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2016年3月31日木曜日

戦略に関心を持ち始めた人のための戦略学入門

戦場で敵と味方が向かい合いながら行う駆け引きだけが戦争ではありません。
いつ、どこで、どのように戦闘を行うのかを主導することができれば、それだけ戦場で味方は有利な条件で敵と戦うことができるためです。
軍事学では国家の安全保障のために国家の軍事力等を運用する方策のことを戦略といい、戦闘において状況に即して任務の達成に最も有利になるように部隊を運用する方策のことを戦術と区別します。

今回は、戦略に関心を持つ人が戦略の基本概念やそれらの関係について一般的に解説してみたいと思います。

戦略の世界ではどのように駆け引きが行われるのか
第二次世界大戦における東部戦線(独ソ戦)の状況図(1941年)。
赤色でドイツ軍、青色でソ連軍の部隊の配置と移動が示されているが、ここではドイツ軍の対ソ攻撃が一定期間でどこまで進展したのかが表記されている。
戦略という概念にも大戦略(grand strategy)、軍事戦略(military strategy)、戦役戦略(campaign strategy)などの分類法があります。
それぞれ重要な戦略研究の分野なのですが、ここでは戦略でも最も下位の分析レベルに当たる戦役レベルの戦略に注目したいと思います。これは研究者によっては作戦レベル(operational level)として区別する研究領域とも関係するものです(軍事学における分析レベルに関しては過去の記事「政治学者のための軍事分析入門」を参照)。

戦略の用語では戦争状態にある国家の領域の全体を戦域(theater of war)と呼びます。作戦レベルの分析ではこの戦域をさらに作戦地域(area of operation)に区分して取り扱う場合もあります。
戦域では、より積極的に敵との戦闘を求めて前進、攻撃を行う作戦の形態を攻勢、反対に受動的に敵の攻勢を待ち構えて防御し、または退却する態勢で行う作戦の形態を防勢と区別します。
便宜的にここでは攻勢を行う側の勢力を敵、防勢を行う側の勢力を味方と呼びます。

戦域で敵と味方の部隊が対峙する地帯のことを正面または単に前線(front)といいます。
敵は攻勢を行うに当たって、どれだけの兵力を使用するのか、また前線のどこで、いつ戦闘を開始するのかを一方的に決定できます。
戦闘ではより大きな兵力を持つ方が勝利を収める公算が大きくなるため、敵は我が方が希望する地点で相手よりも相対的に戦力が優勢であるように部隊を動かそうとします。

防勢に回る味方は、いつ、どこで、どのような攻撃が加えられるのかを知ることができません。
つまり、情報収集や敵情判断を行って、敵の攻撃目標がどこにあるのかを推定しなければなりません。ここに敵と味方の駆け引きが生じてきます。

そこで味方は、敵が攻撃を加えることが可能な地点の全体に警戒部隊の配置と戦闘の準備を行い、正面に沿って防衛線(line of defense)を形成します。
しかし、防勢作戦を行う場合、防衛線にすべての兵力を配置しておくと、敵の攻撃が特定の地点に集中した場合には戦力比が不利になってしまいます。これを避けるために、あえて正面から離れた後方地域に有力な部隊を拘置する場合があります。これを予備(reserve)といい、正面から予備までの距離のことを縦深(depth)といいます。

防勢に回る味方が予備がどこに配置しているのかという情報は、攻勢に出ようとする敵にとって必ずしも明らかではありません。敵は防衛線に配置されている部隊を撃破したとしても、その背後にどの程度の予備が配置されているのかを知ることができないため、安易に攻撃に出ることができなくなるのです。

攻勢、防勢のいずれの場合でも作戦線の保全は戦略上の最重要課題
(筆者作成)
この図で示しているのは、敵が攻勢に出て味方が防勢に回っているという戦況です。
敵が攻勢で使用しているのは2個軍団の戦力であり、それぞれ二本の経路から攻撃、前進していることがこの状況図から分かります。
これに対して防衛線に配置している味方の2個軍団のうち1個の軍団は退却した後に新たな防衛線に配置されていることも示されています。

敵の指揮官の立場で考えた場合、注意すべき事項の一つとして、敵の軍団が攻撃するにつれて、後方の丸で示した作戦基地から遠ざかっていることがあります。
軍団とこの基地の間にある道路は作戦線(line of operation)または兵站線と呼ばれ、これを遮断されてしまうと、前線の部隊は基地からの人員や物資を受け取ることができなくなり、戦闘力を大幅に低下させてしまいます。(外線作戦・内線作戦については以前の記事「二正面作戦は本当に不利なのか」をご確認下さい)

そのため、敵は攻勢がうまく進んでいるからといって、作戦線を無暗に長く引き伸ばすというわけにもいきません。
作戦線が長くなるほど、それだけ兵站支援の困難は増大し、また味方の部隊による後方攪乱や迂回機動を受ける危険も大きくなります。
また敵の指揮官は攻撃が上手く進行していない他の軍団の動向についても配慮する必要があります。運用する部隊の規模が大きくなるほど、幹線道路から外れた経路での移動は困難となるので、側面から支援するというわけにもいきません。

こうした諸要因が重なると攻勢は停止に追い込まれ、また場合によっては退却を余儀なくされます。新たな防衛線で敵と味方が対峙する状況に移行し、戦線が安定している間に、敵と味方はそれぞれ部隊の移動や陣地の構築などの作業を進めるのです。
こうして敵と味方の部隊は戦域で一進一退を繰り返し、その情勢の変化を受けて国家の政治指導者は戦況が自分にとって有利に進んでいるのか、不利に進んでいるのかを認識し、さらに戦争を続けるべきか、和平交渉を相手に提案すべきかを政治的に判断するのです。

簡単なようで奥が深い戦略の世界
戦争を遂行することは、戦闘を遂行することではありません。戦闘がいつ、どこで、どのように行われるのかを決めるのはさまざまな選択肢の組み合わせなのです。
攻勢に出るのか、防勢に回るのかという作戦の基本方針からはじまり、もし攻勢に出るとすれば、敵の防衛線のどこに、いつ、どの程度の戦力を差し向けるのか、防勢に徹するとすれば、敵の攻撃目標をどこだと予想するのか、それに応じた味方の予備の配置をどこにするのか、などの決定が、その戦争の様相を形作っていくのです。

今回の記事で説明したことは、近代以降の戦争でよく見られる攻勢と防勢の間の戦略的な駆け引きの部分だけですので、人によっては戦略というものは案外単純だと思われることがあるかもしれません。
しかし、クラウゼヴィッツの「戦争は他の手段をもってする政治の継続である」という言葉の通り、本来の戦略の研究では攻撃目標の選択や防衛線の配置などを定めるに当たって、国家の対外政策の目標や周辺諸国の政治情勢という厄介な要因も大いに関係してきます。
政治的側面と軍事的側面の両面から検討する必要があることが、戦略の研究をより一層奥深いものにしており、多くの研究者の関心を引き付けているのです。

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文献紹介 なぜナポレオンは強かったのか
事例研究 作戦線から見た太平洋での米軍の戦略

文献案内
戦役レベルの戦略について解説した文献で最も古典的な文献はジョミニの『戦争術概論』ですが、その他にもさまざまな研究文献が出されています。

Baron Antoine Henri de Jomini. 2007. The Art of War, Mendell, G. H., and Craighill, W. P., Trans. New York: Legacy Books Press.(ジョミニ著『戦争概論』佐藤徳太郎訳、中央公論新社、2001年)
19世紀の著作ですが、この著作の第三章「戦略」の部分は、今なお戦略研究の基本概念を解説したものとして読む価値があります。ただし、邦訳を参照する際には全訳になっていない点にはご注意下さい。

Liddell-Hart, Basil H. 1967. Strategy: The Indirect Approach, London: Faber & Faber. (邦訳、市川良一訳『戦略論 間接的アプローチ』全2巻、原書房、2010年)
リデル・ハートの著作では、さまざまな時代の戦略が検討されているため、歴史上にどのような戦略の事例があるのかを知る上でも非常に有用な文献です。ただし、リデル・ハートは戦史の研究に関して読者に相当の戦史と地理の知識があることを前提にしている部分があるので、事前に軍事史を十分に研究しておいた方が望ましいかもしれません。

Biddle, Stephen.  2004. Military Power: Explaining Victory and Defeat in Modern Battle, Princeton, NJ: Princeton University Press.
ビドルは戦役レベルの戦力運用を研究するために数理モデルのアプローチを適用しており、そのモデルを用いて戦力運用が戦力の規模や効率よりも大きく結果を左右することを示すシミュレーション分析を展開しました。非常に高い水準の軍事分析となっており、研究成果だけでなく、シミュレーション分析や事例分析の手法についても参考になると思います。

KT

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