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2015年7月5日日曜日

文献紹介 第一次世界大戦での戦術の進化


第一次世界大戦は近代的な陸軍戦術の原型が始めて具体化された戦争であり、現在の戦術を考える上でも貴重な手がかりが数多く含まれています。
今回は、戦術の研究で知られた陸軍少将バルクにより執筆された第一次世界大戦に関する研究を紹介したいと思います。

文献紹介
Balck, W. 1922(1911). Development of Tactics: World War, Bell, H., trans. Fort Leavenworth: General Service Press.

目次構成
序論
1.平和の訓練と戦争の現実
2.機動戦
3.西部戦線における陣地戦、1914年-1917年
4.東部戦線とイタリア戦線における戦争
5.戦争における戦技
6.陣地戦における防御戦闘
7.限定的目標に対するドイツ軍の攻撃
8.機関銃
9.歩兵の攻撃
10.世界大戦の前の騎兵
11.砲兵
12.1918年
結論

戦術の基礎は教練(drill)にあります。どれだけ時代が進んだとしても、教練が兵士を諸制式を学ぶための出発点であり、あらゆる部隊行動の基礎であることには変わりはありません。(基本教練の概要については過去の記事を参照して下さい)

著者が「私たちは、検閲のためではなく、戦争のために教練を発達させるのである」と述べたように、部隊教練を戦争の現実に適合するように手直しすることが極めて重要となります(Balck: 1922: 14)。
それがゆえに、第一次世界大戦で戦闘様相の変化に直面した各国陸軍は戦闘教練の抜本的な再検討に取り組まなければなりませんでした。

バルクが注目した事例の一つにフランス陸軍の取り組みがあります。塹壕戦の膠着状態を打破してドイツ軍に対抗するため、フランス軍は戦術を基礎から見直し、特に歩兵部隊の火力を運用するための戦術を大幅に刷新しています。

第一次世界大戦が勃発した当初、歩兵部隊は味方の砲兵と連携しながら攻撃をしていました。
つまり、歩兵部隊は敵の防御陣地が味方の砲撃で破壊された後に攻撃を開始していました。
確かに敵の防御陣地をあらかじめ破壊することができれば、歩兵部隊が前進する上で有利だと考えられますが、実際に砲撃を受けた敵は攻撃の企図を事前に察知することが可能であり、また突撃支援射撃で破壊可能な防御陣地は相対的に少数でした。

したがって敵に対する奇襲を成功させるためには、歩兵部隊が独力で突撃を実施する他ありません。
1916年のフランス軍では戦闘の基本単位となる大隊が3個歩兵中隊、1個機関銃中隊で編成されていました(Balck 1922: 39)。

次の図は第一次世界大戦が勃発して間もない1915年から1916年にかけてフランス陸軍で採用された部隊教練の大隊隊形を図示したものです。
攻撃態勢にある歩兵大隊の陣形の概観。
前方の左翼から第一、右翼に第二、後方に第三中隊が配置されている。
大隊長の位置は各中隊の中間であり、攻撃正面は400から500メートルに達する。
(Balck, 1922: 41)より引用。
戦術的な観点から見た場合、この隊形の特徴は正面より縦深が重要視されていることです。
前面に展開する第一、第二中隊の兵士たちは敵の陣地に対して六度にわたって波状攻撃を仕掛けることが可能であり、さらに第三中隊が予備としてこれに続行することになります(Balck 1922: 40)。
このような隊形をさらに詳細に見ると、部隊行動の最小単位として中隊を構成する小隊よりもさらに下位の分隊が位置付けられている点です。
これは戦闘では大隊長の作戦方針を基礎とするとしても、現場においては分隊長の指揮が重要性を持つことを意味しています。

また、関連する戦術上の興味深い変化として、この時期から兵士たちに開けた場所で射撃するのではなく、地形地物に適応した姿勢や態勢で射撃することが徹底されるようになったことが指摘されています(Balck, 1922: 40)。もはや、大隊として一斉に前進するような動作は放棄されており、また陣地攻撃に伴う損害を抑制するために、これらの措置はいずれも重要な意味を持っていました。

最後にまとめると、バルクは第一次世界大戦における各国陸軍の戦術の変化について数多くの記述を書き残し、それにどのような戦術的な意味があったのかを考察しています。
現代の陸上戦闘が基礎とする戦術の原点が第一次世界大戦にまでさかのぼることを示唆する興味深い著作です。

KT

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