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2016年6月24日金曜日

軍事学において制海権は何を意味するのか

制海権(もしくは海上優勢, command of the sea)は海軍の運用を考える上で重要な意味を持つ概念であり、それゆえ現在の軍事学の文献でも広く使用されています。
しかし、制海権が概念的に何を意味するのかという点に関しては、研究者によって微妙に意見が異なる部分もあり、議論の余地があります。

今回は、代表的な戦略研究の学説をいくつか参照し、制海権の概念を理解した上で、それがどのような条件を満たした場合に獲得されるのかを考察したいと思います。

マハンの戦略理論における制海権の理解
アルフレッド・セイヤー・マハン(1840-1914)
米国の海軍軍人であり、『海上権力史論』等の著作で海洋戦略の基礎研究に貢献した。
近代的な海軍の戦略と戦術の研究で最も重要な参照点とされる研究者にマハン(Alfred T. Mahan)がいます。制海権という概念を戦略研究に本格的に導入するようになったことは、彼の研究の影響によるところが少なくありません。しかし、マハンは必ずしもその意味を明確に定義しておらず、さまざまな歴史的事例からその重要性を示唆しているに過ぎません。

ただし、1911年の論文で比較的明確にその意味に説明したことがあり、それがマハンの制海権に対する理解を表しています。要するに、制海権とは海上における軍事力の優勢と位置付けられているのです。
「これらの国家的、国際的な機能は明らかに制海権によってのみ理解できるものである。海域を管制する大規模な艦隊が配備された太平洋、大西洋、カリブ海、そしてプエルトリコ、グアンタナモ、パナマ運河地帯、ハワイもこの制海権に依拠している。そして、制海権を代表するのが海軍であり、その意味において艦艇と艦隊はいわば(制海権の)独立変数である。確固とした結論を簡潔に記そう。海軍では制海権の問題に対する関心が年々高まっている。この問題はその用語の厳密な意味において海軍に止まるものではない。それは国家政策、国家安全保障、そして国家目標の一部なのである」(Mahan 1911: 512)
ここで重要なことは、制海権の「独立変数」として「艦隊と艦艇」を位置付けたことです。
独立変数とは、ある因果関係を示す数式において、原因に位置付けられる不特定の数という意味です。ちなみに、独立変数の対義語は従属変数であり、この場合だと制海権は「艦隊と艦艇」の従属変数と言い換えることもできます。

このマハンの制海権の概念化は誰にとっても理解しやすいものであり、近代以降の海軍が目指すべき目標をモデル的に示しました。しかし、マハンは、どれほどの「艦隊と艦艇」があれば制海権が得られるのか、どのような装備や運用が求められるのか、という点を明確に説明できていません。そのため、研究者は制海権を獲得する方法について長い論争を展開することになりました。

その後の制海権の意味とその獲得方法の考察
米海軍の第5艦隊の揚陸艦アシュランドの乗組員が漁船を臨検している。
コーベットの理論によれば、制海権を確保した艦隊はその海域の海上交通を管制することが可能となる。ただし、それは全ての海上活動を完全に規制できることを意味するわけではないことについてもコーベットは配慮している。
マハン以後に海上戦力の運用を考察した戦略理論は急速に発達しました。
その発達に貢献した研究者の一人にイギリス人の研究者ジュリアン・コーベット(J. Corbett)がいますが、彼は制海権という概念をより明確に概念化しました。
彼は制海権を一般的に「商業的、軍事的目的の如何を問わず海上の交通を管制すること」と説明しており(Corbett 1911: )、さらに「制海権は戦争状態においてのみ存在する」と規定することで、制海権をより明確な概念として規定し直しました。

コーベットの研究によって制海権という概念が明確に定義されただけでなく、それを確保したとしても全ての海上の活動を規制できないことが理解されるようになったので、これを獲得する方法に関しても研究が進歩しました。
例えばフリードマンは制海権を獲得する方法は、決戦によって敵の戦力を撃破するか、敵の資源に対して攻撃を加えるかの二つの方法に区別できると考えました。
「制海権を獲得するために戦力を投射する方法とは二つの戦術を組み合わせたものである。すなわち、決戦または資源に対する攻撃である」(Friedman 2001: 83)
これは味方が制海権の獲得するためには、敵の軍艦または商船に攻撃を加える必要があるという議論と言えます。これに類似しますが、攻撃目標として敵の海上部隊だけでなく、それを支援する基地を考慮すべきという見解がヴェゴの研究で示されています。そこでは敵の基地または沿岸部で軍事活動を支援する鍵となる要素を獲得または破壊することが制海権の獲得に寄与すると論じられています(Vego 2003: 147)。

フリードマンとヴェゴの研究は、いずれも制海権を獲得するために攻勢に出ることが必要であるという点で共通していますが、さらに広い視点から制海権を得る方法を考察したのがティルの研究です。
ティルは制海権を獲得する方法については、次の三種類があると論じています。
(1)クラウゼヴィッツ的な手法で敵の主力艦隊を物質的に撃滅するという、かつてネルソンが「近接的そして決定的な戦闘」と呼んだ戦闘を追求することで制海権を確保する方法。
(2)優勢な可能性がある敵との交戦を回避することによって戦略的優位を求める現存艦隊(fleet in being)としばしば呼ばれる、いくつかの形態の海上防勢によって制海権を確保する方法。
(3)戦おうとしない敵を無力化し、もしくは戦闘を強制すること、いずれかを求める優勢な艦隊によって行う艦隊封鎖(fleet blockade)によって制海権を確保する方法(Till 2013: 157)。
ティルの研究によって現在では制海権を獲得する方法は必ずしも攻勢だけでなく、防勢によって確保することも考えられると理解されるようになりました。

むすびにかえて
制海権と聞くと、いかにも軍事学の難解な概念と思われるかもしれませんが、その意味するところはここで示した議論によっておおむね理解することができます。
重要な点は、海という空間を軍事力で支配するということは、陸と大きく性質が異なってくる、ということを制海権の議論が私たちに示していることです。

当初、マハンはこの分野の先駆者として制海権という概念の重要性を多くの人々に印象付けましたが、より分析的な意味で制海権が理解されるようになったのはコーベットの研究によるところが大きく、少なくとも制海権は完全な意味で海上交通を規制するような意味が含まれていないということを明らかにしました。
このことを踏まえた上で現在も多くの研究者が制海権の獲得のためにどのような戦力運用が考えられるのかを検討していますが、特にティルの研究で示された通り、制海権の確保は必ずしも攻勢を仕掛けることを必要とせず、防勢によって確保できる可能性があると考えられるに至っています。

日本のような海洋国家にとって制海権の確保が安全保障上の重要事項であることは論を待ちません。制海権の意味を知ることによって、改めて海洋の問題に対する国民的理解を深めることは、今後ますます求められるものと思います。

KT

参考文献
Corbett, Julian. 1911. Some Principles of Maritime Strategy, London: Longmans, Green and Co..
Friedman, Norman. 2001. Seapower as Strategy: Navies and National Interest, Annapolis, Naval Institute Press.
Mahan, Alfred T. "The Importance of Command of the Sea: For an Adequate Navy, and. More," Scientific American, Vol. 105, No. 24, December 1911.
Till, Geoffrey. 2013. Seapower: A Guide for the Twenty Fist Century, 3rd ed. New York: Routledge.
Vego, Milan N. 2003. Naval Strategy and Operations in Narrow Sea, London: Frank Cass.


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