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2016年3月23日水曜日

論文紹介 広正面防御では「縦深」が重要である

長い国境を持つ国家の陸軍では、広正面防御(expanded defense)が重要な戦術上の課題となります。広正面防御とは、正面が我の戦力に比して著しく広いために、部隊間の相互支援が制限される状況で行われる戦術的防御の一種です。言い換えれば、普通の場合よりも広域に部隊を展開することになるため、広正面防御は防者にとって不利な防御の方式なのです。

今回は、師団運用の観点から広正面防御の適切な方法について考察した論文を紹介したいと思います。

文献情報
Betson, William R. 1987. The Problem of Width: Division Tactics in the Defense of an Extended Front, Monograph, Fort Leavenworth: U.S. Army Command and General Staff College.

広正面防御で「戦力の集中」を重視すべきなのか
この論文が執筆された1980年代、西ヨーロッパ防衛に当たる北大西洋条約機構の主力である米軍では、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構の部隊に対して広正面防御を行う戦術を明らかにすることが求められていました。

当時の米陸軍の編制を見ると、1個の歩兵大隊は1キロメートルから5キロメートル程度の正面にわたり防御陣地を占領する能力がありました。
したがって、5キロメートルよりも広い地域に1個大隊を展開しようとすると、現場では人員不足に陥るため、戦闘力を有効に発揮できません。
そこで当時の米陸軍の教範では広正面防御においては特定の要点を防御し、他の前線に部隊を配置しないことで、戦力の節約と集中を図るように指示されていました(Betson 1987: 4-5)。
確かに、教範が示した考え方であれば、味方の戦力の集中は容易ですが、味方の防御陣地がごく一部の地域に限定されるため、敵がその弱点を突いて味方に攻撃を加えると、対応できない恐れがありました。
著者はこの点を「広正面に対して戦力を節約し、危険を冒すことが必要であるならば、敵による可能行動に作戦計画をある程度は依拠せざるをえない」と指摘しています(Ibid.: 9)。

錦江線の戦い(1950)における広正面防御の問題
ウィリアム・ディーン(1899-1981)
第二次世界大戦ではヨーロッパ戦線で第四十四歩兵師団を指揮した功績を持つ。
朝鮮戦争では第二十四歩兵師団を指揮して北朝鮮軍と戦った。
この主張を裏付けるため、著者はいくつかの事例を分析していますが、朝鮮戦争におけるKun川の戦いもその一例とされています。この戦闘は米軍が北朝鮮軍に敗北した事例ですが、広正面防御で要点のみを防御する危険が示されていると著者は判断しています。

1950年、北朝鮮軍が韓国へ侵攻を開始したことを受け、ダグラス・マッカーサーは日本に駐留していた第八軍の部隊を韓国へ急行させます。その部隊の一つが第二十四歩兵師団であり、師団長だったディーン(William F. Dean)少将は退却する韓国軍を支援し、北朝鮮軍の攻撃を食い止める目的を持って、Kum川に主抵抗線を引くことを決めました(Ibid.: 10)。

第二十四歩兵師団の戦力は11,000名から成る3個連隊(6個歩兵大隊)、砲兵大隊の戦力を併せて考えても、防御正面はおよそ25キロメートルが限界と見積もられていました(Ibid.)。しかし、ディーンにとって不利なことに、戦場には北朝鮮軍が使用できる道路が二本もありました。
すでに前線からの報告で、北朝鮮軍の歩兵は路上、路外関係なく前進することが判明していたため、ディーンは広正面防御の問題に直面することになりました。
1950年7月13日の朝鮮戦争の戦略情勢。
朝鮮半島の東部から西部にわたる広い地域で北朝鮮軍が攻勢に出ている。
第二十四師団は西側から二つ目の防御陣地にあるが、ここに北朝鮮軍の二個師団が攻撃を加えていることが読み取れる。また、米軍、韓国軍の防衛線の全体の配備から見て、第二十四師団が最も南方に位置するため、敗退すれば防衛線の全体に与える影響も大きいことが分かる。
この時、ディーンは北朝鮮軍が二本の道路にそれぞれ1個師団を充て、前進してきているとの報告を受けます。この情報に基づき、ディーンは北朝鮮軍が二本の道路に沿って攻撃してくると判断し、錦江の道路沿いにそれぞれ1個連隊を配置し、残余の1個師団は予備として後方に拘置する陣地防御の戦術をとりました。

一方、北朝鮮軍では開戦から連続で戦闘を続けてきたことによる人員と武器の不足が深刻な問題となっていました。
特に東側の経路を前進していた第四師団の戦闘力の低下は著しく、人員は5,000名から6,000名、戦車は20から30両、火砲は45門しか残っていなかったので、師団の戦闘力は半減していました(Ibid.:)。そして、もう一つの第三師団もほとんど同じような状態に陥っていたのです。

したがって、北朝鮮軍と米軍の戦力比は絶対的に米軍に不利ではありませんでした。米軍は河川防御を準備していたため、北朝鮮軍が渡河攻撃を行えば、大敗する危険もあったのです。

北朝鮮軍の浸透による米軍の防御陣地の崩壊
1950年7月14日の錦江線の状況。
赤色が北朝鮮軍、青色が米軍を表しており、×と表記されている部隊は歩兵、斜線で表されているのは偵察、●で表されているのは砲兵である。
錦江線を主抵抗線として米軍が道路沿いに部隊を展開していることが分かる。
渡河攻撃を成功させるため、北朝鮮軍は米軍の陣地を偵察し、その結果から特定の防御陣地に戦力を集中させる攻撃は成功の公算が小さいとの判断に至り、より広い正面で浸透を行う方針が決められました。これは敵の防御陣地の背後にある砲兵陣地や指揮所を目標として、広い正面にわたり突撃を行わせる攻撃の一種です(Ibid.: 11)。

7月14日午前8時、北朝鮮軍は一斉に渡河攻撃を開始すると、北朝鮮軍の予想した通り米軍は防御陣地の正面に砲兵火力を集中させ、北朝鮮軍の突撃を頓挫させます(Ibid.: 11)。
しかし、ディーン少将は北朝鮮軍の攻撃があまりに広範囲にわたるため、どこに予備を投入すべきか判断が遅れました。この間に米軍の主抵抗線を通過した北朝鮮軍の部隊が米軍の砲兵陣地に到達します。
北朝鮮軍による攻勢作戦の概要。(この地図では右側が北となる)
左側に防御者の米軍、右側に攻撃者の北朝鮮軍が展開。
北朝鮮軍の部隊は米軍の防御陣地で一部壊滅したが、残りの部隊が背後に浸透し、米軍の砲兵陣地を撃破している。
(Kutson, 1987: 42)より引用。
ディーンの予想を超える速さで北朝鮮軍は米軍の防御態勢を切り崩していきました。
まず、第三十四歩兵連隊が守っていた左翼で北朝鮮軍の第四師団、第十四歩兵連隊が浸透に成功し、米軍は各地で恐慌状態に陥った部隊が退却します(Ibid.: 11)。
さらに米軍の右翼でも北朝鮮軍の第三師団の内で2個中隊が浸透に成功し、米軍の砲兵を撃破する戦果を上げました(Ibid.: 12)。
浸透に成功した北朝鮮軍の部隊の個々の規模はそれほど大きくありません。しかし、これらが一旦米軍の防御陣地の奥深くにまで浸透すると、正面の防御陣地に配置されていた師団の部隊は孤立してしまい、これに効果的に対応することができなかったのです。

北朝鮮軍が偵察に基づいて米軍の主抵抗線の弱点を突いて攻撃してきたことを考慮すると、ディーンの広正面防御が失敗した背景には、戦力の集中と節約を重視したことが関係していたことが考えられると著者は主張しているのです(Ibid.: 12)。

広正面防御で鍵となるのは縦深の大きさである
この研究ではその他にもさまざまな歴史的事例が検討されていますが、著者はそれらを総合した上で次のように述べています。
「広正面防御の問題に関してどのような結論が得られるのか。戦術を変えるべきである、というのが私の答えである。通常の正面であれば、指揮官は敵の攻撃を早期に撃退するために、最も敵が現れそうな経路に味方の戦力を集中し、現在の米軍の教義に従ってもよいが、広正面防御ではそうすべきではない。私は指揮官が敵の主攻がどこに指向されるのかを予期してはならないなどと論じているのではなく、その指揮官が第一に考慮すべきは戦力の集中であってはならないということを論じているのである」(Ibid.: 34)
ここで著者が重視していることは、広正面防御で部隊の配置に縦深を持たせることです。
縦深を持たせれば、どの方向から敵が攻撃を仕掛けてきても、それを正面で食い止める必要はないため、敵の攻撃目標を判断する時間的猶予が大きくなります。そして、敵の主攻の方向を捕捉できたならば、味方の予備を投入し、そこではじめて敵の撃退を図るのです(Ibid.: 34-5)。
もし当時のディーンが河川から距離を置いて味方の部隊を後退配備させておけば、北朝鮮軍は少数の部隊で米軍の砲兵陣地を攻撃する前に捕捉撃滅されたでしょうし、ディーンは予備を投入するために必要な時間も確保できた、とも考えられます。

確かに防御を考える時には、陣地を維持するため部隊を集中させ、敵の攻撃を陣地の手前で阻止することに意識が向きがちです。しかし、このような考え方は常に戦術的に正しいとは限りません。
著者は広正面防御のような問題に直面した時には、そうした原則に固守することの危険を指摘し、味方の部隊配置に大きな縦深を持たせ、敵を深く引き寄せながら戦う意義を説いているのです。

KT

2 件のコメント:

  1. これは陸軍戦略だけでなく海軍にも当てはまる話ですね。空軍とどう関係してくるのでしょうか。

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    1. コメントありがとうございます。その国家の領土に分布する基地が敵国の領土に接近しているほど、攻勢に出る際には便利ですが、防勢に回ると第一撃で基地機能の大部分が失われる危険が大きくなります。国土の奥深くに味方の基地があれば、敵機はそこに到達するまでに味方の防空網を突破しなければなりませんし、何よりも敵機が基地から遠くまで飛行しなければなりませんので、それだけ燃料の問題が大きくなります。したがって、広い正面を防御する側が縦深の大きさに比例して有利になるのは基本的に陸海空どの場合でも一般化していえることではないかと思います。

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