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2016年2月8日月曜日

論文紹介 戦略だけで抑止論を語ってはならない

戦略は国家の政策目標を達成するために、その国家の保有する軍事力を活用する方法、計画、方針であり、長期的、大局的な視点から物事を考える時には「戦略的に考える」という表現を慣用的に用いることもあります。
しかし、上層部の地図上で部隊が適切に配置、移動できたとしても、それを実行に移す過程で、部隊の運用に問題が生じると、そこから計画は破綻していき、結局は机上の空論に終わってしまう恐れがあります。そして、このような事態は戦争の歴史で繰り返し起きたことでもあります。

今回は、抑止という問題を取り上げて、これを戦略の観点だけでなく、作戦という下位の観点から考察することの重要性を示した論文を紹介します。

論文情報
Crawford, Dorn. 1987. "The Operational Level of Deterrence," Military Review, January, pp. 14-22.

抑止の分析レベルを考える
抑止とは、その行動を起こすことによって期待される利益を費用が上回ると相手に認識させる努力を我が方として講じることにより、潜在的な攻撃を未然に防止することをいいます。
研究者はこれまでにも抑止を研究するために、抑止-防衛、抑止-戦争、核抑止-通常抑止、報復的抑止-拒否的抑止などの分類を考案してきましたが、著者は抑止という概念が曖昧に解釈されているという点を問題として提起しています(Crawford 1987: 15)。
そこで著者は軍事学の分析レベルをより体系的に抑止の研究に導入する必要があると論じています。

全ての学問には分析レベルの区分があります。
経済学にはミクロ経済学とマクロ経済学の分析レベルがあり、政治学でも国家の対外行動を分析する国際政治のレベル、国内の勢力関係を分析する国内政治のレベル、そして政治過程における個々人の行動に注目する個人レベルに分かれます(Ibid.: 16)。
動揺に、軍事学でも戦略、作戦、戦術という三種類の分析レベルが存在しており、それぞれのレベルに抑止の問題があると考えています。

(1)戦略レベルの抑止
戦略レベルにおける抑止の目標とは、米国の領土と死活的権益を脅かそうとする敵国を何をしてでも思いとどまらせることです(Ibid.: 16)。
戦略的抑止はすでに多くの研究が行われていますが、具体的には部隊の編制、機動力、前方展開、即応展開、動員計画、事前集積基地、交戦規定、同盟国との共同作戦、そして究極的には戦略核兵器の運用に関する問題が取り扱われています(Ibid.)。
しかし、戦略レベルだけで抑止を研究するには限界があり、より詳細な作戦的抑止と戦術的抑止の研究が必要であると著者は考えています。

(2)作戦レベルの抑止
作戦は戦略と戦術の中間にあって、両方と関係を持っています。作戦の指導では戦闘部隊の配置と移動、即応態勢の指定、指揮統制や連絡体制、後方支援等が問題となり、抑止もまた具体的な問題として考えることができます。
すなわち、作戦的抑止は作戦地域で敵の潜在的利得を上回るだけの費用とリスクを強いる戦闘能力によって測定されるものです(Ibid.: 18)。
作戦的抑止をさらに詳細に検討する場合には、戦術的抑止が問題となります。

(3)戦術レベルの抑止
戦術レベルの抑止は部隊の運用を分析する上で最も基礎的な分析レベルといえます。
戦術的抑止の目標は戦場において敵に戦闘で勝利を収めることはできないと確信させることであり、それは彼我の武器、部隊、教義、訓練、士気、団結、統率などの要因によって影響を受けると考えられます(Ibid.)。
このように抑止を分類すると、戦術的抑止が作戦的抑止を可能にし、作戦的抑止が戦略的抑止を可能にするような、相互作用の関係があることが分かります。

作戦的抑止の研究が信頼性の高い抑止の実現に繋がる
1980年代、米国はソ連の通常戦力による攻撃に対しては直ちに核戦力を使用することを避け、通常戦力によって対抗する柔軟反応という戦略構想を導入しました。
しかし、著者はこの戦略的抑止が成功するためには、作戦術(operational art)が重要であることを指摘しています(Ibid.: 20)。特に当時の米陸軍で研究がなされていたエアランド・バトルの実効性を作戦レベルで確保することが、戦略的抑止の成功にとっても必要であると考えられています。
「二つの重要な分類がある。拒否的抑止とは、取引過程において、敵の行動によって生じる費用を代償とさせることにより、敵がその所望の利得を得ることを拒絶することを目指すものである。報復的抑止は、敵の損害を将来期待される利益より上回らせることによって、敵が現時点で保有する装備品等を危険な状態にするものである。後者は戦略核兵器により伝統的に実施されてきたが、前者は通常兵器によって実施されてきたものである。しかし、この基礎にある区別は防御・拒否と攻撃・報復として残っている」(Ibid.)
ここで興味深いのは、作戦レベルで攻撃と防御の能力が、作戦的抑止の形態としての報復的抑止と拒否的抑止を可能にすると論じているところです。
さらに著者は作戦的抑止が相手の意思決定に影響を及ぼすためには、報復的抑止と拒否的抑止の二つを組み合わせることが必要であり、そのためには攻撃と防御の能力をバランスよく整備すべきではないかと論じているところです(Ibid.)。

結びにかえて
この論文で著者が若干の指摘を加えているように、政治学、国際関係論、安全保障学では抑止を戦略の観点で考えることに終始する傾向が確かにあります。
抑止を戦略レベルだけでなく作戦レベル、戦術レベルで研究しようとすると、それが作戦、人事、情報、兵站、武器、訓練などが関係してくる非常に複雑な問題であることが分かります。この段階で研究者の多くは後退を余儀なくされてしまいます。

しかし、著者が指摘する通り、抑止をより深く理解するためには、戦略的抑止だけでなく、作戦的抑止の問題に取り組むことは重要な研究課題です。同時にそれは政治学、国際関係論が軍事学の研究とより緊密な交流をもって取り組むべき研究課題ではないかとも思います。

KT

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