2020年7月1日、オーストラリア政府は『2020年国防戦略最新化(2020 Defence Strategic Update)』と『2020年戦力構造計画(2020 Force Structure Plan)』を発表し、オーストラリア軍の抑止力を大幅に増強する方針であることを明らかにしました。
いずれの文章もオーストラリア国防省のウェブサイトで入手することができます。
2020 Defence Strategic Update and 2020 Force Structure Plan, Australian Government, Department of Defence, https://www.defence.gov.au/strategicupdate-2020/(7月4日アクセス確認)
オーストラリア軍が出す『戦略最新化』は、オーストラリアが直面する戦略的な課題を提示し、国防計画への影響を述べ、必要な軍事的能力を明らかにするために発表されているものです。
オーストラリアは以前からその戦略環境が劇的に変化しつつあることを認識し、2016年版の『国防白書』ではっきりと述べていました。
しかし、当時の情勢判断を上回る速さで事態が進行しており、そのことが今回の『戦略最新化』の発表に繋がったと説明されています。その変化の中には新型コロナウイルスのパンデミックによる世界経済への打撃も考慮されています。
『戦略最新化』では戦略的目標が掲げられており、(1)オーストラリアの戦略環境を形成すること、(2)オーストラリアの利益に反する行動を抑止すること、(3)必要な場合においては、信頼できる軍事力によって対応できるようにすること、以上の3点が重視されています。
これに応じて『戦力構造計画』ではオーストラリア軍の能力を拡張する見通しが示されています。
この一連の決定でオーストラリア軍が「戦略的警戒期」と位置付けた10年間の計画が抜本的に見直されたことは、アジア太平洋地域の安全保障環境にとって重要な意味があり、専門家の間でも注目されています。
オーストラリアは今後の成り行きを見極める期間は終わったと判断し、戦時体制への移行を見据えて基盤的戦力を拡張する意図を内外に公表したことになります。
オーストラリアは中国を刺激することがないように慎重にふるまっています。オーストラリア政府の文章を見ても、中国の軍事的な脅威についてはっきりと述べることは外交的な配慮から控えられていることが分かります。
しかし、「スパイ」や「経済的手段」などを組み合わせて「戦略的利益を追求」する国が存在することに関してオーストラリアは注意を呼び掛けており、これが中国のことを指していることは容易に推測することができます。
今後、オーストラリアがバランサーとしての役割を果たせるようになるまでには、多くのことが成し遂げられなければなりません。
オーストラリア軍は今回の計画で長距離打撃のための武器と攻撃的サイバー能力を獲得することを目指すと宣言しており、これによって潜在的な敵対勢力を遠隔地において阻止することが目指されています。
これは拒否的抑止から懲罰的抑止を重視する方向へ抑止戦略を調整することを意味しています。
その具体的な範囲に関しては、オーストラリアが自国の「隣接地域(immediate region)としてインド洋の北東部から東南アジア、さらに太平洋の南西部に至る範囲を指定していることから大まかな判断が可能です。この領域に対する軍事的脅威についてオーストラリア軍は打撃力を発揮できるようにするでしょう。
現在の国防予算が420億豪ドルの水準にありますが、10年以内に740億豪ドルの水準にまで引き上げられる見通しです。
オーストラリアは自前の能力を強化することを目指していますが、まだ米豪関係に依存する部分が大きいため、対米関係の強化は引き続き模索されることでしょう。ただ、『戦略最新化』では防衛協力の相手を多角化する方針も打ち出されており、日本、インド、インドネシアが指定されています。日本政府はこのオーストラリア政府の政策転換を踏まえて、日豪関係をどのように築いていくべきかを考えなければならないでしょう。
武内和人(Twitterアカウント)
文献案内
- Blaxland, John. 2014. The Australian Army from Whitlam to Howard. Cambridge University Press.:ベトナム戦争以降のオーストラリア軍の海外における作戦行動について検討した著作。東ティモール、ソロモン諸島、アフガニスタン、イラクなどでの活動について詳しく、オーストラリア軍の戦略を歴史的観点から理解する上で参考になります。
- Nicholas Thomas, ed. 2017. Re-Orienting Australia-China Relations: 1972 to the Present. Routledge.:中国とオーストラリアの外交関係の歴史をテーマとした論集。外交史を調べると、基本的にオーストラリアは中国と友好的な関係を保ってきたことが分かりますが、中国とオーストラリアの関係が対等なものではなくなることに対する懸念は以前から存在しました。近年、オーストラリアは中国に対する認識を改めつつあり、そのことが今回の戦略方針の見直しにも繋がったと考えられます。
