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2016年3月16日水曜日

論文紹介 日本のシーレーン防衛と陸上自衛隊の意義

日本は対外貿易のほぼすべてを海上交通に頼る国家であり、シーレーンに加えられる脅威は直ちに日本の安全保障にとって深刻な悪影響を及ぼす危険があります。
このような安全保障環境において日本が重視すべき防衛力とは、第一に海上戦力、第二に航空戦力と考えられ、陸上戦力の位置付けは第三に置かれてしまいがちです。
しかし、だからといって陸上戦力の人員や装備の充実は軽視されても良いという考え方は短絡的であり、陸上戦力が海洋国家の安全保障にとってどのような意味を持つのかを理解することが重要です。

今回は、日本のシーレーン防衛における陸上自衛隊の役割を考察した論文を紹介し、その成果について検討してみたいと思います。

論文情報
吉富望「海上交通の安全確保における陸上自衛隊の役割――海洋国家の陸軍種として――」『国際安全保障』第43巻、第1号、2015年6月、106-122頁

シーレーン防衛の重要性と陸上戦力の役割

鹿児島県志布志市にある国家石油備蓄基地。
日本では全国に備蓄基地が10カ所建設されており、官民合計で約190日分の消費量を支える水準の備蓄がある。原油輸入に使用するシーレーンが脅威を受けた場合には、経済産業大臣の権限に基づいて使用することが可能。
日本にとってシーレーンがどれほど重要なものであるかということは、すでに広く知られていますが、特にその理由として大きなものとしてエネルギー資源、特に原油資源の確保に必要であることが挙げられます。
第二次安倍内閣で策定された『国家安全保障戦略』でも、「海上交通の安全を確保するとともに、各国との海洋安全保障協力を推進する」ことが述べられていることを著者は紹介し、その防衛が日本の安全保障上の課題であることを説明しています(吉富、106頁)。

しかし、このシーレーン防衛の課題に取り組む手段を海上戦力に限定して考えることは適切ではないと著者は論じています。なぜなら、シーレーンに対する脅威は必ずしも海上作戦だけで対処できるとは限らないためです。

ティル(Geoffrey Till)の研究では、海上交通にとっての脅威に地域紛争、テロリズム、海賊、事故や災害などの不測事態の四種類があるとされていますが、著者は不測事態以外はいずれも陸上の状況に根本的な原因が存在していることを指摘しており、また海上交通路の起点と終点になる港湾施設の警備もシーレーン防衛にとって欠かすことができないと論じています(同上、107頁)。
このように考えていくと、そもそも海上交通路は航路周辺の地形や、航行のためのインフラがなければならないという事実がシーレーン防衛においても重視すべきことが浮き彫りになります。

著者は海洋戦略の権威として知られる戦略家コーベット(Julian Corbett)の「人間は海上ではなく陸上において生活しており、国家間の戦争の大勢は――稀な例を除き――領土や国民生活に対する陸軍の行動、あるいは艦隊がこうした陸軍の行動を可能にするという恐怖によって決せられてきた」という言葉を引用し、シーレーンが陸上と深く相互に影響し合う関係にあることを考えず、安易に海上戦力で防衛すべだという考え方の問題点を示しています(同上、108頁)。

日本のシーレーンに対する脅威の評価

現代の海上交通路の中でも特に集中的に利用されている航路を赤く示した地図。
日本から南シナ海を通過してインド洋、紅海、地中海へと入り、大西洋に抜ける南回り航路がはっきりと赤線で確認できる。
日本にとって重要な航路としては他にも北太平洋航路があり、将来的には北極海航路の重要性も増大する可能性が指摘されている。
日本が重視すべきシーレーンを著者は三航路に大別して検討しています。
まず日本から南シナ海、マラッカ海峡を経てインド洋に出る「南回り航路」、日本から太平洋を経て北米、パナマ運河へと至る「北太平洋航路」、そして近年重要性が高まっている日本からベーリング海峡を抜けて北極海に入り、欧州へと至る「北極海航路」、以上の三つの航路です。

著者はそれぞれの航路に対して考えられる脅威を次のように評価しています。

(1)南回り航路
本航路に対する直接的な脅威として南シナ海の資源や領有権の問題を背景とする地域紛争の脅威であり、また日本の領土とも近い台湾が中国との関係を悪化させた場合のシナリオも見過ごすことができません(同上、109頁)。
また、中国が南アジア地域で海軍基地を確保する動きを見せていることを挙げた上で、中国がインド洋でのプレゼンスを強化する活動を強めれば、中印関係が悪化する可能性があることも懸念材料とされています(同上)。

さらに南回り航路で深刻なのは船舶に対するテロ行為や海賊行為です。
2011年以降にソマリア沖やアデン湾、紅海で海賊行為の発生件数が減少する傾向にあるものの、東南アジア海域で増加する傾向が見られます。東南アジア海域で報告されている海賊行為は2010年に70件しか発生していなかったものの、2014年には141件に増加しており、東南アジア諸国の海上警備を支援する必要が高まっていることが示されています(同上)。

(2)北太平洋航路
北太平洋航路で重要なポイントとなるのはパナマ運河です。最近の報道によれば2016年4月に完成予定であり、幅49メートル、長さ366メートルの大型船が通行可能となります。このパナマ運河の拡張工事が完了すれば、北太平洋航路の通航量は増加し、特に米国産のシェール・ガスを中心に輸送量が増えるでしょう(同上、110頁)。
幸いにも、この航路に対する脅威は限定的であり、地域紛争の危険も小さく、テロ活動や海賊行為に関しても活発であるとは確認できないと著者は判断しています(同上)。

(3)北極海航路
北極海航路については、まだ本格的に使用されるに至っていない航路ですが、今後の気候変動によって北極海が航路に適した環境に変化していくと見込まれています。
著者は二つの理由で日本にとって大きな意味があると評価しています。第一に、この航路は日本と欧州を結ぶ航路を短縮し、より短時間で欧州と極東の移動を可能にします。第二に、アジア圏で最も高緯度に位置する日本は、北極海航路においてアジアのハブ港としての機能を果たせる位置関係にあり、物流の要となることが期待されます(同上、111頁)。
この航路に対する脅威も大きなものではなく、1996年に設立された北極評議会での国際協力の取り組みもあって政治情勢は安定しており、海賊やテロ活動も活発ではありません。ただ、この航路の利用が増加すると、海難事故に対する態勢を整える必要があると考えられています(同上)。

シーレーン防衛に対する陸上自衛隊の取り組みと課題

スマトラ沖大地震の際にインドネシア国際緊急援助のため陸自は230名の部隊を展開した。
ちなみに、当時の活動の経過を見ると横須賀基地から現地活動開始までに要した時間は7日、命令下達から活動開始までに要した時間は14日である。即応展開の速度をさらに追求する場合には海外拠点を置き、周辺諸国と協力関係を平素から構築する努力が必要となる。
陸自HP(http://www.mod.go.jp/gsdf/fan/photo/international/index.html)より
日本のシーレーン防衛で重点を置くべきは脅威が最も深刻な南回り航路であることが分かりましたが、この航路に脅威を及ぼす原因に対して陸上自衛隊が現在取り組んでいる活動を(1)平時におけるシーレーンが脅威が及ぶことを予防するための取り組みと、(2)抑止が破綻して有事に至り、シーレーンに脅威が及んだ場合の取り組みの二つに著者は分類しています。

陸自が比較的力を入れているのは(1)の取り組みであり、特に南回り航路と直接的に関係する活動にはカンボジアとベトナムに対して行っている平和維持活動に関する能力構築支援があります(同上、114頁)。
また、自衛隊にとって唯一の海外拠点ともいえるジブチの基地には基地警備などのために70名程度の陸自の人員が滞在しており、海自が主体となって行っているソマリア沖、アデン湾の海上交通の安全確保に協力していることにも触れられています(同上)。

しかし、全体として評価すると陸上自衛隊の態勢は南回り航路の安全確保という観点から不完全な部分が多いと著者は見ています。
その理由の一つとして、陸自の内部で海外派遣の主力となる部隊の要員を各方面隊が輪番制で提供する態勢をとっているため、高い専門性を持つ要員を長期的に育成する人事管理ができていないことが挙げられています(同上、115頁)。
著者は「専門部隊」の創設が必要となっており、シーレーン防衛に寄与する国際平和協力活動、国際緊急援助活動、在外邦人等輸送支援、外務省等の活動の支援、民間部門による開発援助支援などに幅広く対応できる態勢を構築することを提案しています(同上)。

また海外におけるプレゼンスの基礎となる基地機能を拡充することも提案として述べられており、ジブチの拠点を拡充するだけでなく、東南アジア地域に拠点を新たに置くことで、南回り航路の安全を長期的に確保できる態勢を構築していくことが期待されます(同上、116頁)。

シーレーン防衛に寄与できる陸上自衛隊

著者は最後にいくつかの研究者の説を取り上げて、状況の変化に応じた態勢の見直しが陸上自衛隊の任務遂行においていかに重要であるかを強調しています。
「自衛隊は、日本の領域及び国民の生命・財産の守護者(ゴールキーパー)であると同時に、日本の繁栄を担保する生命線の守護者(フォワード)でもある。従来、フォワードとしての役割の多くは海上自衛隊が担ってきた。しかし今後、南回り航路の脆弱性が高まり、北太平洋航路や北極海航路の重要性が増すにつれて、フォワードが守備すべき範囲は広がり、実施すべき事項は増えていく。陸上自衛隊は国土防衛の最後の砦としての本質を維持しつつも、今後の日本の生命線の変容に備えて、国益を守る新たなアプローチを見出すべきであろう」(118-9頁)
この研究の結論は日本の戦略を考える上で非常に重要な論点を提示しています。
つまり、日本がシーレーンを通じて多くの資源を手に入れる以上、日本の防衛は日本の領域の防衛で完結しえず、陸上自衛隊も日本の域外にそのリソースをより多く配分する必要があるか否かという、という論点です。

終わりに

安全保障の問題は有限なリソースをいかに配分するかという問題でもあります。
今の日本を取り巻く状況が北朝鮮軍の核開発と中国軍の近代化によって急速に悪化していることを考えた場合、シーレーン防衛を目的とした海外での基地機能の専門部隊の強化すること以上に、島嶼防衛態勢を早期に完成させることの方が戦略上の優先順位は高いのではないか、というのが私の基本的な考え方です。

しかし、著者の議論は日本の今後の戦略を長期的視野で考える際に非常に重要であり、特に東南アジア地域の基地機能の強化は真剣に検討する必要があると思います。
というのも、仮に何らかの要因で米中両国が武力衝突に至った場合、事態が早期に終結せず、長期化するというシナリオも十分考えられるためです。

詳細は省略しますが、これまで米中(中国共産党)が直接間接に戦った事例には朝鮮戦争、ベトナム戦争などありますが、いずれも短期決着が実現していません。中国が多くの犠牲を払ったことは確かですが、彼らは米国から着実に妥協を引き出し、東アジア地域における地位を向上させてきた歴史があります。

もし武力紛争が早期に決着せず、シーレーンが長期にわたって脅威を受けることになれば、日本の本土防衛が根本から成り立たなくなることは国家兵站の観点から必然的に起こり得ることです。
日本の安全保障を考えるためには、こうした地理的事実を基礎に置き、国土防衛とシーレーン防衛のバランスをとることが重要なことであると思います。

KT

4 件のコメント:

  1. http://www.ndtv.com/india-news/chinese-troops-will-be-positioned-in-pakistan-security-agencies-to-government-1286550
    こういったニュースもありますし、インド洋が熱くなりそうですね。
    論文中に海外展開に対応する「即応部隊」が必要という意見が提示されていますし、KTさんも島嶼防衛態勢の強化を挙げておられますから、海兵隊の整備が求められているのでしょうか。

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    1. コメントありがとうございます。海兵隊、つまり水陸両用作戦に専門化した部隊の必要は高まっているとおもいます。フォークランド紛争のようなシナリオの際には、離島奪回の主な手段になると期待されますし、普段から中国軍の動きとそれに対する陸自の戦術を研究する上でも水陸両用作戦の専門知識が必要となります。大事なのはバランスであり、即応展開のための部隊と本格戦闘のための部隊の編制や装備をどの程度の比率で整備すべきかを検討することが重要と思います。

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    2. 割り込みコメントで失礼します。

      その際、「水陸両用作戦に専門化した部隊」とは、米国のように独立軍種にまでなる必要はあるでしょうか。つまり、現在整備が進められている陸自の西部方面普通科連隊では何か不足があるのでしょうか。

      仮に独立軍種とする場合、それは組織的には米国のように海軍(海自)の元に位置づけられるべきでしょうか。あるいは、戦後日本の海自には陸戦能力が整備されてこなかったことや、西普連の存在に鑑み、陸自の元に位置づけるべきでしょうか。

      ぜひご意見をお聞かせください。

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    3. ご質問ありがとうございます。日本の防衛に必要な戦力をいかに見積るのかという問題は、その脅威の規模と様態にも関わる非常に複雑な研究課題であるため、一概に述べることは難しいで、要点のみお答えします。

      日本が持つべき水陸両用戦力の第一の要件は、中国の水陸両用戦力に十分対抗し得る程度の戦闘力を発揮できることですが、これは容易く実現できることではありません。2014年の時点で中国の陸戦隊の規模はおよそ10,000名、水陸両用戦車73両を含め戦闘車両は225両、122ミリが最低でも40門、さらに数量は不明ですが対戦車ミサイル、地対空ミサイルを運用しています。

      これに対してご質問のあった西普連の現状の規模は600名強であり、計画が実現しても3,000名の規模に止まる予定です。水陸両用車は配備される予定ですが、水陸両用戦車の配備は計画されていません。今の日本の財政で中国軍の現有戦力に対抗できる戦力を整備するのは大変厳しい状況にあります。もちろん、実際に着上陸を行う場合は第一空挺団など機動部隊の支援が行われることになるでしょうが、もし中国軍の陸戦隊が戦車、歩兵戦闘車を伴って上陸すれば、最終的に奪回できたとしても、不利な損害交換比で戦わざるを得ないと私は考えています。

      海自の下に位置付けるべきかどうかですが、もし水陸両用戦を拡大していくのであれば、いずれ海自の下に置いた方がよいかもしれませんが、部隊の規模が現状のままならば、陸自部隊の位置付けでも問題無しとの考え方もあるかもしれません。もし米国の海兵隊のように海自の下に置けば、着上陸の訓練をするたびに海と陸の運用訓練幹部が綿密な調整を行う労力や時間が節約できるという利点は期待できますので、水陸機動団をさらに長期的にどう発展させるのかを検討する際に改めて考えるべき問題だと思います。要は長期戦略として水陸両用戦能力をどこまで拡充するかで考え方が変わると思います。

      雑然としたお答えとなり大変申し訳ありません。ご質問との関係する論文を以前の論文紹介に取り上げたことがありますが、質問者様の関心と合致する内容かもしれませんので、示しておきます。
      http://militarywardiplomacy.blogspot.jp/2014/08/blog-post_48.html

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