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米海軍の即応態勢を劣化させた原因の究明が進められている

9月1日、防衛研究所が2020年8月号のブリーフィング・メモとして「米海軍の即応態勢は何で決まるか」と題する資料を発表しています。 米国政府の報告書を検討し、 最近の米海軍の水上部隊の即応態勢を悪化させている要因を明らかにしようとする内容です 。水上部隊の戦闘力の維持を考える上で興味深い内容だったので、その要点をまとめて紹介します。 押手順一「米海軍の即応態勢は何で決まるか:艦艇、乗員、工廠、展開計画」ブリーフィング・メモ、防衛研究所、2020年8月号 このブリーフィング・メモが興味深いのは、これまで国防予算を議論する際に前提とされてきた考え方を見直す必要があることが示されている部分です。 これまでの海軍整備計画の議論では、艦艇数や乗員数は部隊の量を、装備の近代化は部隊の質を、そして艦艇の整備や乗員の訓練は部隊の即応態勢を決める要素と見なされてきました。この考え方に従うならば、それぞれの要因が独立して戦闘力に影響を及ぼすので、部隊の規模を抑制したとしても、装備の近代化や即応態勢の強化を十分に実施しておけば、部隊の戦闘力を結果として維持できると考えることができます。 しかし、(1) 兵員や艦艇の数だけで戦力の規模を見ることができないこと 、そして(2) 戦力の規模をある程度確保しなければ、即応態勢を維持することも難しくなること が、この資料で解説されており、やはり戦力の数的規模を十分に確保しなければ、即応態勢を維持することが難しいとの見方が示されています。 まず、部隊の規模についてですが、海上戦力の規模を決める艦艇の数に関して、米海軍は長期にわたって削減を進めてきました。米ソ冷戦が終わる1990年代までの米海軍は500隻から900隻ほどの艦艇を保有していましたが、2015年に271隻にまで削減されており、2020年でも298隻しか保有していません(p. 2)。海外に展開する艦艇の規模は約100隻と変化していないのですが、米海軍の戦力全体の中で海外展開に従事する艦艇の割合は大幅に増加していることが指摘できます(Ibid.)。それだけ艦艇を長期にわたって展開する必要が出てくるため、艦艇の損耗も激しくなり、整備の負担も増加しやすくなります。これは即応態勢を維持する上で障害となる問題だと指摘されています(Ibid.)。 戦力規模を決める乗員の数についてですが、こちらも米海軍で...

中国軍の近代化の成果が研究者によって評価されている

習近平政権は中国軍の大規模な改革を推進しており、その動向は世界中の専門家や研究者の注目を集めています。 特に米国では中国軍の能力を調査しているため、この改革の影響が継続的に分析されており、2019年には米国防大学出版会から『 習近平主席が作り変える人民解放軍:中国の軍制改革を評価する(Chairman Xi Remakes the PLA: Assessing Chinese Military Reform) 』が出版されました。 文献情報 Phillip C. Saunders, Arthur S. Ding, Andrew Scobell, Andrew N.D. Yang, and Joel Wuthnow, eds.  Chairman Xi Remakes the PLA: Assessing Chinese Military Reform , National Defense University Press, 2019. これは米国防大学やランド研究所などの研究者が集まって行った2016年から2017年の研究会の成果をまとめたものです。論集として出版されているのですが、いずれの論文にも共通している特徴は、2015年から2016年にかけて習近平政権が主導した大規模な改革の軍事的影響を分析していることです。 2015年、中国軍に7個あった大軍区が5個の戦区に再編されることや、30万名の人員を大胆に削減することが決定されました。 また弾道ミサイルなどの装備を運用する第二砲兵がロケット軍という独立軍種として再定義され、宇宙作戦やサイバー作戦を遂行する戦略支援部隊が創設されています。 これ以外にも装備体系や教育訓練の刷新など、軍備の近代化に関するさまざまな改革が同時並行的に実施されています。 2017年10月の党大会で習近平は「2035年までに国防と軍隊の近代化を基本的には実現」すると明言しているので、この時期を目標に中国軍の戦闘力が最も高まるように改革を進めるものと予測されます。 この文献では改革が中国軍の戦闘力に与える影響が多面的に分析されているのですが、その結果はそれほど単純ではありません。 確かに中国軍は戦力を統合的に運用する能力を向上させ、将来の情報戦に適応する準備を進めていますが、まだ多くの課題が残されていることも事実です。 例えば、中国軍の...

学説紹介 どうすれば士気を高めることができるか

Staff Sgt. Katherine Spessa. Feb. 17, 2017.  士気(morale)は部隊に所属する各個人の心理状態を合わせたものであり、戦闘効率を高める重要な要因として位置付けられています。 統率力(リーダーシップ)を発揮して士気を高めることは、指揮官が任務を遂行する上で欠かすことができないといえます。 今回は、アメリカ海軍協会から刊行された統率論の参考書に沿って、部下の士気を高めるために必要な措置に関する解説を紹介したいと思います。 士気は小さいことの積み重ねである Lance Cpl. Sarah Stegall. Jan. 4, 2017.  Basic Warrior Training is a 48 hour training evolution that covers land navigation. 古来から軍人は士気を高めることの重要性を認識し、統率者の使命はこれを高いレベルに保つことだと考えてきました。 というのも、士気が低下すれば部隊の能力は低下し、転属や退職を願い出る者、規律を乱して事故を起こす者、最悪の場合には命令に従わないなどの重大な事態にまで発展する危険があるためです。 軍隊の戦闘力への影響で見れば、物理的要因の3倍の効果を心理的要因が及ぼすとナポレオンが主張したことは決して誇張ではありませんでした(アメリカ海軍協会、226-7頁)。 しかし、部下の士気を高めることは決して簡単な仕事ではなく、日頃の地道な取り組みがなければ士気を改善することができないと文献でも述べられています。 「「士気とは小さいことの積み重ねである」といわれている。これほど、この重要な要因を正確に表したものはあるまい。なぜならば、人間に満足感を覚えせしめるすべてのものは士気を増強し、個人としての人間を煩わすすべてのものは士気を低下せしめるからである」(同上、227頁) こうした士気の複雑性は、手っ取り早い改善策が存在しないことの裏返しでもあります。 士気とは究極的には各個人の心理状態に起因するものですので、生活状況、食事、住宅、規律、給与、職務内容のすべてが影響してきます(同上)。 こうした諸条件において、その個人が集団の一員として重要な働きをしてい...

敵前で休止するときは前哨を忘れずに

前哨(outpost)とは、休止する部隊がその敵方に向けて出す小規模な警戒部隊のことです。その状況の危険度に応じた兵力で主力を敵の監視や襲来から掩護することが前哨の役目です。 今回は、米軍の教範に沿って、最も危険度が大きい状況に用いられる戦闘前哨(combat outpost)の要領について紹介し、どのような戦術的考察がなされているのかを紹介したいと思います。 戦闘前哨の任務とは何か 戦闘前哨の配置例を示した状況図 前哨本隊の警戒方向に対して視界が良好な2カ所の地点に哨所を配置している (FM 3-90-2: 3-24) 戦場といっても毎日間断なく銃弾が飛び交っているわけではありません。 特に動きがない時期もあり、にらみ合いが続くことになります。 しかし、ただにらみ合っているわけでもなく、実際には敵と味方が相手の戦力や配備を探ろうと斥候を密かに送り込むことが一般的です。 前哨はこうした敵の斥候を発見し、また可能であれば射殺、捕獲することによって、主力の安全を確保しているのです。 戦闘前哨はこうした前哨の機能に加えて、ある程度の規模の敵襲を受けても、主力が態勢を整えるまで、持ち堪えて時間をかせぐことが求められます。 それだけに、通常よりも強力な武器や装備を戦闘前哨は保有していなければなりません。 とはいえ、戦闘前哨の任務は自ら進んで敵と戦うことではありません。 あくまでも戦闘前哨は敵襲の可能性が高い地域で主力が敵から監視されることを防ぎ、また安全を確保することにあります。 「戦闘前哨は限定的な戦闘行動を遂行できる強化された前哨である。戦闘前哨を用いることは、その地域を監視することを妨げるほど険しい地形で警戒部隊を運用する技術である。戦闘前哨はより小規模な前哨では警戒区域に敵部隊が進出し、突破する危険に晒される恐れがある場合にも使用される。指揮官は戦闘前哨を用いることで、警戒区域の縦深を拡げることや、敵の主力を監視できるまで前方に我の前哨を保持し、または敵の部隊によって囲まれる可能性がある前哨の安全を確保できる」(FM 3-90-2: 2-24) 上図は戦闘前哨の配備の一例を示したものですが、中央の前哨本隊が敵方の警戒方向に向かって監視所を設けていることが分かります。 この場合、河川の対岸から通報を受けた前...

論文紹介 アメリカ軍を蝕む士官の知的水準の低下

軍隊の基礎は人であるとよく言われます。しかし、優れた人材を獲得し、これを適切に教育し、高い能力水準を維持することは容易なことではありません。世界で最高水準の戦闘能力を誇ると言われているアメリカ軍であっても、こうした問題に近年悩まされています。 今回は、アメリカ軍において人的戦闘力の劣化が知的水準の低下という形で進んでいることを指摘し、教育や人事のあり方を改革すべきであると主張した論文を紹介したいと思います。 論文情報 Matthew F. Cancian. 2016. "Officers Are Less Intelligent: What Does It Mean?" Joint Force Quarterly , Vol 81, No. 2, pp. 54-61. アメリカ軍の士官の知的水準の実態 著者の主張によれば、アメリカ軍に入隊してくる士官候補生の平均的な知的水準は近年ますます低下する傾向にあり、将来的に高級士官として勤務できる人材が不足する可能性が出てきています。 さまざまな根拠が示されていますが、例えば第二次世界大戦に海兵隊が士官候補生に要求した学力水準を現在に適用すると、現在の多くの海兵隊士官がこれを満たすことができないことが指摘されています。 「アメリカ軍は、21世紀の戦いの複雑性に必要とされる指導者を獲得することができていない。この問題は「将来の兵力(Force for the Future)」計画において中心的な役割を果たしたが、現在はそれを裏付ける確固とした証拠がいくつかある。情報公開法の申請に基づいて得られたデータによれば、1980年以来、海兵隊の新しい士官の知能は着実に低下している。2014年に任官した新たな士官の3分の2の学力水準は、1980年の分類で下から3分の1に当たる。2014年の新しい士官の41%は、第二次世界大戦に設定された基準で士官になる資格がなかった。同様に、その人員配置の最終段階において、究極的には高級士官になるであろう極めて理性的な士官が少なくなっているのである」(Cancian 2016: 54-5) ちなみに、海兵隊だけでなく陸軍でも同様の傾向が生じており、陸軍士官候補生に対する調査では、1990年代後半以降になって学力の低下が進行し始めていることが確認されています...

論文紹介 クルスクの戦いは軍事理論で説明できるか

軍事学が取り組む課題の一つに、ある条件の下で発生した戦闘の勝敗や損害を説明したり、事前に予測することがあります。地形や兵力等の諸条件からその戦闘の結果をうまく説明できれば、それは学術的に価値があるだけでなく、軍事教育の現場でも役に立ちますし、ある事態が生起した場合に国家として確保すべき兵力の規模やそれに見合った予算の規模を見積もることも理論的には可能となります。 今回は、軍事理論の中でも火力評点アプローチを応用し、第二次世界大戦のクルスクの戦い(battle of Kursk)の結果を説明できるかどうかを検討した研究を紹介したいと思います。 文献情報 Ramazan, Gozel. 2000. Fitting Firepower Score Models to the Battle of Kursk Data , Master's Thesis, Monterey: Naval Postgraduate School. 火力評点アプローチとは何か まず、この研究の狙いについて著者は次のように説明しています。 「戦闘単位のレベルによって戦闘モデルは2種類に分類される。一つ目はそれぞれの戦闘車両または兵士が単位として明確に表現される高分解能な戦闘モデルがある。二つ目は低分解能(集約的)な戦闘モデルであり、これは大隊以上の規模の部隊が単位である。集約の問題は、長年にわたって多くの研究者が取り上げてきた。損害の方法論に関する多数の研究では、ランチェスターの法則のような主題から、歴史的、工学的、経験的なデータソースの対立といった主題、さらに火力評点のような評点体系の組み合わせに関する主題があった。本稿が主とする目標は、低分解能(集約的)な戦闘モデルにおける消耗の問題に対して火力評点のアプローチが持っている妥当性である」(Ramazon 2000: xxiv) ここで著者が述べている損害の問題とは、その戦闘で発生する人的、物的な損失のことです。損害の規模は戦闘でもたらされる結果の中でも最も重要なものであり、彼我の損害の大きさの比率は戦闘の勝敗にとって決定的な意味を持っています。 火力評点(firepower score)アプローチは軍事理論で部隊の能力を数値化する手法の一種のことをいいます。ある基準に基づいて付与された武器の価値を部隊ご...

不眠不休の軍隊は敗北する

戦闘を遂行するに当たり、指揮官は部隊の健康状態を適切に管理し、その人的戦闘力を維持する必要がありますが、そのために気を付けなければならない問題が睡眠時間の確保です。 睡眠の剥奪が健康状態に与える影響は極めて大きいことは知られていますが、それが部隊の戦闘力に与える影響については必ずしも十分に議論されておらず、具体的な数値が示されることも多くありません。 今回は、野外衛生の観点から睡眠剥奪のリスクについて説明した米陸軍の野外教範の記述を紹介し、それが人的戦闘力に及ぼす影響について考えてみたいと思います。 睡眠剥奪の心理的影響 米陸軍の教範では、戦闘ストレスを軽減し、部隊の人的戦闘力を維持する上で、睡眠の重要性が指摘されています。その具体的な症状がいくつか紹介されています。 ・(最後の睡眠から)24時間後:不十分または新規に学習した活動、単調な活動、警戒を要する活動の効率が低下 ・36時間後:情報を記録し、理解する能力の著しい低下 ・72時間後:あらゆる活動の効率が通常と比較した場合に50%の効率に低下 ・3日から4日後:精神的、身体的要素を含めて、集中的な作業に制約があり、特に生物化学兵器などを用いた状況においては、この段階またはそれ以前から幻覚が発生する可能性あり ・特に0300時から0600時は一日の中でパフォーマンスが最も低下する時間帯(FM 3-21.10:A-13) 睡眠不足の症状として特徴的なのが、血走った目、支離滅裂な発言、ふらつき、顔面蒼白、茫然自失などですが、それ以外にも士気の低下(環境に対する無関心や、活動レベルの低下)、記憶の喪失、言語の不明瞭、情報を理解する所要時間の増加、短期記憶の喪失、集中力の欠如、標準作業の間違いなども生じてきます(Ibid.)。 睡眠の不足は第一線で戦う兵士の戦闘ストレス耐性を低下させる恐れがありますが、さらに影響が大きいのが指揮官に対する影響です。 教範によると、「素早い反応、複雑な推論、詳細な計画立案を要求されるため、指揮官は睡眠剥奪の影響を最も受けやすい。指揮官は睡眠をとらなければならない。自制心のある指揮官は、睡眠を取らないことは逆効果であると認識し、睡眠をとるための措置をとるものである」(Ibid.)と述べられています。 適切な睡眠時間を奪われた場合、最初に制約を受けるの...

戦闘陣の正しい使い分け方

戦闘で任務を遂行するためには、その部隊の能力が適時適所で発揮できるように配置されていなければなりません。戦術学の研究では、戦場で部隊を配置する方法を戦闘陣(combat formation)として区別します。これは戦術を理解する上で非常に重要なポイントであり、さまざまな戦史を理解する手がかりともなる論点です。 今回は米軍の教範で示された分類方法に基づいて、その代表的な戦闘陣のいくつかを紹介することにし、その利害得失について一般的に説明してみたいと思います。 なぜ戦闘陣は重要なのか 戦闘陣の適否は任務、敵情、地形によってさまざまな仕方で変化してくる。 特に地形は選択可能な戦闘陣を直ちに規定する要因であり、起伏が険しく、また視界が狭まるほど、部隊を統制しにくくなる傾向が生じてくる。さまざまな状況に即した戦闘陣を使い分けることができることは戦術能力の重要な要素である。 戦術は戦闘において任務を遂行するための部隊の行動を規定するものですが、戦場のどこに部隊を配置するのかという問題は非常に重要です。 「戦闘陣は上級指揮官の企図及び任務に適応した態勢を保ちながら戦場で部隊が移動することを可能にするものである。部隊は攻撃が進展する間に複数の戦闘陣に展開することができるが、それぞれの陣形には利点と欠点がある。また、その特定の状況を考慮しながら、戦闘陣を構成する隷下の部隊も各々で戦闘陣を展開できる」(FM 3-90-1: 1.26) 例えば、ある師団が攻撃、前進する場合でも、漫然と手持ちの部隊を戦場で横一列に展開させることは危険です。 そのような陣形を形成すると、戦闘正面が増大して両翼が過剰に離れてしまいます。また戦闘が始まってから敵が味方の一翼に戦力を集中させてきても、味方の部隊は第一線に展開して交戦中となるため、増援として用いれる部隊がない状態になります。 敵の動向をいち早く察知するための前衛や側衛、後衛を区分し、その上で部隊の大部分を主隊として温存しておかなければなりません。しかし、その組み合わせ方も任務、敵情、地形によってさまざまに変化するため、一概にこの陣形が最良ということはありません。それゆえ、歴史を通じて国力国情に応じた戦術を具体化する戦闘陣の研究が重ねられてきました。 日本語の文献で戦闘陣の意義を述べたものはあまり見られませんが...

戦争で味方に休養を取らせるための戦術

戦術学において、宿営とは部隊がその戦闘力を回復もしくは充実させ、事後の行動を準備する目的で行進を停止し、長時間にわたって休養させている状態、またはその状態に至る行動をいいます。 宿営の基本的な分類は、既存の建物で行う宿営である「舎営」と野外で行う宿営である「野営」という二分法です。 しかし、後者の野営に関しては作戦天幕や携帯天幕などの装備品を展開し、部隊や装備を一時的に保護する簡易式の施設を構成する「幕営」と、それらを使用しない「露営」に細分化することもできます。 宿営の基本的な要領の多くは、趣味として広く知られているキャンプと本質的に同じですが、敵襲を想定して行う点が決定的に異なります。 今回は、戦術研究の観点から宿営を考える際に、どのような問題があるのかを説明してみたいと思います。 宿営地は本質的に野戦陣地でなければならない ハイチで幕営を行っている米海軍の部隊。 長期にわたる作戦において宿営は重要な問題であり、特に戦時に行う宿営では兵站上の考慮だけでなく、戦術上の考慮も必要となる。 敵地に赴いた部隊をいかに安全に休養させるかという問題は、指揮官にとって切実な問題です。特に部隊の行進がもっぱら徒歩行進に頼っていた時代の戦争では、兵士が長い行進で疲れ果てると落伍してしまう恐れもあるため、戦場で本来の能力を発揮できなくなるためです。 そこで指揮官は行進の途中で宿営を実施し、戦場に到着する前に部隊の戦闘力が失われないように注意しなければなりません。 しかし、敵地を行進する味方の部隊は宿営している最中に敵の襲撃を受ける危険があります。夜襲を受けるようなことになれば、小規模な敵襲でも味方の部隊から大きな損害が出るかもしれません。 宿営地が全体として防御陣地となるように着意して構成することが指揮官に求められます。 政治学者であり、軍事学者でもあったマキアヴェリは、この問題を検討する際に、古代ローマ軍の宿営要領を紹介しています(マキアヴェリ「戦術論」233-43)。 ローマ軍を描いたレリーフ。規則的に並んでいる天幕を取り囲んで防壁が構築されている。 宿営地の防備を適切にするために野戦築城が必要なことは、いつの時代の戦場でも変わらない。 それによれば、ローマ軍は宿営地を基本的に方形に構成し地形に応じて東西南北に走る交通路と...

はじめて学ぶ築城学の基本基礎

日本にも各地に城塞が残っており、こうした史跡を観光資源として活用するために改めて調査研究する取り組みも活発に見られます。 しかし、こうした城塞の研究を進める上で基礎とすべき築城学の文献はそれほど多く流通していないため、理解を深める上で障害となっている部分があるのではないかと思います。 築城(fortification)とは、我が部隊の防護性を向上させ、かつ戦闘力の発揮を容易とするため、土地に対して施す工事、またはその工事によって構築される掩体等の各種構築物の総称であり、築城学はその研究をいいます。 築城の意義は戦闘を戦闘で所要の地点を味方が防御することを助けることにありますが、築城の形態や規模は与えられた任務や利用できる物資、また周囲の状況によってさまざまです。 最も一般的に分類すると、あらゆる築城は平時から計画的に工事を実施して構築される永久築城と戦時に一時的、応急的に構築される野戦築城の二種類に分類されます。 今回は築城学の基本である野戦築城を中心に、その基本知識を簡単に説明し、より深く城塞について研究して頂く上での参考にして頂ければと思います。 掩体の基本的な構造と特徴 築城学でよく使用される専門用語の一覧。 用語の解説のための掩体の断面図だが、各辺の大きさは強調または短縮している。 ここで示しているのは19世紀から20世紀前半まで見られた典型的な堡塁構造の断面図である。 現在の個人用の掩体では外壕を設けず、積土、本体部、通路部で構成する。 ここで示した築城用語に関する個別の解説は(Mahan 1852)を参照。 野戦築城の基本的な要素となるのは掩体です。 掩体の目的は火力の発揮または監視や観測を容易にし、かつ敵の火力から人員、武器、装備を防護することであり、一見すると土が周囲に盛られ、大人が全身を入れることができるだけの大きさを持つ穴のようにも見えます。 基本的に野戦築城では掘開した土を積土として射手の前方に設置します。米軍では掘開深さの目安は小銃の全長の二倍と指導することもあるようです。 掘り返した土を周囲に盛り、その斜面を緩やかにすれば、少ない積土でも厚みを増すことができます。ただし、この場合には積土は低くなるという欠点があり、より深く掘らなければなりません。 しかし、斜面の角度を急にして積土高を高くし...

論文紹介 ノルマンディー戦役で考える火力の重要性

軍隊の作戦は、一般に火力と機動の組み合わせによって成り立っています。 戦域で部隊が展開されると、敵味方はそれぞれ有利な地域を確保しようと機動し、互いに接触すると歩兵、戦車、砲兵、航空機などの火力をその地点に集中し、相手よりも火力で優位に立とうとします。 このような争いが戦域の各所で繰り広げられる中、指揮官は絶えず火力を適切な地域に配分できるように注意しなければなりません。 今回は、このような作戦レベルにおける火力の重要性を理解するために、第二次世界大戦におけるノルマンディー戦役を取り上げて考察した研究を紹介したいと思います。 文献情報 Richardson, Sterling R. 1987. The Normandy Campaign: Firepower at the Operational Level , Fort Leavenworth: School of Advanced Military Studies, U.S. Army Command and General Staff College. 教範で見落とされている作戦と火力の関係 この研究は1944年7月から8月にわたって続いたノルマンディー戦役を火力の運用という観点から検討したものですが、そもそも著者がこの問題に注目した理由には、当時のアメリカ陸軍の教範の問題がありました。 当時のアメリカ陸軍の野外教範FM100-5では、軍隊の戦闘力を形成する要素として火力、機動、防護、統率が挙げられていました。そこでは各級部隊はそれぞれ能力を発揮して任務を遂行するように述べられており、具体的にその要領について説明されていたのです。 著者は旅団や大隊のような下級部隊での火力の重要性に関しては具体的に述べられていると認めていますが、しかしより上級部隊である軍団のような作戦レベルに議論が及ぶと十分な説明が見られないことを指摘しています(Richardson 1987: 1-2)。 軍団という部隊は陸軍の編成でいうと軍よりも下位、師団よりも上位に位置付けられ、2個以上の師団で編成されるために(状況にもよりますが)3万名から4万名以上の規模となります。 これだけ大きな部隊の規模になると、指揮官はその攻撃目標や接近経路を示すことが重要だと考えられていたために、火力をどのように調整、配分、...

論文紹介 戦術を科学と見るのか、技術と見るのか

戦術とは、どこまで科学的、客観的に研究可能なのでしょうか。 軍事科学の歴史を振り返れば、戦術は本質的に技術であって、科学ではありえないという考え方と、それに反対する考え方との間で長い議論が展開されてきました。 今回はこのような論点を考える上で、冷戦期における米ソの戦術に対する考え方に注目した研究を紹介したいと思います。 文献情報 Fastabend, David A. 1987. Fighting by Numbers: The Role of Quantification in Tactical Decision Making , Fort Leavenworth: School of Advanced Military Studies. 著者は冒頭で戦術をめぐる根本的な見解の相違について取り上げています。 「戦術的天才はその技術によるものなのか、それとも科学によるものなのか。戦術という技術の直観的な要求と戦術という科学の定量的考察との間の緊張関係は、米陸軍の戦術的意思決定に関する教義、規則における難題であった」(p. 1) 著者はこのような問題を踏まえた上で、米国とソ連の戦術観に大きな相違があることを指摘し、それらを対比して示しています。 すなわち、米国における戦術の考え方では戦術を「技術」と見なす立場がより強く、また科学として戦術を考える立場は相対的にソ連の方が優勢である、という相違が見られるのです。 著者によれば、米国の士官が戦術をそれほど科学的なものとして見なしておらず、教範でもそのような立場が採用されている背景には、物量の優位に頼ることができるという米国の国力が関係していると考えられています。 そのため、戦術上の問題解決において定量的アプローチはそれほど重視される必要がありません。 少なくとも戦術を科学的に研究することが現場で要求されることは滅多にありません。 しかし、著者によれば、ソ連の士官たちは全く異なった観点から戦術を考えており、戦術は技術ではなく一種の科学であると見なしています。 ソ連では独ソ戦の経験を踏まえ、部隊の利用可能な資源を最適に配分することの戦術的な重要性について共通の認識を持たれていることが関係していると著者は考えています。 例えば、ソ連軍の教範では相対戦闘力において数的優勢を確保するた...

適切な行進こそ戦略の最重要事項

戦略は政治的目的を達成するために軍事的手段を適用する方法を意味します。 戦争で政策上の目標を達成するために軍事力を使用するには、作戦地域の重要な地点に部隊を前進させることが不可欠です。 つまり、私たちは行進が戦略上の手段であることを認識しなければなりません。 ある地点から別の地点へと部隊を移動させる方法がどれほど優れているかによって、戦闘において敵よりも優勢な勢力で交戦することができるかどうかが決まってしまいます。 もし全体として敵国よりも優秀な武器と多数の兵士を保有しているとしても、戦場となる場所に集中させることができなければ意味がありません。 このことは クラウゼヴィッツ の議論でも明らかにされていることです。 「行進は、戦略がその有効な原理と見なすところの戦闘を、戦場において適宜に配分するいわば道具である。ところで戦闘は、行進の経過をもって始まるのではなくて、行進の結果をもって始まるのである」(クラウゼヴィッツ、上147頁) 戦略家は部隊を所定の地点まで行進させますが、それは単に目標とする場所への移動ではなく、敵の部隊もまた移動することを考慮しなければなりません。 自国の作戦基地から出発して敵地の首都を目指して前進しなければならない場合、どこで敵の部隊と接触するのか、いつまでに味方の部隊をそこに集結させなければならないのか、そしてどのような経路、どのような編成で行進を実施させるのか決断する必要が出てきます。 これらの決定は作戦の成否にとって重要な意味を持っています。 一例として、クラウゼヴィッツはナポレオンのロシア遠征作戦を挙げて検討を加えています。 1811年6月24日にフランス軍がニエメン川を渡河した際には301,000名の兵士を数えていました。しかし、8月15日にナポレオンはフランス軍の13,500名をスモレンスクへと派遣していますので、モスクワに到達した部隊の規模は287,500名という計算になるはずです。 しかし、実際にモスクワに到着したフランス軍の人員は182,000名に過ぎません。つまり、損害は105,000名と算出されます。 途上での戦闘は二回ありましたが、それらの戦闘の損害の推定値はおよそ10,000名であるため、52日間に70マイル前進するための連続的な行進によって落伍者、疾病者など95,000名の...

いかに陸軍の戦闘陣形は拡大してきたか

戦闘陣形(battle formation)は作戦地域において部隊の配置、展開を規定するものであり、戦術的な分類としては縦陣や横陣、斜行陣などの種類があります。 しかし、今回は戦術上の戦闘陣形ではなく、戦略単位となる部隊、つまり師団以上の規模の部隊が採用する陣形について考えてみたいと思います。 古代から現代にわたる戦闘陣形で最も顕著な変化は、時代が下るにつれて兵士の密度が低下する傾向です。 先行研究によれば、古代の陸軍で100,000名の兵士が戦場に展開する場合、その正面はおよそ6.67キロメートル、縦深は0.15キロメートルほどでした(Dupuy 1985: 28)。 このような戦闘陣形が採用されていた理由としては、古代から中世にかけての部隊行動では白兵戦闘能力が重要視されていたことが挙げられます。 白兵戦闘では交戦距離が1メートル以下となりますので、兵士各人の側面や背後を相互に掩護するためには部隊を密集隊形にまとめておく必要がありました。さらに加えると、部隊の指揮官が部下の状態を掌握する上で、兵士たちをまとめておくことのほうが望ましいという理由も挙げられます。 しかし、火器の導入によってこうした戦闘陣形には問題が出てきます。 兵士たちが部隊として密集していると野戦砲やマスケットで射撃を受けた場合に損害を受けやすく、例えば野戦砲が部隊に対して一発の命中弾を送り込むと縦に並ぶ兵士たちが一度に吹き飛ばされるという脆弱性が認められました。 こうした理由から、ナポレオン戦争の時代には100,000名程度の部隊が展開した正面は2.5キロメートル、縦深は8キロメートルにも拡大していきます(Ibid.)。 これだけの空間に部隊が展開すると、25.75平方キロメートルが占有される計算となります。 さらに第一次世界大戦の時代に移ると100,000名の展開する空間の広さはさらに拡大しました 正面は20,83キロメートル、縦深は12キロメートルに達しました。これらの数値から計算すると、部隊が占有する面積は247.5平方キロメートルにも及びます。 この時期に導入された機関銃、戦車、航空機、化学武器などに対処するためには、部隊を戦場に分散させることが必須の条件となっていました。 現代の私たちがイメージする陸上作戦の原型はこの時期に出現していたと考...

学説紹介 戦闘で兵士の内面で何が起きるのか

戦場から戻ってきた兵士はその経験を生涯にわたって忘れることはありません。 その経験は兵士でない人々にとって理解しがたいことが多く、退役軍人は社会復帰しても深い孤独感にさいなまれることがしばしばあります。 軍事心理学の研究者たちは、戦闘という経験が兵士の心身の健康状態にどのような影響を与えるのかを長年考察してきました。 今回は、マーシャルとシャイの研究成果を紹介し、それらに基づいて戦闘経験が精神状態に与える影響を考察したいと思います。 戦闘ストレスから逃れようとする兵士 第二次世界大戦、太平洋戦域で従軍する米軍の兵士たち。マーシャルの研究によって実際に戦闘行動に参加して射撃している兵士が極めて少数であることを解明し、その後の戦闘訓練の考え方に大きな影響を及ぼした。: - National Park Service (National Archives). Marines mopping up Tinian Island drop into firing positions when enemy is sighted. マーシャルは第二次世界大戦に従軍したアメリカ軍の兵士を調査し、軍事心理学の研究を発展させることに大きく貢献した研究者です。 彼は兵士に戦闘を回避しようとする一般的な傾向があるという大胆な仮説を打ち出したことでよく知られています。 彼の研究成果によれば、戦闘において実際に自分の武器を使用しているのは全体の15%から20%だと見積もられており、その原因として戦闘が兵士に与える身体的、心理的なストレスが大きいためであると説明されています。 ここで述べているストレスとは、必ずしも戦闘で自分の命を危険に晒すことだけではありません。 マーシャルによれば、兵士は敵を殺傷する行為そのものに対する嫌悪感を持っており、その遂行にストレスを感じてしまうのです。 したがって、戦闘ストレスは殺される恐怖だけでなく、殺すことへの恐怖が複合して生じていることになります。 この画期的な研究は軍事訓練のあり方を見直す必要性を強く示唆していました。従来の方法であれば、兵士をうまく戦闘に従事させることができないことは明らかでした。 後にマーシャルは朝鮮戦争にも派遣され、兵士の低い発砲率を改善するための訓練方法の研究に取り組み、55%程...

論文紹介 強大な戦闘力は戦略的機動性を低下させる

戦略学の問題の一つに、部隊の戦闘力を強化しようとすると、戦略上の機動で支障を来し、反対に戦略上の機動力を向上させようとすると戦闘で発揮可能な能力が低下するというトレードオフの問題があります。 今回は、戦略学の観点から、火力と機動という相反する能力を陸上戦力としてどのように均衡させるかを検討した論文を紹介したいと思います。 文献情報 Adams, John A. 1988. "Balancing Strategic Mobility and Tactical Capability," Military Review , 68(8): 9-23. 著者はさまざまな状況に対応するためには、軍事力を四つの観点から考察することが重要であると論じています。すなわち、敵との相対的な火力、戦場における機動、部隊としての持続力、そして戦略上の機動能力の四つです(Adams 1988: 10)。 「中央ヨーロッパにおける衝突は、目まぐるしい乱戦になることだろう。戦術的な機動力を持たないため、徒歩の歩兵はすぐに撃滅されることだろう。軽武装の大隊であっても築城工事によって、機甲部隊の強襲を受けても拠点を維持することができるかもしれない。しかし、より大規模な部隊が第二の大隊の陣地に到達する前に、恐らくは策略によって孤立に追い込まれることになるだろう」(Ibid.: 12) 著者はWPの機甲部隊による浸透を受けた場合、NATOの前方防衛線はほとんど持ちこたえることはできないであろうと予想しています。 著者の見解は歩兵部隊の価値を一概に否定するものではなく、現代の戦場において歩兵は十分に機械化された装備により戦術的な機動力を発揮することが必須であるという立場です。 しかし、これは歩兵部隊として運搬すべき車両、装備の増大を引き起こすため、戦略的な機動力の低下を引き起こすことは避けられません。 著者の見積りによれば、機械化されていない歩兵部隊は戦闘開始から約10日から30日の間に極めて危険な状態に置かれ、恐らくは壊滅的被害を強いられることが示唆されています(Ibid.)。 さらに、戦闘開始から20日以内に展開可能な部隊の規模は必然的に限られたものになります。 1979年の議会予算局の見積によれば、最も即応性の高い米軍の第82空挺師団または...

精鋭の証明

ある国の軍隊の強さは印象論的な方法で説明されることが多いと思いますが、先行研究ではより定量的な取扱い方で説明することも検討されています。 戦闘理論における戦闘効率値(Combat Effectiveness Values, CEV)は、部隊の質の高さを表す指標の一つであり、デュピュイ(Trevor N. Dupuy)の代表的な研究では次のように定義されています。(赤軍と青軍の二つの部隊が交戦する場合の定義です) 赤軍の戦闘効率値=(赤軍の戦果/青軍の戦果)/(赤軍の戦闘力/青軍の戦闘力) ここでは戦闘力質的要素は考慮しておらず、純粋な規模を表しています。また、戦果についても敵に対して与えた人的損害等から判定されているものです。 この定式で軍事力の効率を測定すると、どのようなことが分かるのでしょうか。 デュプイはこの定式を用いて第二次世界大戦における米軍、英軍、ドイツ軍の戦闘を分析したところ、次のような結果を得ています。 ここでは第二次世界大戦で戦った主要な師団の戦闘回数と、その師団の戦闘効率値の平均値がまとめられています。 これらの部隊の戦闘効率値を分析すると多くの知見が得られます。 例えば、国家別にまとめて平均すると、ドイツ軍が全般的にアメリカ軍、イギリス軍よりも効率的に戦うことが多かったことが分かります。 二次大戦におけるドイツ軍、イギリス軍、アメリカ軍の主力師団の平均戦闘効率値。 ドイツ軍は1.1、イギリス軍は0.76、アメリカ軍は0.84となっている。 ここで高いレベルの戦闘力を示していた部隊のトップ3がいずれもドイツ軍の部隊であることであることは、ドイツが効率的な軍事力を構築する能力に優れていたことを示しています。 米軍の部隊で最優秀だったのは第5位の第88師団、英軍で最優秀だったのは第11位の第46師団でしたが、全般として見ると英米軍の部隊はドイツ軍の部隊ほど質的側面で優れていたとは認められません。 もう一つ指摘するべきは、戦闘の経験の豊富さが必ずしも高い戦闘効率と結び付いているとは言えない点です。 ドイツ軍の第3装甲擲弾兵師団は17回の戦闘を経験していますが、平均した戦闘効率値は1.17とドイツ軍の他の主要な師団と比べて高くなっているわけではありません。 米軍の第88師団は戦闘の回数は...