「はじめての安全保障学」は安全保障学を学びたい読者が知っておくべき基本基礎をまとめた連載記事です。記事の末尾には参考文献の他、文献案内も付しているので参考にしてください。
今回の記事では「安全保障学とは」と題し、安全保障学の範囲やその研究の経緯を知らない方に向けて解説したいと思います。
一般的に見れば、政治学、特に国際政治学の下位領域に位置付けられており、確かにその中で国家の防衛は中心的な課題として位置づけられています。
ただ、安全保障を実現する手段は多岐に渡っています。そこには政治的、経済的、社会的、軍事的、外交的、法律的、技術的手段などが含まれています。
そのため、安全保障学は国際政治学を基礎に置いていますが、軍隊の作戦行動を分析する場合もあれば、国際貿易の状況、社会に浸透するテロリスト集団、あるいは同盟条約の内容、科学技術の動向などを分析する場合もあります。
安全保障学を学ぼうとすれば、政治学を基礎にしつつも、多方面にわたって学際的に調査研究することが求められるでしょう。
このように現代の安全保障学の研究領域が拡大されている理由を知るためには、その歴史的経緯についても知ることが必要です。
イギリスの研究者ローレンス・フリードマン(Lowrence Freedman)は1950年代から1960年代にかけて安全保障学が「黄金期」を迎えたと称していますが、それは多数の文民の研究者が戦争、戦略の研究に取り組むようになり、彼らが政府機関の中でも重要な役割を果たすようになったことを意味しています(Freedman 1998: 51)。
初期の安全保障学では特に核戦略、核抑止の問題に関する調査研究が重視される傾向にあり、その研究成果の中には核戦争を遂行するための戦略の研究も含まれていました。
これは決して机上の空論ではなく、特に冷戦初期の米国では核兵器の大量使用によってソ連軍の侵攻を食い止めようとする計画があったことから、現実の政策決定や戦略立案にとって重要な意味を持っていました。
多くの研究者がこのような核戦力に依存した安全保障体制の限界を指摘したことにより、研究の焦点は次第に危機管理、軍備管理、強制外交などへと移り変わっていきました。しかし、それでも核戦略の研究が放棄されることはなく、少なくとも冷戦が終結するまでの間は一貫して安全保障学で最も重要な位置づけを保ち続けました。
その一方で、ベトナム戦争で大規模な非正規戦争を経験したことや、石油ショックで経済的安全保障の必要が認識されたことなどを受けて、安全保障学の研究領域は次第に伝統的な国防の領域から離れて拡大することが求められるようになっていきました。
ブザンはそれまでの安全保障学の研究の対象が軍事的安全保障(military security)に偏っており、それが安全保障の一側面に過ぎなかったと指摘しています。
彼の考える安全保障は多面的な概念であり、政治、経済、社会、環境にも及びます。
つまり、国家の政治的安定を損なおうとする政治的安全保障(political security)、資源の獲得、資金の調達、市場の安定を確保する経済的安全保障(economic security)、言語、文化、宗教、国民のアイデンティティーや慣習などを維持しようとする社会的安全保障(societal security)、生活を支える生態系を含めた環境を維持する環境的安全保障(environmental security)を合わせた5つの側面で安全保障を捉え直すことを提案しているのです。
ブザンの立場が直ちにすべての研究者の理解を得たわけではありません。
しかし、冷戦終結後の世界情勢で平和を害する脅威の形態が多様化、複雑化しているとの認識が深まったこともあり、安全保障学の研究者は次第に非軍事的領域にも対象を広げることに積極的になっていきました。
こうした研究動向を踏まえて、もはや安全保障学は国際政治学の下位領域という伝統的な枠組みから抜け出したという見方も出されており(Williams 2013: 4-5)、安全保障の概念を非国家主体にまで広げて捉えなおす動きも指摘されています(Ibid.)。
大国間で相互に核抑止力が機能する現代の軍事情勢の下では、第二次世界大戦のような全面戦争が起こる危険性は低下する一方で、限定的な範囲で軍事力を行使する戦略、危機管理の方法論が発達します。また、その限界を補うように非軍事的手段を運用する戦略も進化し、経済制裁や内政干渉などの手法が駆使されるようになりました。
安全保障学の研究者はこうした新たな世界の動向を踏まえ、それらを取り込みながら研究を発展させるように努力しています。
KT
画像:U.S. Department of Defense(https://www.defense.gov/)
今回の記事では「安全保障学とは」と題し、安全保障学の範囲やその研究の経緯を知らない方に向けて解説したいと思います。
安全保障学とは何か
最も単純な定義として、安全保障学(security study)は戦争と平和を研究する学問だといえます。しかし、それは必ずしも軍事に関することだけに限定されません。一般的に見れば、政治学、特に国際政治学の下位領域に位置付けられており、確かにその中で国家の防衛は中心的な課題として位置づけられています。
ただ、安全保障を実現する手段は多岐に渡っています。そこには政治的、経済的、社会的、軍事的、外交的、法律的、技術的手段などが含まれています。
そのため、安全保障学は国際政治学を基礎に置いていますが、軍隊の作戦行動を分析する場合もあれば、国際貿易の状況、社会に浸透するテロリスト集団、あるいは同盟条約の内容、科学技術の動向などを分析する場合もあります。
安全保障学を学ぼうとすれば、政治学を基礎にしつつも、多方面にわたって学際的に調査研究することが求められるでしょう。
このように現代の安全保障学の研究領域が拡大されている理由を知るためには、その歴史的経緯についても知ることが必要です。
戦略の研究から始まった安全保障学
政治学、国際政治学の一領域として安全保障学が成立した背景には、第二次世界大戦終結後の米ソ冷戦で核戦略に関する調査研究が求められたことがありました。イギリスの研究者ローレンス・フリードマン(Lowrence Freedman)は1950年代から1960年代にかけて安全保障学が「黄金期」を迎えたと称していますが、それは多数の文民の研究者が戦争、戦略の研究に取り組むようになり、彼らが政府機関の中でも重要な役割を果たすようになったことを意味しています(Freedman 1998: 51)。
初期の安全保障学では特に核戦略、核抑止の問題に関する調査研究が重視される傾向にあり、その研究成果の中には核戦争を遂行するための戦略の研究も含まれていました。
これは決して机上の空論ではなく、特に冷戦初期の米国では核兵器の大量使用によってソ連軍の侵攻を食い止めようとする計画があったことから、現実の政策決定や戦略立案にとって重要な意味を持っていました。
多くの研究者がこのような核戦力に依存した安全保障体制の限界を指摘したことにより、研究の焦点は次第に危機管理、軍備管理、強制外交などへと移り変わっていきました。しかし、それでも核戦略の研究が放棄されることはなく、少なくとも冷戦が終結するまでの間は一貫して安全保障学で最も重要な位置づけを保ち続けました。
その一方で、ベトナム戦争で大規模な非正規戦争を経験したことや、石油ショックで経済的安全保障の必要が認識されたことなどを受けて、安全保障学の研究領域は次第に伝統的な国防の領域から離れて拡大することが求められるようになっていきました。
拡大を続ける安全保障学の研究領域
しかし、1983年にバリー・ブザン(Barry Buzan)が『人民、国家、恐怖(People, States and Fear)』を出版し、軍事的安全保障だけに注目していたのでは安全保障学の研究として不十分であることを多くの研究者に認識させようとしました(1991年に2版が出版)。ブザンはそれまでの安全保障学の研究の対象が軍事的安全保障(military security)に偏っており、それが安全保障の一側面に過ぎなかったと指摘しています。
彼の考える安全保障は多面的な概念であり、政治、経済、社会、環境にも及びます。
つまり、国家の政治的安定を損なおうとする政治的安全保障(political security)、資源の獲得、資金の調達、市場の安定を確保する経済的安全保障(economic security)、言語、文化、宗教、国民のアイデンティティーや慣習などを維持しようとする社会的安全保障(societal security)、生活を支える生態系を含めた環境を維持する環境的安全保障(environmental security)を合わせた5つの側面で安全保障を捉え直すことを提案しているのです。
ブザンの立場が直ちにすべての研究者の理解を得たわけではありません。
しかし、冷戦終結後の世界情勢で平和を害する脅威の形態が多様化、複雑化しているとの認識が深まったこともあり、安全保障学の研究者は次第に非軍事的領域にも対象を広げることに積極的になっていきました。
こうした研究動向を踏まえて、もはや安全保障学は国際政治学の下位領域という伝統的な枠組みから抜け出したという見方も出されており(Williams 2013: 4-5)、安全保障の概念を非国家主体にまで広げて捉えなおす動きも指摘されています(Ibid.)。
まとめ
安全保障学の成り立ちを知れば、冒頭で述べたように、安全保障学という学問の境界を明確にすることが難しいことが分かります。大国間で相互に核抑止力が機能する現代の軍事情勢の下では、第二次世界大戦のような全面戦争が起こる危険性は低下する一方で、限定的な範囲で軍事力を行使する戦略、危機管理の方法論が発達します。また、その限界を補うように非軍事的手段を運用する戦略も進化し、経済制裁や内政干渉などの手法が駆使されるようになりました。
安全保障学の研究者はこうした新たな世界の動向を踏まえ、それらを取り込みながら研究を発展させるように努力しています。
KT
画像:U.S. Department of Defense(https://www.defense.gov/)
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参考文献
- Buza, Barry. 1991. People, States and Fear: An Agenda for International Security Studies in the Post-Cold War Era. 2nd edition. London: Harvester Wheatscheaf.
- Freedman, Lawrence. 1998. International Security: Changing Targests. Foreign Policy, 110: 48-63.
- Williams, Paul D., ed. 2013(2008). Security Studies: An Introduction. 2nd edition. London: Routledge.
文献案内
伝統的な安全保障学を理解して基礎を固めようとするなら、戦略理論の研究を避けて通ることはできません。
(1)は安全保障学の分野でよく知られている教科書ではありますが、戦略理論に関する記述が充実していないという弱点があり、(2)か(3)の文献で知識を補足することが必要だと思われます。ただし、(3)はかなり専門的な内容になり、文章としてのボリュームもかなり大きいので(2)の後で取り組むことを推奨します。
(1)は安全保障学の分野でよく知られている教科書ではありますが、戦略理論に関する記述が充実していないという弱点があり、(2)か(3)の文献で知識を補足することが必要だと思われます。ただし、(3)はかなり専門的な内容になり、文章としてのボリュームもかなり大きいので(2)の後で取り組むことを推奨します。
- 防衛大学校・安全保障学研究会編著『新訂第5版 安全保障学入門』亜紀書房、2018年
- 石津朋之、永末聡、塚本勝也編著『戦略原論』日本経済新聞出版社、2010年
- ピーター・パレット編、防衛大学校戦争・戦略の変遷研究会訳『現代戦略思想の系譜』ダイヤモンド社、1989年