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2016年5月22日日曜日

戦闘陣の正しい使い分け方

戦闘で任務を遂行するためには、その部隊の能力が適時適所で発揮できるように配置されていなければなりません。戦術学の研究では、戦場で部隊を配置する方法を戦闘陣(combat formation)として区別します。これは戦術を理解する上で非常に重要なポイントであり、さまざまな戦史を理解する手がかりともなる論点です。

今回は米軍の教範で示された分類方法に基づいて、その代表的な戦闘陣のいくつかを紹介することにし、その利害得失について一般的に説明してみたいと思います。

なぜ戦闘陣は重要なのか
戦闘陣の適否は任務、敵情、地形によってさまざまな仕方で変化してくる。
特に地形は選択可能な戦闘陣を直ちに規定する要因であり、起伏が険しく、また視界が狭まるほど、部隊を統制しにくくなる傾向が生じてくる。さまざまな状況に即した戦闘陣を使い分けることができることは戦術能力の重要な要素である。
戦術は戦闘において任務を遂行するための部隊の行動を規定するものですが、戦場のどこに部隊を配置するのかという問題は非常に重要です。
「戦闘陣は上級指揮官の企図及び任務に適応した態勢を保ちながら戦場で部隊が移動することを可能にするものである。部隊は攻撃が進展する間に複数の戦闘陣に展開することができるが、それぞれの陣形には利点と欠点がある。また、その特定の状況を考慮しながら、戦闘陣を構成する隷下の部隊も各々で戦闘陣を展開できる」(FM 3-90-1: 1.26)
例えば、ある師団が攻撃、前進する場合でも、漫然と手持ちの部隊を戦場で横一列に展開させることは危険です。
そのような陣形を形成すると、戦闘正面が増大して両翼が過剰に離れてしまいます。また戦闘が始まってから敵が味方の一翼に戦力を集中させてきても、味方の部隊は第一線に展開して交戦中となるため、増援として用いれる部隊がない状態になります。

敵の動向をいち早く察知するための前衛や側衛、後衛を区分し、その上で部隊の大部分を主隊として温存しておかなければなりません。しかし、その組み合わせ方も任務、敵情、地形によってさまざまに変化するため、一概にこの陣形が最良ということはありません。それゆえ、歴史を通じて国力国情に応じた戦術を具体化する戦闘陣の研究が重ねられてきました。

日本語の文献で戦闘陣の意義を述べたものはあまり見られませんが、一般向けに書かれた戦術の解説として松村(1995)は、「戦闘陣は、古代から今日にいたるまで、各国が総力をあげて開発をすすめており、各国の戦術ドクトリン(教義、考え方)が濃縮されているといってよい」と述べており(松村, 1995: 39)、このことからも戦術研究における戦闘陣の重要性を読み取ることができます。

さまざまな戦闘陣の特徴
ここでは基本的な戦闘陣として縦陣、横陣、斜行陣を紹介します。それぞれの陣形には戦術的な利点と欠点の両面があることについて説明したいと思います。

縦陣(column, column formation)
縦陣は前後に部隊が展開する戦闘陣であり、最も基本的な陣形の一種です。主体の周囲には前衛、側衛を配置させ、敵と遭遇戦になれば主隊に先んじて交戦することにより、主隊がどの方向に対しても展開できます。何よりも縦陣はさまざまな地形に応じて素早く前進できる機敏さという利点があります。
もし左右両翼から側面攻撃を仕掛けられても、全体の戦闘力をすぐに敵の方向に指向できる点も大きな特徴です。
縦陣に展開している旅団戦闘団の一例。
前衛、側衛が警戒に当たり、主隊が前後に並んで展開している。
(Ibid.: 1.26)
米軍の教範では、縦陣の特徴として以下のようなものが挙げられています。
・大規模な部隊を素早く移動させることに最良な陣形であり、特に経路と視界が制限されている状況に適している。
・全部隊の内、ごく少数の部隊を敵と接触させることができるため、統制しやすく、また指揮官が戦力を迅速に集中させることができる。
・他の陣形に容易に移行することができる。
・険しい地形においても機能する(Ibid.: 1.26-1.27)

とはいえ、あらゆる陣形と同じように縦陣にも欠点があります。こうした戦闘陣の弱点を考える際に重要なポイントは正面と縦長のバランスです。
縦陣の最大の弱点は正面が非常に狭く、味方の戦力規模が大きくてもそれに見合う戦闘力を直ちに敵に指向できません。
いわば縦陣は火力を発揮することよりも部隊の機動を重視した陣形であり、本格的な戦闘が開始されると直ちにそのため、より戦闘力を発揮しやすい陣形転換を図ることを前提としたものと言えます。

横陣(line, line formation)
横陣は隷下の部隊が互いに横に並んで機動する戦闘陣の一種であり、縦陣よりも正面に対して戦闘力を発揮しやすい態勢です。
下の図では砲兵や司令部が背後に控えているため、一見すると縦陣と同じような形に見えるかもしれませんが、直接的に戦闘力を発揮する部隊は前方で左右に展開しており、横陣であることが分かります。
横陣に展開した部隊の一例。
最も前方に警戒部隊が配置されており、その背後には主力が左右に並び、その背後には砲兵があり、さらにその背後には直接戦闘を遂行しない司令部、後方支援の部隊が展開している。(Ibid.: 1.27)
戦術の観点から見た横陣の利点は以下の通りです。
・敵と接近した状態で部隊が移動し、また打撃を与えることを容易にする。
・戦場で大きな正面を確保することを可能にする。
・射撃による攻撃または射撃陣地からの支援を行うための陣地占領に有利である(Ibid.: 127)。

また不利な点については以下の通りです。
・戦闘陣に縦深が乏しいために、自在に部隊を機動させることができる余地が小さくなる。
・横陣に展開すると左右両翼に対して限られた火力しか発揮できない。
・正面に広く戦力を展開する分、予備として拘置できる戦力は減少する。
・横陣に展開した部隊は陣形を保持したまま移動することが難しく、険しい地形や視界の制約の影響を受けやすい(Ibid.)。

斜行陣(echelon, echelon formation)
斜行陣は正面に対して左右どちらか一方に傾斜する陣形です。
この陣形が独特なのは、部隊の正面と側面(左右どちらか)に対して同時に火力を発揮しやすい点です。この特性を活用できれば、敵の弱点を突くこともできるため、戦術の幅が大きく広がるのですが、敵の配置や状態に関して事前に情報を得ていなければ、使いこなすことが難しい陣形でもあります。

斜行陣に展開した部隊の一例。
左に傾斜した斜行陣は正面と左翼に警戒部隊と戦闘部隊の大部分を配置させる。
(Ibid.: 1.27)
米軍の教範では、斜行陣の利点が次のように説明されています。
・地形が開けた平野において部隊の行動を統制しやすい。
・味方の部隊の火力を前方または側面に対して集中させることを可能にする。
・敵と遭遇した際に味方の全戦力が一度に交戦状態になるわけではないため、部隊の運用を柔軟にする上で利点がある(Ibid.: 1.27-1.28)。
ただし、斜行陣は一方の側面に対してのみ火力を発揮しやすい陣形ですので、反対の側面に対して火力を指向する際には不都合があります。しかも地形の制約によって部隊行動が統制できない場合もあります(Ibid.: 1.28)。

まとめ
今回は基本的な戦闘陣のさまざまな特性について一般的に解説しました。戦術を研究する際には戦闘を空間的に把握することが重要であることが分かって頂けたと思います。
指揮官が部隊が戦闘力を発揮すべき方向と戦闘陣の形態をうまく合致させないと、全体としての相対戦闘力で優勢であるにもかかわらず、実質的に発揮できる戦闘力が限定されてしまうのです。そのため、戦闘では敵の主力を誘致することで弱点を突くことが可能になってしまうということです。

時代や地域によって主流の戦闘陣は変化しますし、状況によってその意味合いも変化しますが、こうした変化をきちんと理解するためにも戦闘陣について理解することは重要なことであり、また戦術を研究する上で重要な出発点ともなります。

KT

参考文献
U.S. Department of the Army. 2013. Field Manual 3-90-1, Offense and Defense, Vol. 1, Washington, D.C.
松村劭『戦術と指揮』文藝春秋、1995年

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