう。

この著者の考察を踏まえるならば、安全保障上の問題についてアメリカ人は短期間で成果を出すことができる短期決戦志向の戦略を好む傾向を持っているだけでなく、そのためにかえって軍事的に非合理な決定を下す場合がしばしば生じていると考えられます。
こうした事例はかつてのベトナム戦争で見られましたし、最近ではイラク戦争の事例も同じように位置付けられるかもしれません。

戦略文化という概念は必ずしも学問的に厳密な概念ではないのですが、過去の教訓にもかかわらず、アメリカが同じような戦略的失敗を犯している理由を考える際には、こうした考察を参照することも重要だと思います。

KT

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