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2014年7月3日木曜日

大英帝国の精鋭、王立海兵隊

通常間隔で一列横隊に整列する英国王立海兵隊の隊員、1976年1月。
国際関係において国家が排他的に所有する最も重要な資産とは領土であり、それをなくしては国家として存続することはできないことは今も昔も変わっていません。

中でも離島のような領土を防衛するには、特別な考慮が必要です。敵によって離島が占領された場合には水陸両用作戦を行わなければならないためです。

今年2014年に陸自の西部方面普通科連隊に水陸機動団が編成され、日本の水陸両用作戦の能力向上が進められていますが、しかし直ちに実戦に投入できる段階にはなく、また水陸両用作戦に関する国民の理解も十分な水準にあるとは言えません。

ここで紹介したいのはイギリスの海兵隊の歴史です。いかにして海兵隊が編成され、どのような運用がなされていたかを知ることが有益です。

歴史的に見て、イギリスで正式に海兵隊が創設されたのは1664年のことでした。
文献によれば、その部隊はまず女王に直属するロードジェネラル近衛歩兵連隊で選抜された要員を基幹としていたそうです。
新たな連隊に与えられた名前はデューク・オブ・ヨーク・アンド・アルバニー海上歩兵連隊、これがイギリス最古の海兵隊として知られています。

18世紀にイギリスが世界各地で支配地域を拡大する際には、この国王に直属する連隊は重要な役割を果たしました。
有名な戦闘として七年戦争にブルターニュ半島の離島、ベル・イル・アメン・メール島を攻撃して占領した事例が挙げられます。

この部隊が現在の名称、「王立海兵隊」に正式に改められたのはジョージ3世の時代のことです。
現在もイギリスの王立海兵隊は海軍の一部ですが、19世紀には艦艇の艦内規律を維持する憲兵としての任務も果たしていました。
そして着上陸作戦の決行の際には王立海兵隊は一般の水兵から組織された陸戦隊を連れて出撃したのです。
以前にも少し述べましたが、海軍の戦略は海上を支配する戦略と海上から陸上を支配する戦略の二つの要素に分かれますが、海兵隊は後者の役割を担っていたことが言えます。

第一次世界大戦の事例でも王立海軍師団(第63師団)が編成されており、この師団の一員として王立海兵隊員がアントワープやガリポリで戦闘に参加したことはよく知られています。
また第二次世界大戦で最初にイギリス軍とドイツ軍が交戦したノルウェーのナムソスの戦闘にも投入されました。

1945年後に王立海兵隊の任務は特殊作戦が重点化されるようになり、アフガニスタンにも派遣されています。
その一方で、フォークランド紛争での着上陸参戦にも参加しており、伝統ある部隊として今もイギリス軍の水陸両用作戦の能力に貢献していると言えます。

王立海兵隊の歴史を見て気が付くことは、水陸両用作戦は歴史的に海軍の任務だったということです。これは指揮の統一という軍事の原則から説明できます。つまり、水陸両用作戦は海軍の海上優勢が前提の作戦なので、海軍の内部で作戦が完結するほうが作戦の進行が円滑になります。

最後に、日本の水陸両用作戦を考える場合、この点は決して軽視できない問題を提起します。
なぜなら、日本においては「水陸両用作戦」と「統合作戦」を同時並行で行う必要が生じるためです。

上陸地点や時期の選定など作戦計画の内容をめぐって陸自と海自、そして恐らく空自の見解が異なる状況はありえることです。
例えば陸自からすれば上陸後の行動が重要ですが、海自にとっては上陸前の展開に注意が向けられますが、もし上陸の地点や時期で陸自と海自で方針が異なる場合、統幕の強い権限、つまり統合作戦における指揮の統一が必要です。

水陸両用作戦に伴う危険は必ず誰かが引き受けなければなりませんが、それは組織の問題ではなく作戦の問題として処理しなければいけません。


参考文献
Thompson, J. 2001. The Royal Marines, From Sea Soldiers to a Special Force, London: Pan Books.


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