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2017年7月4日火曜日

学説紹介 なぜ戦時中に国内の党派は争うのか―トゥキディデスの考察―

戦争のような国家の一大事が起こったならば、各党各派は政治的休戦を図り、挙国一致の体制に移行することが何よりも求められます。
しかし、歴史を振り返ると、戦争が勃発したことによって国内の政治的分裂がかえって激しくなってしまった事例が見られます。

古代アテナイの歴史家トゥキディデスもこのような事例について記述していますが、今回はその要因と結果に対する彼の考えを紹介したいとお思います。

外国勢力による国内政治の混乱
トゥキディデスによれば、戦争という国家の一大事であるにもかかわらず、国内の各党派の対立が起きてしまう理由の一つに外国勢力の影響が挙げられます。

そもそも戦争が勃発すると国防上の理由から特定の大国と緊密な外交関係を結ぶことになります。
すると国内政治においても外国勢力の影響力が強まることになり、さまざまな党派がその余波を受けることになります。一部の党派にとってそれは党勢拡大のチャンスになるのです。
「平和でさえあれば、これらの外部勢力の干渉を仰ぐ理由も意志もない各派指導者も、戦時となってからは、いずれかの陣営との同盟関係が生じ、国内反対派の弾圧とそれによる自派の勢力増大を求めて政治的均衡を崩そうと望む者たちにとっては、外国勢力の導入が簡単にはかれるようになった」(『戦史』中100頁)
当時、ペロポネソス戦争では民主政を採るアテナイと君主政を採るスパルタの二大大国が対立しました。
両大国の狭間に置かれた多くの中小国はアテナイとスパルタのどちらかと同盟を結ぶことで、自国の安全を確保しようとします。

しかし、こうした中小国の国内では民主政の導入を訴える民衆派と、君主政を主導する貴族派が対立していたため、アテナイとの同盟は民衆派の立場を強化し、スパルタとの同盟は貴族派の立場に有利に作用しました。
これが従来までの国内の均衡を破壊する方向に作用してしまい、各国で激しい権力闘争を引き起こすことになったとトゥキディデスは指摘しています。

生活の悪化が人々を短期の利益に駆り立てる
ペロポネソス戦争が勃発した当時のギリシアの情勢図、アテナイを中心とするデロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネソス同盟とが争った。
戦争状態で国内が分裂する原因は外国勢力の影響だけではありません。トゥキディデスは生活水準が低下することも人々の行動を変化させると指摘しています。
「なぜなら、平和と繁栄のさなかにあれば、国家も個人も己の意に反するごとき強制の下におかれることがないために、よりよき判断をえらぶことができる。しかるに戦争は日々の円滑な暮しを足もとから奪いとり、強食弱肉を説く師となって、ほとんどの人間の感情をただ目前の安危という一点に釘づけにするからである」(同上)
戦争が勃発すると国民の生活はさまざまな制約を受けるだけでなく、食料や物資の慢性的な不足に直面することになります。
こうした状況の中で人々は短期的な利益を確保することをますます重視するようになり、また言動も過激さを増していきます。

例えば、トゥキディデスはこうした状況になると、将来をよく見通した慎重派の意見が「臆病者のかくれもの」と見なされるようになる傾向や、きまぐれな謀略が「男らしさをますもの」とされる傾向が生じることを述べています(同上、101頁)。

こうした対外的、対内的な要因が組み合わさることで、戦時中に国内の政治は混乱するようになり、党派間の権力闘争がすべてにおいて優先される状況が現れてくるのです。

党派間の闘争で犠牲を被る中道派
歴史家トゥキディデス(紀元前460年? - 紀元前395年)の胸像
アテナイ市民としてペロポネソス戦争を経験し、そのことを記録に残した業績で知られている。
戦争が引き起こす国内情勢の混乱は、人々をますます権力闘争にのめり込ませますが、結果として最も大きな被害を被るのは中道派であるともトゥキディデスは論じています。
なぜなら、こうした党派間の権力闘争は勢いを増し、多くの血が流れる事態にまで陥ることがあり、そうなれば権力闘争から距離を置く中道派も無関係ではいられなくなるためです。
「というのは、諸都市における両派の領袖たちはそれぞれ、体裁のよい旗印しをかかげ、民衆派の首領は政治的平等を、貴族派は穏健な良識優先を標榜し、言葉の上では国家公共の善に尽すといいながら、公けの益を私物化せんとし、反対派に勝つためにはあらゆる術策をもちいて抗争し、ついには極端な残虐行為すら辞さず、またこれを受けた側はさらに過激な復讐をやってのけた」(同上、102頁)
ここまでの事態になると、自分の党派と敵対する勢力に損害を与えることが最重要となり、その場限りの優越感に浸ることばかりを人々は考えるようになってしまいます。

こうした状況の中でトゥキディデスは民衆派とも貴族派とも距離を置いて、中道を保とうとしていた市民が両派から非協力的態度を理由に攻撃されるようになると指摘しており、結果として権力闘争の過程で壊滅していくことになると述べています(同上、102-3頁)。

むすびにかえて
トゥキディデスはこうした党派間紛争の典型として、ケルキュラの内乱を挙げていますが、これはあらゆる時代に共通して見られるパターンの一種であるとも洞察しています。
「内乱を契機として諸都市を襲った種々の災厄は数知れなかった。この時生じたごとき実例は、人間の性情が変らない限り、個々の事件の条件の違いに応じて多少の緩急の差や形態の差こそあれ、未来の歴史にも繰返されるであろう」(同上、100頁)
党派の利益を国家の利益に優先させて行動することは、権力の掌握を目的とする政治家の常でもあり、現実には防ぎようがない場合もあるでしょう。
しかし、それが国家の分裂を招けば、その代償を支払うのは党派の立場から距離を置いている中道派であるとすれば、戦時中に党派的闘争を最小限に抑制することの重要性が再認識されるのではないでしょうか。

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参考文献
トゥーキュディデース『戦史』久保正彰訳、全3冊、岩波書店、1966年

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