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2016年2月17日水曜日

論文紹介 エアシー・バトル(AirSea Battle)とは何か、なぜ日本が関係するのか

第二次世界大戦で日本海軍との戦いに勝利を収めたことで、米海軍は太平洋に盤石なプレゼンスを築き上げてきました。

しかし、中国が経済成長を続けるにつれて、海上戦力の増強に乗り出したことにより、太平洋の戦略環境は一変する危険があると認識されるようになります(中国の接近阻止/領域拒否(以下、A2/AD)に関しては過去の「今さら聞けない中国軍の接近阻止/領域拒否(A2/AD)」を参照)。
1990年代の段階から米国では太平洋に配備した戦力の態勢や運用の方針の再検討に着手していましたが、その検討作業の中で具体化された構想にエアシー・バトル(AirSea Battle)がありました。

今回は、このエアシー・バトルが中国軍のA2/ADにどのように対抗する構想であるかを説明した文献を紹介したいと思います。(普段の記事よりも少し長文であることを事前にご了承下さい)

論文情報
van Tol, Jan., Mark Gunzinger, Andrew Krepinevich, and Jim Thomas. 2010. AirSea Battle: A Point of Departure Operational Concept, Washington, D.C.: Center for Strategic and Budgetary Assessment. http://www.
csbaonline.org/publications/2010/05/airsea-battle-concept/ (Accessed 2016 Feb. 16)

なぜエアシー・バトルが必要なのか
エアシー・バトル(AirSea Battle, ASB)構想は米国がアジア太平洋地域での影響力を保持し、中国による武力の行使を抑止することを目的とした教義のことです。
具体的な内容を理解するためには、戦略レベル、作戦レベル、戦術レベルに区別することが適当でしょう。

戦略レベルから見れば、これは西太平洋地域の米国の領土と同盟国、友好国を防衛し、かつ米軍の戦力投射能力を維持するための教義です。
中国軍が東アジア地域で米軍の戦力運用を妨害する能力を持つことになれば、米国の同盟国、友好国の間で米国の抑止力に対し疑いの眼が向けられるようになり、引いては米国から離れ、中国との関係を重視するようになる誘因となり得ます。
そのため、エアシー・バトルによって中国の能力強化を無効化することができることを米軍として示すことが重要なのです。

作戦レベルで見ると、エアシー・バトルは中国軍のA2/AD能力を相殺することを主眼とした教義として特徴付けることができます。
西太平洋地域における在外米軍基地と中国の第一列島線、第二列島線の位置関係。
第二列島線にはグアム、横須賀、横田が近接しており、第一列島線には沖縄、佐世保が近接している。
これら防衛線を構成することができれば、中国は北東アジア地域を包括する広域防衛圏を形成できる。
(Ibid.: 13)
この地図で分かるように、中国軍のA2/AD能力は米軍が日本、台湾、フィリピン、韓国に部隊を展開する自由を妨げるものです。
このような能力が与える影響は地域全体に及び、中国が実際に武力攻撃を仕掛ける事態をもたらす危険さえあるため、エアシー・バトル構想によって、このような防衛線を打破する能力の強化が必要とされているのです。

最後に戦術レベルの視点から見ると、中国のA2/AD能力は後述するようにいくつかの武器体系によって構築されており、それぞれの武器体系に見合った戦術行動に対抗する防御が必要となるため、エアシー・バトルではその具体的な戦術行動も考察されています(van Tol, et al. 2010: 10-1)。

エアシー・バトル構想では、どのように中国軍に対抗するのか
そもそも、エアシー・バトルでは中国軍がどのような作戦行動をとると見積もられているのでしょうか。著者らの分析によれば、中国軍の作戦は次のような形態をとると考えられています。

・紛争が開始された直後、低軌道情報監視偵察システム、宇宙配備赤外線システム、第三世代赤外線システム、通信用人工衛星は直接的な攻撃を受け、サイバー攻撃、電子戦攻撃も同時に実施される。
・弾道ミサイルの一斉発射によって米国と日本の海軍基地、空軍基地が攻撃を受けるだけでなく、日本に対する攻撃については空爆も同時に実施される。優先的な攻撃目標としてはアンダーソン基地、嘉手納基地、三沢基地等の空軍基地であり、兵站基地でもあるグアムでは備蓄された装備品や軍需品を狙った攻撃が実施されるであろう。
・地上配備型の対艦弾道ミサイル、対艦巡航ミサイルで米国とその同盟国の全ての海上戦力が攻撃の対象となる。このことで、中国はその周辺海域で敵対的な艦隊行動をとることを不可能にする。
・米国と同盟国の海上交通路を阻止し、原子力潜水艦等のプラットフォームを用いて、米国のハワイ、ディエゴ・ガルシアの周辺を哨戒し、前方基地に展開しようとする米軍部隊の前進を継続的に後方で阻止する(Ibid.: 21)。

これら一連の作戦を成功させた場合、中国は北東アジア地域を包括する以下の図のような勢力圏を獲得することが期待されます。
中国軍のA2/ADシステムが有効に機能し、中国の周辺海域から脅威を排除した場合の勢力圏。
第一列島線からさらに勢力圏を前方に推進し、その軍事的プレゼンスを日本からフィリピンにまで及ばせている。
(Ibid.: 22)
エアシー・バトル構想では、このような形態の攻撃を予想した上で、二段階の作戦を準備する必要があると考えられています。

第一段階 米国とその同盟国の軍隊に対する初期の攻撃に抵抗し、被害を局限する。これと同時に、敵の戦闘ネットワークを破壊し、また長射程のミサイルを我が方のミサイルによって制圧し、海上、航空、宇宙、サイバー空間における戦いの主導権を奪回する(Ibid.: 53)。

第二段階 必要に応じて、あらゆる作戦領域での攻勢を継続、拡大する一方で、遠隔封鎖を実施して敵の経済構造、兵站基盤を衰弱させる。作戦基盤である兵站支援を確立し、産業生産の拡充を進めることも同時に平行して実施する(Ibid.: 74)。

これらの作戦の内容からも見て取れるように、エアシー・バトルの基本的な考え方は中国のA2/AD能力を相殺して無効化し、西太平洋地域で中国が武力を発動したとしても、有利な成果を得ることを不可能にすることであり、引いては米国の同盟国と友好国からの信用を保つことにあると言えます(Ibid.: 95)。

米国だけの能力ではエアシー・バトルは実行不可能
エアシー・バトル構想にはいくつかの想定があります。米国から戦争を仕掛けることはしない、米中間の核抑止は保持される等の想定ですが、その中に「日本とオーストラリアは米国の積極的な同盟国になる」という想定があります(ibid.: 51)。

これはどういう意味なのかといえば、米中間の武力紛争が勃発した場合、日本の領土とその防衛力が中国の海洋進出を食い止める要になるということです。
中国の潜水艦が海洋正面に進出することを妨げ、米軍部隊の作戦地域に重要な戦略的縦深を確保するためには、自衛隊とオーストラリア軍が米軍と緊密な防衛協力を持つことが求められています(Ibid)。
「もし日本の領土が利用できなくなれば、米国の戦力投射の可能性は重大な制約を受けるであろう。これと同じように、オーストラリアは戦略的縦深を提供し、東インド洋、オセアニア、南シナ海における海上管制または支援作戦に関与する作戦のための戦力の使用を可能とする」(Ibid.)
このような防衛協力が必要な例の一つとして挙げられているのは、中国の潜水艦に対する作戦です。米中紛争において米軍部隊が北東アジア地域を自在に移動するためには、海上交通路に対する脅威を除外しておく必要があります。
そのためには、中国の潜水艦を捕捉して撃沈できるだけの防御態勢を準備しなければなりません。
米軍が敵の潜水艦を警戒する海域が左斜線で、米軍が潜水艦を送り込む哨戒海域を右斜線で表している。
黒点は中国海軍の主要作戦基地であり、黄海、東シナ海、南シナ海にそれぞれ面している。
(Ibid.: 72)
しかし、広大な海上で敵の潜水艦を捕捉することは容易なことではありません。そのため、エアシー・バトル構想の第一段階として、南西地域の壁が不可欠になるのです。
「エアシー・バトルは水路に対する同盟国の地理的な位置と優位を拡張し、南西諸島に沿って対潜水艦障壁を確立する。この障壁はフィリピン諸島を通じてルソン海峡を越え、南シナ海にまで及ぶことになる。中国軍の潜水艦はそうした天然のチョークポイントを通過する必要があるが、米国と日本の対潜戦の計画立案者は自らの優位性を拡大するために必要な行動をとると想定されるため、それらは中国にとって重大な課題となり得る。日本の潜水艦と対潜哨戒機や海底ソナーを含む日本の対潜戦戦力は『南西の壁』を確立し、これを維持する上で特別な重要性を持つと考えられる」(Ibid.: 73) 
日本はその地理的位置によって、中国が西太平洋に進出するために通過すべきチョークポイントを確保することができます。
著者らが指摘するように、このチョークポイントを日本が確保することができなければ、その後の米軍のエアシー・バトルの構想を実現させることは極めて難しくなると考えられるのです。

終わりに
この研究を読んで改めて思うことは、日本の領土が北東アジア地域においてどれほど重要な戦略的要衝に位置しているのかということです。
特に南西地域をめぐる米中の勢力関係が、今や長期的な東アジア地域のあり方を左右するようになっていることは地政学的に重要な意味を持つ問題です。

政府関係者の発言で、「安全保障環境が厳しさを増している」という言葉はよく耳にしますが、それだけではどのような意味で「厳しさ」が増しているのか国民には分かりにくいと思います。
とはいえ、政府関係者がそれを直接口にすることは外交的な影響を考えれば、あまり望ましいことでもありません。
結局、政府と関係を持たない安全保障学、防衛学の研究者がこうした問題について積極的に広報することが必要だと思います。
武力攻撃事態が発生した後で、こうした状況があったことを国民が初めて知ることがないように、議論の輪を広げていく努力がますます求められていると思います。

KT

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