近年、欧州連合(EU)の加盟国の間で安全保障環境が急速に悪化しつつあるという認識が形成されつつあります。
このため、欧州全体の安全保障協力を強化するための共通安全保障防衛政策(Common Security and Defense Policy)の充実が図られているのですが、最近ではドイツがこの政策課題への関与を強めています。
今回は、最近のドイツ情勢を調査した研究論文を取り上げ、その内容の一部を紹介することを通じて、ドイツがEUの安全保障で指導力を発揮する場面が増えている背景について解説したいと思います。
このため、欧州全体の安全保障協力を強化するための共通安全保障防衛政策(Common Security and Defense Policy)の充実が図られているのですが、最近ではドイツがこの政策課題への関与を強めています。
今回は、最近のドイツ情勢を調査した研究論文を取り上げ、その内容の一部を紹介することを通じて、ドイツがEUの安全保障で指導力を発揮する場面が増えている背景について解説したいと思います。
論文情報
ドイツ政府は安全保障環境の推移に危機感を持っている
この研究はEUにおける共通安全保障防衛政策の形成過程を歴史的観点から検討しているのですが、ドイツが本格的にこの問題に関与を強めてきた時期は2008年から2016年とされており、特に2014年が重要な転機だったことが指摘されています。
もともとEUの中でドイツはイギリスやフランスと同程度の影響力を有していたものの、安全保障という政策分野においては積極的に指導力を発揮しようとはしていませんでした。2008年に起きた世界規模の金融危機、いわゆるリーマン・ショックが発生した際にも、他の多くのEU加盟国と同様に経済と財政の立て直しに追われていたのです。
ただ、2010年にドイツはスウェーデンと連携してヘント・イニシアチブ(Ghent initiative)と呼ばれる計画を立ち上げ、EU加盟国間で軍事的能力を造成し、共有する構想を示すなど、安全保障の問題に対する関与を強化する動きも見せています(Ibid.: 8)。
当時、フランスとイギリスはEUの制度によらない形で防衛協力関係を強化しようとしていました。
したがって、当時のドイツの意図としては、EUとしての安全保障に取り組むように呼びかけることにあった可能性があり、それが防衛問題に対する認識を強化するきっかけだったかもしれないと著者らは述べています(Ibid.)。
翌2011年に中東各国で「アラブの春」と呼ばれる同時多発的な民主化運動が発生し、シリアでイスラム過激派が勢力を拡大するほど事態が悪化しました。
さらに2014年に入るとロシアがウクライナに対する武力攻撃に踏み切り、東欧で一挙に軍事的緊張が高まりました。
著者らの調査によれば、この2014年にミュンヘンで開催されたドイツの安全保障会議で防衛政策の方針が変更されることが公式に決定されており、3240万ユーロだった2014年の国防予算が2017年に3690万ユーロに、2018年には3850万ユーロに段階的に引き上げられました(Ibid.: 9)。
これら予算はドイツ国防省が2016年に公表した長期計画の一環として執行されており、2030年までに合計で1300億ユーロを新規の防衛装備品調達に支出する見通しになっています(Ibid.)。
この年にイギリスではEU離脱の是非を問う国民投票が実施され、結果として離脱派が勝利を収めました。
これはEUにおけるイギリスの影響力の大幅な低下に繋がっただけでなく、ドイツが共通安全保障防衛政策に対する指導力を強化することにもなったと著者らは判断しています。
なぜなら、イギリスは以前からEU独自の安全保障体制に批判的な立場をとってきました。イギリスはEUの共通安全保障防衛政策よりも、アメリカを中心とする北大西洋条約機構を重視すべきという立場を主張していたのです(Ibid.: 10)。
そのため、イギリスのEU離脱が決まったことは、共通安全保障防衛政策を重視するドイツにとって新たな機会となりました。
さらに2016年はアメリカで大統領選挙が進んでいた年でもあり、当時候補者の一人だったドナルド・トランプがNATOを軽視する発言を行ったことで、欧州の防衛体制の妥当性を見直す必要性が認識されるようになったことも見過ごすことができません(Ibid.)。
当時、ドイツ政府のアンゲラ・メルケル首相は2017年5月28日に「私が言えることはただ一つ、我らヨーロッパ人は自らの運命を自らの手で切り開かなければならないということだ」という趣旨の発言を行い、EU加盟国に対して地域的な安全保障体制の構築に貢献するように呼び掛けています(Ibid.)。
独仏関係の将来も研究者にとって予測が難しいところで、EU内外の政治状況がどう進むのか、その政策過程でどのような議題が出されるのかにかかっているでしょう。
イギリスが離脱した後のEUにおいて、ドイツの影響力が以前よりも相対的に増すことは明らかでしょう。そして、著者らが説明したように、ドイツの安全保障に対する関心は高まっており、ドイツの軍拡が今後どれほど推進されるかは、欧州情勢を見通す上で注目すべきポイントになると思います。
もともとEUの中でドイツはイギリスやフランスと同程度の影響力を有していたものの、安全保障という政策分野においては積極的に指導力を発揮しようとはしていませんでした。2008年に起きた世界規模の金融危機、いわゆるリーマン・ショックが発生した際にも、他の多くのEU加盟国と同様に経済と財政の立て直しに追われていたのです。
ただ、2010年にドイツはスウェーデンと連携してヘント・イニシアチブ(Ghent initiative)と呼ばれる計画を立ち上げ、EU加盟国間で軍事的能力を造成し、共有する構想を示すなど、安全保障の問題に対する関与を強化する動きも見せています(Ibid.: 8)。
当時、フランスとイギリスはEUの制度によらない形で防衛協力関係を強化しようとしていました。
したがって、当時のドイツの意図としては、EUとしての安全保障に取り組むように呼びかけることにあった可能性があり、それが防衛問題に対する認識を強化するきっかけだったかもしれないと著者らは述べています(Ibid.)。
翌2011年に中東各国で「アラブの春」と呼ばれる同時多発的な民主化運動が発生し、シリアでイスラム過激派が勢力を拡大するほど事態が悪化しました。
さらに2014年に入るとロシアがウクライナに対する武力攻撃に踏み切り、東欧で一挙に軍事的緊張が高まりました。
著者らの調査によれば、この2014年にミュンヘンで開催されたドイツの安全保障会議で防衛政策の方針が変更されることが公式に決定されており、3240万ユーロだった2014年の国防予算が2017年に3690万ユーロに、2018年には3850万ユーロに段階的に引き上げられました(Ibid.: 9)。
これら予算はドイツ国防省が2016年に公表した長期計画の一環として執行されており、2030年までに合計で1300億ユーロを新規の防衛装備品調達に支出する見通しになっています(Ibid.)。
イギリスのEU離脱は共通安全保障防衛政策の将来に関わる
2014年以降のドイツの政策転換を後押しした要因として、著者らは2016年の出来事も取り上げています。この年にイギリスではEU離脱の是非を問う国民投票が実施され、結果として離脱派が勝利を収めました。
これはEUにおけるイギリスの影響力の大幅な低下に繋がっただけでなく、ドイツが共通安全保障防衛政策に対する指導力を強化することにもなったと著者らは判断しています。
なぜなら、イギリスは以前からEU独自の安全保障体制に批判的な立場をとってきました。イギリスはEUの共通安全保障防衛政策よりも、アメリカを中心とする北大西洋条約機構を重視すべきという立場を主張していたのです(Ibid.: 10)。
そのため、イギリスのEU離脱が決まったことは、共通安全保障防衛政策を重視するドイツにとって新たな機会となりました。
さらに2016年はアメリカで大統領選挙が進んでいた年でもあり、当時候補者の一人だったドナルド・トランプがNATOを軽視する発言を行ったことで、欧州の防衛体制の妥当性を見直す必要性が認識されるようになったことも見過ごすことができません(Ibid.)。
当時、ドイツ政府のアンゲラ・メルケル首相は2017年5月28日に「私が言えることはただ一つ、我らヨーロッパ人は自らの運命を自らの手で切り開かなければならないということだ」という趣旨の発言を行い、EU加盟国に対して地域的な安全保障体制の構築に貢献するように呼び掛けています(Ibid.)。
むすびにかえて
この論文では、EUの安全保障についてドイツの外交的指導力がどの程度まで強化されるのかという課題も検討しているのですが、この点に関してはイギリスが離脱した後でフランスとドイツの政策調整がどこまで進むかにかかっていると述べるに留めています。独仏関係の将来も研究者にとって予測が難しいところで、EU内外の政治状況がどう進むのか、その政策過程でどのような議題が出されるのかにかかっているでしょう。
イギリスが離脱した後のEUにおいて、ドイツの影響力が以前よりも相対的に増すことは明らかでしょう。そして、著者らが説明したように、ドイツの安全保障に対する関心は高まっており、ドイツの軍拡が今後どれほど推進されるかは、欧州情勢を見通す上で注目すべきポイントになると思います。
©2020 Takeuchi Kazuto(Twitterアカウント)
参考文献
- Kundnani, Hans. 2015. The Paradox of German Power. Oxford University Press.(邦訳『ドイツ・パワーの逆説』中村登志哉訳、一藝社、2019年)邦訳へのAmazonリンク:今回の論文でも参照されており、第二次世界大戦が終結した後のドイツが平和主義の通商国家として発展を遂げてきた一方で、安全保障を依存する米国との外交関係でさまざまな課題を抱えていることが論じられている。
- Bulmer, Simon and William E. Paterson. 2018. Germany and the European Union: Europe's Reluctant Hegemon? (The European Union Series) Red Globe Press. Amazonリンク:ドイツとEUの関係に着目し、ドイツがその優勢な経済力や政治力を背景にしながら、欧州における覇権的地位を占めている状況を検討している。

