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2014年11月22日土曜日

論文紹介 いかに作戦を命名するのか


読者の皆様には歴史上の作戦の名前で特に印象深く記憶しているものがあるでしょうか。

作戦を命名するという慣習は戦争についての広報という側面が密接に関係しており、一種の心理作戦の様相も備えています。

今回はそうした観点から作戦の命名について歴史的に考察した論文を紹介します。

文献情報
Sieminski, G. C. 1995. "Art of Naming Operations," Parameters, (Autumn): 81-98.

目次
1.世界大戦における作戦
2.認識形成のための略称使用
3.朝鮮戦争での作戦
4.ベトナム戦争での作戦
5.ポスト・ベトナムの自動化
6.ジャスト・コーズ、それとも無意味なメッセージか?
7.砂漠の盾からシー・エンジェル
8.作戦を命名するためのガイドライン

この論文の主要な特徴は作戦の命名というテーマを歴史的に考察することによって、作戦に付与される名称を適切に選択することの重要性を情報戦略の観点から論じていることです。

著者の調査によれば、軍事史において幕僚が作戦を命名し始めたのは第一次世界大戦からのことであり、特に1916年から1918年という戦争末期の2年間以降のことでした。

当初、ドイツ軍は作戦を秘匿するためにこれを実施していました。しかし、作戦に秘匿名(Code Name)を命名しておくと、過去の作戦の事例を参照する上でも便利であることが判明しました。

また、各部隊の戦闘行動を同時に整合させる作戦術がこの時期に成立したことも関連していると著者は指摘しています。

ただし、当時のドイツ軍では作戦の名称は覚えやすいことが優先されており、あまり印象深さやメッセージ性というものを考慮していませんでした。

例えば1918年の西部戦線における春季攻勢で用いられた作戦の名称は、聖ジョージ作戦、ローランド作戦、マルス作戦などがあり、ヨーロッパの知識人にとってはなじみ深い聖書や神話の固有名詞から選択されていましたが、作戦の内容と直接的に関連付けられた名称というわけではありませんでした。

作戦の名称という問題を情報保全とは全く異なる観点から考察した最初の人物として著者が挙げているのはウィンストン・チャーチルです。
文学の才能も備えた政治家チャーチルは、作戦の名称を考案することについて並々ならぬ熱意を示していたことが紹介されています。
「チャーチルは作戦の秘匿名に魅惑されており、主要な作戦の全ての秘匿名を個人的な判断で選択した。彼は何が適切な作戦名であるかということについて明確な考えを持っていた」
著者が事例として挙げているのは、アメリカ軍によるルーマニアの油田地帯に対する空爆を実施する作戦の事例です。
この作戦には当初、アメリカ軍で「石鹸水作戦(Operation Soapsuds)」という秘匿名が付与されていました。

しかし、チャーチルはイギリス軍の幕僚を通じてアメリカ軍の司令部に圧力を加え、「数多くの勇敢なアメリカ人が危険を冒し、または命を落とす作戦に与えられる名称として不適切である」という理由から「潮浪作戦(Operation Tide Wave)」に変更させたという事例があります。

さらにチャーチルほど頻繁ではなかったようですが、第二次世界大戦におけるドイツ軍の作戦の秘匿名の選択でもしばしばヒトラーが介入した事例があるようです。

しかし、ヒトラーの秘匿名はしばしば作戦の内容それ自体を暴露する問題点があったことが分かっています。
その有名な事例が「アシカ作戦(Operation Sea Lion)」という秘匿名であり、著者はその秘匿名からドイツがイギリスへの侵攻作戦を準備していることが察知された経緯について言及しています。

この点に限定すれば、チャーチルの命名の方が優れていたと言えるかもしれません。

第二次世界大戦以後、チャーチルが持ち込んだ慣習がアメリカ軍でも定着しただけでなく、国民に対する広報の手段として重要であると考えられるようになります。

朝鮮戦争でアメリカ軍を指揮したリッジウェイはサンダーボルト作戦(Operation Thunderbolt)、リッパー作戦(Operation Ripper)などの秘匿名を用いて隷下部隊の士気を高揚させるように着意していました。

しかし、こうした作戦の秘匿名はアメリカ本土での新聞や雑誌で見出しを飾るようにもなったため、キラー作戦(Operation Killer)が実施された時には国民の間で作戦に対するイメージが悪化し、問題となってしまいました。

このような国民に対する軍部の広報という問題はベトナム戦争でも見られました。

マッシャー作戦(Operation Masher)では大規模な掃討作戦が実施されたのですが、この作戦はマスメディアでの注目度が非常に高かったために、当時のジョンソン大統領はこの作戦の秘匿名が暴力的な意味合いが強すぎる考えました。

その結果、この作戦については「ホワイト・ウィング作戦(Operation White Wing)」に訂正させています。
これも国民に対するイメージを重視した結果だと言えます。

最後に、著者は現在、アメリカ軍では作戦の命名規則について国防総省規則5200.1-Rで正式に次の四つを定めていることを紹介しています。
1.意味深い名称にせよ。
2.重要な聴衆を特定して狙いを持たせよ。
3.流行に対して慎重となれ。
4.記憶されやすい名称にせよ。

第二次世界大戦以後の軍事作戦にとって広報という問題がどれだけの重要性を持つようになったかということを、多くの作戦名の事例から明らかにしたことがこの論文の成果と言えます。

KT

追記
本記事は読者の皆様のご希望により作成し、誤字についても指摘を頂きました。読者の皆様に心からのお礼を申し上げます。

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