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2015年10月29日木曜日

文献紹介 エンゲルスが考える散兵戦術の歴史的重要性

フランス革命戦争で最初の勝利を収めたとされるヴァルミーの戦い。
マルクスと共に社会主義の研究で有名なフリードリヒ・エンゲルスは、軍事学の方面において数多くの論文を書き残しています。
今回は彼がフランス革命戦争・ナポレオン戦争の戦術について取り上げた未完成の論文「1852年における革命的フランスに対する神聖同盟の戦争の諸条件と見通し」の内容を一部紹介したいと思います。

フランス革命戦争・ナポレオン戦争での戦術でエンゲルスが注目したものに散兵がありました。
それまでの戦術において兵士は大隊ごとに戦列と呼ばれる密集隊形をとり、指揮官の号令によって集団的に部隊行動をとっていました。
いわば、兵士の仕事は指揮官が出す「横隊、前へ進め」、「横隊、止まれ」、「目標正面、控え銃」等の号令に従って動くだけであり、自らの判断に基づいて行動する余地は一切なかったのです。

しかし、当時のフランス革命軍が採用した散兵方式はこのような戦列と大きく異なる戦い方を可能にしました。
散兵は密集隊形をとらず、敵の射撃を避けるために散開しましたが、それだけ散兵は自分自身で判断する必要が増大しました。
ただし、散兵だと指揮官が部隊行動を統制しずらいため白兵戦闘には不向きであり、それゆえ19世紀以降も一部で戦列は使用され続けるのですが、エンゲルスはフランス革命戦争における散兵戦術の登場が近代以降の戦術にとって重要な意味を持っていると考えたのです。

その理由として、エンゲルスはこの戦い方は従来よりも部隊行動で大きな「運動性」を発揮することを可能にしたことを挙げています。
そして、この部隊行動の運動性を高めるためには、下士官と兵士の教育水準の向上が欠かせなかったことを指摘しています。
「しかし、この運動性には、兵士のある教養程度が必要であり、兵士は多くの場合自分自身でやってゆくことを知っていなければならない。斥候や糧秣徴発や前哨勤務等々がいちじるしく拡大したこと、兵士の一人一人に要求される積極的行動性がより大きくなったこと、兵士が各個に行動し各自の知力にたよらざるをえない場合がよりしばしば繰り返されること、そして最後にその成功は各個の兵士の知力や眼識および精力に依存している散兵戦の大きな意義などが、すべて、老フリッツの時代にくらべて、下士官や、兵士の、より大きな教養度を前提とする」(486頁)
斥候や歩哨等の勤務に当たる兵士は下士官の指揮の下で敵を捜索、監視し、場合によっては単独で戦わなければなりません。
軍隊としては基本教練に基づいて号令に反応するだけの兵士では不十分であり、自律的に思考し、状況を判断する能力を持つ兵士が大量に供給される必要がありました。
エンゲルスはこのような兵士が確保できた背景には当時のフランスの経済が発展し、国民の教育水準が他国と比べて向上していたためだと説明しています。

マルクス主義の唯物史観によれば、法的、政治的、社会的システム(上部構造)はいずれも経済的システム(下部構造)によって制約されます。
この学説を当てはめると、戦術の発達は戦術それ自体の発達として見なすのではなく、その下部構造の発達として理解する必要があるということが言えます。

無論、エンゲルスはこの論文を未完のまま残してしまいましたので、完全な立証ではないのですが、「現代の兵術に関して言えば、それはナポレオンによって完全に完成されている」ためであり、「現代の用兵はフランス革命の必然的産物である」とも述べられているように、このテーマが歴史的に重要な意味を持つことを(主にマルクス主義の視座から)示した意味で重要な研究であると思います(482頁)。

KT

文献情報
エンゲルス「1852年における革命的フランスに対する神聖同盟の戦争の諸条件と見通し」『マルクス・エンゲルス全集』大内兵衛、細川嘉六監訳、第7巻、大月書店、1961年、477-501頁

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