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2016年9月16日金曜日

国土防衛を考えるための軍事地理学

国家は領域(territory)、人民(people)、主権(sovereignty)の3つの要素から構成されると言われています。地理はその国家の特徴を規定する最も重要な要因の一つと述べても過言ではありません。しかし、具体的にどのような視点から国土の地理的特徴を考えればよいのでしょうか。

今回は、軍事地理学の観点から、国家の政策に与える影響を理解する上で、立地、面積、形態という三つの視点が重要であることを紹介したいと思います。

その国家はどこに立地しているか
ロシアは世界最長の海岸線を持っているものの、その大部分が北極海に面している。海上交通を拡張する際に、さまざまな制約がある立地であり、領土や勢力圏を拡張しやすい正面は、陸続きとなっている東ヨーロッパ、南コーカサス、中央アジア、東アジアが挙げられる。
国家の発展にとって立地は極めて重要な問題であり、特に海上交通を発展させる余地がどれほどあるかによって、その経済力、軍事力の拡張可能性にも大きな差が生じてきます。
海洋は陸地を分割する天然の障害であり、陸上交通を制約しますが、同時に海上交通を促進するという二面性があります。つまり、沿岸部を起点にすることで、さまざまな地域に海上交通を展開することが可能となるのです。
この問題について研究者のコリンは次のように述べています。
「いかなる海洋にも接近できない国家は、全世界に対して軍事力を投射することはできなかった。1848年から大西洋と太平洋、そして全ての大陸に向かって開放され、また保護されていた不凍港を持つ米国は、一地域から別の地域に素早く軍事力を展開することが可能であった。世界の列強でこれだけの行動の自由を享受した勢力は存在しない。大西洋、太平洋、北極海に面するロシアは、世界最長の沿岸を持っているが、その艦隊は外洋に進出するのに不便であり、毎年の冬季には港湾が雪で閉ざされるため、艦隊がそこに閉じ込められてしまう。例外は黒海にある基地と、メキシコ湾流が極寒の海水を温めるノルウェー北端付近の基地だけである」(Collins 1998: 11)
これとは別に政治地理学の研究者である国松(1957)は、海洋的位置と内陸的位置で国家の領域を区別できると論じており、さらに詳細な海洋的位置の分類として周縁国(海岸国)、半島国、島嶼国、内陸国に区分しています(国松 1957: 140-60)。やや形式的すぎるとも思われる分類方法ですが、これはいわゆる「海洋国家」と「大陸国家」という考え方を裏付けるものです。

どれだけの面積を支配しているのか
アメリカは962万平方キロメートルを領有する国家であり、これは全世界で比較するとロシア、カナダに次いで三番目の国土面積であり、中国の領土とほとんど匹敵する広大さである。ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴなどの大規模都市を国内に複数保持している。
国土面積から国家を大国家、中国家、小国家に分類する学説もありますが(国松 1957: 238-40)、国土面積が直接的にその国家の政治的地位を決定するわけではありません。オランダやイギリスのように、小国家であっても全世界に勢力圏を広げた事例もあります。とはいえ、軍事地理学の視点から考えると、国土面積が特定の軍事作戦の成否に影響するということは十分ありえることです。
「陸上、海上において防御者は縦横に機動が可能なだけの空間をより好むものである。必要があれば、再編成、増援、再展開を行うための時間的猶予を獲得するために空間を敵に差し出すこともある。これは補給路が伸びきった敵の侵攻が限界に達した際に、攻勢に出るためのものである。小さなルクセンブルクはひどいイタチごっこを演じてきたが、帝政ロシアはナポレオンの侵攻を弱体化させるために縦深防御を活用した。モスクワは1812年に占領され、焼き払われたが、冬の訪れると取り戻された」(Collins 1998: 17)
また、政治学者のモーゲンソーは核兵器が登場したことで、国土面積の優位がますます重要な意味を持つようになっていることを次のように指摘しています。
「国力のひとつの源泉としての領土の規模の重要性は核戦争の可能性によって高められている。核保有国は、敵国に対する核の脅威を確実なものにするために、その核施設ばかりでなく工業中心地や人口集中値を分散するに十分な広がりを持つことのできる領土を必要としている。各破壊力が広大な範囲に及ぶのに、自国が比較的小規模の領土しか持っていないということによって、イギリスやフランスのような伝統的な国民国家は、核の脅威を信憑性あるものにする能力において、極めて不利な条件を持つことになる。アメリカ、ソ連、中国のような国家が主要な核大国の役割を果たすことができるのは、まさに準大陸的規模の領土を持っているからである」(邦訳、モーゲンソー『国際政治』122頁) 
国土が狭ければ、それだけ兵力を集中しやすいと言えますが、その反面で後退行動により時間的猶予を獲得することもできませんし、核攻撃に対する脆弱性も増してしまう場合があるということです。こうした特徴を理解しておけば、大国家、小国家のいずれにもそれぞれ利害があるということが分かります。

細長く、不連続な国土は軍事的に不利である
日本の領土は南北に伸長しているだけでなく、複数の陸地によって領土が分裂しているため、少なくとも形態的には最も防衛が難しい形態であると言える。南北に兵力を移動させることが難しいだけでなく、鉄道、港湾、空港を攻撃するメリットが敵にとって大きいため、それらを保護することが防衛上重要となる。
国土の形態はさまざまな方法で分類することができますが、円形の国土が理想的であるという考え方が軍事地理学にはあります。その理由とは、国土の中心に部隊を配置しさえすれば、そこから理論上どの国境線上に対しても最小限の時間で部隊を展開できることにあります(Collins 1998: 18)。
例えば、研究者の服部は領土の形態を団塊形態と伸長形態に区分した上で、「団塊形態を領土の幾何学的中心からいずれの国境線へもおおむね等距離にあるようなものであるから、いずれの方向へも同一時間で国境への兵力移動を行うことができる」(服部『防衛学概論』220頁)と論じています。これはまさに円形に広がった国土が軍事上の利点を持つことを示唆する議論です。

しかし、それは理論上の議論であって、現実の国家の領域にそのような形態は見られません。現実的な国家の領域の形態を考えるためには、伸長形態(elongated shapes)、不連続形態(discontinuous shapes)、分裂形態(fragmented shapes)という3種類の特徴に注目すべきとコリンは論じています。

・伸長形態 イタリアやチリなどのように、領土が特定の方向に向かって細長く広がっている国土形態です。敵が侵攻する方向によっては大きく縦深を確保できるのですが、側面を取られて国土が容易に分断される恐れも大きく、さらに国土面積が小さくても、中央に配備した兵力を国境にまで移動させる際に時間を取られやすいという特徴があります。

・不連続形態 一つの陸地に領土があるものの、国土と国土の間に他国の国土があるため、飛地になる箇所がある国土の形態です。アラスカ州を領有するアメリカや、カリーニングラード州を領有するロシアのような国がこれに該当します。その国家が攻勢作戦を実施する場合、飛地を利用して兵力を二正面から前進させることもできますが、防衛の場合には飛地が孤立しやすいため、やはり防衛上不利な形態と言えます。

・分裂形態 日本やフィリピンなどのように、複数の陸地によって領土が構成されている形態のことです。著者はこの特徴として「分裂形態は主に日本やフィリピンのような島嶼国家に主に見られ、各個撃破されやすい。最も注目に値するのがインドネシアの事例であり、これは数千の島々によって構成されており、多数の無人島がそこに含まれている。それは東南アジアの沿岸およそ3000マイル(4825キロメートル)を構成しており、これは米国の大西洋岸と太平洋岸の距離に匹敵する。広く分割された土地においては協調された攻勢または防勢作戦を実施することが困難であり、ティモールのようないくつかの事例では、分離独立運動を助長した」と説明しています(Collins 1998: 24)。

むすびにかえて
これらの要素を総合的に検討すれば、理論上どのような国家の領土であっても、その軍事的な利点と欠点の両方を判断することが可能となります。また、そのような地理的特徴をどのような政策、戦略によってカバーしているのかを検討することもできます。

普段何気なく眺めている地図も、このような視点に基づいて詳細に読むことを心掛けると、さまざまな特徴を見出すことができるようになります。
例えば、日本の国土の立地、面積、形態を改めて考えてみると、東アジア地域の海上交通の要域に立地しており、また九州や北海道から前進してくる敵に対して縦深を確保することはできますが、太平洋の海上優勢を握られてしまうと、直ちに首都圏が危険に晒されるほどの国土面積しかありません。さらに南北に細長く伸長しており、また島国という特性上、領土における兵力の移動は海路や空路に依存せざるを得ず、全体として各個撃破されやすい形態である、ということが分かります。

ここで述べたことは、軍事地理学の初歩ではありますが、さまざまな時代、地域に成立した国家の地理的特徴を軍事的観点から研究する際の出発点となるものです。見慣れた地図でも、読む人の視点が変われば、新しい発見があるはずです。

参考文献
Collins, John M. 1998. Military Geography for Professionals and the Public, Washington, D.C.: National Defense University Press.
国松久弥『政治地理学概論』風間書房、1957年
Morgenthau, H. J. 2005(1948). Politics among Nations: the Struggle for Power and Peace, 7th edition. New York: McGraw-Hill Humanities.(邦訳、モーゲンソー『国際政治 権力と平和』現代平和研究会、福村出版、2008年)
服部実『防衛学概論』原書房、1980年

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