最近人気の記事

2017年1月14日土曜日

論文紹介 米ソ冷戦で日本の防衛力が重要だった理由

東西冷戦が核戦争に至らないまま終結した理由の一つに、日本の防衛力が関係していたという議論は、突拍子がないように思われるかもしれません。

日本は核保有国ではなく、また通常戦力でもソ連に比べれば極めてその規模は限定されていました。しかし、問題は日本の防衛力の質や量ではありません。

日本の防衛力は、それが占める地理上の位置によって大きな役割を果たしていたという説が論じられています。

今回は、冷戦末期の時期に、東西両陣営の勢力関係を通常抑止の観点から考察した研究論文を取り上げ、特に日本の防衛力が米国をはじめとする西側陣営の対ソ戦略で重要な役割を担っていたのかを考察した部分を中心に紹介したいと思います。

文献情報
鈴木祐二「東西間の通常抑止」佐藤誠三郎編『東西関係の戦略論的分析』第2章、日本国際問題研究所、1990年、138-175頁

西側から見た東アジアの戦略的重要性
1980年代までにソ連陣営(赤色)に近かった中国(黄色)が外交を見直し、米国陣営(青色)に接近したことで、大きな構造的転換を遂げることになった。これにより極東ソ連は大規模な地上部隊を持つ中国に対抗する必要が出てきた。
日本の防衛力はあくまでも日本の防衛のためであり、西側の防衛に対して寄与するものではなく、また関係もなかったという見方を著者は否定しています。

著者の見解によれば、日本の防衛力は米国を中心とする西側の対ソ世界戦略の一部を構成しており、特に「アジアの翼側」をカバーする意味合いがありました。
「米国の『軍事態勢報告』1984年度版は東アジア地域について、「グローバルな軍事戦略の面では、NATOに対するソ連の攻撃を抑止する重要な役割を果たしている。それは、NATOへの攻撃に先立ち、ソ連の作戦計画担当者はまずアジアでの翼側を安全にしておく必要があるからだ」と述べている。したがって、米国を中心とする西側がこの地域で軍事力バランスを有利な状態に保ち、効果的な軍事作戦を遂行できるような態勢をとっておくことは、すなわちソ連にとっての「アジアの翼側」の安全を確実にさせないことであり、グローバルな対ソ抑止戦略のなかできわめて重要な位置を持つのである」(鈴木、168頁)
このような議論は以前の記事で紹介した論文(論文紹介 ソ連から見た東アジアの新冷戦)でも述べられていました。

これは要するに米国は東アジアで西側に味方する諸国との協力を強化し、また相応の兵力を配備しておけば、それだけソ連はヨーロッパとアジア(特に東アジア)で二正面作戦の立場に追い込まれるという考え方です。

ソ連の戦略で重視されているのはあくまでもヨーロッパ正面でしたが、「アジアの翼側」を掩護するための部隊をシベリアなどに配備することになれば、それだけヨーロッパ正面に兵力を集中させにくくなると期待されるのです。

日本はこのアジアの翼側に位置する米国の同盟国の一つでした。

著者はさらに日本と直接関係があるオホーツク海が米ソ両国の主戦場となる恐れがあったことを次のように説明しています。
「このこととの関連でソ連の兵力配備状況をみると、日本の北方にあるオホーツク海やカムチャツカ半島沖などに、米本土への直接核攻撃が可能なSSBN/SLBM戦力が配備され、主要水上艦艇や攻撃型潜水艦および沿岸基地航空戦力の増強・近代化などによって1970年代後半から着々と海洋要塞化が図られているという事実に注目する必要がある。このSSBN/SLBMとというのは、その戦力を全面的に発揮する核戦争の段階では核報復第二撃用戦力として最終的な決戦戦力となるし、そこに至らない通常戦段階でも、戦局全般の推移や核バランスの面から終結交渉時の条件を自らに有利にするために、重要な役割を果たす戦力になるものと考えられる」(同上)
デタントの時期を利用してソ連が弾道ミサイル原子力潜水艦(SSBN)と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の増強を続けていたことは(事例研究 デタントの裏側で進んでいたソ連の軍備増強)でも紹介しましたが、とにかく当時の米国にとってSLBMは大きな脅威の一つと認識されていました。

地上配備型に比べて、所在を把握することが難しかったためです。そこでこれを撃破するためには、米海軍が主体となって積極的に対潜作戦を行う他になく、そのためにはオホーツク海にまで進出しなければなりませんでした(同上、169頁)。

この点について著者は「日本近海のオホーツク海においてソ連SSBN/SLBM戦力を無力化することによって、米本土をソ連SLBMの攻撃から守るということは、とりもなおさず米国自身の対ソ基本抑止にかかわらう死活的な問題となるためである」と述べています(同上)。

ソ連が劣勢に立たされていた東アジア正面
1980年代の極東ソ連は東アジア正面で中国、日本、米国(アラスカ)の三カ国に取り囲まれる態勢にあり、この正面におけるソ連軍の脆弱性はヨーロッパ正面におけるソ連軍の優勢を相殺する恐れがあった。
こうした西側の立場から東側の立場に目を移すと、東アジア正面がソ連の弱点であったと考えることができます。

ウラル山脈の東側に広がるシベリア平原は縦深こそ大きいのですが、国境が長大であるため、地理的環境として守りにくい地域でもあります。

著者は、ソ連の立場からすると東アジア正面は米国、日本、中国によって戦略的に包囲されている状態であり、しかもヨーロッパのような緩衝地帯を設定することもできないとして、その劣勢を指摘しています。
「以上みてきたことからも明らかなように、この地域の西側の通常抑止の対象となる極東ソ連軍が展開している極東シベリア地域というのは、ウラル山脈以西のソ連の中核地帯から遠く離れている上に、陸上国境ではモンゴルという緩衝地帯を除いて、核戦力を含む量的に膨大な軍事力を擁する中国と隣接し、さらに海を介しているとはいえ日本と米国にも隣接している。そのためソ連は、日米中と言う三国に対してソ連本土を露出し、かつ三方向から包囲される形となっている。したがって、ソ連はこの地域では、欧州正面における東欧諸国のような同盟国へのソ連軍の前方展開といった態勢をとる余地がほとんどなく、逆に陸上国境や海面に面してソ連本土を露出しているぶんだけ、相手の通常戦力による直接攻撃をより受けやすい状態となっているのである。つまりこの地域では、ソ連は欧州正面と比較して相対的に不利な立場にあるといえる」(同上、169-70)
この東アジアの状況を打破する戦略として考えられるのは、ソ連の防衛線を国境よりも前方に推進するというものです。

しかし、これを実施するためにはウラジオストクを拠点とする艦隊が太平洋に展開できなければなりません。

ここで障害となるのが日本列島であり、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡という三海峡を確保しなければなりません。

しかし、いずれも有事になれば海上自衛隊、航空自衛隊によって封鎖されると考えられるため、この戦略に実効性を持たせるためには第一撃で自衛隊(さらにこれを支援する在日米軍)を無力化できるだけの兵力を極東に配備しなければなりません(同上、170頁)。

ヨーロッパでの作戦も準備しなければならないソ連にとって、このことは大きな負担となります。
「日本が西側同盟の一員として積極的に貢献するか否かということは、この地域での対ソ通常抑止を考えるうえでとくに重要な意味をもつ。そしてグローバルな規模で西側の通常抑止が効果的に達成されるかどうかも、東アジア・北西大西洋地域における米国の最大の同盟国としての日本がどのような貢献をなすかにかかっているといっても、あるいは過言ではないかもしれない」(同上、171頁)
つまり、ソ連は日本を攻略できなければ、日米中の被包囲状態を打破することができず、その状態が打破できなければヨーロッパにおいて大規模な攻勢に出ることもできないため、結果として日本はソ連による戦争の遂行を抑止する上で重要な役割を果たしているということになるのです。

「アジアの翼側」を守る日本の課題

著者は冷戦構造で日本が「アジアの翼側」の一端として重要な役割を果たしていることを踏まえ、自衛隊の課題として残存性の向上を重視していました。

対日侵攻を企図するとすれば、ソ連軍は必然的に(ヨーロッパでの作戦に支障を来さないよう)短期決戦に持ち込む必要があります。

もし自衛隊が抗湛性を高め、ソ連軍の第一撃をもってしても作戦遂行が不可能にならないとすれば、それだけでもソ連軍にとって対日攻撃の難しさは大きく増すことになり、結果として抑止の効果が期待できると考えられています。
「日本とソ連の間は海を介しているために、極東ソ連軍は日本に対して圧倒的に優勢な地上軍の機動力をいっせいに発揮するような電撃侵攻作戦は行えない。この点を考えると、日本がソ連の航空機やミサイルなどの経空手段を用いた先制奇襲攻撃に効果的に対処することによって、攻撃を受けた後もその防衛力(通常戦力)を残存させるならば、前方対処、洋上撃破によりソ連の着上陸侵攻を拒否するとともに、三海峡の通峡阻止などによってソ連SSBN/SLBM戦力の安全確保を行いにくくする可能性も高まる。なおかつ日本の防衛力が米国との共同作戦によって有効な対ソ攻勢作戦を遂行しうるほどに強力なものであるならば、実際に対ソ攻勢作戦を行うか否かは別として、日本は有利な地勢条件と米国との防衛協力関係を背景に、グローバルな規模での通常抑止の強化・安定化のために寄与することも可能となる」(同上、171頁)
さらに、この記述で著者が述べているのは日米共同作戦において対ソ攻撃を実施できる態勢を整えておくことですが、これは先ほど述べた米国のオホーツク海への進出を支援することが念頭に置かれています。

オホーツク海に米軍の海上部隊が展開し、そこで対潜作戦を遂行できるとなると、東アジアの戦況によってはソ連軍の弾道ミサイル搭載潜水艦に大きな損害が出ることが予想されます。こうした米軍の攻勢作戦を促進するためにも、自衛隊が第一撃を受けても残存し、基地機能を確保することが重要な課題であると考えられるのです。

むすびにかえて
以上の考察から分かるのは、日本が他国の戦略の成否に重大な影響を及ぼすほどの重要な位置を占める国であることを自覚すべきということでしょう。

この論文で述べられている日本の防衛上の役割は、過大に評価されていないとは言い切れません。

しかし、東アジア情勢においてソ連が確保しようとするシーレーンに対し、日本がこれを封鎖できる特異な地理的位置関係にあり、これによってヨーロッパ正面におけるソ連の戦略が大きな制約を受ける危険があったことは確かです。

普段の何気ない生活で、自分が住んでいる地域が軍事的にどれほど価値があるのかを認識する機会などほとんどありません。そのために、その価値に最初から気が付かない人や、その価値を過小に評価してしまう人も少なくありません。

しかし、そうした戦略的価値は国家の政策を立案し、また戦争の指導に当たる人々にとっては大きな意味を持っており、常に念頭に置かれているということを理解しておくべきではないでしょうか。

KT

参考資料
写真:陸上自衛隊第2師団HP・写真馬鹿(http://www.mod.go.jp/gsdf/nae/2d/bakatop/syasinnbaka/top1.html)

関連記事
論文紹介 米ソ決戦における米海軍のASW戦略
事例研究 1986年の日米共同統合演習で見えた課題

0 件のコメント:

コメントを投稿