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2017年6月1日木曜日

事例研究 なぜ交戦規則(ROE)が必要となるのか

 交戦規則の定義やその意義は必ずしも多くの人に知られていませんが、実際の防衛行動と深く関係する問題です。

というのも、政府で交戦規則を適切に策定することは、現場で活動する部隊が作戦を遂行できるかどうかにもかかわってくるためです。

今回は、交戦規則とは何かを考えた上で、それがいかに大きな影響をもたらすのかをフォークランド戦争における原子力潜水艦の事例で検討してみたいと思います。

交戦規則とは何か、その意義は何か
そもそも交戦規則(または部隊行動規則)とは何かというところから考えていきましょう。
交戦規則は英語のRules of Engagement(ROE)の訳語として使われている用語であり、1980年代以降に米海軍を中心に使用されるようになり、現在では全軍的に使用されています。

その定義としては「陸、海、空軍の部隊が敵と交戦を開始し、あるいは継続する際の環境または制限を規定する政府の指針」と述べることができます(防衛大学校・防衛学研究会、1999年、43頁)。

この交戦規則が軍事的に重要な理由としては、それが通常の規則とは異なり、戦闘行動を直接的に規定する点にあります。

つまり、具体的に、いつ、どこで、誰に対して、どのような武力の行使ができるのかが、この交戦規則によって定められるため、現場の部隊の指揮官はそれに基づいて命令を出す必要があります(同上、44頁)。

この危機における交戦規則の意義を考察した研究者は次のように述べています。
「交戦規則は政策と自衛という相反する要求の間のバランスを維持しようとするものである。交戦規則は政策を確立するものでなければ、自衛の緊急要件を決定するものでもない。危機に際して政策はしばしば奇襲に対して脆弱な地域に部隊を配置することを求める。政治指導者は部隊を進出させることに伴う危険性を判断し、それに勝るだけの利益があるかどうかを決定しなければならない」(Hayes 1989: 57)
この考察から分かる通り、交戦規則は指揮官の決心を妨げる一方で、政府の政策、つまり危機管理や対外政策の考え方を部隊行動に反映させる重要な意味もあるため、運用に当たっては慎重さが求められるのです。

フォークランド戦争における交戦規則の問題
フォークランド戦争におけるイギリス軍の行動(青色)とアルゼンチン軍の行動(赤色)
イギリスは原子力潜水艦3隻を作戦に投入したが、その際に付与する交戦規則をめぐって内部で議論があった
交戦規則は危機管理の観点から必要なことですが、現場の部隊行動に重大な支障を来す危険性と常に隣り合わせの関係にもあり、慎重な運用が必要です。

このことはフォークランド戦争におけるイギリスの原子力潜水艦が直面した問題でもありました。

イギリス海軍はフォークランド諸島をアルゼンチン軍から奪回するため、「スパルタン」、「スプレンディ」、「スプレンディド」の3隻の原子力潜水艦を作戦に投入しています。この際に交戦規則の内容をめぐって問題が起きていました。

4月2日、フォークランド諸島にアルゼンチン軍が上陸すると、イギリス政府は閣議で原子力潜水艦の出撃を決定し、交戦規則を与えました。それは当初次のようなものでした。
「4 月 1 日に出港した原子力潜水艦に対する交戦規定(ROE)は、極秘裏に移動することの重要性、別令あるまでアルゼンチン兵力を監視することが強調されていた。自艦、氷海警備船「エンデュアランス」および他のイギリス艦艇を防衛する際には最小限の武力の行使が許可されていた。もし、「エンデュアランス」が潜在的な威嚇により停船を強いられた場合には、アルゼンチン軍にイギリスの原子力潜水艦の存在を明かすことは認められていた。仮に交戦状態となった場合には原子力潜水艦は必要最低限な範囲で攻撃を止めるための反撃が許可されていた」(160頁)
つまり、イギリスの原子力潜水艦が交戦できるのは自衛目的か、または他のイギリス艦艇をアルゼンチン艦艇から防御する場合に制限されていたということです。

しかし、この交戦規則はその後さらに改訂が加えられ、4月8日には新たな交戦規則が策定されることになります。
「排除区域(EZ)内で、識別を確実に実施した結果により、アルゼンチンの艦艇、アルゼンチン海軍の補助艦艇を攻撃できる。最初の攻撃が成功したら、原子力潜水艦は現場海域から離れ、報告する。原子力潜水艦は攻撃を報告した後、または、12 時間後に報告できない場合、哨戒の継続が認められる。状況報告(Situation Reports)は次の攻撃の成功後、探知したすべてのアルゼンチンの兵力について、可能な限り速やかに、艦長所定により行うものとされた。逆に、原子力潜水艦が攻撃された際、排除水域(EZ)の内外で自衛のため必要ならば報復することが認められる」(同上、163頁)
ここで注目すべきは「識別を確実に実施した結果」によらなければ、イギリスの原子力潜水艦はアルゼンチン艦艇に攻撃できないという点です。潜水艦にとって致命的な制約でした。

というのも、潜水艦が識別を確実に実施するには、水中でアクティブ・ソナーを使用する必要があるのですが、これを使用すれば自艦の位置が敵に知られてしまうため、戦術的には可能な限り使用を避けるべき探知手段なのです。

もちろん、政府の側にも相応の理由がありました。当時のフォークランド諸島にはラテンアメリカ諸国の潜水艦やソ連の潜水艦が進出している可能性が情報として指摘されていたため、交戦規則で識別を指示しなければ、イギリスの潜水艦が誤って第三国の潜水艦を攻撃する危険があったのです(同上)。

結局、戦闘区域に第三国の潜水艦を入らせないように外交的手段で働きかける方針がまとまり、先ほどの交戦規則も見直されることになりましたが、それは原子力潜水艦が南大西洋に入る4月11日の直前である4月10日のことでした(同上、161頁)。

もし交戦規則の見直しが間に合わなければ、原子力潜水艦が哨戒任務につくことができる時期がさらに遅れていた可能性もあり、そのことが作戦の進捗に重大な支障をきたす危険も十分に考えられたのです。

むすびにかえて
フォークランド戦争においてイギリスの原子力潜水艦に与えられた交戦規則を検討すると、交戦規則が政治と軍事の調整において決定的な役割を果たしていることが理解できると思います。

もちろん、状況に適合した交戦規則を策定することは決して容易なことではなく、しばしば難解で誤解しやすいものになりがちであるため、どうすれば実効性の高い交戦規則を策定することができるのか、よく政治的、法的、行政的、軍事的観点から総合的に研究することが必要となります。

自衛隊にはまだフォークランド戦争のような戦争を遂行した経験がありませんが、もし危機的状況、さらに有事が起これば、交戦規則の運用は間違いなく大きな問題として持ち上がるはずです。

これは自衛隊だけで研究できる問題ではないため、政府、特に国家安全保障会議が統幕と事前に検討を重ねておくことが重要でしょう。

何より日本国民として交戦規則が一般にどのような意味を持つのかを理解し、政府が自衛隊に交戦規則を出せば、その内容が政治的、戦略的環境に適しているのかを議論できるようにしておくことも、民主主義の観点から見て大切なことだと思います。

KT

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参考文献
Hayes, Bradd C. 1989. Naval Rules of Engagement: Management Tools for Crisis. Santa Monica: RAND Corporation.
防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』かや書房、1999年
防衛研究所戦史センター編『フォークランド戦争史』防衛省防衛研究所、2014年

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