最近人気の記事

2016年2月26日金曜日

中間層が減少するほど、政治家は急進化する

今回の大統領選挙についてですが、私は次のような質問を繰り返し受ける機会がありました。
「イデオロギー的に極端で、過激とも受け取れる候補者が、どうして多くの有権者の支持を集めているのでしょうか」
政治学者にとって、この疑問はそれほど難しいものではありません。社会の中で格差が広がり、中間層が減少するほど、極端な立場をとる政治家が支持されやすくなるという事象は、アリストテレスの時代から政治学者にとってなじみ深いものです。

今回は、2016年の大統領選で過激な主張を打ち出した候補が躍進してきた理由を政治学の観点から簡単に説明してみたいと思います。

政治の要諦は異なる階層の利害のバランスをとることである
そもそも政治とは、国家を運営する技術であり、国民が社会的に分裂する事態を防止することも当然その技術に含まれています。

国内の分裂を防ぐ上で、政治家が知っておくべき基本的なテクニックとして、資産を多く持つ上流階級と、資産をあまり持たない下流階級の利害を適切に調整するというものがあります。
古代ギリシアの哲学者であり、政治学者でもあったアリストテレスは、次のようなことを政治の基本的な原則として述べたことがあります。

上流階級の発言権が強くなりやすい寡頭制においては下流階級の利益を重視する政策を行い、反対に下流階級の発言権が強化されやすい民主制においては、上流階級の利益を重視する政策を採用することが重要ということです。
これは一つの国内で階級が発生したとしても、両者の利害のバランスを図り、国内に格差が生じて来ることを防止するための処置です。
(詳細は「講義録 アリストテレスが語る、政治の逆説的論理」を参照)

中間層の増加するほど、穏健派が優勢となり、政情も安定する
アリストテレスは上流と下流の階級の利害はどうしても対立的なものであり、どちらかの階級が国政を支配するような事態になれば、政策は他方の階級を抑圧し、政情が不安定になりやすくなると考えていました。ここで重要となるのが中間層の存在です。

中間層は上流階級と下流階級のどちらの立場からも距離を置き、穏健な政策を支持することができるため、国家の安定化にとって望ましい役割を果たすことが期待されるのです。
「よい政治が行われ得る国家というのは、そこにおいては中間的な部分が多数であって、できれば両極端のいずれよりも強力であるか、それがだめなら、どちらか一方よりは強力であるというような国家だ、ということは明らかである。それは彼らがどちらか一方の側につくことによって、秤はそちらへ下がって形勢は決まり、両派があまりに極端に対立することになるのを妨げるからである」(アリストテレス、169頁)
つまり、中間層が総人口に占める割合が大きくなると、選挙の際に動員できる有権者の比率も増加してくるため、上流階級を形成する富裕層や下流階級を形成する貧困層も、中間層の立場を尊重しなければならなくなります。さもなければ、代表を選ぶ選挙や重要な政策を決める選挙で勝つことはできなくなってしまいます。

こうした中間層の政治的役割によって、上流階級が過剰に富を蓄えることを防止すると同時に、下流階級が富の再配分を徹底させる政策を封じ込めることが期待されるのです。

現代の政治理論で捉え直す中間層の役割
このアリストテレスの基本的な考え方は、現代の政治学の研究でも議論されています。
例えば、アンソニー・ダウンズ(Anthony Downs, 1930-)は多数派を占める有権者の政策選好に応じて、政党はイデオロギーを穏健化させたり、急進化させると説明したことがあります。

ここでの政党とは正規に定められた選挙によって政権を得ることによって、政府を支配しようと努力する人々の連合体として定義されます(ダウンズ、邦訳、26頁)。政党は、市場でシェア(得票数)を拡大するために、人々のニーズ(有権者の政策選好)を見極めて、新たな商品(政権公約)を開発し続ける企業と同じように、絶えず有権者を奪い合う主体として考えることができます。

もし中流階級が多くなれば、政党は可能な限り多くの支持を得るために、自らのイデオロギー的な立場を中道派に近付けようとします。実際、中流階級が多い国では、どの政党を見ても公約、政策が似通ったものとなることがあるのは、このようなメカニズムが働いているためだと考えられており、結果として政権が選択する政策も穏健なものへと収斂していきます。
しかし、中流階級が国民の全体で占める割合が小さくなると、穏健な中道の立場をとることで政党は支持者をかえって失う恐れが出てきます。だからこそ、富裕層や貧困層といった特定の属性を持つ有権者にターゲットを絞り、急進的で過激なイデオロギーを打ち出すことが選挙戦略として合理的な行動となるのです。

ダウンズは社会の中の格差によって、選挙戦における政党の立場に大きな偏りが生じて来ることを次のように説明しています。
「もっと正常な状態で相対立する二つの社会階級があるが、中産階級が取るに足らないものでしかない国々では、人員分布は左に偏り、右端に小さな峰を持つことになりがちである。左側の大きな峰は下層、すなわち労働者階級を表し、右側は上流階級である。ここで民主主義は、もし有効ならば、下層階級が人数の上で優勢であるから左翼政権の成立をもたらすことになろう。まさにこの結果を懸念したがために、ヨーロッパ貴族政治主義者の多くは普通選挙の導入と戦ったのである」(ダウンズ、124頁)
米国の政治情勢は今に始まったことではありません。というのも、米国の社会的分裂をもたらしている所得の格差は1980年代から始まったトレンドであり、今回のような事態が起きることは十分に予測することができるものでした。

米国における所得格差の拡大とレーガノミクスの影響
1945年から2014年の米国における所得格差の拡大の推移。
青線が納税者ごとの平均所得、赤線が所得水準上位10%、黄緑線が上位5%、紫色が上位1%の人々の平均所得。
1980年代後半から急激に上位1%の所得水準が上昇する傾向にあると判断できる。
The World Wealth Top Income Databaseのデータにより筆者作成。
ここでは米国で格差の拡大がどの程度進んでいるのかを大まかに把握しておきたいと思います。米国の税務当局の統計によれば、米国では1980年代の後半から高額納税者が急激に増加する傾向にあり、平均的納税者との所得格差は広がる傾向が見られます。
この時期の歴史的経緯を振り返ると、1981年に大統領に就任したレーガン(Ronald Reagan)が「レーガノミクス」と呼ばれる経済政策を打ち出し、所得税の減税と、軍備、社会福祉の支出拡大を推進していました。

こうした経済政策の狙いは、当時の米国で起きていた景気悪化と物価上昇の同時進行、つまりスタグフレーションの解決であり、レーガン政権は所得税の引き下げを進め、設備投資を拡大させようとしていました。とはいえ、この問題はレーガン政権だけのものというわけではなく、きっかけに過ぎませんでした。その後も、紫色で示した所得水準上位1%に当たる納税者の平均所得が順調に伸びている一方で、大多数の納税者の平均所得がほとんど伸びていません。

むすびにかえて
政治は国家を運営するための技術であり、そこには国家の課題を特定し、将来にわたって持続していくために必要な政策を選択していくことも含まれています。しかし、選挙戦で勝たなければ失職する政治家にとっては、支持者を動員することこそが最も重要なことです。

今回の米国の大統領選では低所得者の支持をターゲットに絞った公約(移民排斥、雇用創出、民生安定)が繰り返し主張されています。民主党、共和党の変質を指摘する見方もありますが、むしろ生活水準の低下を受けて、新たな政策選好を獲得した無党派層の増加に適応しようとしていると判断できるのではないかと思います。

最終的にどちらの候補が勝利するとしても、権力を獲得した後の政権の運営についてはまだ予測を立てることができる状況ではありません。権力を掌握する前後で政治家はその立場を大幅に見直し、再調整する必要に迫られるためです。とはいえ、米国には格差の拡大という大きな政治的リスクが生じていること、そのリスクは今後も長期にわたって存在し続け、有権者はますます政治に対する不信を深めていくでしょうし、それだけ過激な主張を表明する勢力が台頭しやすくなるものと予測されます。

KT

参考文献・資料
アリストテレス『政治学』田中美知太郎ほか訳、中央公論新社、2009年
Downs, Anthony. 1957. An Economic Theory of Democracy, New York: Harper & Row Publishers.(邦訳、アンソニー・ダウンズ『民主主義の経済理論』古田精司監訳、成文堂、1980年)
The World Wealth and Incom Database

0 件のコメント:

コメントを投稿