最近人気の記事

2017年5月5日金曜日

学説紹介 リデル・ハートの戦略思想と間接アプローチの八原則

軍事学の世界におけるベイジル・リデル・ハート(Basil Liddell Hart, 1895-1970)の業績はとてもよく知られています。

特に間接接近(indirect approach)の概念はその後の戦略思想にも大きな影響を与えましたが、その要点は日本ではまだまだ広く知られていません。

今回はリデル・ハートが書き残した戦略の原則について紹介するため、その内容について彼自身の解説を踏まえながら説明したいと思います。

リデル・ハートの説による戦略の原則
ベイジル・リデル・ハート(Basil Liddell Hart, 1895-1970)
イギリス陸軍を退役した後は軍事史の研究に取り組む、代表作は『戦略論』
リデル・ハートは自著の中で戦略原則という表現はとらず、戦略と戦術の本質(concentrated essence of strategy and tactics)という表現を用いました。つまり、彼は戦略と戦術に共通の原則が存在すると考えていたということです。

それは8個の原則から成り立っており、リデル・ハート自身の言葉を踏まえると、次のように要約できます。
  1. 目的を手段に適合させよ。
  2. 常に目的を銘記せよ。
  3. 最小予期路線(又は最小予期コース)を選択せよ。
  4. 最小抵抗線に乗ぜよ。
  5. 予備目標への切替えを許す作戦線を選択せよ。
  6. 計画及び配備が状況に適合するよう、それらの柔軟性を確保せよ。
  7. 相手が油断していないうちは―対手がわが攻撃を撃退し又は回避できる態勢にあるうちは、わが兵力を打撃に投入するな。
  8. 一たん失敗した後、それと同一の線(又は同一の形式)に沿う攻撃を再開するな。
これらは、あたかもチェックリストのような構成になっていますが、リデル・ハートはもっと単純な原則として集中という原則を持ち出すことも検討していました。

著述の中では彼は「戦争の原則、それは単なる一つの原則ではなく多数の原則から成り立つものであるが、それを一語に圧縮すると「集中」ということである。しかし、これは事実上「弱点に対する勢力の集中」というふうに敷えんすべきである」と述べていたことが、それにあたります(邦訳、リデル・ハート、366頁)。

それにもかかわらず、リデル・ハートは自身の原則をまとめる上で兵力の集中という言葉は一切用いなかったのは、すでに当時の戦略学の研究において集中の原則がかなり知られていたものの、それを単純に適用するだけでは不十分であることが第一次世界大戦で露呈したことと関係があります

集中の原則を排除した理由として、リデル・ハートが無暗に敵の防御線に対して優勢な兵力を集めて突撃させるような運用がまかり通ることを深く懸念していました。

リデル・ハートが理想とした戦略は、我の犠牲を最小限に抑制する戦略であり、それを実現するためには集中とは異なる観点から戦略を議論すべきだと考えていました。

奇襲の威力を最大限に発揮する
リデル・ハートの議論の特徴の一つは敵の立場に立つことが繰り返し強調されていることです。

例えば、第三の原則「最小予期路線(又は最小予期コース)を選択せよ」の解説で次のように述べられています。
「敵の立場に立ってみることに努め、敵が先見し又は先制することが最も少ないコースはどれであるかを考えよ」(同上、367頁)
つまり、敵の思考過程を辿り、敵にとって最も予測し難い我の行動方針がどのような内容なのかを研究せよということです。

不意を突くことであれば、奇襲の原則と同じような意味内容を持った原則とも解釈できます。しかし、奇襲の原則は決して目新しい原則ではありません。

リデル・ハートがこの原則に込めた意味を理解するためには、第七の原則を検討する必要があり、そこで彼は敵の抵抗を麻痺状態に陥らせることが可能でなければ、攻撃には慎重になるべきだとしています。
「であるからこのようなマヒ状態が十分に進行していない限り、いかなる指揮官も敵に対する真面目な攻撃を発起すべきではない。マヒ状態は敵の組織の崩壊及び精神面での組織崩壊の同等物である士気崩壊によってひき起される」(同上、368頁)
ここで気が付くのは、リデル・ハートは漠然と奇襲を重視していたのではなく、奇襲がもたらす心理的影響を最大化することを重視していたということです。

奇襲が敵にもたらす混乱は敵の指揮能力を低下させ、士気の崩壊のような事象を引き起こすのですが、リデル・ハートは敵の人員の殺傷、装備の破壊よりも指揮統率の混乱や士気崩壊により大きな価値を見出していたのです。

この考え方を突き詰めれば、リデル・ハートは敵の装備の破壊や人員の殺傷といった方法によらずに攻撃の戦果を最大化することを戦略として構想していたのであって、それは敵の司令部を精神的に攪乱し、麻痺状態に置くことで実現できると期待されていたのです。

根本の目的を決めた上で予備目標を準備せよ
もう一つリデル・ハートの議論に独特な要素が「目的を手段に適合させよ」という原則です。

一般に軍隊では上から示された任務を完遂することが至上命題となるものですが、リデル・ハートはそのようなトップダウンの方法で目的を無条件に定義するのではなく、あくまでも「何が可能か」を第一に考えるべきだと主張しているのです。
「目的を決定するにあたっては、明確な見通しと冷静な計算とを重視すべきである。「消化能力以上の貪食」は愚かである。軍事的英知は「何が可能か」を第一義とする。それゆえ、誠実を胸としつつ、事実に直面することを学ぶべきである」(同上、367頁)
第二の原則ではこうして決定した目的を常に考慮に入れて具体的な作戦目標の選択に活用すべきだとされていますが、これと関連して興味深いのが予備目標を準備しておけという第五の原則と、計画と部隊配備に柔軟性を持たせよとする第六原則です。

つまり、ある目的を達成するために一つの目標にこだわるのではなく、いくつかの目標に対して柔軟に対応できる部隊配備を整えておけば、敵の状況判断を不確実なものにし、また混乱を助長できるとリデル・ハートは主張しているのです。
「こうすれば、敵をジレンマの立場に追込み、敵の守備の最も薄い目標を少なくとも一つは攻略できる機会を確保するところまで進むことができ、またそれを手がかりとして逐次攻略することが可能となろう」(同上、367-8頁)
この主張の大前提は、我が敵に対して主導的地位に立つべきという考え方です。

つまり、敵に対して我が先手を取り続け、自ら有利な状況を創出していれば、自然と敵にとって望ましくない決定を強いることが可能となります。

また部隊配備に柔軟性を持たせることで「成功を収めた場合もしくは失敗に陥った場合」のどちらでも次の状況に対応することができるのです(同上、368頁)。

したがって、目の前の目標を攻略できないことは大きな問題ではないとリデル・ハートは考えます。

なぜなら、その後で別の予備目標を準備していないことの方が問題であり、それは柔軟性の欠いた不都合な部隊配置だからです。

無駄な行動はとらず、兵力を節約する
第一次世界大戦の経験からリデル・ハートが危険視していたのは、敵の防御線に対して無意味な攻撃を反復するような作戦でした。

もし攻撃が失敗して目標地点が敵に露呈すれば、当然のこととして敵も防御陣地を強化してくるでしょう。

このような状況で我の兵力を増強し、同じ攻撃を反復するようなことは、兵力の経済的使用の原則に反するというのがリデル・ハートの立場でした。
「単なる兵力の増強は必ずしも新規の線に沿う攻撃を意味しない。そのわけは、敵もまたその休止の間において自己の兵力を増強しているであろうことは有り得べきことであるからである。わが方を撃退した敵の成功が敵を精神的に強化するであろうことは、さらにもっと有り得べきことである」(同上、368頁)
つまり、攻撃がある方法で一度失敗したならば、敵に企図が暴露したことをふまえて、別の予備目標の攻略に切り替えることが重要です。

これはリデル・ハートの第四の原則「最小抵抗線に乗ぜよ」にも通じる思想です。敵の弱点に我の強点をぶつける時に最も大きな兵力の節約が実現します。

それだけ戦場で流れる血が少なくなるということを意味してもいるのです。

むすびにかえて
リデル・ハートの思想で特に重要な要素は攻勢や主導を重視したことではなく、敵の裏をかくことで犠牲を最小化することが重要な特徴です。

しかも、それは味方の犠牲を最小化するだけでなく、敵の犠牲も最小化することを追求するものでした。

別の箇所でリデル・ハートは「戦略の完成は何も酷烈な戦闘を起こすことなく事態を決着に持ち込むということであろう」と述べていますが(同上、356頁)、これはまさに戦わずして勝つ、という古代から議論されている軍事の原則といえます。

しかし、このような考え方が軍人の間から失われているとリデル・ハートは考えており、それは画一的な軍事教育の弊害であると感じていました。
「軍隊訓練は主として、攻撃のためのこまごました実行法での能率向上に捧げられる。このような戦術上の技術への注意集中は心理的要素を不分明なものとする。それは奇襲の実行よりも安全の確保を重視するものとなる。それによって、教科書通りに専ら間違いをしでかさないことを願う指揮官を養成することになり、敵の指揮官に間違いを犯させる必要性は忘れ去る指揮官ができあがるのである」(同上、369頁)
こうした考察からも分かるように、リデル・ハートの戦略思想は単なる過去の学説への回帰ではありませんでした。

それは当時の定説に対する批判でもあり、指揮官が身に着けるべき戦略的思考を基礎から見直すものでもあったのです。

KT

関連記事
リデル・ハートの軍事教育論
戦術家でもあったリデル・ハート
フラーの機甲戦思想と戦車の戦略的重要性

参考文献
Liddell Hart, B. H. 1967(1954). Strategy. Second Edition. London: Faber & Faber.(邦訳、森沢亀鶴訳『戦略論 間接的アプローチ』原書房、1986年)

0 件のコメント:

コメントを投稿